2017 Volume 59 Issue 10 Pages 702-706
IoT(Internet of Things:モノのインターネット),すなわちさまざまなモノがインターネットを通じて相互に接続されるという概念が登場したのは,それほど最近のことではない。遅くとも1982年には,カーネギーメロン大学においてインターネットに接続されたコーラの自動販売機が試作されている1)。1991年には,Xerox PARCに在籍していたMark Weiserがユビキタスコンピューティングの概念を提唱し2),1999年ごろにはIoTというキーワードが登場している3)。当初はRFID注1)によるモノへのタグ付け・追跡などの側面が主に強調されてきたが,近年の携帯電話ネットワークの高速化や,BluetoothやNFC注2)などのデバイス間通信手段の普及とともに,IoTの概念は大きな広がりを見せている。
本誌でも,IoTに焦点を当てた記事4),5)が掲載されているが,最近は一般向けのニュースでもIoTというキーワードが頻繁に取り上げられるようになってきた。その背景には,人工知能と同様に,産業界からの期待や,社会に与えるインパクトへの不安が同時に高まっていることがあるように思う。
IoT Solutions World Congress 6)は,スペイン・バルセロナ市の見本市会場Fira de Barcelona(図1)で2015年より開催されているIoT分野のイベントである。IoTの適用が試みられているさまざまな産業分野での取り組みを概観するとともに,今後のイノベーションへの期待や課題への知見を得ることを主な目的として,初めて本イベントに参加した。今年はIoT分野の最前線で活躍している160名以上が登壇する会議セッション(図2)と,170社以上が出展する展示(図3)が,3日間にわたって開催された。IoTに取り組んでいる世界中の主要企業が多数参加・出展し,約70か国から8,000名以上の参加者を得て盛況であった。本記事では,基調講演やパネルセッションで焦点になっていたトピックを中心に紹介する。



筆者はビッグデータや人工知能など,他の分野での展示会形式のイベントにも参加することがあるが,本イベントで発表・展示された取り組み全体を通じて,IoT分野では企業間の協業,国際協力,産学連携などのコラボレーションが他の分野と比較しても非常に活発であると感じた。垂直統合注3)に向いている製造業やインフラ事業の特性と,水平分業注4)に向いているインターネット技術の特性をうまく融合させる必要性をIoTが有していることが,活発なコラボレーションの背景にあるのではないだろうか。IoTを活用しようとする企業は,垂直統合によって築いた自社の強みを保ちつつ,積極的なコラボレーションによってイノベーションのスピードを上げることが求められている。
基調講演やパネルセッションでも,コラボレーションの重要性がたびたび強調されていた。ドイツ経済エネルギー省国務長官のMatthias Machnig氏は,製造業におけるIoT適用を推進するための国際間協力の重要性とともに,日本やフランスとの協力の取り組み事例に言及していた。展示エリアでも,IBM・GE(General Electric)・Intel・MicrosoftなどのIoT分野を主導する企業を中心として,多数の企業がコラボレーションの事例を紹介していた。日本からも,東芝・日立・三菱電機・NEC・富士通・パナソニックなどのインフラにかかわる企業や,ソニー・オムロン・横河電機などのセンサーにかかわる企業が,協業先の企業ブースで展示を行っていた。
ただ,ヨーロッパでの開催であることを差し引いても,日本企業のコラボレーションの動きは,米国企業や中国企業と比較してやや存在感が薄いように感じられた。GE Europe社のCEOを務めるMark Hutchinson氏による基調講演では,IoTによる破壊的イノベーションの事例として,データ活用による風力発電や航空機エンジンの効率化などの取り組みに触れたうえで,他分野の企業とのパートナーシップを恐れないことの重要性に触れられていた。コラボレーションのリスクを避けるのではなく,適切にコントロールしながらコラボレーションに取り組むことが求められているのではないだろうか。
IoT分野ではさまざまな規格が乱立しており,そのことが普及の障害になっているといわれている。普及を促進するために,標準となる規格を策定しようという動きも盛んになっている。
本イベントの後援団体であるIndustrial Internet Consortium(IIC)7)が中心となって策定が進められているIndustrial Internet Reference Architecture(IIRA)8)(図4)もその一つである。IICアーキテクチャタスクグループ共同委員長のMark Crawford氏(SAP社)がモデレーターを務めるパネルセッションでは,IIRAの概要とともに,IIRAを採用することで得られるメリットについて議論が交わされた。本セッションではIIRAに準拠した事例として,日立・三菱電機・Intelによるファクトリーオートメーション注5)のPaaS注6)実装にも触れられていた。標準化の策定の場にどのように参加,貢献するかについても,多くの企業が関心を抱いているように感じられた。

本イベントでは,基調講演やパネルディスカッションを中心とするGeneral Sessionsのほか,以下に挙げるような産業分野別のセッションが開催され,いずれも多数の参加者を集めていた。筆者はヘルスケア分野のセッションを中心に参加したが,他の分野のセッションの内容についても簡単に触れる。
(1) Manufacturing(製造業)少品種大量生産から多品種少量生産への変化や,ドイツを中心に提唱されているIndustrie 4.0の流れの中で,IoTへの関心が非常に高まっている。ロボティックスや機械学習の活用とともに,ユーザー中心の流れへの対応や,信頼性などがトピックとして取り上げられていた。
(2) Transportation and Logistics(交通・物流)自動運転技術の飛躍的進歩は,今後の交通・物流システムを大きく変革していくことが見込まれている。自動運転をとりまく話題が中心であったが,運輸に要するエネルギーの効率的利用によるサスティナブル都市の実現や,交通死亡事故の削減への機械学習の適用などを扱うセッションもあった。
(3) Energy and Utilities(エネルギー・公共インフラ)エネルギー利用のIoTによる効率化は,地球温暖化防止の対策としても非常に期待されている。スマートグリッド,建物管理システムの進歩などが中心的なトピックであった。また,水道システム,IoTを支える無線通信インフラ,EU主導のスマートシティープラットフォームであるFIWARE10)の話題などもあった。
(4) Healthcare(ヘルスケア)日本を筆頭に各国・地域で高齢化が進行する中,健康管理,医療や介護の人手不足への対応,コスト削減の必要性からもIoTの活用は喫緊の課題となっている(本誌でも,スマートフォンが標準的に装備している加速度センサーを用いたヘルスケアサービスや看護師の行動分析の話題に触れた記事11)が掲載されているので,ご覧いただきたい)。
医療現場でのさまざまな機器をIoTによってつなぐ取り組みについては,各社からさまざまな事例が発表されていた。MRIやCTスキャナーをネットワークにつなぐことにより,故障の予兆を発見し障害時間をゼロに近づけることを目指したPhilips Healthcare社の事例や,患者自己調節鎮痛法(Patient Controlled Analgesia, PCA)の機器をIoTでモニタリングすることによって,過剰投与による死亡事故を減らすことを目的としたReal-Time Innovations社の事例などが印象に残った。
また,Schneider Electric社は,医療機器に不可欠な安定的な電力や,さまざまな人が出入りする環境下での患者の安全を確保するためには,病院の建物全体を管理するソリューションを検討すべきであるとアピールしていた。
IoTへの期待の高まりとは裏腹に,漠然とした不安やIoTを導入しようとする事業者への反発なども同時に高まっている。人工知能分野と同様に,IoT分野でも倫理や社会的リスクを議論する必要性が広く認識されつつある。
IoTによって得られるデータの倫理的活用をめぐるパネルディスカッションでは,企業間のデータ共有や異種データの結合分析をめぐって活発な議論が展開された。Schneider Electric社のPrith Banerjee氏からは,患者からのデータ利用への反発や目的外利用の問題への言及がなされた。日本でも交通ICカード利用履歴データの社外提供をめぐって強い反発が起こったが,医療分野のIoTデータ活用はよりセンシティブな問題を含むであろう。また,Intel社のSven Schrecker氏は,かつてIntel社がPentium IIIで導入しその後廃止されたプロセッサー固有IDの問題に触れ,固有IDがもたらすイノベーション創出と,社会に与えるネガティブな影響のトレードオフを検討する必要性に言及した。IoTデバイスへの固有IDの付与は,プライバシーの侵害につながる危険性とともに,後述のセキュリティーの問題には有効であるだけに,慎重な判断が必要とされるようである。
あらゆるモノがインターネットに接続されるということは,インターネット上に存在するさまざまなリスクにもさらされるということである。すでに,初期パスワードのまま放置されたカメラなどのデバイスが外部から自由に操作されてしまったり,重要なインフラがサイバー攻撃によって止まってしまったりといった事例は枚挙にいとまがない。本イベントでも,IoTのセキュリティーに焦点を当てたセッションが開催されていた。前述のIIRAでも,セキュリティーを確保するための指針が示されている。
1992年夏季オリンピックの開催地バルセロナは,都市圏人口約474万人であり,近年は,世界遺産に登録されたガウディ作品群(図5)を中心に観光客の増加が著しい。一方で,バルセロナはIoT活用の先進都市としても知られ,Wi-Fiネットワークを活用した駐車場情報のリアルタイム提供や,毎年9月に開催され200万人以上が訪れるメルセ祭の観光客データ分析など,先進的な取り組みが数多く行われている。
本イベントでも,バルセロナ市によるブース出展(図6)が行われており,多くの参加者が立ち寄っていた。


IoT分野においては,すでに各社が巨額の投資を行っており,実社会への適用も着実に進みつつあることを,本イベントの参加で実感することができた。一方で,IoT技術の利用によって生み出された付加価値を顧客としてのエンドユーザーにどのように届けるかについては,先進的な取り組みをしている企業ですらまだ試行錯誤の段階であるという印象も受けた。たとえば,医療現場であらゆる機器にセンサーを組み込み,異常があればすぐにアラートを発生させることは,一見すると事故防止や医療従事者の負担軽減に寄与するようにみえるが,医療従事者のモチベーションや組織運営,ひいては患者への医療サービス提供にどのように影響を与えるかについては検討課題として残されているようである。サービスデザイン思考12)のようなユーザー中心,全体的な視点からのアプローチが,今後は必要とされるのではないだろうか。
(株式会社ネクスト リッテルラボラトリー 清田陽司)