2015 Volume 58 Issue 1 Pages 74-77
この4月で,図書館生活は丸12年。大学院を卒業してから,もう13度目の春である。
本稿の依頼を受けたのをきっかけに,しばし,この12年を思い返して,その間に読んで印象に残った3冊を取り上げることにした。およそ図書館員らしくもインフォプロらしくもない本ばかりのような気もするが,「私の考え方を前向きにしてくれた本」ということでご紹介したい。
本書に一貫する主張は,とてもシンプルなものだ。
「一九八六年、一〇〇〇万人の旅客が、それぞれほぼ五人のスカンジナビア航空の従業員に接した。一回の応接時間が、平均一五秒だった。したがって、一回一五秒で、一年間に五〇〇〇万回、顧客の脳裏にスカンジナビア航空の印象が刻みつけられたことになる。その五〇〇〇万回の“真実の瞬間”が、結局スカンジナビア航空の成功を左右する。その瞬間こそ私たちが、スカンジナビア航空が最良の選択だったと顧客に納得させなければならないときなのだ。」(第1章 真実の瞬間)
最前線の従業員が,マニュアルにないことが発生するたびに,いちいち上司にお伺いを立てているようでは,サービスにならない。ではどうするか? 顧客のニーズに応える最適な判断をその場で下せるようにするためには,判断をする権限と,その判断に必要な情報,突き詰めれば企業のミッションとビジョンがすべての従業員に共有されていなければならない,とカールソンは説く。
「全社員に責任を分散し、ビジョンを伝えれば、彼らにより重い責務を課することになるのは明らかだった。情報をもたない者は責任を負うことができないが、情報を与えられれば、責任を負わざるを得ない。従業員は、私たちのビジョンを理解すると、熱意をもって責務を引き受け、いっせいに多くのめざましい成果を上げた。」(第3章 スカンジナビア航空の再建)
1974年,32歳の若さで旅行会社の社長に就任したカールソンは,当初いかにも社長らしい振る舞いをしようと,「知識も経験も情報もほとんどないままに,数えきれないほどの意思決定を行った。」それが間違いであることに気づいてから約10年。赤字に陥ったスカンジナビア航空の経営を立て直すに至るまでにカールソンが行ったさまざまな施策と,その背景にある経営哲学が述べられている。
私がこの本に出会ったのは,2006年7月。むさぼるように読んだのを,今でも覚えている。四半世紀も前,1990年に刊行された本ではあるが,いま読んでもまったく古さを感じさせない。それどころか,現代のグローバル経済を予測したかのような文があちこちに見られる。そして,瀕死(ひんし)のスカンジナビア航空を若くして立て直した,カールソンのリーダーシップの鮮やかさである。当時の私が「自分もこんな職場で働いてみたい!」と思ったのは言うまでもない。
しかし,私には疑問もあった。確かに,カールソンはすごいが,成功事例をまねするだけで,世の中のすべての組織が活性化するはずもないだろう。では,カールソンのような個人の手腕に頼らずに,組織の現状を把握して改善するような方法はないのだろうか? あるとすれば,どうやって?
『真実の瞬間』に続けて私が読んだのは,『組織行動のマネジメント』であった。
私が持っている第12刷(2004年1月15日発行)のカバーには,こう印刷されている注1)。
「組織行動学(OB: Organizational Behavior)
組織で働く人々が示す行動やそれによる組織の動きについての体系的な学問。
心理学や社会学も行動についての学問であるが、必ずしも人が働くことに焦点を置いているわけではない。組織行動学は働くことを専門的に扱い、人と組織がどのように行動するかを研究する。」
本書は,アメリカのビジネススクールで用いられている教科書の翻訳である。相応の厚みがある本だが,難しい表現は少なく,しかも「あるある」と思わされるようなことばかりが書いてある。たとえば……
「人間が何か誤りの責任が自分にあると見なしたとき,その間違ったコースへどんどんはまり込んでいってしまう例は,いろいろな記録にも残されている。つまり,「失敗した事業にさらに金を注ぎ込んで」,最初の意思決定が間違っていなかったことを実証してみせて,間違いを犯したことを認めまいとするのである。」(第6章 個人の意思決定)
「官僚制の大きな欠点は,専門化により部門間の対立が生じることである。部門の目的のほうが組織全体の目的に優先することもあり得る。官僚制のもう一つの大きな欠点は,このような組織で働く人々に接するなかで我々が経験していること,つまり規則に従うことに過剰にこだわるのである。規則にそぐわない事態が生じたときに修正がきかなくなる。官僚制が効率的なのは,従業員が前に経験したことのある問題に遭遇しているとき,そして意思決定のためのプログラム化された規則がすでに設定されているときである。」(第13章 組織構造の基礎)
事例が多く盛り込まれており,読み通すのに苦労はなかった。むしろ,読み進めていくとともに,「こういうことが,きちんと『学問』になっているんだ!」「MBAって,こういうことを学ぶんだ!」という新鮮な驚きを強く感じた。今となっては無知も甚だしいと思うが,理系育ちの私にはまったく縁遠いと思っていた学問分野が,急に身近に感じられたのだった。
就職して4年目に,この2冊を付箋だらけにして読んだことは,後々大きく役に立った。特にそう感じたのは,2011年の冬から2012年の夏まで,東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)事務局の調査員を兼務したときである注2)。
国会事故調では,委員会での議論と報告書の作成に資するための情報収集を主に担当したが,防護服を着込んで生々しい事故現場を視察したり,タウンミーティングの裏方として走り回るなど,図書館員らしからぬさまざまな経験を積むこともできた。その間ずっと考えていたのは,「組織」と「個人」の関係である。
国会事故調は,電力会社や規制当局などにおいて,どのように原子力発電所の安全に関する意思決定が行われてきたのかを明らかにすることが,課題の1つとなっていた。調査を進めていく中でさまざまな情報を目にすることになったが,その間に私が強く感じたのは,意思決定者と現場の従業員の意識の乖離(かいり)や,誤った意思決定を見直すことができない組織の弱さだった。
それだけではない。国会の中に民間人から組織される委員会を設置して,その下で弁護士や公認会計士をはじめとする民間出身者と国会職員が同じ事務局員として働くのは,憲政史上初のことであった。前例のない組織の中で,手持ちのスキルだけでどう調査に挑むか。事故調査という大きなミッションを共有する組織の中で,どう振る舞い,どうやって組織に,また福島の被災者に貢献するのか。ミッションを共有していない人との衝突を,どう乗り越えるのか。目まぐるしい忙しさの日々だったが,「そういえば,あの本にはどう書いてあったっけ」などと思いながら仕事をすることもしばしばであった。
最後に,私が最近付箋だらけにした本を紹介したい。ナイキでアジア太平洋地域人事部門長を務めた増田の体験に,神戸大学大学院教授の金井が解説を加える,異色でありながらも親しみやすいリーダーシップ論である。
本書は,増田の新入社員時代から始まる。「アフターファイブをいかに楽しく過ごすかを何より優先して考え」た就職先で,読んでいて思わず絶句させられるようなミスを重ねながらも,組織の中でできること,できないこと,すべきことを見つけていく。配属3か月で始めた仕事は,業界紙の切り抜きを発展させた,「誰からも頼まれたわけではない」月報の作成と,資料置き場の管理であった。
「振り返ってみると、この出来事は私にとって初めてのリーダーシップ体験だったのかもしれません。リーダーシップは役職や肩書きがないと発揮できないものではありません。ある人が組織全体にとって必要とされることを見極め、自らイニシャティブをとって行動し、その行動が組織に価値をもたらしたときに、リーダーシップは発揮されたと言えます。
ただ、当時の私はもちろんそんなことは知りませんでしたし、リーダーシップを発揮したつもりもありませんでした。」(第二章 新人でも「社長目線」で取り組む)
社内でのさまざまな経験を経て,「人事や組織といったものへの漠然とした興味」をもつに至った増田がヘッドハンティングされた先は,世界に名だたるグローバル企業。その中で増田は,「組織における自分の付加価値は何なのか」考えることになる。やがて2度目のヘッドハンティング。入社翌日,社員教育のディレクターは,こう言い放った。
「ヤヨイ、ナイキは君がいなくてもやってこられた。これからだってそうだよ」(第四章 自分自身のリーダーシップを磨く)
一本釣りしておいて,この言い草である。この言葉を増田はどう受け止め,どう動いたか……。そこは,ぜひ読んで確認していただきたい。
リーダーとフォロワーの関係は,固定化されたものであると考えられがちである。また,最近ではフォロワーシップに関する論考も多くあるが,私にはどうしてもそれらが滅私奉公的な考え方と結びつくものであるかのように思えてしまって,なかなか好きになれない。その点,「誰もがリーダーになれる可能性はあると考えていますし,誰もがリーダーであった方がいいとも考えています」とする本書の考え方は,組織に対する個人の向き合い方としてより健全だと私は思う。
増田はこう説く。
「あるリーダーのもと、組織のあちこちで、職位に関係なく新しい提案がなされたり、率先して行動する人が増えていたり、職域を越えて協力する関係が見られたり、その結果としてミスが早めに修正されたりといったリーダーシップが見られるようになったら、それはその組織のリーダーが成長している証です。組織の中で誰かが良質なリーダーシップを発揮し始めると、みんながリーダーシップを発揮し始めるのです。」(第六章 リーダーとしてより良く成長する)
皆さんが所属する組織に,良質なリーダーシップはありますか?
澤田 大祐(さわだ だいすけ)
東京大学工学部卒業,同大学院新領域創成科学研究科修士課程修了。2003年4月,国立国会図書館入館。以後,閲覧サービス,電子図書館,国会サービスの各部門に勤務。この間,2011年12月から2012年10月まで,東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)事務局調査員を兼務。情報検索応用能力試験(現:検索技術者検定)1級。
現在は「調査及び立法考査局調査企画課連携協力室調査情報企画係長」。これでは何をしているかさっぱりわからないが,国会サービスと情報システムと国際協力との間を行ったり来たり。
※本稿の内容は個人に属するものであり,筆者が所属する組織の見解を表すものではありません。