2019 Volume 40 Issue 3 Pages 51-54
目的:片眼遮閉下と両眼開放下における中間距離の他覚的屈折値変化について検討した。
方法:対象は健常被験者18名18眼(平均22.1 ± 2.1歳)である。測定には両眼開放オートレフラクトメータWAM-5500と視標移動システムが一体となったWMT-1(シギヤ精機製作所)を用いた。タブレット端末に十字視標を提示し100–50 cmの間を定屈折速度(0.2 D/sec)で移動させ,他覚的屈折値を測定し,90–80,80–70,70–60,60–50 cmで比較検討した。
結果:80–70 cmより近方において,屈折値は片眼遮閉下と比べて両眼開放下で有意に近視化した。
結論:80–70 cmの間で相対輻湊の範囲を超えて発生した融像性輻湊によって輻湊性調節が起こり,両眼開放下の屈折値は有意に近視化する可能性が示唆された。
Purpose: We investigated objective refraction change at intermediate distances under monocular and binocular conditions.
Methods: Objective refraction was measured in 18 eyes of 18 subjects using the WMT-1 (Shigiya Machinery Works, Ltd.), which combines a binocular open autorefractometer with a target movement system. A cross target was presented on a tablet terminal screen and moved between 100 and 50 cm at a constant refraction rate (0.2 D/sec). Objective refraction was measured and compared at 90–80 cm, 80–70 cm, 70–60 cm, and 60–50 cm, under monocular and binocular conditions.
Results: When the target was closer than 80–70 cm, objective refraction was significantly more myopic under binocular conditions than monocular conditions.
Conclusions: These results suggest that convergence accommodation is due to fusional convergence beyond the range of relative convergence between 80 and 70 cm. Objective refraction under binocular conditions may be significantly myopic.
眼科臨床において屈折検査は片眼遮閉下で施行されることが多い。片眼遮閉下では一時的に入射光量は減少し瞳孔径は有意に散大する1–4)。その結果,焦点深度の低下5)や収差の増大1,2)が生じ屈折値は近視化すると報告されている3,4,6,7)。そのため,日常視下における屈折値を評価するためには,屈折検査は両眼開放下で施行する必要がある。両眼開放下の屈折値に関する報告は遠方視下で検討されたものが多く3,4,6,7),我々が知る限り中間距離(100–50 cm)で検討された報告は未だない。近年,中間距離を注視する時間は増加しており,日常生活において中間距離の重要性が高まっている。また約100 cmから輻湊が生じるため8),片眼遮閉が屈折値にあたえる影響は遠方視下と中間距離で異なる可能性があると考えられる。そこで今回,片眼遮閉下と両眼開放下における中間距離の他覚的屈折値変化について検討した。
対象は軽度屈折異常以外の眼科的疾患を有さない健常被験者18名(男性3名,女性15名)で,年齢は22.1 ± 2.1歳(20~28歳)(平均±標準偏差,以下同様)である。優位眼決定にはhole-in-card testを用いて,非優位眼の測定を行った。他覚的平均等価球面値は優位眼,非優位眼それぞれ−3.88 ± 2.00 D,−3.78 ± 2.01 Dであり,他覚的円柱度数は優位眼,非優位眼それぞれ−0.26 ± 0.31 D,−0.35 ± 0.43 Dであった。眼位定量はAlternate Prism Cover Testを行い,外斜位角度は遠見(500 cm),近見(30 cm)それぞれ3.89 ± 4.08 Δ(0~12 Δ),6.44 ± 5.95 Δ(0~18 Δ)であった。測定は裸眼またはソフトコンタクトレンズによる遠方屈折矯正下にて行った。裸眼3名,ソフトコンタクトレンズによる遠方屈折矯正下15名であった。裸眼またはソフトコンタクトレンズによる遠方屈折矯正下において遠見視力1.0以上であること,調節近点が正常範囲内(10 cm以内)であることを確認した。
2-2 測定機器測定には両眼開放オートレフラクトメータWAM-5500と視標移動システムが一体となったWMT-1(シギヤ精機製作所)を用いた(図1)。本機器は両眼開放下で0.2秒ごとに他覚的屈折値と瞳孔径を経時的かつ同時に測定が可能である。視標移動システムにより,100–20 cmの範囲で視標の移動速度や移動パターンを設定できる。
両眼開放オートレフラクトメータWAM-5500と視標移動システムが一体となったWMT-1の外観
タブレット端末iPad Air 2(Apple社)の画面上に十字視標(視標位置100 cmにて視角0.2°)を提示し(図2),視標移動システムを用いて100–50 cmの間を定屈折速度(0.2 D/sec)で移動させた9)。測定時間は約6秒である。測定は3回行った。視標注視時の他覚的屈折値と瞳孔径を測定し,測定の間に約1分間の休憩を入れた。屈折値の経時的変化を図3に示す。
タブレット端末iPad Air 2(Apple社)の画面上に提示した十字視標(視標位置100 cmにて視角0.2°)
他覚的屈折値の経時的変化の一例
横軸は視標位置(cm),縦軸は屈折値(D)を表している。
直線:視標位置 点線:片眼遮閉下の屈折値変化 実線:両眼開放下の屈折値変化
両眼開放オートレフラクトメータWAM-5500を用いて,経時的に測定した他覚的屈折値と瞳孔径の値を90–80 cm,80–70 cm,70–60 cm,60–50 cmの4区間で区切り,区間毎の平均値を片眼遮閉下と両眼開放下で比較検討した。本検討は動的な屈折値変化の検討であるため,視標が静止している100 cmを含む100–90 cmの比較は行わなかった。
2-5 統計解析統計解析には統計ソフトSigma Plot 12.0(HULINKS社)を使用した。他覚的屈折値,瞳孔径ともに解析方法はPaired t-testを用い,有意水準は5%未満とした。本検討は北里大学医療衛生学部倫理委員会の承認(2017-033)を受け,被験者には十分なインフォームドコンセントを行った。
90–80 cm,80–70 cm,70–60 cm,60–50 cmにおける屈折値は片眼遮閉下でそれぞれ−0.96 ± 0.20 D,−1.02 ± 0.22 D,−1.11 ± 0.19 D,−1.28 ± 0.22 Dであり,両眼開放下でそれぞれ−1.02 ± 0.22 D,−1.12 ± 0.19 D,−1.24 ± 0.17 D,−1.47 ± 0.20 Dであった。80–70 cm,70–60 cm,60–50 cmにおいて,屈折値は片眼遮閉下と比べて両眼開放下で有意に近視化した(Paired t-test, p < 0.05)(図4)。
片眼遮閉下と両眼開放下における屈折値の比較
横軸は視標位置(cm),縦軸は屈折値(D)を表している。
■:片眼遮閉下 □:両眼開放下
(Pared t-test, *: p < 0.05, **: p < 0.01)
90–80 cm,80–70 cm,70–60 cm,60–50 cmにおける瞳孔径は片眼遮閉下でそれぞれ4.9 ± 0.8 mm,4.7 ± 0.8 mm,4.7 ± 0.8 mm,4.5 ± 0.8 mmであり,両眼開放下でそれぞれ4.2 ± 0.5 mm,4.0 ± 0.5 mm,3.8 ± 0.5 mm,3.7 ± 0.4 mmであった。90–80 cm,80–70 cm,70–60 cm,60–50 cmにおいて,瞳孔径は両眼開放下と比べて片眼遮閉下で約0.7 mm有意に散大した(Paired t-test, p < 0.01)(図5)。
片眼遮閉下と両眼開放下における瞳孔径の比較
横軸は視標位置(cm),縦軸は瞳孔径(mm)を表している。
■:片眼遮閉下 □:両眼開放下
(Pared t-test, **: p < 0.01)
本検討により,80–70 cmより近方において他覚的屈折値は片眼遮閉下と比べて両眼開放下で有意に近視化した。また,瞳孔径は両眼開放下と比べて片眼遮閉下で有意に散大した。過去の報告10)では,調節力は片眼遮閉下と比べて両眼開放下で高値であると示しており,また魚里ら11)によって調節近点は片眼遮閉下と比べて両眼開放下で有意に短いと報告されていることから,両眼開放下における調節反応の増大(屈折値の近視化)が考えられる。
両眼開放下では視標の接近に対して輻湊・調節・縮瞳(近見反応)が生じる12)。このうち,輻湊と調節は密接に関係しており輻湊に伴って調節が生じる。しかし,輻湊が生じれば必ず調節が生じるわけではない13)。輻湊が生じても調節が生じない範囲を相対輻湊と呼び,この範囲を超えると調節が起こると考えられている14)。輻湊は緊張性輻湊(tonic convergence),調節性輻湊(accommodative convergence),近接性輻湊(proximal convergence)及び融像性輻湊(fusional convergence)の4つの要素から成る15)。融像性輻湊によって調節(以下,輻湊性調節)が起こり,屈折値は近視化する15)ことから,相対輻湊の範囲とは,融像性輻湊が生じない輻湊の範囲と考えられる。融像性輻湊は他の輻湊要素で十分に注視線を視標に合わせられる場合は発生しない。輻湊を行った際,両注視線で挟まれた角度を輻湊角(θ)と呼び,瞳孔間距離をd cm,視標までの距離をa cmとすると,θ = 100 × d/a Δで表される16)。瞳孔間距離を6 cmとした場合90 cm,80 cm,70 cm,60 cm,50 cmにおける輻湊角はそれぞれ6.66 Δ,7.50 Δ,8.59 Δ,10.00 Δ,12.00 Δである。1° = 2 Δで換算すると,それぞれ3.33°,3.75°,4.29°,5.00°,6.00°となる。本検討より,80 cm(輻湊角3.75°)までは相対輻湊の範囲内であるが,80–70 cm(輻湊角3.75–4.29°)の間で相対輻湊の範囲を超え,注視線の補正のために発生した融像性輻湊によって輻湊性調節が起こり,屈折値は近視化した可能性が示唆された。過去には,62 cm,48 cmにおいて輻湊性調節が発生したという報告17)や測定距離の変化(100 cm, 50 cm)に伴い両眼開放下の調節反応は有意に増加したという報告18)があり,中間距離では輻湊性調節による調節反応の増加(屈折値の近視化)が生じていると考えられる。遠方視下において,屈折値は両眼開放下と比べて片眼遮閉下で有意に近視化するが3,4,6,7),80–70 cmより近方において,屈折値は片眼遮閉下と比べて両眼開放下で有意に近視化する可能性が示唆された。輻湊性調節の影響を考慮するため,中間距離で行う屈折検査は両眼開放下で施行する必要があると考えられる。片眼遮閉下と両眼開放下の瞳孔径に関する過去の報告1–4)では,瞳孔径は両眼開放下と比べて片眼遮閉下で有意に散大しており,本検討の結果と一致した。
本検討は20代の被験者を対象に行ったが,加齢に伴う調節機能の低下を訴える患者は主に45歳頃19)であるため,年齢別の検討を行う必要性がある。また,本検討において輻湊運動の測定は行っていないため,輻湊運動も含めたさらなる検討が求められる。
今回,両眼開放オートレフラクトメータWAM-5500と視標移動システムが一体となったWMT-1を用い,片眼遮閉下と両眼開放下における中間距離の屈折値変化について検討した。その結果,80–70 cmの間で相対輻湊の範囲を超え,注視線の補正のために発生した融像性輻湊によって輻湊性調節が起こり,屈折値は両眼開放下で有意に近視化する可能性が示唆された。
川守田拓志(カテゴリーP),庄司信行(カテゴリーF:トーメーコーポレーション,アールイーメディカル)