Journal of Information Processing and Management
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The World of Archives
Izumi KOIDE
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2012 Volume 55 Issue 9 Pages 693-696

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アーカイブズの世界は歴史研究者の独擅場と思われがちだが,ここにご紹介する2冊は,アーカイブズが情報管理の担当者にもそれ以外の人にも,組織で働く人に密接な関係があることを伝えている。

『アーカイブへのアクセス:日本の経験,アメリカの経験』小川千代子,小出いずみ編 日外アソシエーツ,2008年,3,990円(税込)
http://www.nichigai.co.jp/cgi-bin/nga_search.cgi?KIND=BOOK1&ID=A2136

情報管理は何のために行うのだろうか。今の時代だと,「消失防止」,「漏えい防止」という答えもあるだろう。しかし無論,「情報にアクセスしやすくするため」ということが目的の大きな部分を占めているに違いない。

ライブラリアンとして筆者がアーカイブズに興味をもったのは,「女工の手紙はどこにあるか?」「小村寿太郎関係の文書はどこにあるか?」「○○省が行ったある政策の決定過程を示す文書はどこにあるか?」のような,一次資料を求めるレファレンスに回答するのに,ツールがほとんどなく,そのことに対して疑問をもったことが始まりだ。ツールがなくても,組織のことであれば問い合わせることが不可能ではない。実際,上記の例では○○省に問い合わせた。が,資料の存在の有無についても,閲覧の可否についても回答してもらえなかった。しかし組織ではなく,「女工」や「小村寿太郎」のようにヒトにまつわる記録資料はどこにいくのか。

1990年代の当時,記録資料・文書資料の所在案内ツールは何点かあったが,大抵は資料公開機関の別に所蔵資料のごく簡単な概要が書かれているようなものだった。網羅的でなく,ツールとして使いにくい。何よりも所蔵資料に関する情報整備ができていないことがわかった。つまり,アクセスし,利用するための基礎的情報が圧倒的に不足していた。

アーカイブズについて学び始めると,図書館と異なりアーカイブズでは「アクセス」(情報アクセスであろうと物理的アクセスであろうと)についてあまり積極的に考えられていないことを知った。歴史資料へのアクセス問題は単に国内問題ではないこともわかった。例えば日米外交の記録は双方の政府で記録に残され,双方のアーカイブズで保管される。同じ出来事の記録資料がアメリカの公文書館でアクセス可能であっても,日本の外交史料館などでは見られないとしたら,日本の立場を解明し,実証する手がかりがなく,研究者はアメリカの資料に依拠せざるを得ない。情報は,持てる側が強く,出した方がさらに影響力を発揮できるのである。

そうした時,アーカイブズへのアクセスをテーマに日米会議を開かないか,とのお誘いがあった。その結果2007年,日米アーカイブセミナー「歴史資料へのアクセス:日本の経験,アメリカの経験」が東京で開催された。本書は同セミナーの内容に基づき,アクセスの視点を切り口に日本とアメリカのアーカイブズの概況をまとめた章に,数本の論考を加えたものである。

初めに日米それぞれの基調にある歴史記録へのアクセスに対する考え方を「アーカイブと公共性」と題して,近現代日本史研究者の加藤陽子が公文書を作成する側の問題を取り上げ,元アメリカ国立公文書館記録管理庁(NARA)長官代理のT・H・ピーターソンがアメリカの各種アーカイブズにおけるアクセス管理についてまとめている。続いて日米両国の各種アーカイブズの状況報告がある。国立公文書館(牟田昌平とD・メンゲル),地方自治体の公文書館(富永一也とR・ピアス=モーゼス),大学が所蔵する歴史資料(吉見俊哉・小川千代子とM・A・グリーン),企業史料(松崎裕子とB・H・タウジー,E・W・アドキンス)で,日米それぞれの指導的アーキビストや専門家が担当している。

次に,国境を越えて研究に資料を利用している日米の学者がお互いの国でのアクセス経験を語っている。また,古賀崇がセミナーで出されたポイントを分析し日米を比較してまとめ,加えて国際会議の記録実務の例としてこのセミナーの記録管理について長岡智子が記し,外交関係と歴史認識とアーカイブズについてアジア歴史資料センター設立の例を小出いずみが論じている。最後に,記録を残すことについての小川の随想がある。本書は,記録資料の国際的な利用にも目を向け,日米同じレベルのアーカイブズを対にして比較しているところに特徴がある。

日米のアーカイブズ状況は相当異なると思われがちだが,本書によって案外同じ課題を抱えていることがわかる。記録へのアクセスとプライバシーの相克,統治体制とアクセスの問題,為政者とアーキビストの対峙などに関して日米の状況に共通点があり,アドボカシー,電子記録への対処,記録管理との接続性は両国において課題である,と古賀は指摘する。

そして,古賀も述べるように,この会議の(ひいてはその結実としての本書の)収穫の1つは,アメリカでは「収集アーカイブ」と「機関アーカイブ」が区別されている,という日本側の発見であった。例えば大学に個人資料が寄贈されるケースは「収集アーカイブ」である。一方,「機関アーカイブ」は組織の記録を保存・整理しアクセスを提供する組織内の仕組みであり,どのような組織にとっても必要なもの,といえよう。まして,公文書管理法が施行された現在では,その帰結として,公的機関(官公庁,地方自治体その他)にとって機関アーカイブは不可欠な部署(場合によっては部署横断的なプログラム)である。

『世界のビジネス・アーカイブズ:企業価値の源泉』公益財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター編 日外アソシエーツ,2012年,3,780円(税込)
http://www.nichigai.co.jp/cgi-bin/nga_search.cgi?KIND=BOOK1&ID=A2353

本書は2011年5月に東京で開催された国際シンポジウム「ビジネス・アーカイブズの価値」での発表論文をもとに,関係分野の近年の論考を加えて,世界のビジネス・アーカイブズの活動を伝えている。10か国の個別企業のビジネス・アーカイブズの事例が掲載され,さらにイギリスと中国では,ビジネス・アーカイブズに関する全国的・国家的な政策があることが紹介されている。

本書の企業には世界で活動している長寿企業が多い。起源が古い順に並べると,インテーザ・サンパオロ銀行(イタリア,グループ最古の創立1539年,世界中に子会社・支店・代理店あり),虎屋(日本,創業16世紀後半,海外に販売店あり),サンゴバン社(フランス,創業1665年,64か国で営業),ブーツ社(イギリス,創業1849年,十数か国で営業),アンサルド財団(イタリア,アンサルド社の創業1853年),エボニック・インダストリーズ社(ドイツ,創業起源1873年,被合併企業創設以来の170年分の歴史,100か国で営業),ロシュ社(スイス,創業1896年,アメリカと日本にも関係会社あり),ゴードレージ(インド,創業1897年),クラフト・フーズ社(アメリカ,創業起源1903年,170か国で営業),マースク社(デンマーク,創業1904年,130か国で営業),IBM社(アメリカ,設立1911年,170か国で営業),インド準備銀行(インド,創立1926年,インドの中央銀行)。

本書では,これら企業のアーカイブズの第一義的な目的が,企業の経営ツールとしての活動であることが示されている。いくつかの例を拾うと,マースク社では歴史的情報の主な顧客は近年,トップマネジメントから,広報,HSSE(健康・安心・安全・環境)やCSRの部門,ミドルマネジメントおよび顧客・パートナー関連業務の担当者へと変化し,技術や環境問題に関する問い合わせが増えた。虎屋では,記録に残された菓子を参考に特別な用途の製品を生産するなど,製造・宣伝・販売の各部署に対して経営資源として歴史情報を提供している。ブーツ社は会社の歴史について地元大学と共同展示を行い,地域社会における企業の存在が見直された事例。クラフト社は敵対的買収の結果合併することになった会社との統合という課題解決に,アーキビストが貢献した事例。戦争を巡る集団提訴のような過去の負の遺産に関し,事実を示す記録によって対処しようとするエボニック社やロシュ社の事例。経営立て直しのためのブランド再定義に貢献したIBM社の事例。

ここには,会社に限らずあらゆる組織,例えば地方自治体や学校,団体など,どの現場でも応用できそうな,アーカイブズが組織に付加価値をもたらす具体的な方法が書かれている。例示すれば,経営課題への取り組みを支援(リスク管理,変化への対応など),組織運営の透明性や説明責任を果たす(CSR,コンプライアンスなど),組織の製品への価値付与(ブランド戦略,製品開発など),組織の存在意義をその構成員に確認する(新人教育,社史編纂など)。これまで日本においてビジネス・アーカイブズは,社史編纂との関わりで取り上げられる場合が多かったが,企業資料にはそれにとどまらないはるかにダイナミックな役割があることがわかる。

本書ではさらに,イギリスでは国立公文書館が中心になって企業資料に関する全国的戦略を策定し保存と活用を促していること,中国では国家档案局が先頭に立って民間企業における記録は「資産」であり,その活用によって企業はコンプライアンスと説明責任を強化し,活動の効率化が図れるという思考を普及していること,が報告されている。

初めに取り上げた日米セミナーの本で,「機関アーカイブズ」と「収集アーカイブズ」が改めて「発見」された,と記した。この区別を手掛かりにビジネス・アーカイブズを見ると,企業活動の記録資料であるビジネス・アーカイブズが,社内にある場合は会社アーカイブズ(機関アーカイブズ)であり,会社の変遷など何らかの理由で,大学や文書館など社外に移されると収集アーカイブズとなる。そして,組織内の機関アーカイブズに注目すると,記録管理との接合性,したがって組織体の情報管理との隣接性が浮かび上がってくる。

用語について:「アーカイブ」と「アーカイブズ」

1冊目の本では「アーカイブ」,2冊目では「アーカイブズ」が使われている。日本語では意味的な区別はなく交換可能なため,本稿では原文のまま使用している。なお筆者は一般名詞として使う場合が多いので通常,「アーカイブズ」を用いている。

ちなみに,archiveには動詞(to transfer records from the individual or office of creation to a repository authorized to appraise, preserve, and provide access to those records)と名詞(an archives)がある。一方複数形のarchivesには,(1)アーカイブされた資料,(2)組織内のアーカイブズ担当の部署,(3)アーカイブズを収集する組織,(4)アーカイブズを運営する職能,(5)アーカイブズを収蔵する施設,の意味がある(Richard Pearce-Moses. A Glossary of Archival & Records Terminology. Chicago, Society of American Archivists, 2005)。日本では(5)の意味だけに理解されているのではないか。

執筆者略歴

小出 いずみ(こいで いずみ)

公益財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター長。1978年同志社大学大学院神学研究科修士課程修了。1980年ピッツバーグ大学大学院図書館学研究科修士課程修了。2008年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。現在同博士課程在学。

1980年から2003年まで財団法人国際文化会館勤務。2003年より現職。

『⟨記憶⟩と⟨記録⟩のなかの渋沢栄一(仮題)』(共著,法政大学出版局,近刊),「Locating Primary Source Materials in Japanese Archival Institutions」(Journal of East Asian Libraries. 2010, vol.151, no.1)他。

 
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