Journal of Information Processing and Management
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Two books that changed my thinking
Takaharu OSADA
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2013 Volume 56 Issue 8 Pages 562-565

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原稿依頼を軽い気持ちで引き受けて,いざ送られてきた企画意図を見ると私などが書いてもよいのだろうかと少々悩みました。技術書は別として,その他の本を読む機会は一般の方より少ない気がしますし,この頃は小説なども読む機会がめっきり少なくなりました。

しかし浦安市という図書館に恵まれた住環境の中,図書館の新刊コーナーにはさまざまな図書が並んでおり,本屋に出向かなくても手にとってパラパラと見ることができます。図書館でなければ購入者が限られそうな本も並んでいて,それはそれで購入意図を思い浮かべながら眺めています。蛇足ですが本年8月末には浦安市中央図書館開館30周年記念のイベントがありました。開館当時,図書館関係者が多数見学に訪れていたことがつい昨日のように思えます。

さて,いざ企画意図として示された「執筆者自身の経験や想いを絡めて自由に」といわれても,逆に悩んでしまいました。それならばいっそのこと,昔々読んで自分の考え方に少なからず影響を与えた本について書こうと考えました。その方が,他の執筆者と重なることも少なそうです。

気になった本を本箱から探してみると,あったはずの本があれもこれも行方不明です。そんなはずはないと思って探すのですが埃ばかり出てきて見当たりません。御茶ノ水駅を降りると催涙ガスで涙が出るような時代に古本屋を巡ってやっと購入したことは覚えているのに,見つからない本も多く,いつなくなったのだろうかとそちらの方が気になる始末でした。特に,その当時でも絶版だった本が見つからなかったときはショックでした。

前置きが長くなりましたが,そのようないきさつの中で選んだ1冊目が『物理学はいかに創られたか(上・下)』(アインシュタイン;インフェルト,石原純訳,岩波新書)です。この本はたしか二十歳前後に初めて読んだ記憶があります。

『物理学はいかに創られたか(上)』アインシュタイン;インフェルト著;石原純訳 岩波書店(岩波新書),1963年, 735円(税込)

『物理学はいかに創られたか(下)』アインシュタイン;インフェルト著;石原純訳 岩波書店(岩波新書),1963年, 777円(税込)

学校では化学の勉強をしていたので,実験を行い,その結果を対数プロットして直線にのせ,数式を作成してといったことは何度も繰り返していたのですが,物理学の教科書に掲載されているような理論から導かれる数式というものは別次元の世界の話のように感じていました。理論式というのは知の巨人が頭の中で想像を巡らして完成させてきたもので,自分とは別世界の学問という認識です。そのような中で,たまたま本屋で手に取ったのが『物理学はいかに創られたか』でした。

読んでみると,自然現象を観察し,その結果を説明するための試行錯誤の過程が記載されていました。その試行錯誤の結果が美しい数式となり,かつ,そこから類推される予測を観察して…といった,規模やレベルは異なるが,まさに自分が実験で行っていたことに近い思考過程が書かれていました。

『物理学はいかに創られたか』というタイトルが示すように,最初はガリレイやニュートン力学がどのような考えのもとに生まれてきたか,という話から始まっているのが他の相対性理論の紹介本とは異なっていました。そのおかげで,化学屋の特性?である「目で見えるものだけを信じる」という思考過程の人間にとっても比較的入り込みやすく,また数式もほとんど出てこなかったのも読みやすい一因でした。数式の説明よりも,どのようにして理論が導かれるのか,その思考過程が順序だって具体的に記載されているのが,今回読み直してみてもよくわかります。

そのような流れの上で「新しい理論の方程式は,形式的に見ればよほど複雑でもありますが,その仮定は根本的な原理から見て遙かに簡単なのです」(本文より)という記述や「新しい理論の一段高い水準」で物の見方をしなければならないこと,「科学はまさに法則の集積でもなければ,まとまりのない事実のカタログでもありません。それは人間精神の1つの創造物であって…」(本文より)という最後の記述を,飲み込むことができたように思います。

物理学,広くいえば自然科学というのがどのように成り立っているのかを,自分なりに受け入れる転機となった著書でした。

その後,学生として心機一転勉学にいそしんだかというと,人間の弱さで,遊び半分,試験前の一夜漬け,今考えると赤面しそうな論文の発表前のドタバタは直らなかったのですが,それでも整理の方法などには多少の進歩がみられたかなと,今振り返って感じています。

次の大きな転機となった著書というより人物は,アルバイト先の日本科学技術情報センター(当時)の中井浩さん(あえて「さん」と書かせていただきます)でした。何かの拍子に渡された本が,『コミュニケーションの構造』(中井浩著,ダイヤモンド社)でした。

先ほどのアインシュタインの本とは打って変わって,一般向けに書いた本と思われるのに数式がたくさん並んでおり,それを活用しながら説明を加えていくという流れの著書でした。原則的に数式の嫌いな「化学屋」としては拒否反応を示しましたが,もらったのだから読んでみないと…といった,どちらかというと後ろ向きの気持ちで読み始めました。当然ながら心に入り難い数式部分は流し読み状態です(ちなみに今回書棚を探して行方不明になっておりショックを受けた1冊です。本棚のどこに置いてあったかも明確に記憶しているのに見つかりませんでした。何人かに声をかけて,やっとお借りできて原稿を書いています)。

『コミュニケーションの構造』中井浩著 ダイヤモンド社,1974年(絶版)

初めの方の章は,入力と出力はわかるが,その間に含まれる暗箱(black box)をいかにモデル化するかということの考え方が述べられており,『物理学はいかに創られたか』の具体化事例のように感じました。もっとも,再現性のある自然を相手にしたものとは異なるコミュニケーションという事象を相手にしているので,モデル化に限界があり,それを受け入れた上で「定性モデル」を描くための手法が述べられているように受け取りました。

その上で「いまある秩序を破って新しい秩序を生み出すという過程の中にある合理性については,まだほとんど何も知らないに近いのである。しかも,その合理性の中で生命は生まれ,生物が進化し,私たち人間が地球上に存在しているのである」(本書より)と述べられ,現在の物質文明は「からくりの合理性」の上に築きあげられており,一方生命は「からくりの合理性の否定の下に生まれたものである」と書かれています。その頃,環境科学の分野に身を置いていた自分にとって何か吹っ切れるものを感じました。

この本の最後の部分で中井さんは,御尊父である中井正一氏の「委員会の論理」について触れておられます。初めは「委員会とは??」という素朴な疑問があり,この本の記述だけでは理解するまでに至りませんでした。最近になって,中井さん没後20年の集まりの中で『中井正一評論集』(長田弘編,岩波文庫,1995年)を紹介され,神田の古本屋街を歩いて手に入れて眺めていると(読んだというにはほど遠いので眺めたと書いています)最後の解説部分に,「中井正一のいう委員会は,メディアム,媒介という意味でつかわれていて…構想力としての判断力のはたらく場」(本書より)という記述が目にとまりました。そのような観点で再度読んでみると,現在形骸化しつつある民主主義の原点が記述されているようにも感じられました。

『コミュニケーションの構造』の最後の方で,人間の持つ技術は歪曲した形で発展しすぎた,それを防ぐには,「(1)社会構成メンバーの知的,情報的活性化の促進,(2)情報流通機構の整備,(3)情報処理(特にソフト)技術の開発,(4)社会に存在する『真』を正しく指摘し,社会の歪みや暴走を正しく指摘しうる頭脳的集団群」と書かれています。3番目までは少しは参加できたかもしれないが,4番目は今の日本で,そして自分としてどうなのだろうかと,多少暗澹(あんたん)たる気持ちになった再読でもありました。

「委員会の論理」についてもですが,今回読み返してみると,書きたいことが多々あって,後半に進むほど細かな説明が省略されているように感じました。何年間か著者の近くで仕事を見ていた人間としては晩年,著作時間が割けるようになった際にじっくりと著述してもらえたらと思っていましたが叶わぬ夢となりました。

この原稿を書き始めたときは,多少悩ましく思っていましたが,久しぶりに昔々読んだ本を手に取ってみると,時代の流れや自分の時の流れを感じられておもしろい時間を過ごせました。皆さんも書棚を一度眺めてみてはいかがでしょうか。

執筆者略歴

長田 孝治(おさだ たかはる)

1950年生まれ。2013年ロゴヴィスタ(株)入社。ISOTC37(専門用語,言語,内容の情報資源)/SC2(用語辞書編纂方法)およびSC5(翻訳,通訳及び関連技術)国内対策委員会主査。情報科学技術協会理事。情報知識学会理事。SIST 14-2001電子投稿規定作成のためのガイドライン修正委員会委員。その他,言語コードなどのJIS策定に参加。化審法届出業務の電子化.『情報管理』. 2001, 44(2)等執筆。

 
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