Journal of Information Processing and Management
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Book editing and MS-DOS
Takeshi URAYAMA
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2017 Volume 59 Issue 12 Pages 872-874

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パソコンとの出合い

大学を卒業して理系出版社に就職したとき,最初に配属となったのが生化学系雑誌の編集部だった。数年が過ぎて編集の仕事が少しわかりかけてきたころ,編集部に初めてのパソコンがやってきた。NECの「キューハチ」で,編集部全体でこの1台を共有していた。パソコンを使いたい(触りたい)人は,誰も使っていないときに自分用の5インチフロッピーディスクを持って行って,フロアの隅っこに置いてあるパソコンを立ち上げるのである。そのとき勉強した本が,『入門MS-DOS』『実用MS-DOS』『応用MS-DOS』注1)の三部作だった(実際,入門編以外はあまり読まなかったが)。

すぐに自分でもパソコンが欲しくなり,大枚をはたいて自宅にPC-9801 U2を購入した。ワープロソフト「一太郎Ver.3」も買った。2基ある3.5インチフロッピーディスクドライブは,片方がシステム用,もう片方が辞書用で,作成した文書を保存するときは辞書用を抜いて代わりに文書保存用ディスクを挿入してから保存した。そのころまだハードディスクドライブは高根の花で,内蔵メモリーの一部を辞書の置き場所に設定して,“高速な”かな漢字変換を実現したりしていた。

sedとの出合い

しばらくして,『山田祥平の戦うMS-DOS』に出合った。どの部分に感動したのかはよく覚えていないが,とにかく印象に残る一冊だった(挿絵がカッコよかった)。この本で,ストリームエディター「sed」(セドと読む)の存在を知った。編集者なら誰しも,送り仮名を多く振るか少なく振るか,また漢字をひらくか否かといった用字用語の統一には気が抜けないものだ。それが,sed(正確にはスクリプトファイル)を使うと簡単に統一することができる。

私も自分用のスクリプトファイルを書いて,sedを使ってみたいと思った。何しろ,これまでに使い込んできた用字用語の例が整理できるうえに,今後はそれを使って用字用語が自動的に統一できるのだ。それからは,用字用語の例をノートに書きためては,スクリプトファイルを更新していった。sedを詳述した『MS-DOSを256倍使うための本Vol.3』注2)や「正規表現」に関する本も読んだ。そして,実際の原稿をsedで処理してみて,変換ミスや変換漏れの箇所をつぶしていった。

『山田祥平の戦うMS-DOS』,山田祥平著,KADOKAWA アスキー・メディアワークス,1991年,品切重版未定

「電子編集」

スクリプトファイルがほぼ完成し,実用上もほぼ問題がない状態になってから,MS-DOSやsedによる編集術(これを「電子編集」と名づけて)をまとめて自分でも本にしてみたいと思うようになった。知り合いの先輩編集者に相談したところ幸運にも出版してもらえることになり,『電子編集のススメ:sedの活用』注3)と『電子編集入門:編集者のためのsed活用術』の2冊を上梓することができた。そのおかげで,電子編集やsedに関して,講演会や大学での1コマ授業などに講師として呼んでもらったりした。

sedは,用字用語の統一だけでなく,たとえば英字や数字の全角/半角の統一,算用数字から漢数字への一括置換,縦中横のために2桁数字にのみ印(タグ)を付ける作業(1桁や3桁以上の数字列はそのまま)などにも活用できて便利だ。ただ,そのためには,それ専用のスクリプトファイルを考えて書かなければならない。1行で書ける簡単なスクリプトファイルもあれば,試行錯誤をくり返してやっと完成する複雑なものもある。また,誤変換が絶対に起きないスクリプトファイル(例:全角→半角)もあれば,誤変換が起こりうるもの(例:一緒に→1緒に)もある。

いずれにしても,sedで処理した後は,必ず処理後の文章を見直すことが必要だ。もし誤変換が起きていたら正しく直すとともに,その原因を考えてスクリプトファイルも更新しておかないといけない。編集という仕事の効率を考えると,sedを使うかどうかは,sedで一括処理して後で見直しする手間と,ワープロで1つずつ直していく手間の,効率の問題ともいえる。私も,書籍のような長文はsedで処理するが,雑誌記事のような短文はワープロで直すことが多い。今でもときどきsedを使うことはあるが(Windowsのスタートメニューで“cmd”を検索して実行すると,MS-DOSが立ち上がってsedが使えるようになる),スクリプトファイルは常に更新し続けている。

『電子編集入門:編集者のためのsed活用術』,浦山毅著,出版メディアパル,2008年,1,500円(税別),http://www.murapal.com/digital/56-sed-.html

編集に役立ったMS-DOSの考え方

振り返ってみれば,編集という仕事に,MS-DOSやsedの考え方がいくつも役に立った。たとえば,本の構成において「小見出し」は必要だが,その小見出しに「階層」をもたせることはとても重要な作業である。小見出しに“1”,“2”,“3”,…とただ単に番号を振るのではなく,たとえば“1”,“1.1”,“1.1.1”と振って階層をもたせ(“章-節-項”の3階層の例),全体のバランスを考えながら本の中身を体系化していくのである。組み版上も見た目で階層を表現し,たとえば,章の文字は大きさ18級で10行取り,節は14級で3行取り,項は13級で前1行空きにして,小見出しに重みの差をつけていく。MS-DOSの世界では,真っ黒い画面上で,今自分がいる位置を常に意識しながら,“CD(change directory)コマンド”を使って,階層(ディレクトリ)間を行ったり来たりしていた。今ではWindows上で視覚的に階層(フォルダ)がわかるようになったが,当時のMS-DOSは私に階層というものを強く意識させてくれた。

MS-DOSのファイル操作に不可欠だったワイルドカードという考え方も編集に役立った。たとえば“第?章”と書いて,「第1章」「第2章」「第3章」…をすべて包括させようとするときの“?”がワイルドカードだ。MS-DOSで慣れていたから,その親玉である正規表現(regular expression)にもすぐ慣れた。ワープロの置換機能だけでは,たとえばすべての英字を全角から半角に変換するのに52回も操作が必要だが,正規表現を使えば1回の操作で済む。正規表現という考え方は,組み版を始める前のテキスト処理にとても役に立った。

さらに,バッチ処理という考え方も役に立った。MS-DOSでは定型の処理を行う際に,バッチファイルというプログラムをあらかじめ用意しておいて実行させることが多い。処理の途中でユーザーと対話することなく,黙々と処理をこなす。sedもバッチファイルで動かすことのほうが多い。sedは,元の原稿を書き換えるわけではない。処理がうまくいかなければ,スクリプトファイルを書き換えて,何度もsedで処理すればいい。sedでの処理が完璧でないからといって,sedが使いものにならないという結論にはならない。sedでできることはsedに任せて,できなかった部分を手作業で仕上げればいいのだ。

文字や言語への興味

スクリプトファイルを書いたり,電子編集を経験したりしていたら,日本語のしくみや世界中のさまざまな文字に興味が湧いてきた。アジアの文字コードをまとめた『文字符号の歴史:アジア編』注4)や『インターネット時代の文字コード』注5)の編集を担当したのが影響したのかもしれない。そこで出合った本の一冊が,『アラビア語のかたち』だ。アラビア語を選んだのは,国際交流の仕事でサウジアラビアを訪れたばかりだったからだ。この「~のかたち」シリーズはとにかく世界の文字を読んでみようという趣旨の本で,従来の語学学習や会話の入門書とは異なり,深入りするつもりのない私には実に面白かった(その後,アラビア語の入門書を6冊も読むことになったのだが)。

少し遅れて,同じ出版社の『日本語のしくみ』注6)にも出合った。こちらは,日本語というものを改めて考えさせてくれた。著者は日本語を世界の言語と比較してみることで,微妙なニュアンスも伝えられる日本語のすばらしさを強調していた。これまで主に用字用語の統一が必要な専門書の編集に携わってきた私だが,時には言葉の揺れを楽しんでみてもいいかと思っている今日この頃である。

『アラビア語のかたち《新版》』,師岡カリーマ・エルサムニー著,白水社,2013年,品切重版未定,http://www.hakusuisha.co.jp/book/b206291.html

執筆者略歴

  • 浦山 毅(うらやま たけし) urara@peace.ocn.ne.jp

1957年生まれ。筑波大学生物学類卒業。共立出版,東京電機大学出版局を経て慶應義塾大学出版会(現職)。コンピュータ・サイエンス誌『bit』(共立出版)最後の編集長。編集歴37年の理系編集者。日本出版学会,日本サイエンスコミュニケーション協会会員。趣味は鉄道模型。年に1回は世界の遺跡を訪ねて旅行に出掛けている。

本文の注
注1)  『入門MS-DOS』『実用MS-DOS』『応用MS-DOS』:いずれも村瀬康治著,アスキー,1985~1987年

注2)  『MS-DOSを256倍使うための本 Vol.3』:福崎俊博,山田伸一郎著,アスキー書籍編集部編,アスキー,1988年

注3)  『電子編集のススメ:sedの活用』:自著,同成社,1998年

注4)  『文字符号の歴史:アジア編』:三上喜貴著,共立出版,2002年

注5)  『インターネット時代の文字コード』:小林龍生ほか編,共立出版,2002年

注6)  『日本語のしくみ』:山田敏弘著,白水社,2009年

 
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