Journal of Information Processing and Management
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The history of analog and digital calculators : From the viewpoint of passing on knowledge
Katsunori IINO
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2014 Volume 57 Issue 9 Pages 694-697

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私が中学生の頃だったか,世の中にコンパクトディスク,すなわちCDが急速に普及し始めた。音楽の授業で耳にしたCDのクリアな響きは,趣味でレコードの収集にいそしんでいた私にとって,とてつもない衝撃であった。レコード針がホコリをはじくパチパチという音もなければ,音がこもるような感覚もない。低音から高音まで,軽やかに透き通るような音を奏でるCDは,デジタルがアナログに対して圧倒的な優位性があるような感覚を私に覚えさせた。いわく「アナログはもうだめだ。これからはやはりデジタルの時代だ」と。

正直なところ,当時の私はアナログについて,技術的な側面から正しく理解していたわけではない。言うなれば,単に「古いもの」,いわば「アナクロ」といったイメージでとらえていたにすぎない。当時の私にとってデジタルは,その未来的な「新しさ」ゆえ,正義ともいうべき存在であった。それゆえ,そのあり方に議論が起きるなど,想像もできなかった。当時のオーディオ雑誌上では,音楽愛好家の間で,デジタル化により非可聴域の音声が削られることの是非などが議論されていたが,中学生の私にとっては,聞こえない音について議論になることの意味がまるで理解できなかったのである。

やがて高校生になり,「連続量」というアナログの技術的な定義を知ったことで,ようやく先の論争の意味を理解できる日が訪れた。アナログには,「時間的に連続する」アナログにしかもちえない情報があり,「時間的に連続していない」デジタルでは失われる情報がある。この失われる情報に対する懸念が先の論争を導いていたのである。デジタルがすべての点でアナログに優っていると思い込んでいた私にとっては,軽い衝撃であった。

時は流れ,デジタル技術は日常生活の多くの場所に浸透している。ここ20年ほどの間に,衛星放送,携帯電話,地上波のテレビ放送などが次々とアナログからデジタルへと切り替わっていった。いつの間にか,私が身を置く図書館においても,デジタルという言葉は極めて身近になっている。デジタルアーカイブやデジタルライブラリーといった言葉を知らない図書館員は,いないと言っても過言でない。しかし,とりたてて言及されることは少ないが,ここに至るまでには,デジタル技術と同様,長い年月をかけたアナログ技術の蓄積があった。それゆえ,デジタル全盛の今だからこそ,デジタルとアナログが相互に影響しあい,技術を蓄積していった過去について思いをはせられる本を紹介してみたい。いずれも,デジタルコンピュータ以前の「計算機械」について,取り上げた本である。

私は大学の学部時代に,専門分野として機械設計を学んでいた。このため設計に必要とされる多くの計算技法や,歯車やベルトを使ったさまざまな機構の原理を理解する必要性に迫られた。講義や演習の中で,それら計算技法や機構の中には,数百年前から実用化されていたものがあると知ったとき,私は大いに驚愕(きょうがく)したが,同時にその発想を生み出した過去の人々に一種の畏敬の念を抱くようになった。正直なところ,電卓以前の人々が,どのように四則演算をはじめとする複雑な計算を行っていたのかなど,それまで考えたこともなかったからである。

さて本書『実物でたどるコンピュータの歴史』は,そういった過去の人々の英知ともいうべき,計算技法や,計算器具,さらに計算機の歴史について,豊富な写真と図を用いてわかりやすく解説を行った概説書である。本書ではもちろん,デジタルコンピュータ出現以降の歴史にも触れているが,やはり注目すべきは,それ以前の計算技術の歴史である。誰もが親しんだデジタル計算器具としてのそろばんをはじめ,アナログ計算器具としてもっとも普及した計算尺など,改めて過去の計算技法や手順に触れてみると,そのアイデアの斬新さに驚かされる。たとえば,高校時代に習った常用対数は,決して無味乾燥なものではなく,計算尺で乗除計算を楽にする実用的な存在であることなど,初めてこの世界に触れる人には,目からウロコかもしれない。いずれにせよ,最終的には微分方程式を解くまでに洗練されたアナログ計算機や,機械式の「レジ」として,スーパーや個人商店で一時代を築いたデジタル計算機の歴史を,東京書籍ならではの教科書的視点で語るという点で,本書は秀逸であると思う。

『実物でたどるコンピュータの歴史 石ころからリンゴへ』 東京理科大学出版センター編;竹内伸著 東京書籍,2012年,1,200円(税別) http://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/80692/

1901年に,ギリシアのアンティキテラ島の沖合,古代の沈没船から発見された,通称「アンティキテラの機械」をめぐる物語である。難破船から引き揚げられた「それ」は,当初それほどの価値を有する物体であるとみなされていなかったが,多くの科学者の奮闘により,やがて30以上の歯車によって構成される,2000年以上前の複雑な計算機械であることが徐々に明らかになってくる。結局のところ,「機械」は,任意の時間における太陽,月,惑星の位置や月の満ち欠け,星座の出没を教える機能を有し,また月食や日食の起こる日付や場所,古代オリンピックの開催時期を示す,高精度なカレンダー機能を備えたアナログの計算機械であった。「謎解き」に取り組んだ科学者の一人,デレク・デ・ソーラ・プライス(1922-1983)は,この「機械」の中に,差動歯車(ディファレンシャル・ギア)と称される,ルネサンス期の天文時計で一般化するような技術の存在を見いだしている。彼はこの「機械」を「カレンダー・コンピュータ」と称した。

この「機械」を巡る100年以上にも続く「謎解き」の過程は,上質なミステリーのようでもあり,本書を読む楽しみでもあるのだが,一方で本書には学術情報を扱う図書館員として,考えさせられるような視点が多く含まれている。たとえば2000年前の「機械」と現在のデジタルコンピュータとを結ぶような,明確な技術的系譜が存在していないことは,知識の共有と継承が十分でなかった可能性を物語る。本書によると,SF作家のアーサー・C・クラーク(1917-2008)は,「機械」を見た後に,「ギリシア人がその知識をさらに進歩させていたら,産業革命は千年以上早く起きていただろう」との見解を示したうえで,「そしていまごろ私たちは,月のあたりで足踏みしたりせずに,近くの星へ到達していたでしょう」と述べたという。むろん歴史に「もし」はない。しかし彼が示唆するものは十分に理解できる。

『アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ』 ジョー・マーチャント著;木村博江訳 文藝春秋,2009年,1,900円(税別) http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163714301

思い返せば大学院時代,私は学部の体験からか,技術史や科学史に興味が湧き,ジョセフ・ニーダム(1900-1995)の大著『中国の科学と文明』を読みあさった。そこには,西洋と同質とは言えないような,東洋的発想に彩られた技術が数多く取り上げられており,その独自性に驚くことしきりであった。一方で,現代の技術においては,そういった東洋的な技術に関する知識が十分に伝承されていないことも漠然と理解はしていた。しかし,本書で取り上げた「機械」の知識喪失の可能性は,西洋文明の淵源(えんげん)であるギリシアの事例だけに,いささか意外でもあり,それだけに読後の衝撃は大きかった。あるいは,図書館員として,学術情報を頻繁に扱う立場になったことの心理的な反映なのかもしれないが。

なお,「機械」に関しては,2006年と2008年の2度にわたり,『Nature』誌に論文が掲載されている1)2)。いずれも本書で明らかにされた「謎解き」に関するもので,併せてお読みいただくことをおすすめする。

結局のところ,ほとんど意識することはないが,デジタルコンピュータは,長きにわたるデジタルやアナログの計算技術が培った「巨人の肩の上に立つ」ことで,飛躍的な進化のきっかけをつかんだといえる。プライスは,科学の進歩について定量化した「科学論文の量は時代とともに指数曲線で増加する」という法則を,若き日に提唱している。知識の共有と継承が,科学を進歩させる原動力であることを人一倍理解していたプライスの目に,「機械」はどのように映っていたのか,私の興味は今も一向に尽きる気配がないのである。

執筆者略歴

飯野 勝則(いいの かつのり)

京都大学大学院文学研究科修士課程修了。2004年10月より佛教大学図書館専門員として勤務。専門は図書館ウェブサービス,学術情報データベース,学術情報流通等。2011年,日本の図書館として初めてとなるウェブスケールディスカバリーサービス(Summon)を公開。現在はその「日本化」を一層進めるべく,利用者動向や日本語コンテンツの分析,それを踏まえた図書館ステークホルダーとの折衝などを継続的に行っている。

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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