2018 Volume 39 Issue 3 Pages 45-49
目的:近視の小学生におけるオルソケラトロジー装用による波面収差の増加と眼軸長との関係性を検討する。
方法:対象はオルソレンズ(ユニバーサルビュー・TORAY:ブレスオーコレクト®)を装用した14例28眼である。装用開始前と2年装用後レンズを3週間外した時点で眼軸長の測定を行った。また,装用開始前,開始から2年後まで6カ月ごと(0.5年,1年,1.5年,2年)に波面収差の測定を行い,装用前と装用中の各高次収差(全高次収差,コマ様収差,球面様収差,球面収差)を比較した。さらに装用中の波面収差と装用前後の眼軸長変化量の相関関係を検討した。
結果:装用中すべての高次収差が装用前と比較して有意に増加した。装用中いずれの時点においても,角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径のコマ様収差と眼軸長伸長に負の相関関係を認めた。また,角膜・眼球の瞳孔中心から6 mm径の球面収差と眼軸長伸長に正の相関関係を認めた。
結論:近視を有する小学生においてオルソレンズ装用中いずれの時点おいても,眼軸長伸長は瞳孔中心から4 mm径のコマ様収差がより増加し,瞳孔中心から6 mm径の球面収差の増加がより少ないほど抑制される可能性が示唆された。
オルソケラトロジーとは,レンズの内側に特殊なデザインが施されたハードコンタクトレンズを用いた近視矯正療法である。就寝時にオルソケラトロジーレンズを装用することで,角膜前面の形状を平坦に変化させて焦点を網膜上に結ばせて屈折異常を矯正する。また,オルソケラトロジーレンズ脱後も一定期間,平坦化された角膜前面を維持することができるため日中は十分な裸眼視力で生活ができるようになる。オルソケラトロジーの形状変化は上皮の変化であることがわかっており,矯正を行なっている中央部の上皮は薄くなり,周辺部は上皮が厚くなるため,効率的に近視矯正を行うことができる。周辺部の上皮が厚くなるために,周辺網膜では焦点が網膜面より手前に生じている。この形状変化によって網膜周辺部での遠視性のボケ像が生じにくく,近視進行抑制効果が生じていると考えられてきた1)。
当院でもこれまでオルソケラトロジーによる近視進行抑制効果について報告してきている2)。また,近年オルソケラトロジーに関するメタ解析が相次いで報告されており,エビデンスのある近視進行抑制法として認められてきている3,4)。近視進行抑制効果の機序としてはこれまで周辺部の遠視性ボケ像の抑制以外にも,角膜形状の非対称性や特異な形状によって生じる多焦点性による可能性も考えられてきた。また,Hiraokaらは装用1年後の角膜の瞳孔中心から4 mm径におけるコマ収差が最も眼軸長の変化と相関していたことを報告している5)。また,我々は以前に角膜・眼球の瞳孔中心から4 mm径におけるコマ収差が大きいほど眼軸長伸長抑制効果が高いという報告を行った2)。しかし,装用中の1時点のみでの検討であったため,今回さらに観測点を増やし,瞳孔中心から6 mm径についても追加して検討をしたので報告する。
京都府立医科大学附属病院を受診し,本研究の意義・目的及び方法について説明をした上で,本人の意思があり両親からの同意を得られた近視のある小学生を対象とした。対象症例は6歳から12歳の男女で,屈折度数が−1.5から−4.5Dの近視を有し,乱視度数が1.5D以下の者,屈折異常以外の眼疾患を有しない者,両親のうち1名以上が近視の者とした。除外基準は,不同視差が1.5Dを超える者,乱視度数が1.5Dを超える者,片眼眼鏡矯正視力が1.0に満たない者,斜視を有する者,12ヶ月以内にオルソケラトロジーレンズを装用していた者,他に本試験と同様な臨床試験に参加している者である。また,検査に来院しなくなった者,アレルギー反応や装用困難などの理由でオルソケラトロジーが不可能であった者,検査項目に欠如があった者は解析から除外した。
2014年2月から4月までにエントリーした全症例22例44眼(男12例,女10例)のうち14例28眼(男7例,女7例)が2年間の経過観察が可能であり,これを対象とした。対象における開始時の年齢,眼軸長は10.86 ± 1.68歳,25.01 ± 0.65 mmであった(表1,平均値±標準偏差)。
対象 | |
---|---|
症例数(男子:女子) | 7:7 |
開始時年齢(歳) | 10.86 ± 1.68 |
眼軸長(mm) | 25.01 ± 0.65 |
全症例の内,上記14例が2年間の観察期間を終えた(平均値±標準偏差)。
ユニバーサルビュー・TORAY社製のオルソケラトロジーレンズ(ブレスオーコレクト®)を就寝時に7時間以上装用した症例を6ヶ月ごと(0.5年,1年,1.5年,2年)に2年間経過観察をした。また,経過観察中に裸眼視力が0.7未満の場合はレンズの度数変更を行った。角膜形状変化が生じているため2年間の装用後,レンズを外す期間を3週間設けて角膜を元の状態に戻し検査を行った(脱後)。3週間の中止期間の後,コンタクトレンズの影響が残存していると判断される場合にはさらに1週間以上の中止期間を設けて最終検査を行った。評価項目は眼軸長(IOL Master,Carl Zeiss Meditec社),および高次収差(KR-1W Wave Front Analyzer,TOPCON社)の2項目である。高次収差は角膜・眼球においてそれぞれ瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径の全高次収差,コマ様収差,球面様収差,球面収差について測定を行った。片眼の測定について3回ずつの測定を行い,他のデータより2倍以上差があるものを外れ値として除いたデータの平均を値とした。
評価方法はオルソケラトロジーレンズ装用前と装用中の各時点における高次収差を比較した(One-way repeated measures ANOVA Bonferroni補正)。さらに,近視進行抑制との関連性を調べるために,各時点での高次収差と装用前後の眼軸長の変化量について相関関係を検討した(Pearson検定)。レンズを外す期間がことなるため,眼軸変化量を以下のように補正した。眼軸変化量(補正後)=装用開始から最終検査まで眼軸変化量×730日(2年)/装用開始から最終検査までの日数。
オルソケラトロジーレンズにおける装用開始前から脱後までの角膜の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径,眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径におけるそれぞれの高次収差の経時変化を図1–4に示す。角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径において装用中の高次収差は,装用前と比較していずれの時点においても装用中2年間ほとんど変化なく,角膜では3.8倍以上の増加を認め,眼球では8.4倍以上有意に増加していた。全体を通して最も大きい値をとったのは全高次収差であった。脱後の高次収差は球面収差を除いて装用前と比較して有意な差は認められず,角膜形状が元の形状に戻っていることを示した(図1–4)。
角膜の瞳孔中心から4 mm径の高次収差の経時変化
角膜の瞳孔中心から4 mm径において装用中の高次収差は,装用前と比較していずれの時期においても装用中2年間ほとんど変化なく有意に増加していた。(n = 28,*p < 0.05,One-way repeated measures ANOVA Bonferroni補正)。
角膜の瞳孔中心から6 mm径の高次収差の経時変化
角膜の瞳孔中心から6 mm径において装用中の高次収差は,装用前と比較していずれの時期においても装用中2年間ほとんど変化なく有意に増加していた。(n = 28,*p < 0.05,One-way repeated measures ANOVA Bonferroni補正)。
眼球の瞳孔中心から4 mm径の高次収差の経時変化
眼球の瞳孔中心から4 mm径において装用中の高次収差は,装用前と比較していずれの時期においても装用中2年間ほとんど変化なく有意に増加していた。(n = 28,*p < 0.05,One-way repeated measures ANOVA Bonferroni補正)。
眼球の瞳孔中心から6 mm径の高次収差の経時変化
眼球の瞳孔中心から6 mm径において装用中の高次収差は,装用前と比較していずれの時期においても装用中2年間ほとんど変化なく有意に増加していた。(n = 28,*p < 0.05,One-way repeated measures ANOVA Bonferroni補正)。
次に,オルソケラトロジーレンズ装用中各時点における高次収差と装用前後の眼軸長変化量の相関関係を検討した。角膜・眼球における結果を表2に示す。いずれの時点においても一定の傾向を認めたものは,角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径のコマ様収差と角膜・眼球の瞳孔中心から6 mm径の球面収差であった(表2)。弱い相関ではあるがすべての時点で,角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径のコマ様収差と眼軸長の伸びとの間に負の相関関係を認めた。また,角膜・眼球の瞳孔中心から6 mm径の球面収差と眼軸長の伸びとの間に,正の相関関係を認めた(*p < 0.01,Pearson検定)。有意である結果を図に示す(図5)。また,眼軸長は2年経過時装用中が25.37 ± 0.80 mm,レンズ脱後が25.43 ± 0.81 mmで,装用前からレンズ脱後までの2年間の眼軸長変化量(補正後)は0.40 ± 0.33 mm(平均値±標準偏差)であった。
R | |||||
---|---|---|---|---|---|
0.5Y | 1Y | 1.5Y | 2Y | ||
角膜4 mm | 全高次収差 | −0.24 | −0.16 | −0.19 | −0.20 |
コマ様収差 | −0.25 | −0.17 | −0.21 | −0.23 | |
球面様収差 | −0.22 | −0.13 | −0.12 | −0.03 | |
球面収差 | −0.23 | −0.15 | −0.02 | 0.04 | |
角膜6 mm | 全高次収差 | −0.01 | −0.03 | −0.06 | 0.03 |
コマ様収差 | −0.16 | −0.09 | −0.29 | −0.24 | |
球面様収差 | 0.22 | 0.03 | 0.26 | 0.27 | |
球面収差 | 0.22 | 0.06 | 0.36 | 0.28 | |
眼球4 mm | 全高次収差 | −0.32 | −0.16 | −0.25 | −0.20 |
コマ様収差 | −0.33 | −0.18 | −0.27 | −0.32 | |
球面様収差 | −0.20 | −0.08 | −0.13 | 0.11 | |
球面収差 | −0.17 | −0.08 | 0.07 | 0.30 | |
眼球6 mm | 全高次収差 | −0.10 | −0.13 | −0.11 | −0.02 |
コマ様収差 | −0.19 | −0.18 | −0.24 | −0.13 | |
球面様収差 | 0.15 | 0.04 | 0.33 | 0.26 | |
球面収差 | 0.19 | 0.05 | 0.46* | 0.36 |
一定の傾向を認めたものは,青の帯で示す角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径のコマ様収差と眼軸長の伸びの負の相関関係と,赤の帯で示す角膜・眼球の瞳孔中心から6 mm径の球面収差と眼軸長の伸びの正の相関関係であった(*p < 0.01,Pearson検定)。
装用1.5年時の眼球の瞳孔中心から6 mmの球面収差と眼軸長変化量の相関
装用1.5年時の眼球の瞳孔中心から6 mm径の球面収差と眼軸長において,弱い相関ではあるが眼軸長との間に正の相関を認めた(n = 28,R = 0.46,*p < 0.01,Pearson検定)。
今回我々は近視を有する小学生においてオルソケラトロジーによる近視進行抑制効果と高次収差の関係性について検討を行った。オルソケラトロジーレンズを装用することにより角膜形状が変形し,装用中は装用前と比較して,角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径の全ての高次収差が有意に増加した。また,眼軸長の変化量と相関を示したのはコマ様収差と球面収差であった。
装用中のいずれの時点においても角膜・眼球の瞳孔中心から4 mmおよび6 mm径のコマ様収差と眼軸長変化量に負の相関係数を示し,コマ様収差が大きいほど眼軸長の伸びが少ないことが示された。特に,眼球の瞳孔中心から4 mm径のコマ様収差と眼軸長変化量に負の相関が示唆され,眼軸長伸長抑制効果の指標として最も安定していた。Oshikaらにより,角膜のコマ収差が増加すると多焦点性が高くなること6)が報告されており,ピント調節力を使わずに焦点が合う範囲が拡大すると考えられている。従って,瞳孔中心から4 mm径のコマ様収差が大きくなることで,調節力を使わないため眼軸長の伸長が抑制される可能性が示唆された。また,これら結果はHiraokaらの報告5)や我々の先行研究2)の結果とも一致した。
また,オルソケラトロジーレンズ装用中のいずれの時期においても角膜・眼球の瞳孔中心から6 mm径の球面収差と眼軸長変化量に正の相関係数を示し,球面収差が大きいほど眼軸長の伸びが大きいことが示唆された。Hiraokaらにより,オルソケラトロジーをすることにより球面様収差が増加し,その増加量は近視度数と相関する7)と考えられている。またWiesel,Raviolaにより遠視性や近視性に関わらず,何かしらのボケ像が入ることで眼軸長が延長することが報告されている8)。これらのことから,球面収差の増加によってボケ像が発生して眼軸が伸長し,近視化する可能性が考えられる。したがって,瞳孔中心から6 mm径の球面収差の増加量は近視度数の矯正量に依存しており,近視の強い症例ほど眼軸長の伸長が大きい可能性もある。実際,本研究における対象者の装用前の調節麻痺下の他覚球面度数と装用前後の眼軸長伸長の相関を検討したところ,正の相関が認められた(R = 0.51,p < 0.01,Pearson検定)。この件については今後更に検討していく項目であると考えている。
今回の検討の限界として,用いた波面収差のデータは前日のレンズ装用状態によっても異なるため,日によって変動している可能性がある。これまでに我々はオルソケラトロジーを行うことにより,レンズ装用後1週間で1.0以上の視力を安定して得られることを確認しており9,10),本研究においてもほとんどの症例が2年間のレンズ装用期間中は視力が1.0以上で推移していた。そのため,波面収差の大きな変動による視力低下はないと考えられる。本研究ではオルソケラトロジーレンズ装用による波面収差の複数のデータを平均化して正確なデータとして得た。この波面収差のデータは2年間を通してほぼ安定していたと予想される。
したがって本研究によって近視を有する小学生において,オルソケラトロジーレンズ装用中は瞳孔中心から4 mm径のコマ様収差は大きいほど眼軸延長に抑制的に働き,瞳孔径6 mmの球面収差が大きいほうが眼軸延長に促進的に働いている可能性が示唆された。今後更に検討をすすめることで,近視進行抑制に最適な屈折条件を調査する予定である。