2013 Volume 56 Issue 8 Pages 506-514
国内45機関の参加・協力の下,2011年10月から12月にかけ電子ジャーナルの利用に関するアンケート調査を実施し,広範囲の主題領域の研究者(教員,博士後期課程大学院生)から3,922の回答を得た。これらのデータを多方面から分析した結果,電子ジャーナルの利用がより広範囲にかつ深く浸透するようになっただけでなく,利用者の読書行動や意識(選好)も大きく変化していることが明らかとなった。また,電子ジャーナルの利用度の違いは国際文献と国内文献のいずれを主に利用しているかに密接に関係しており,印刷体と電子情報資源に対するそれぞれ別個のサービスモデルの維持を避けるためには,国内文献の電子化の遅れの解消が必要であることがあらためて確認された。
文部科学省の学術情報基盤実態調査(大学図書館実態調査)結果報告1),2)によれば,国内の大学において利用可能な電子ジャーナルの数は2001年度以降急速に増加し,設置種別の平均利用可能タイトル数は2011年度には国立大学9,582タイトル,公立大学3,169タイトル,私立大学3,991タイトルに上っている(図1)。また,この間には,PubMedやarXivといった分野別リポジトリや機関リポジトリをはじめとするインターネット上のオープンな情報資源の整備が進み,結果的に研究および教育における学術論文の利用可能性は大きく拡大している。さらに近年ではScienceDirectやSpringerlinkといった出版社のプラットフォームやAmazon Kindleのような専用端末(ソフトウェア)と一体となったサービスによって学術研究に関連する電子書籍も数多く提供されるようになるとともに,Twitter,Facebook等のソーシャルネットワーキングサービスやブログ等の「非公式」な情報チャネルの利用も広がっている。
こうしたデジタル技術による新たな情報利用環境の中で,情報資源の利用や,利用者の情報サービスに抱く期待が変化するのは当然であり,そうした変化を的確に把握することが適切なサービスを進めるうえで不可欠である。しかし,新たな情報資源の利用が実際に研究者や学生にどの程度まで浸透しているのか,具体的に何がどの程度利用されているのか,あるいは提供方式は利用者の期待に見合っているのかについては,単に供給量や利用量の変化を追うだけでは必ずしも明らかになるわけではない。
こうしたことから,SCREAL(学術図書館研究委員会:Standing Committee for Research on Academic Libraries)では,研究者および学生の学術論文に関連する情報利用に焦点をあて,研究者,学生がどのように論文を発見し,収集し,活用しているか,そして,電子ジャーナルをはじめとしたインターネット上の電子的情報資源の充実や普及といった学術情報の利用環境の変化が研究者や学生の情報需要,および大学図書館に対する期待と要求に具体的にどのような影響を与えているかを明らかにすることを目的に,2007年度に行った調査3)を踏まえて広範囲の学術情報利用者を対象としてWebベースの質問紙調査を実施することとした。
1.2 調査の方法この調査では,時系列的な変化の確認のために,国立大学図書館協議会(当時)電子ジャーナルタスクフォース(Japan Association of National University Libraries: JANUL,以下JANULと略称)および公私立大学図書館コンソーシアム(Private and Public University Libraries Consortia: PULC,以下PULCと略称)による過去の調査4)~6)における電子ジャーナルや電子書籍の利用に関する質問項目を部分的に引き継ぐとともに,学術情報資源の利用の明確化ならびに国際比較を念頭に置き,キング(Donald W. King)とテノピア(Carol Tenopir)によるクリティカル・インシデント法による最新利用文献調査7)と共通の質問項目を導入して,以下のような内容をはじめとする質問項目からなる調査用Webページ(日本語版,英語版)を作成した。
国公私立大学図書館協力委員会等を通じて機関の参加を呼び掛けた結果,45機関(国立大学 21,公私立大学 15,国立研究所 9)からの参加を得て,2011(平成23)年10月12日から12月31日の期間に,各機関所属の教員,研究者,博士後期課程大学院生に対してWeb方式による質問紙調査を実施し,最終的に3,922の回答を得ることができた。なお,調査においては,各機関からのメール(または文書)による連絡を受けた回答希望者に対し,screal.jpのドメイン上に調査案内用のWebページを置き,調査概要や個人情報の取り扱いについての説明と調査サイトへの案内を行うように図った。
データ収集期間終了後は,回答者の専門分野の特定(平成23年度科研費細目表8)による)や項目の正規化の作業等を実施したうえで,集計分析を行った。
図2は電子ジャーナルの利用状況を分野別(回答者が記入した専門分野を科研費細目表で分類)に集計した結果である。この図に見られるように,薬学,化学,生物学,物理学,医学等の自然科学分野注1)においては,回答者の9割以上が少なくとも月1回以上電子ジャーナルを利用している。さらに,薬学,化学,生物学,物理学分野では,半数以上の回答者が電子ジャーナルをほぼ毎日利用しているとしている。
一方,自然科学系であっても工学,総合領域,複合新領域等は相対的に利用度が低い。図3は,これらの3分野から回答者数が比較的多かった細分野を選び,利用度を比較したものである。その結果,材料工学については84.5%の回答者が週1回以上利用しているとしたものの,土木工学,総合工学,情報学では約2〜3割が「最近は利用していない,利用したことがない」と回答しているように,細分野間での違いが大きいことがわかる。
図4では,自然科学系全体での電子ジャーナルの利用を過去の調査における結果と比較している。頻繁に(週1回以上)利用するとした回答者の比率は,JANUL 2001の44.2%,JANUL 2003 62.3%,PULC 2004 43.8%から,SCREAL 2007では82.3%と大きく増大していた。これが今回の調査結果では76.1%と減少しているが,2007年と2011年の両方に参加した機関の回答者(n = 992)に限定すればこの比率は84.8%であり,利用は伸びている。全体での減少は,今回の調査では調査対象をこれまで主な調査対象としてきた研究大学だけでなく小規模な大学等にも拡大したためと考えられる。
図5は,図4と同様に,人文社会科学系の電子ジャーナルの利用を過去の調査における結果と比較したものである。人文社会科学系における電子ジャーナル利用度は,自然科学系ほどではないが,それでもときどき(月1回以上)利用する者の比率は70.4%に達している。同じ質問項目を用いた過去の調査結果は,JANUL 2001 16.5%,JANUL 2003 36.0%,PULC 2004 26.0%,SCREAL 2007 68.2%であり,このことから自然科学分野以外においても電子ジャーナルがすでに重要な情報資源となっていることがわかる。
専門分野間での電子ジャーナル利用度の異なりは,国際的に流通する論文(国際文献)と国内で刊行あるいは発表された文献(国内文献)のいずれを主に用いているかという点に密接に関係している。
表1は,最近読んだ論文に関する質問への回答にしたがって,回答者を国際文献の利用者グループと国内文献の利用者グループの二つに分割して比較したものである。自然科学のほとんどの領域においては,回答者の9割前後が国際文献を利用しているのに対して,人文学,社会科学,総合領域では,それぞれ57.0%,51.0%,39.1%の回答者が国内文献を利用していた。
国際文献 | 国内文献 | 計 | |||
---|---|---|---|---|---|
医学 | 181 | 90.5% | 19 | 9.5% | 200 |
歯学 | 113 | 83.1% | 23 | 16.9% | 136 |
薬学 | 105 | 99.1% | 1 | 0.9% | 106 |
農学 | 183 | 85.9% | 30 | 14.1% | 213 |
畜産学・獣医学 | 124 | 95.4% | 6 | 4.6% | 130 |
生物学 | 255 | 97.3% | 7 | 2.7% | 262 |
物理学 | 161 | 97.6% | 4 | 2.4% | 165 |
地球惑星科学 | 118 | 92.2% | 10 | 7.8% | 128 |
化学 | 294 | 99.3% | 2 | 0.7% | 296 |
工学 | 439 | 81.1% | 102 | 18.9% | 541 |
数学 | 69 | 97.2% | 2 | 2.8% | 71 |
総合領域 | 187 | 60.9% | 120 | 39.1% | 307 |
複合新領域 | 97 | 79.5% | 25 | 20.5% | 122 |
社会科学 | 261 | 49.0% | 272 | 51.0% | 533 |
人文学 | 142 | 43.0% | 188 | 57.0% | 330 |
その他 | 22 | 56.4% | 17 | 43.6% | 39 |
合計 | 2,751 | 76.9% | 828 | 23.1% | 3,579 |
表2に見られるように,国際文献と国内文献の二つの利用者グループ間では,人文社会科学と自然科学の両方において,「電子ジャーナルの利用度」に関し顕著な差が確認された(p < 0.01)。このことは,専ら国内文献を利用するグループと専ら国際文献を利用するグループがかなり独立的に存在する可能性が高いことを示唆するとともに,研究の遂行に国内文献が不可欠となっている分野における必要な資料の電子化の遅れを反映していると考えられる。
印刷体雑誌に対する考え方はかなり大きく転換しつつある。2007年調査では「電子ジャーナルが利用できるならば,印刷体は不要である」を支持する回答者は,自然科学で41.0%,人文社会科学で19.5%であったのに対し,今回の調査結果では,最新号に関する同様の質問について支持する回答者(割合)は54.2%(自然科学),29.4%(人文社会科学),バックナンバーに関しては62.3%(自然科学),39.8%(人文社会科学)と大きく増大し,特に自然科学系ではいずれの質問でも過半数を超えていた(図6,図7)。こうした意識あるいは選好の変化は今後の電子情報資源のさらなる普及によってより強まる可能性があるかもしれない。
また,これらの質問に対する回答を,前節と同様に国際文献と国内文献の利用者グループ間で比較したところ,最新号とバックナンバーの両方で,「電子ジャーナルがあれば印刷体は不要である」とした比率は国際文献グループの方が優位に高かった(p < 0.01)。なお,国内文献利用グループでは最新号について「電子ジャーナルが利用できるならば印刷体は不要である」とした回答者は自然科学の34.9%,人文社会科学の19.3%に留まったが,2007年調査の結果(それぞれ,22.7%,10.1%)と比較すれば大きく増加しており,主に国内文献を利用する利用者の意識もかなり変化していることがうかがえる。
なお,「電子ジャーナルがあれば印刷体は不要である」との回答比率が最新号よりもバックナンバーの場合の方が高かったことは,最新号は印刷体でも読みたいがバックナンバーは図書館まで出向かずとも手軽に利用したいという傾向があることを表すものではないかと考えられる。
2.4 論文の読み方最近読んだ論文について,全体の30.4%が「以前に読んだことがある」と回答した。教員よりも大学院生がこの再読の傾向が強く,その比率は人文社会科学系で37.6%,自然科学系で36.3%に上っている(図8)。再読が多い理由の一つに,電子ジャーナルの利用においては,情報管理ソフト等の検索機能の利用によってダウンロードした論文の取り出しがかなり容易になったことがあると考えられる。なお,2007年調査における再読の割合は26.5%であり,自然科学/人文社会科学,教員/大学院生のいずれの区分においても2011年調査の比率が上回った。
図9は,その「論文をどのようにして読んだか」という質問に対しての回答を,グラフにしたものである。自然科学系では教員,大学院生ともに半数以上(それぞれ50.4%と57.9%)が,オンラインで入手したPDF等のファイルを印刷して読んでいた。何らかの方法により画面で読んでいる割合も2割以上を占めており,学術雑誌を印刷物のまま,もしくはコピーで読む割合は併せて2割程度と少なくなっている。一方,人文社会科学分野においては,教員は印刷体学術雑誌をそのまま,大学院生は印刷体学術雑誌をコピーして読むとの回答が最も多く,両者を併せた印刷体の利用が教員64.0%,大学院生56.1%と依然として高い比率を占めている。
これらを2007年調査の結果(図10)と比較してみると,自然科学系では教員,大学院生ともに,PDF等のファイルを印刷して読む割合が7割前後であったものが5割程度に減り,逆に画面で読む割合が大きく増加している(教員は9.8%から24.6%へ,大学院生は5.8%から19.6%へ)。また,人文社会科学系では,印刷版学術雑誌をそのまま読む教員の割合はおよそ6割から4割に減少し,大学院生では4割から2割へと半減していることがわかる。
図11では,必要な論文が電子ジャーナルまたは印刷体の雑誌で入手できない場合の行動を尋ねた質問(複数回答可)に対する回答結果をグラフにまとめている。全体では「図書館のILL利用」が最も多く,自然科学系大学院生(56.0%)を除く区分では7割以上の高い比率を示した。「機関リポジトリや著者のサイトから入手」は,特に人文社会科学系では約4割(教員39.8%,大学院生42.5%)が利用していると回答した。
一方で,約4分の1の回答者(自然科学系-教員・大学院生27.4%,人文社会科学系―教員24.5%,大学院生24.4%)が「友人や知人を通じて入手する」としたように,私的なつながりを通じた流通がかなりの程度存在していることがわかる。また,「入手をあきらめる」とした回答がかなりの割合を占め,特に自然科学系大学院生では31.0%とILL利用に次いで第2位の比率を占めた。人文社会学科系教員では12.3%と比較的少ないが,人文社会科学系大学院生で24.7%,自然科学系教員で23.8%と,「入手をあきらめる」傾向は他の区分でも見られた。私的なつながりの利用や入手の断念の比率の高さは,電子ジャーナルに慣れた利用者の多くが簡便かつ迅速に入手できることを当然視し,そうでない環境には耐えられなくなっていることを示唆しているように思われる。
論文を読むために要した時間(表3)については,国際文献の中央値(50パーセンタイル)では自然科学系教員で30分,その他の区分ではいずれも60分であった。また,国内文献についてはすべての区分で30分であった。この結果は2007年調査の結果と大きな違いはなかった。
iPad,Kindle,ソニーリーダー等の電子書籍を閲覧できる端末を「研究・教育に関連する資料のために利用している」あるいは「利用したことがある」とした回答者の比率は25.8%であり,利用は未だ盛んになっているわけではない。しかし,全体の47.5%の回答者が「使ったことがないが,今後は使用してみたい」とし,今後に向けた強い利用意向が示された。
以上に見たように,電子ジャーナルの利用は人文社会科学系を含むさまざまな分野において,より広範囲に深く浸透するようになっている。同時に,「電子ジャーナルがあれば印刷体は不要である」という認識の拡がりや,「再読率の拡大」「オンライン画面で読む者の増加」等が示すように,電子ジャーナルをはじめとした電子情報資源の普及が電子情報資源に対する利用者の考え方や利用スタイルにも少しずつではあるが変化をもたらしている。
しかし,こうした変化は単純には進行していない。その要因の一つは,電子化の遅れた国内文献の存在によるものであると考えられ,国内文献の電子化が進むことによってこの変化の動向がより一般的となることが予想される。このため,今後の大学図書館のサービスにおいて,印刷体と電子情報資源に対してそれぞれ別個のサービスモデルの維持を避けようとするのであれば,こうした国内文献の電子化の遅れを解消する方策の検討から始める必要があるだろう。
電子情報資源の範囲はこれからも拡大を続けるであろうし,新たな技術の適用によって利用のあり方も変化し続けていくことになるだろう。したがって,同種の調査を継続的,定期的に実施して,変化の観測およびその要因についての考察を深めていきたいと考えている。
本稿で紹介したSCREAL調査の実施にあたっては,参加45機関の図書館にさまざまな面でご支援をいただいた。また,エルゼビア・ジャパン,ネイチャー・パブリッシング・グループ,プロクエスト,シュプリンガー・ジャパン,トムソン・ロイター,ジョン・ワイリー・アンド・サンズの各社から多大なるご協力をいただいた。記して謝意を表したい。貴重な助言をくださったCarol Tenopir(テネシー大学教授)およびDonald W. King(ブライアント大学名誉教授)には特別な感謝を申し上げたい。
本稿は,科学研究費補助金基盤研究(B)「学術コミュニケーションの変化と電子情報資源へのアクセス」(課題番号:22300084,平成22年度〜平成24年度)の成果の一部である。