2016 Volume 59 Issue 4 Pages 259-263
冒頭から私事で恐縮だが,筆者は学生の頃から合気道を嗜(たしな)んでいる。合気道では,「型稽古」というものが稽古の大半を占めている。型稽古とは,一連の技の流れを一つの「型」として繰り返し稽古することを意味する。型は開祖や指導者による長年の試行錯誤のうえに作りだされたものであり,いわば先人の経験と試行錯誤の産物ともいえる。合気道のみならず,空手や少林寺拳法など他のいくつかの武道において,型稽古は主要な稽古の形の一つとして考えられている。
型稽古に対する是非はこれまでも多様な議論が行われてきたため本稿では取り上げないが,型稽古の意義について述べると,その一つは達人と呼ばれる人々が考えた合理的な身体動作を学ぶ,ということが挙げられるだろう。さらに先人たちの蓄積を最初に学んだ後,それぞれの型に独自の改変を加えていくことが,武道における一つの上達法であるといえる。つまり,型稽古の意義の一つは,「巨人の肩の上に立つ」とも言い換えられる。
われわれ,研究者にとっての「型」というのは,まさに論文であろう。ここでの型とは,あらかじめ決められた一連の手順または一定の様式を表すものとする。英語でいえば,patternやformatに近い意味である。論文という型においては,既存の研究結果を引用という形式で参照しつつ,その蓄積のうえに自身の研究成果を形作っていくものである。「巨人の肩の上に立つ」という言葉が表すように,前述の型稽古の意義と同様,論文とはまさに先人たちの蓄積を活用するための型であるといえる。先人たちの蓄積を活用し,さらにそのうえに自身の成果を蓄積していく点において,論文というのは非常に優れた型であることは,研究者にとって誰もが合意する点だろう。
本稿では,型を活用している事例を紹介しつつ,組織や共同体での知識創造において型を活用するメリットを述べる。さらには研究者コミュニティーにおいて,個人単位での研究過程や作業の型を作ること,それらの型を共有することの有用性について述べていきたい。なおここで言及する「型」の意味は,「系(system)」と同義のように聞こえるかもしれないが,全く同義ではない。「系」という語は相互に作用するさまざまな要素により構成される集合体を意味するのに対し,「型」はあくまで個々の主体において作られる知識の一形態を意味しており,系を構成する要素の一つとなりうるものだからである。
型を作り(以下,型化と呼ぶ),それを活用している事例はさまざまな組織や共同体においてさまざまな局面で見受けられる。経営学の1分野であるナレッジマネジメントにおける形式知も型の一種であると考えられる。ナレッジマネジメントのモデルであるSECIモデルにおいては,暗黙知の形式知化(表出化)とそれらの体系化による新たな形式知の創造(連結化)は,組織的に知識を創造するプロセスにおいて主要な役割を担っている1)。また,近年では,優れた人材を生かす仕組みを構築することがより大きな競争優位性につながるとする考え方もある2)。
実際,型の活用はビジネス領域,特にIT分野でも行われている。KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)やKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)を定めたうえで,それに向かってPDCA(Plan,Do,Check,Act)サイクルを回す,といったアプローチは,ビジネス分野に携わることが少ない方々でも耳にしたことがあるであろう。「PDCAサイクルによりKPI・KGIを改善する」という型にのっとることにより,効率的な改善が可能となる。またエンジニアの世界では,さまざまなものを型化し,効率化を高めることが行われている。たとえば,デザインパターンと呼ばれる多様なプログラムに応用可能な設計パターンを指す語がある3)。このデザインパターンを用いることで,過去のソフトウェアエンジニアが作りだした効率的なシステム設計を活用することができる。またチートシートと呼ばれるものもよく使われる。チートシートとは,よく参照する基本的な情報をまとめたものであり,多様なプログラミング言語や開発フレームワークを用いるITエンジニアの間では重宝して使われている。
他方,アカデミック領域において,論文以外にも,型を活用している事例は見受けられる。論文の書き方だけではなく研究の進め方の型を定め,皆でその型に従って研究を進める,というアプローチは,実験(データ収集)→評価→論文執筆という研究の一連のサイクルの速度を高めることができ,結果として分野の進展を速めることができる。たとえば,機械翻訳の分野でいえば,翻訳の性能を評価する指標を定め,それを高めることを領域の目標の一つととらえられてきた4)。統計学を用いる分野,たとえば心理学や社会科学の特定の分野では,被験者実験やアンケートを行った後,最終的には分散分析を行い,ある事象について有意に相関している要素をp値(probability)に基づいて判別する,というアプローチが取られることが多い5)。学会や研究室の運営などでも型の活用が見受けられる。筆者が携わったことのある比較的歴史の長いある学会では,学会誌や論文誌の出版作業手順がよく練られており,新たに携わる人間がその型を学ぶだけでスムーズに企画・執筆依頼・校閲が行えるようになっている。このような組織運営におけるマニュアルも型の一種といえるだろう。
このようにビジネス領域においてもアカデミック領域においても,効率的な組織運営や共同体としての知識創造などを目的として,多様な場面で型を活用している事例が見受けられる。これは型を作り,活用するということが,一定以上規模の共同体や組織を運営するうえで効果が高い施策であることの証左であろう。
組織・共同体における型の活用についてもう少し深掘りしてみる。上に挙げた事例には,作業や業務を型化している事例と,成果物をアウトプットする形式を型化している事例の2種類があるように見受けられる。しかし,後者は,「成果物を作る」という手順の型化ともとらえられるため,前者は後者を包含するものと考えられる。組織・共同体において,さまざまな手順や様式を型化するメリットとしては以下の4点が考えられる。
(1)作業や試行錯誤の負担軽減と効率化洗練された型に従って業務の改善や情報共有を行うことで,作業や試行錯誤に掛かる時間を低減することができる。また,複雑な手順を行う場合,毎回思考を占有されると,それだけで精神的疲労を被ることとなり,結果として他の作業の実施を圧迫してしまう。このような日常的に繰り返される作業や行為について,毎回同じ手順に従うことで,精神的負担を軽減でき,結果的に作業の効率化につながる。
(2)情報入力および出力の効率化,それに伴う情報共有・蓄積自身の成果を一定の型に従って記述することで,知見や成果をアウトプットする際の負担を低減することができる。また,成果物が一定のフォーマットに沿っていることで,その型を知っている他者にとって効率的な理解が可能になる。
(3)改善・組み替えの容易性型化とは前述のように暗黙知の形式知化ともとらえることができる。形式知のメリットとして,暗黙知では困難であった改善・組み替えの容易性が挙げられる。つまり型化することで,情報蓄積のみならず,その継続的な改善・組み替えが容易になると考えられる。
(4)成果物の均質化さまざまな手順を同一化することで,誰がやっても一定レベルの品質を得られるようにできるといえる。
上記のメリットをわかりやすく例示すると図1のようになる。図1は,組織において複数名で同一のルーティンワークを行う際に掛かるコストを時間的に表現している。「試行錯誤コスト」とはある作業を初めて行う際に掛かる初期コスト,「再開コスト」とはその作業を2回目以降に行う際に手順を思い出すために掛かるコスト,「実作業コスト」とはその作業自体の実施に掛かるコスト,「手戻りコスト」とはある作業の成果の品質が低かった場合にのみ発生するやり直しのためのコストである(作業の成果物の質を他のコストと同じ軸で評価することは困難なため,便宜上このコストを導入した)。図1のように,前述の(1)により試行錯誤コストと実作業コストが,(2)により再開コストが,(3)により実作業コストが,(4)により手戻りコストがそれぞれ削減可能となる。
このようにして,型を構築し,それを活用することで,組織・共同体における知識創造をより効率化することが可能となる。なお,型の弊害や型のデメリットなどについては次回の連載において述べる予定である。
ここまで,ある程度の規模や組織・共同体における型の活用事例を挙げてきた。それでは,個人や小規模な組織の単位では「型の有用性」は機能しないのであろうか。先に挙げた組織・共同体として型を活用する4つのメリットは「(1)作業や試行錯誤の負担軽減と効率化」「(2)情報入力および出力の効率化,それに伴う情報共有・蓄積」「(3)改善・組み替えの容易性」「(4)成果物の均質化」であった。これらのメリットは研究室や研究者個人単位でも当てはまるものであろうか。
まず,(1),(3)については説明不要であろう。合理的な手順を用意し,それをさらに改良していくことは,個人単位での実作業コストの低減にも有用であると考えられる。(2),(4)については個人単位では当てはまらないようにみえるものの,ITエンジニアや研究者のように複数のプロジェクトを同時並列的に抱えることが多い職種においては有効であると考えられる。
抱える個々のプロジェクトは小規模であっても,多数のプロジェクトを並列的に進める場合,プロジェクトごとに頭の切り替えを頻繁に求められる。この切り替えに時間を要することも多く,現状はどこまで進んでいるかを思い出すまでに精神的・時間的コストを割くことがしばしばある(図2における再開コストがこれに当たる)。また同じタスクを繰り返す場合にも,前回の実施から時間が空いてしまえば,成果物の質を同程度に維持することが困難であろう。このような場合に,自分自身のタスクを型化し,形式知化することで,効率的に頭の切り替えを行うことができるようになると考えられる。また構築した型に従ってタスクを実施することで,成果物の均質化が図れるであろう。図2に,個人単位での型化による時間コスト削減の事例を示す。
このように,特に同時並列的なプロジェクトの進行が求められるアカデミック領域においては,研究者個人や研究室単位でも積極的に型化および型化の活用をしていくことで,より効率的なマネジメントおよび知識創造が実現できると考えられる。
実際,研究者においても個人または研究室単位での小規模なレベルで,さまざまな局面で型を役立てている事例がある。たとえば,研究室単位でいえば,筆者が以前所属していた研究室では,毎年新たに配属される学生に対して,読むべき書籍リストと最初に学習すべき初学者向けのカリキュラムが準備されていた。これらを毎年,技術のアップデートおよび学生からのフィードバックを基に修正を繰り返すことで今までの蓄積を生かしつつ,それらを陳腐化させないことに成功していた。このように研究室運営においても,日々繰り返される業務を型化することでよりよいサイクルを回すことが可能となる。また個人の研究においても同様である。研究者であれば多くの方が,論文の探索・サーベイ作業の手順を確立していることと思う。これも一種の型化であろう。また,卑近な例で恐縮だが,筆者の知っている範囲でも論文の執筆方法を型化している事例が見受けられる。たとえば論文の序論を執筆するうえで必要な要素を「背景,新規性,目的,挑戦,鍵,実証,知見」や「背景,目的,課題,関連研究,提案内容,評価,利用例」のようにあらかじめ定めておき,それを埋めることで論文執筆作業における時間的・精神的負担の低減を試みている事例などがある。
さらに一歩進んで,個人において型を構築するだけではなく,構築した型の共有も最近しばしば行われている。東北大学の乾・岡崎研究室では,研究室内の学生に向けた教育カリキュラムを「言語処理100本ノック」という形で自然言語処理初学者向けのカリキュラムとして一般向けに公開している6)。また近年では論文の探し方・読み方をネットで公開している事例も散見される7),8)。また採択されやすい論文の執筆方法について書かれた文章なども多数公開されている9),10)。
一見すると,個人が自身のために構築した型は属人性が強いため,研究者向けに共有したとしても意味がないように感じられるかもしれない。しかし,研究者が行っている研究アプローチや業務は,個々の研究者によって全く異なるものなのであろうか。もちろん,全員が同じアプローチや業務を行っていることはまずありえないが,同じようなアプローチを取っている人間は一定数いると考えられる。近い分野であれば論文のサーベイ方法や論文の構成,予算応募書類の書き方などは,いくつかのパターンに集約できるものと推測される。実際,前述の乾・岡崎研究室においては,研究Tips共有会というものを定期的に行っており,それにより研究室全体の研究効率が非常に高まっているとのことである11)。
また,ITエンジニアコミュニティーにおいても,「ライフハック」という名称で個人の型を共有する試みは多数行われている12)。ToDo管理のためのGTD(Getting Things Done)と呼ばれる手法やgitをはじめとするコード管理手法,ストレスの解消方法から人生の目標管理の手法まで,さまざまな効率化の型が共有されている13)。
つまり,型を構築するだけではなく,それらの型を積極的に公開・共有していくことで,コミュニティー全体での知識創造の効率化につながっていくのではないのだろうか。
このように学問領域や学会,組織,個人とさまざまな粒度はあれど,研究に携わる者にとって型を作ることによって効率化を図れる局面は非常に多い。実際,自身の日々の業務を振り返ってみても,複数名が同じルーティンを繰り返し行っている場合,また自身でも日常的に同じルーティンを繰り返し行う場合などは多々見受けられる。すでに少なくない数の知的作業がさまざまな情報サービスとして型化され,個々人や個々の組織での差がつきにくい時代となっている。そのような時代背景において,まだ型化されていない作業やタスクを型化し,共有していくことが,自身や自身の所属する組織の競争力を高め,ひいては自分の属する分野自体の業績を高めていくことにつながっていくのではないだろうか。
本原稿は,着想ならびに引用文献について,岡崎直観氏の「研究室における研究・実装ノウハウの共有」を参考にさせていただいた11)。
2004年東京大学工学部電子情報工学科卒業。2006年同大学院 修士課程修了。電力会社通信部門での勤務を経て2009年同博士課程入学。2014年博士課程修了。博士(工学)。東京大学での特任研究員を経て,2015年より株式会社ホットリンク 開発本部 研究開発グループ R&Dリーダーならびに東京大学客員研究員。専門は,自然言語処理,Webマイニング,社会ネットワーク分析。