2015 Volume 57 Issue 11 Pages 826-834
サイバーフィジカルシステムとモノのインターネットについて解説する。両者は似た概念であり,物理世界とサイバー世界を融合することに特徴がある。それらの概念と,効果などについて述べ,技術課題として,アーキテクチャーとセキュリティーについて詳述する。アーキテクチャーとしては,情報,システムなどのレベルでの検討が必要である。また,サイバー世界に比べて,物理世界が直接的に脅威にさらされるため,より注意が必要である。さらに,社会システムとして長期間にわたって利用されることも考慮しなければならない。最後に,国内外における技術開発動向について述べる。
少し前から,モノのインターネット(Internet of Things,以下,IoT)という言葉をよく目にするようになった。また最近では,サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical Systems,以下,CPS)という言葉も散見するようになっている。両者は似た概念であり,物理世界とサイバー世界を融合することに特徴がある。
ここではそれらの概念と,効果などについて述べ,技術課題として,アーキテクチャーとセキュリティーについて詳述する。アーキテクチャーとしては,情報,システムなどのレベルでの検討が必要である。セキュリティーはサイバー世界に比べて,物理世界が直接的に脅威にさらされるため,より注意が必要である。また,社会システムとして長期間にわたって利用されることも考慮しなければならない。最後に,国内外における技術開発動向について述べる。
CPSは小さな組み込みシステムから自動車や航空機などの大きなシステム,さらに国レベルでのインフラである電力ネットワークなど広範に適用される。さらに,近年では,コンピューターによる制御のみにとどまらず,系の中に人間を含むような複雑なシステムもCPSと呼ばれることがある注1)。
ここでは,CPSは実世界や人間から得られるデータを収集・処理・活用するものであり,あらゆる社会システムの効率化,新産業の創出,知的生産性の向上に寄与するものであるとする。たとえば,交通システムにおけるITS(Intelligent Transport Systems)は,道路や信号に埋め込まれたセンサーや,車から送られてくる物理世界の情報に基づき,コンピューターによって高度な制御を行い,輸送効率・快適性の向上を実現しようとしている。また,製造業においては古くから生産現場の効率化にコンピューターが利用されている。最近では,農業においても,センサーから得られる情報に基づいて適切な散水を行い,生産の効率化が行われようとしている。
これからは,あらゆるシステムがコンピューターにより制御されるようになり,効率化とともに新たな価値の創造が行われ,人間にとってよりよい社会が実現されるであろう注2)(図1)。
CPSと似た考え方として,IoTがある。従来は人間と人間をつなぐことがインターネットの主な用途であったが,いろいろなセンサーを介して得たモノの情報が直接インターネットに流れるようになってきた。
CPSとIoTはほぼ同じ概念である。どちらかというとIoTは物理世界にあるものを中心とした見方で,それらがインターネットにつながることを重視している。それに対して,CPSは物理世界の情報とサイバー世界の情報が融合することに重点を置いている。前述したCPSにおいては,物理世界とサイバー世界の融合したシステム全体の説明をしたが,IoTにおいては,インターネットに接続されているものの視点から説明を加える。
ある予測によると,2020年には地球上で500億個のモノがインターネットにつながると言われている注3)。これは膨大な数字に思えるかもしれない。しかし,国連の推定によるとそのころの世界の人口が77億人注4)なので,1人当たり7個程度のモノがインターネットにつながることになり,現在の状況を考えるとそれほど驚くべき数字ではない。今でも,個人が携帯電話,タブレット,パソコン,さらにテレビやハードディスクレコーダーなどインターネットに接続されるものを複数持っているし,近い将来には車や冷蔵庫,電子レンジなどもインターネットに接続される可能性がある(図2)。
このような時代が到来すると,実世界のあらゆる情報がインターネット上で利用することができるようになる。
500億個のモノから実世界の情報を得ることができるようになると,さまざまなことが可能になる。たとえば,家電製品や電力計からの情報が得られれば,家庭内のエネルギー使用状況が一目瞭然となり,無駄なエネルギー消費を抑えることができる。鉄道や道路,トンネルなどの社会インフラにセンサーを設置すると,人手をかけて定期的に点検することなく,常にそれらの状態をモニターすることができ,必要なときに必要な保守を行えばよいことになる。畑や家畜にセンサーを付けると,これまでITの恩恵があまり受けられなかった農業でも,効率化や省力化が期待できる。
モノが出す情報は,モノの情報,すなわちそのモノがどういう状態であるかという情報,たとえば,車のエンジンの回転数や燃料消費量などの情報が得られるし,モノの置かれた環境に関する情報,たとえば,畑の温度や湿度,橋や道路の振動などの情報も得られる。
これらの実世界に関する情報がネットワークを介してデータセンター(クラウドといってもよい)に伝えられる。多くの場合,モノの情報は無線通信を通じて収集される。集まった情報はデータセンターで可視化され,人間がそれを見て判断を下すのに使われたり,あるいは分析を行ったり,またデータセンターで自動的に判断まで行うかもしれない。それらの判断結果はネットワークを通じて実世界へと伝わり,自動車の制御や,畑の水やり,橋の補修など,実世界へのアクチュエーション注5)が行われる。
かつて,モノといえばハードウェアであり,物質のもつ特性を利用してある機能を実現してきた。たとえば,初期の自転車は,タイヤやペダル,チェーンなどの物理的な部品で構成され,円滑に移動するという機能を提供した(図3のa)。
マイクロプロセッサーが登場するようになると,多くのモノに搭載され,そのソフトウェアによって多彩な機能が提供されるようになった。たとえば,電気炊飯器はマイクロプロセッサーの制御によって,いろいろな米の炊き方や好みに応じた炊飯ができるようになった。自動車も多くはマイクロプロセッサー制御で燃費を向上させ,安全なブレーキ動作が行われている。単なるハードウェアの組み合わせだけでは実現できない,複雑で高度な機能が実現されるようになった(図3のb)。
さらに,最近は携帯電話に代表されるように,ネットワークとつながるモノが増えている。モノとモノがつながることによって,単体のモノでは提供できない機能が実現されている。たとえば,ETCでは,自動車がゲートと通信し,さらに料金センターとつながることによって,停止することなく料金徴収が行われるだけでなく,時間や場所によって多彩な割引が実現されている。あるいは,携帯電話と家電製品がつながることによって,出先からでもビデオの録画予約が行えたりするようになっている。さらに,モノ同士だけではなく,モノと人,あるいはモノとクラウド上のサービスとの連携など,多様な発展性をもっている(図3のc)。
モノとモノ,モノとサービスあるいはモノと人を結びつけることによって,いろいろな可能性が広がる。機能や性能が高度化したり,モノの効率的な運用管理が行えたりする。また,モノを通じて多種多様なデータを収集することができるので,新たな発見や災害の防止などが可能になるかもしれない。
CPS/IoTを技術的にとらえると,図4に示すように,下層に実世界があり,その情報が中間のサイバー世界に伝わり,処理をされる。処理結果は上層のサービスで使われる。
技術的にみると,システムと情報のアーキテクチャー,セキュリティーが非常に重要な意味をもってくる。
これまで種々のCPS/IoTが個別に開発されてきているが,整理され,統一された考えに基づくCPS/IoTの共通基盤技術というものがあまり考慮されてきていない。用途に応じて個別に専用の技術が採用されてきたともいえる。異種システムの連携,新システムの開発などを考えると,統一された考えによるCPS/IoTの基盤技術が必要であり,今後のCPS/IoTの重要度の高まりを考慮して次のような研究開発が重要である。
情報の連携により価値の高いサービスを提供する。IT同士のサービスの連携,ITと物理的な世界のサービスの連携,ITと人間の連携など,多様な組み合わせがある。これらの連携を実現するために,概念体系の開発や,表現方式の開発が必要になる。物理的なサービスとの連携においては,リアルタイム性も必要になってくる。SOA(Service Oriented Architecture,サービス指向アーキテクチャー)注6)によってサービス連携が記述できるようになってきたが,リアルタイムでの対応は不十分である。
サービス連携については,WebサービスやSOA,XML(Extensible Markup Language)など多くの研究者コミュニティーがあり,それらを発展させることで,上記に対応できる可能性がある。
CPS/IoTではサイバーであると同時に物理的な世界を取り扱うのであり,両者の橋渡しが重要な役割を果たす。まずは,物理的な世界をモデル化しサイバーの世界に取り込まなければならない。そのときにすべての物理的な要素を取り込むことはおよそ不可能であるから,ある観点から投影したものをモデル化しなければならない。そのための方法論の開発が必要である。すなわち,物理的な要素をプログラミングに取り込めるようにしなければならない。さらに,サイバー世界で定義された要素を物理的なシステムに取り込むことも必要である。つまり,物理的な要素が一方的に制御されるだけではなく,物理的な要素からプログラミングに対して働きかけることができるようにしなければならない。これらの中間的な記述が双方向に成り立つことが望まれる。
また,このモデルは変化に対応することが必要である。すなわち,アプリケーションの要求に応じて,その粒度を変更したり,あるいは実世界に合わせてモデル自体の修正が可能であることが必要である。
CPS/IoTによって,膨大な実世界のデータが収集される。これらのデータ収集には単に伝送するだけではなく,ストリーミング注7)データとして処理をしながら収集するという工夫が必要であろう。さらに,コストの面や,利用形態からみて,これらのデータをすべてデータセンターに蓄積することは,必ずしも得策ではないこともある。その場合,多くのデータがセンサーノードで管理されることが予想される。このように分散して蓄積されるデータの取り扱いはハードウェアやミドルウェア,プログラミングモデルなどに影響を与えるであろう。それらが統合されたアーキテクチャーが必要になる。システムへの要求や制約に基づき,最適な構成あるいは処理方式を決定するための基盤技術が必要になる。デバイス,ハードウェア,通信,コンピューターなど広範な技術要素を組み合わせる必要があり,十分な実績があるとはいえない領域である。社会システムアーキテクチャーも関連するため,新たな研究コミュニティーを集結して研究開発を行う必要がある。
物理的な世界で測定されるデータには必ず誤差があり,時間的な揺らぎをもっていたり,計測そのものができなかったりすることもある。これまでサイバー側で取り扱ってきた数値データは正確であるとの前提であったが,CPS/IoTにおいてはデータの精度や欠損,信頼度への対応が必要となる。精度や質が不十分なデータを使っても,それなりの対応が取れるというロバストネス(頑健性)をもつことが期待される。
多くの技術は社会への適用を図るうえで,さまざまな工夫が必要になる。単独の技術やそれら技術の組み合わせだけでは社会に定着しない。特に,社会インフラやビジネスにおいては多くのステークホルダーが関係するため,それらが互いに連携し,バリューチェーンがうまく構成できるようにしておかなければならない。技術的な課題とはかぎらないので,ここでは詳細には述べないが,実践にあたっては十分な配慮が必要である。
(2) セキュリティーCPS/IoTによって,数々の恩恵がもたらされる。しかし,物事には光り輝く面があれば,必ず陰の部分もある。モノがつながるというCPS/IoTにも好ましくない面が想定される。自分の持ち物がいつもネットワークにつながっていると,自分の見ている情報や,いる場所などの情報がクラウド上に蓄積され,プライバシーが侵害されるかもしれない。
サイバーアタックの問題が生じているが,それがCPS/IoTの世界にまで広がると,これまで以上に影響が大きくなる恐れもある。
たとえば,2009年にはアメリカのテキサス州で道路横の電光掲示板にハッカーが侵入し,普通なら「前方工事中」という表示が出るところを,「注意!前方にゾンビ!(ZOMBIES AHEAD)」と書き換えてしまった注8)。また,2008年には14歳の少年がテレビのリモコンを改造し,路面電車のポイントを操作することによって電車が脱線し,12人のけが人が出た注9)。
2010年にはStuxnetと呼ばれるコンピューターウイルスがイランの原子力施設に侵入して誤動作を起こし,インターネットに接続していなければ大丈夫,汎用OSでなければ大丈夫,専門家は善人だから信用しても大丈夫,という3つの神話を否定してしまった注10)。
また,自動車の診断用のポートに制御パケットを流すことによって,ダッシュボードに任意のメッセージを表示することができたり注11),最近では,自動走行の機能を利用して,運転そのものを乗っ取ることも可能であることが示された。
モノをインターネットに接続することによって計りしれない効用が期待される。社会システムとしても,社会インフラの監視や公共サービスの効率化,高度化が可能になる。また産業的にも,農業や漁業の効率化,製造業のサービス化による付加価値の向上,製品の高度化が図られる。サービス業においても,提供する機能が高度化したり,適切なタイミングでサービスが提供されたりするようになるであろう。このようなCPS/IoTの光の部分をより輝かせるためには,セキュアであることが必要である。
これまで,セキュアなシステム構築に向けて多大な努力がなされてきた。しかし,CPS/IoTにおいては,より安全性に注意を払わなくてはならない。すなわち,物理的な実体と直接的に結びついているだけに,ひとたび乗っ取りや,不正な侵入によるサービスの停止などが起きると,大きな事故を引き起こす可能性がある。甚だしい場合には,人命の危険を伴う場合も考えられる。また,社会システムにおいて広く利用されることを想定すると,10年,20年と,通常のITシステムと比較して長い期間使われる。新たな脅威の出現に対しても,常に対処し続けていかなければならない。社会インフラの場合,不具合があったからといって,簡単にはサービスを停止できないし,システムの更新にも多大な費用や手間がかかる。
これらのことを考慮して,CPS/IoTには従来にもましてセキュアなシステム構築・運用が求められる。
そのためには,最初からシステムをセキュアに設計し,開発することと,そのセキュアさを維持するための運用管理技術が重要になる。まだ,抜本的な解決策は見つかっていないが,少しでもこれらの不安を取り除き,社会がCPS/IoTの恩恵を十分に享受できるための技術の研究開発が待たれる。
米国では2009年からNSF(National Science Foundation,米国国立科学財団)がCPSの研究支援プログラムを立ち上げ,これまでに73のプロジェクトに対して約78億円(6,500万ドル,1ドル=120円換算)の予算を付けている。
GEはインダストリアル・インターネットを推進している。航空機や電車,ガスタービンなどの産業機器の運行や部品の状態などをインターネットで総合管理することにより,コスト低減,効率向上を図ろうとしている注12)。
Cisco SystemsはIoE(Internet of Everything)と名付け,全世界で14兆ドルの経済効果があると主張している。日本におけるIoEの活用によるインパクトと可能性を示唆している注13)。
(2) ヨーロッパヨーロッパにおいては1998年から2002年に実施されたFP5(Framework Programme 5)注14)においてARTISTプロジェクトが実施された。これは組み込みシステムの研究開発に注力したものであり,その後のARTIST2注15),ArtistDesign,ARTEMISへと発展した。EUの研究開発では市場志向に重点が置かれており,産学の連携が奨励され,CPSは組み込みシステムのデザインとして研究が行われている。
ドイツでは,“Industrie 4.0”プロジェクトを推進している。ICTの徹底活用を通じて消費から生産までの過程を統合的に把握し,これにより効率的な生産管理システムの実現を目指す。工場内のあらゆる機器を通信ネットワークでつないだ「スマートファクトリー(次世代工場)」などの実現を目指している注16)。
(3) 中国中国においては,「物聯網(ウーレンワン)」という名称で,各種センサーやRFIDを利用したセンサー群と情報ネットワークの融合により,交通や物流など急激に成長する都市の問題を解決するための活動が各省や市で行われている。多くの都市で同時にいろいろな研究開発が行われている。
(4) 日本国内においては,文部科学省が2011年度文部科学省委託業務「目的解決型のIT統合基盤技術研究開発の実現に向けたフィージビリティスタディ」を実施し,安全・安心な社会,あるいは社会システム全体の高効率化を実現するための国内外の技術開発動向や適用事例などを調査した。2012年度には「社会システム・サービスの最適化のためのIT統合システム構築」という事業を実施している。
経済産業省の産業構造審議会情報経済部会は,2011年8月に中間取りまとめとして「『融合新産業』の創出に向けて~スマート・コンバージェンスの下でのシステム型ビジネス展開~」と題する報告を行った。この中で,農業や医療,交通など従来産業にITを融合することにより,新たなシステム産業創出を目指すとしている。
国内の省庁関連の活動を表1に示す。
CPS/IoTに関して,その内容,社会への影響,技術的な課題などについて述べた。CPS/IoTは今後の情報社会において極めて重要な位置づけにあり,効率的で豊かな社会を実現する核となる技術である。CPS/IoTのもつポテンシャルをフルに活用するためには,本稿で述べた技術的な課題にとどまらず,法律や制度など社会的な仕組みも考えていかなければならない。自然科学だけでなく,人文科学や社会科学も一致協力して,新しい社会の姿を描いていきたい。