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Opinion
Emergence of invisible asset : Intangible asset and accounting system
Yasuyuki ISHII
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2016 Volume 58 Issue 12 Pages 924-928

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1. 無形資産-見えざる資産

通常,特許やブランドなどの知的財産や顧客愛顧といった「無形資産」が,自社の会計帳簿に資産として計上されることは,特別な場合を除いてほとんどないといってよいであろう。わが国の会計制度によれば,資産は別段の定めがない限りその「取得価額」で記載されるべきとされ,無形資産を外部から取得し,その取得価額が支出として認識されない限り,その価値が資産として把握されることはない注1)

たとえば,ブランド力をもった商標が顧客に広く認知されるのは,ひとつには広告宣伝の積み重ね等による。また顧客から愛顧を受けるのは,従業員の絶えざる顧客サービスの努力などによる。こうした広告宣伝費や,従業員に支払われる俸給や教育研修費は,支払った年度の経費として処理され,資産に計上されることはない。また,特許などの技術資産についてみれば,それを生み出すための研究開発投資(研究開発費)は,会計制度上,支出したその年度の費用として処理することが義務付けられている注2)1)

そのため,ブランド・商標,顧客愛顧,技術などが,将来の収益獲得の源泉(資産)として,企業の会計帳簿上に計上されることは,通常の事業活動の中ではほとんどないといってよい。それにもかかわらず,こうした経営資源は企業に収益をもたらす資産であるにとどまらず,今日最も重要な資産として位置付けられている。しかし,こうした貴重な資産も自社内で生み出される限り,会計上は「見えざる資産」とならざるをえない2)

2. 無形資産の見える化へ

こうした状況の中,知的財産をはじめとした無形資産(知的資産)を把握し,開示しようとする試みが,古くはヨーロッパを中心に1990年代から模索されてきた。たとえば,スウェーデンの保険会社,スカンディア・インシュアランス社は,1994年に知的資産報告書を作成した。この報告書では,知的資産を人的資産と構造資産(顧客資産や組織資産などから成る)に分解し,知的資産の構成を明らかにしようとした。デンマークでも,1998年に政府主導の下で知的資産経営報告書のガイドライン策定がなされた。また,ヨーロッパ6か国(スペイン,フランス,デンマーク,フィンランド,スウェーデン,ノルウェー)の9大学・研究機関が参加して2001年までの間,主に知的資産の中身の解明に力点を置いた「MERITUM(MEasuRing Intangibles To Understand and improve innovation Management)」というプロジェクトが展開されてきた3)

こうした取り組みの根底には,企業の競争優位の源泉が財物からナレッジ(知識)に変化してきた社会的背景の中で,いかにこのナレッジを把握し,それを活用したビジネスモデルを構築すべきか,という問題意識があったといえよう。

またわが国でも,「知的財産推進計画2003」において,知的財産に関する情報開示の必要性がうたわれ4),特許・技術情報を中心とした知的財産開示指針の策定が企図され,その指針は2004年1月に公開された5)。こうした動きに合わせ,企業サイドからも自発的に自社の特許等,知的財産情報を開示した知的財産報告書が策定されてきた。財務情報では確認できない,自社の技術情報,知的財産マネジメント等にかかる非財務情報を開示し,投資家や各利害関係者の判断指針に資することが意図されてきた。

また経済産業省の指導の下で,2013年以降今日に至るまで中小企業経営の高度化を目指して,中小企業における知的資産経営の推進が図られてきた。中小企業が,自社の知的資産を明確に認識し,その有効活用を意図し,経営方針や目標管理の中に具体的に組み込み,その内容を報告書としてまとめ,取引先や従業員と経営者とのコミュニケーション・ツールとして活用することが提唱されてきた6)

ただこうした取り組みは,いずれも会計制度とは別の世界で無形資産の認識や把握を試みようとしたものであり,必ずしもいまだ広く浸透するまでには至ったとはいえない。また無形資産を,具体的な金額データとして把握するものでもない。むしろ,そもそも数値化できないかかる資産をどのように「見える化」するか,という試みがこうした動きであったともいえよう。

3. 無形資産が見える局面

M&Aと無形資産の買収

ところが,このような見えざる資産が,突如として会計帳簿に登場する局面がある。そのひとつの典型的なケースがM&Aである。近年,M&Aは企業にとって新たな成長戦略として定着し,その実施数も1990年代後半以降増加の一途をたどってきた。リーマンショック後,一時,減少傾向がみられたが,2012年以降再び増加に転じている注3)

最近は,日本企業による大型M&Aの事例も報じられ,2011年の武田薬品工業(株)によるナイコメッド社の買収,2013年のソフトバンク(株)によるスプリント・ネクステル社の買収,さらに2014年のサントリーホールディングス(株)によるビーム社の買収など,いずれも兆円単位の大きなM&A事例として注目を集めた。また,米国製薬企業ファイザー社によるアイルランドの製薬大手アラガン社の買収発表は,1,600億ドルという群を抜いた規模の巨大さで注目を集めている。

M&A実施にはさまざまな目的が存在し,科学技術・学術政策研究所の調査によれば,既存事業の補完,業務効率の向上,企業規模の拡大,市場シェアの拡大等,その内容は多様である。同時に,調査結果からは,技術力の向上・強化,研究開発力の強化といった研究開発志向型のM&Aが,一定程度の割合で存在することも確認されている7)。いわば,技術という無形資産の拡大を意図したM&Aと見なすことができよう。

実際,2012年のGoogle社によるモトローラ・モビリティ社の買収,2014年のMicrosoft社による老舗携帯電話会社ノキア社の買収は,それぞれ特許権もしくは特許ライセンスの取得を目的として実施されたM&Aとしてよく知られている。

M&Aにおける無形資産の会計処理

少し乱暴かもしれないが,M&Aの際の会計処理を簡単に述べると次のようになる。まず,合併もしくは買収をしかけた企業は,M&Aの対価として一定の金額を支払う。それは株式の交換によって代替されることもある。そして,支払った対価額が相手企業の純資産の帳簿価額を超える場合,まずはその超過額を相手企業の各資産と負債の時価額に配分する。そして,配分しきれなかった残余の額のうち,識別(分離)可能な「無形資産」(国際会計基準によると,契約上あるいは法律上の権利や,それ自体を売却・譲渡・ライセンス等して分離できる資産注4))は,公正価値や時価額で評価して,貸借対照表にその評価額で資産計上する。そして残額を「のれん(goodwill)」として計上する。

こうして,もともとは被買収企業で資産として認識されていなかった無形資産が,このM&Aという経済取引を通して,会計帳簿に資産として価額表示を伴って出現する。先のGoogle社によるモトローラ・モビリティ社の買収では,2012年5月の買収後に出されたGoogle社の連結貸借対照表に,買収によって得た特許権と先進技術が55億ドルとして資産計上された。無形資産全体としての資産額も62.8億ドルほど増加し,前期の5倍以上に膨れあがった8)。ここに見えざる資産が,買収対価124億ドルの約半分を占める額としてその姿を現すこととなった。

4. 無形資産が牙をむくとき

パナソニックによる三洋電気買収

M&Aに伴って無形資産が財務諸表に出現したわが国の事例としては,パナソニック(株)による三洋電機(株)の買収が挙げられる。パナソニックは,2009年12月に同社株式の50.2%を取得するとともに,2011年4月には同社を100%の完全子会社とした。

パナソニックが三洋電機買収の意向を示した2008年11月当時注5),三洋電機はパソコンや携帯電話に使用されるリチウムイオン電池では世界でトップのシェアを誇り,また太陽電池でも高い技術力を有していた。パナソニックは,三洋電機と自社の技術力を合わせることで,高いシナジー効果が得られると期待した。

この買収により,パナソニックは特許権などに代表される無形資産を約4,900億円,のれんを約5,100億円,三洋電機から引き継ぐこととなった。無形資産のうち特許・ノウハウは3,550億円に上り,これらは大きな規模でパナソニックの資産として出現した9)

買収に伴って増加した無形資産は,償却対象の資産となり,その減価償却費は各年の費用として利益圧縮要因となる注6)。具体的には,三洋電機から引き継いだ特許・ノウハウ,さらに商標といった償却対象知的財産約4,000億円の償却により,以後,年400億円程度の償却負担の発生が見込まれた。2009年度の連結営業利益が1,900億円であったことからみても,その影響は小さくない。

しかしこれら償却資産も,以後事業活動に有効に生かされてキャッシュフローを生み出し,利益圧縮効果を相殺し,むしろ利益を押し上げることで,収益効果をもたらす経営の動力源となるはずであった。

無形資産の反乱

しかしその後,パナソニックは2011年度と2012年度に,2期連続して7,500億円を超える巨額の最終欠損を出し,2012年度は株主への配当をゼロとし,63年ぶりの無配に陥った注7)

この2つの期に共通していたことは,その他要因もさることながら,競争激化に伴う民生用リチウムイオン電池事業などの収益悪化から,三洋電機から買収した事業価値の見直しが行われ,のれんやその他長期性資産の減損処理が大きなマイナス要因となったことである。減損額は,2011年度が約5,630億円,2012年度が約3,890億円に上った。

たとえば,2012年度の長期性資産の減損損失約1,380億円のうち,民生用リチウムイオン電池事業が属する「エナジー」セグメントの損失は1,040億円ほどに上った。民生用リチウムイオン電池事業における長期性資産の減損には,この事業にかかわる特許・ノウハウ等の減損が含まれる。2011年度では,この部門の顧客関係と特許・ノウハウで956億円の減損処理が行われていた。

2012年度ではのれんの減損額約2,500億円のうち,「エナジー」部門は1,470億円を占め,その内訳はソーラー事業関連と民生用リチウムイオン電池事業関連で,それぞれ約720億円と約750億円の損失が計上された。民生用リチウムイオン電池事業関連では,2011年度においてもほぼ同額程度の減損が計上された。M&A実施当初に期待されたこれら分野の事業見通しが,急速に悪化したことが減損の理由であった。

特許・ノウハウを含めた無形資産やのれんが,M&A実施後に制度会計上の資産として出現した後に,企業の経営成績に大きな影響をおよぼした事例といえよう。パナソニックは米国会計制度を導入し,のれんは無形資産とは一線を画するものの,日本の会計制度ではのれんは営業権に包含され無形資産のひとつとされている。

その後,パナソニックは構造改革を進め,2014年期は1,800億円に上る高い純利益を出すまでに回復した。かたや,決算の不正な処理問題に揺れる(株)東芝では,2006年から買収を進めてきた原子力事業会社ウェスチングハウス社が,2012~13年度で実施した計13億ドル(約1,160億円)ののれんの減損処理を開示していなかったことが問題視されている注8)

さいごに

自社内で創出された無形資産は見えざる資産として,制度会計上,その価値が会計帳簿に記されることはほとんどない。たとえば研究開発費については,「発生時には将来の収益を獲得できるか否か不明であり,また,研究開発計画が進行し,将来の収益の獲得期待が高まったとしても,依然としてその獲得が確実であるとはいえず,そのため研究開発費を資産として貸借対照表に計上することは適当でないと判断」された10)。技術など自社創製の無形資産を,会計上の資産として計上せずその期の費用とすることは,見方によれば利益を控えめに計算し,企業体力を温存するような会計処理を促す企業会計の原則にも通じうるとも考えられる。そこは,それなりの合理的な背景が存在する。

しかし,M&Aなどの取引を経て,突如,無形資産がその姿を現すことがある。M&Aを通して異なる組織体へ飛び出し姿を現したこの資産が,真にその評価額に値する効果を発揮するかどうかは必ずしも定かではない。ここに,無形資産の力と限界の微妙な境界点が見いだされる。

先のGoogle社は,2014年には早々にモトローラ・モビリティ社の事業をレノボ社に再売却してしまった。しかし,大半の特許権はいまだ自社に留め置いている。これら特許権は,Google社の基本OS事業を安定的に遂行させるうえで重要な意義をもつものと期待されている。ただこうした特許が今後,どの程度の効果を発揮するかについては疑問を呈する見解も少なくはない注9)。Google社の事業が引き続き安定的に推移する限り,この無形資産の価値が毀損(きそん)する可能性は低いと考えられるものの,姿を現したこうした無形資産が,今後,その資産の額に見合った価値を真に発揮していくかどうかは,引き続き注視していくことが求められるのであろう。

執筆者略歴

  • 石井 康之(いしい やすゆき)

1974年一橋大学経済学部卒業。2005年専修大学経済学研究科(計量経済修士)修了。2012年東北大学工学研究科博士後期課程修了(工学博士)。1974年東京海上火災保険株式会社入社,営業企画等の業務を担当の後,財団法人知的財産研究所,(株)東京海上研究所に出向し主席研究員などを歴任。2002年株式会社ミレアホールディングス・マネージャーとして,東京海上他グループ各社の知的財産管理を統括。2005年東京理科大学大学院MIP教授,現在に至る。著書に『アーリーステージ知財の価値評価と価格設定』(監訳,中央経済社),『知的財産の経済・経営分析入門』(白桃書房)など。

本文の注
注1)  会社計算規則(平成十八年二月七日法務省令第十三号)第五条参照。

注2)  研究開発費等に係る会計基準:三研究開発費に係る会計処理.

注3)  株式会社レコフデータ Webサイト(http://www.marr.jp/mainfo/graph/)参照。

注4)  国際会計基準(International Accounting Standards: IAS)38号, http://www.iasplus.com/en/standards/ias/ias38

注5)  パナソニック,三洋買収交渉へ,大株主3社から株取得,年内合意めざす. 日本経済新聞. 2008-11-01. 朝刊, p. 1.

注6)  米国会計基準と国際会計基準ではのれんは減価償却せず,減損テストを行い簿価と公正価値との比較をし,公正価値が低くなっている場合は損失処理することとしている。それに対して,日本の会計基準ではのれんを20年以内でその効果が及ぶ期間にわたって償却することが義務付けられている。

注7)  パナソニック7650億円赤字13年3月期,63年ぶり無配. 日本経済新聞. 2012-11-01, http://www.nikkei.com/markets/kigyo/gyoseki.aspx?g=DGXNASDC31005_31102012MM8000

注8)  東芝,ウエスチングハウスの減損総額は1156億円. 日経QUICKニュース(NQN). 2015-11-17.

注9)  ・三国大洋. グーグルのモトローラ買収&売却をめぐる損得の皮算用. ZDNet Japan. 2014-02-06. http://japan.zdnet.com/article/35043544/

・パテントリザルト. Googleの特許力が激変! Motorola Mobility買収で. 2011-08-16. http://www.patentresult.co.jp/column/2011/08/googlemotorola-mobility.html

・末岡洋子. GoogleのMotorola戦略をチェック――買収の目的は果たせる?. ASCII.jp. 2012-09-05. http://ascii.jp/elem/000/000/723/723265/

参考文献
  • 1)  企業会計審議会. 研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書 研究開発費等に係る会計基準. 2008.
  • 2)  古賀智敏. 知的資産の会計:マネジメントと測定・開示のインターラクション. 東洋経済新報社, 2005, 340p.
  • 3)  池島政広. 知的資産経営による企業の再生:新商品開発に焦点を当てて. 三田商学研究. 2007, vol. 50, no. 3, p. 9-14.
  • 4)  知的財産戦略本部. 知的財産の創造,保護及び活用に関する推進計画. 2003年7月8日.
  • 5)  経済産業省. 知的財産情報開示指針 特許・技術情報の任意開示による企業と市場の相互理解に向けて. 2004. 1.
  • 6)  独立行政法人中小企業基盤整備機構. 中小企業のための知的資産経営マニュアル. 2007. 3.
  • 7)  科学技術・学術政策研究所 第2研究グループ. 平成20年度 民間企業の研究活動に関する調査報告. 2009.
  • 8)  Google Inc. Form 10-Q For the Quarterly Period Ended June 30, 2012. CONSOLIDATED BALANCE SHEETS.
  • 9)  パナソニック株式会社. 第103期有価証券報告書. 2010.
  • 10)  企業会計審議会. 平成10年3月13日 研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書. 2008.
 
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