Journal of Information Processing and Management
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
My bookshelf
"Shape" of University
Makoto NAKAMOTO
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2013 Volume 56 Issue 5 Pages 325-328

Details

毎年,朝日新聞出版から『大学ランキング』が刊行されるようになって久しい。『大学ランキング』では必ず「大学図書館ランキング」が掲載され,さまざまな指標から大学図書館の順位付けがなされ,大学関係者と同様に大学図書館関係者も一喜一憂する。ここで大学や大学図書館を順位付けることの是非を論ずるつもりも能力も筆者はもちあわせないが,こうした社会現象の背景には,50%を超えた大学進学率とともに長引く不景気感にもかかわらず,ゆうに700を超えた大学(国公私立の4年制の大学)の多さに対する社会の(つまり受験生や彼らの父母)視線が存在することを否定する者はないだろう。

同様の大学ランキングは,米国においてはわが国よりもさらに長い歴史をもつ。大学の社会的評価ということについては,大学という高等教育機関のおかれた歴史的社会的な背景の違いもあり,こうした評価が個々の大学の経営におよぼす影響は多岐にわたるといわれる。米国では特に1990年代以降,長期にわたる経済の停滞ないし後退という環境のもとで大学の存在価値がさまざまなレベルで問われはじめ,大学自身がステークホルダーに対するある種の説明責任が求められるようになったといわれる。こうした社会的要請はわが国でも同様である。大学が設置する図書館にも同様にこうした説明責任が求められる場面が増えてきているともいわれる。

2010年に米国の大学・研究図書館協会(ACRL)から『The Value of Academic Libraries』1)と題した本が刊行され関係者のあいだで話題をよんだ。文字どおり大学図書館の価値(Value)をどのようにはかるか(評価するか)ということなのだが,ここで展開されている議論は一貫してその図書館を設置する大学のミッションないし目標とするものに図書館がどのように貢献しているのかをみている点である。本稿で今回取り上げるのはもちろんこの資料ではないが,大学とその大学が設置する図書館とはミッションにおいて(つまり価値において)密接不可分の関係にあるのであって,米国と同様,大学図書館はそれを設置する大学の「かたち」を抜きに論ずることは不可能である。今回ご紹介する本では,図書館に言及するところはほとんどないが,大学のいまの「かたち」,「いまどこにいるのか」そして,大学が「どこからきたのか」ということについてよりよく理解するうえできわめて示唆に富んでいる。

ここで大学の「かたち」と述べたが,わが国の大学制度,あるいは高等教育制度のうえで国立,公立,私立といった設置形態を想起されるむきもあるかもしれない。国が設置する国立大学や自治体が設置する公立大学は2004年以降の制度改革によって国立大学は国立大学法人に,また公立大学の一部は独立行政法人となったが,これらの改革に先立ち私立大学は設置基準の大綱化によってその数をさらに増加させる道をとることとなった。しかし,個々の大学をかたちづくるのは,設置形態の違いのみにとどまらない。

今回ご紹介する本は,天野郁夫氏の近著である『大学の誕生』(上)(下)と『高等教育の時代』(上)(下)である。氏は『試験の社会史』,『学歴の社会史』などわが国高等教育制度について多数の著書や論考で知られる。

『大学の誕生(上)帝国大学の時代』天野郁夫 中公新書,2009年,987円(税込)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2009/05/102004.html

『大学の誕生』(2009年)では,現在の東京大学がまだ「専門学校」のひとつでしかなかった明治初期のわが国の大学制度の揺籃期から1886年(明治19年)の勅令「帝国大学令」発布を経て1918年(大正7年)の「大学令」発布までのわが国の高等教育の歴史が叙述される。続く『高等教育の時代』(2013年)では,「大学令」前後から「大学令」以降の昭和初期,戦前期までのいわゆる大衆化にむかうわが国の高等教育の当時の構造と課題が浮き彫りにされる。

日本が驚異的なスピードで近代化をすすめる一方で必要とされる人材の育成とそれを可能とする教育政策をどのように実現するかが焦眉の課題であった。いわゆる「学制改革」にかかわる当時の議論と対応する社会の動きを縦軸としながら官立,公立,私立それぞれのセクターにおける「大学」(当時は「帝国大学」であったり,「専門学校」であったり,「大学」であったりした)の動きが横軸で描かれる。「大学令」発布前後の高等教育制度をめぐる政策的な議論のなかでいわゆるヨーロッパ・ドイツ型とアメリカ型のどちらを「範型」とするかという点についてはいまではかなりよく知られるところとなっているが,当時の政府および政策担当者の思惑と大学関係者との長期にわたる暗闘とともに,現在でも指摘されるところの大学間の格差,ここでは,帝国大学間の格差でもあり,帝国大学と私立大学の格差でもあり,また私立大学間の格差でもあるが,これら格差をめぐる大学関係者の苦闘が描かれている。ここで言う格差とは,当時唯一の大学であった「帝国大学」(現在の東京大学)と後発の帝国大学との格差であり,また,「大学令」以降に大学となった多くの「私立大学」間の,そして私立大学と官立大学との格差であった。格差とは施設や設備の格差にとどまらず,研究や教育の体制(学部数と専任教員数,学生数)の格差であり,これらの整備に必要とされる財政的な基盤の格差であり,格差の結果として大学間の序列がこの時代から言われることとなった。たとえば「大学令」によって私立大学に求められた認可基準を満たすための基本財産の整備という高いハードルに当時の私学関係者がどれだけ苦しめられたかの記述にはあまりに現代的で驚かされる。同時に,脆弱な財政基盤しかもたない多数の中小私立大学が支える今日の高等教育制度の構造的な諸課題が実に歴史的な課題でもあることをあらためて認識させられる。

『大学の誕生(下)大学への挑戦』天野郁夫 中公新書,2009年,1,029円(税込)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2009/06/102005.html

『高等教育の時代(上)戦間期日本の大学』天野郁夫 中公叢書,2013年,2,940円(税込)
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2013/03/004488.html

著者が『高等教育の時代』のあとがきで「わが国の戦前期の高等教育システムは,私立と官立(国立),大学と専門学校という「二元重層」的な,しかも量的な規模において「私立」・「専門学校」が多数を占めるという,独自の構造のもとに発展を遂げてきた。「大衆化」を準備し,推進する上で中心的な役割を果たしてきたのは,そうした私立・専門学校の存在がつくりだした,高等教育システムの二元重層的な構造がさけがたく生み出す,葛藤や抗争のダイナミズムにほかならない。」と述べるとき,わが国の大学組織や高等教育制度のあまりに強固な構造の持続性に震撼させられる。

『高等教育の時代(下)大衆化大学の原像』天野郁夫 中公叢書,2013年,2,940円(税込)
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2013/03/004489.html

また,著者が『大学の誕生』のあとがきでもふれているように,従来のわが国の高等教育にかかわる歴史的研究の多くが帝国大学および旧制高等学校の歴史に著しく偏っており,いわゆる私立のセクターにおける大学や専門学校の歴史に関する研究があまりすすんでいなかった感がある。『大学の誕生』と『高等教育の時代』では,私立大学のさきがけとなった法律系商業系の専門学校に加え,宗教系,医歯薬系,女子教育系などの専門学校にも多くの紙幅がさかれ,それぞれ代表的な複数の専門学校,大学の設立の経緯とともに当時の専門学校間,大学間の関係(つまり当時の連携と競争の関係)について詳しく記述されている。当時の高等教育全体の動きのなかで私立のセクターの果たした歴史的な役割と課題が俯瞰的な構図のなかで語られる。私事にわたるが,筆者は私立大学に在職して30年余りとなるが,断片的にしか知識をもちえなかった宗教系,医歯薬系,女子教育系の私立大学成立の経緯については新鮮な驚きであった。

大学にはさまざまな「かたち」があり,これらの「かたち」はそれぞれ歴史的,構造的に条件づけられている。しかし,一方で新しい条件の下で新たな「かたち」をもとめて新たなミッションや目標を定めることも可能である。現代にあって,この新しい条件とは何か,大学は,「どこからきたのか」,「いま,どこにいるのか」そして「どこへ行こうとしているのか」,を考えさせられる。

執筆者略歴

中元 誠(なかもと まこと)

2008年より早稲田大学図書館事務部長

最近の主な著作:「公私立大学図書館コンソーシアム(PULC)の形成とその展開:シリアルズ・クライシスとコンソーシアル・ライセンシングの現在」(『情報管理』53巻3号, 2010年)「OCLCの最近の動向:OCLCのウェブ戦略とその展開」(動向レビューCA1721,『カレントアウェアネス』No.304, 2010年)「電子ジャーナル・データベースにかかわる国際的な図書館連携の展開と大学図書館コンソーシアムの取り組み」(『図書館雑誌』2010年)「図書館コンソーシアムの現在」(SPARC Japan NewsLetter No.12, 2012年)

参考文献
  • 1)   Oakleaf,  Megan. "Value of Academic Libraries: A Comprehensive Research Review and Report". Association of College and Research Libraries. 2010, 182p. www.ala.org/acrl/files/issues/value/val_report.pdf, (accessed 2013-06-24).
 
© 2013 Japan Science and Technology Agency
feedback
Top