2020 Volume 41 Issue 2 Pages 27-31
新型コロナウィルスのパンデミックにより注目が薄れているが,近視も世界的な大流行が問題となっている。2010年に全世界の近視の有病率は28%だったが,2050年には50%になることが予想されている1)。日本では近視の有病率は推定55%と今でも30年後の世界の近視有病率よりも高い。シンガポールや台湾など日本以上の近視有病率となった国もあるが,最も早く有病率50%以上になったのは我が国である。つまり,我が国は高齢者に起こる近視による視覚障害の最大にして最速の被害をうけている。
2010年代になり,スマートフォンや手持ちタブレット,いわゆるデジタイルデバイスの普及のため,近業の負荷はかってないほど強くなった。そのために,近視の低年齢化および日本の近視有病率の再増加が起こっている2)。近視は発症しても死亡することはないし,病的近視に進行するまで長い年月がかかるので,これまでは病気として注目されることが少なかった。近視という病気は,そのような油断につけこむように,じわじわと広がり,少しずつ目の健康を蝕んでいる。コロナの拡大防止のため戸外活動が制限されるなどの環境の変化により,近視有病率がどう影響をうけるのか注目される。
ここ数年で近視が失明や低視力の原因であり経済活動のマイナス要因になることを示す論文が多数発表されている。その多くは系統的レビューの形をとり,複数の論文を総合することで近視の合併症などによる視覚障害や経済的損失がいかに重大な問題であるかを明らかにしている3,4)。
Haarmanらは系統的レビューにより6 D以上の強度近視は正視に比較すると近視性黄斑症のリスクが845倍高く,網膜剥離は12.6倍,核白内障は2.87倍,開放隅角緑内障は2.92倍,そして矯正視力0.3未満の低視力となるリスクが5.5倍であることを報告している(図1)5)。この論文に言及されているが,眼軸30 mm以上なら70歳になったとき低視力になる確率は70%にもなり,26 mm以上でも15%以上である6)。筆者らは,患者,医師,政策立案者の間で「近視の合併症」に対する認識を高めることが極めて重要であり,近視進行の予防と治療のための世界的な戦略がとられるべきと主張している。
近視の黄斑症のオッズ比。軽度近視,中等度近視,強度近視になるに従いリスクが増加している。(文献5から引用)
近視は進行している間は矯正視力低下にまでは至らないが,70歳程度の高齢者になると矯正視力が低下する合併症が増える。近視の進行が20歳前後で緩徐になり,視覚障害者になるのはその50年後である(図2)。この期間の長さが,危機感を減らし,気の緩みを起こしている。人生100年時代となり,若いうちから身近な現象だけでなく,高齢になったときの病気を減らすことを考える必要がでてきている。遠い将来であっても,今からの生活習慣で避けることができるのであれば,対策を講じていくべきである。
学校近視,強度近視,後部ぶどう腫の概念図。
学童期に近視が進むことで,強度近視になり,年齢を重ねることで低視力の原因となる。
近視の発症,進行のリスクファクターは様々な研究がなされ論文は多く存在する7)。戸外活動が近視の発症に予防的に作用することは多くの研究でコンセンサスが得られている。近視の進行については諸説あるが,おおむね予防的にはたらくようである8,9)。しかし,発生にしても進行にしてもそのメカニズムや,どの程度の戸外活動が必要かなどは諸説存在する。さらに近業についても,発症,進行に関係ありそうなことはコンセンサスが得られていても,どの程度の近業がどの程度影響をおよぼすかはわかっていない。
近年,眼鏡などに装用することで実生活での「明るさ」や「視距離」を測定するデバイスが国外では市販されている。ヘルスケア産業のデジタル化の波にのって,環境の明るさや視距離についての,実生活でのデータが集積することで,近視と光,近視と近業の関係はクリアになっていくものと思われる。WenらはClouclip(図3)という眼鏡に装用して,40秒ごとに距離,120秒ごとに明るさを測定する装置を,屈折度−6.0 D~+1.0 D。不同視1.0 D未満の小学5年生86人が1週間装用したデータを解析した10)。平均の近業距離と近視の関係は明らかでなく,20 cm以内でみている時間が長いことと近視であることに有意な関係があった。また,3000 lux以上での明るさですごす時間多いほど近視でないことに有意な関係があった。近視と近視でない子供の差は,昼食後の自習時間に,屋内で勉強をしている子供に近視が多く,屋外で遊んでいる子供に近視が少なかった。このような研究が各地でなされることで,地域ごとに近視の発症,進行を予防する環境が明らかになっていくのだろう。
ClouClip(文献10より引用)。
眼鏡に装用することで,一番近い物体までの距離,照度を一定時間ごとに測定する。
学童期における近視進行予防には,戸外活動の増加など生活習慣の改善を除くと,大きく分けて2つの方法がある。オルソケラトロジー,多焦点ソフトコンタクトレンズ,などの光学的治療と,低濃度アトロピン点眼による薬物治療である11,12)。
(1) 光学的治療オルソケラトロジーは就寝時に特殊なハードコンタクトレンズを装用して,起床時に装脱するが,角膜上皮厚が変化することで,角膜中央部が平坦化し軽度近視を矯正する。毎晩つけないと,矯正効果が失われ,2週間程度で矯正効果が消失すると報告されている。屈折矯正の範囲は狭く,瞳孔の周辺には近視がそのままになっているため,周辺網膜への遠視性ボケ像は起こさない。このことが近視進行抑制のメカニズムと考えられてきた13)。もう一つのメカニズムとしてはオルソケラトロジー装用中には高次収差が増加するため,調節負荷が軽減し,近視進行が抑制される14)。
多くの場合眼軸長のみの変化で,コントロールとの差が示され15),ランダム化比較試験16),長期経過17),メタアナリシス18)などでも効果ありとの結論がでたため,現時点では最もエビデンスレベルの高い眼軸延長抑制効果がある。我々はオルソケラトロジーを2年間継続して装用したのち1か月程度装用中止期間をもうけ,眼鏡装用を2年間継続した群と屈折度変化を比較した。その結果,屈折度においても近視進行は抑制されていることが明らかになった19,20)。現在でもオルソケラトロジーはコンタクトとしては承認されているが,保険診療の範囲では使用できず自費診療でおこなわなくてはならない。また,近視進行予防のための承認は得られていない。
多焦点ソフトコンタクトレンズは,同心円二重焦点型21),周辺度数負荷型22)(図4)がある。いずれも臨床研究で近視進行抑制効果ありとの結論が得られており,複数のレンズ21,23)がCEマークを取得している。
多焦点コンタクトレンズ。
左が周辺度数負荷型,右は同心円二重焦点型の不可レンズのデザイン。
我が国では不二門らが,低加入周辺度数負荷型多焦点ソフトコンタクトレンズによる眼軸延長抑制効果を報告している24)。また,京都府立医大と筑波大学で低加入周辺度数負荷型多焦点ソフトコンタクトレンズの臨床研究が施行されている。加入度数が大きいと近視進行効果は得られやすいが,見え方が不安定になる。低加入であれば,その効果に議論はあるものの,見え方は安定している。今後,日本発の近視進行抑制のためのコンタクトレンズが認可されることがあるかもしれない。
(2) 点眼治療低濃度アトロピン点眼は,シンガポールのグループにより近視進行予防の効果が確認された25,26)。我が国でもAtropine for the treatment of childhood myopia (ATOM)-Jトライアルが終了し,今後結果が報告される予定である。1%アトロピン点眼は調節麻痺剤として古くから眼科臨床で使用されてきたが一定頻度で副作用が強くでることが知られている。1%アトロピン点眼は眼軸延長をほぼ止める効果あるが,点眼中止後リバウンドが起こること,点眼中羞明が強く,累進屈折眼鏡が必要であることなど,近視進行抑に適しているとはいいがたい。これに比較すると0.01%アトロピン点眼は近視進行抑制の効果は少ないものの,その分副作用も少なく,リバウンドもない27)といわれており使いやすい薬剤である(図5)。0.01%アトロピン点眼で治療をはじめることで5年間の経過を観察したところ,結果として近視進行を50%抑えたと報告されている28)。この効果が,人種差や環境の差によって同じであるのか異なるのかが今後続々とおこなわれている臨床研究の結果により数年で明らかになると考えられる。
ATOM-2の3年目までの結果。
点眼中止後0.01%アトロピン点眼以外は急激な近視の進行を認める。(文献27より引用)
香港のLow-Concentration Atropine for Myopia Progression(LAMP)研究は4歳から12歳の子供400人に対して初年度0.05%アトロピン点眼,0.025%アトロピン点眼,0.01%アトロピン点眼,偽薬の4種類の点眼をランダムに割り付け,近視進行程度を比較した。その結果,0.01%アトロピン点眼でも偽薬より近視進行は抑えられたものの,眼軸長の変化に差がなかった。それに比較すると0.05%アトロピン点眼は最も強く近視進行を抑制し,眼軸長の延長も有意に抑制した29)。
さらに第二報として,開始から2年後の経過が報告されている30)。LAMP研究の特徴としては,2年目に偽薬群は全員0.05%アトロピン点眼を開始し,スイッチ群となったことである。2年目結果でスイッチ群は0.01%アトロピン点眼とほぼ同じ近視進行となった(図6)。このことにより,0.05%アトロピン点眼は0.01%アトロピン点眼の2倍の抑制効果があると結論している。ただ,1年目と2年目の近視進行を比較すると,0.05%アトロピン点眼は1年目より2年目が進行し,0.01%アトロピン点眼2年目より1年目が進行していた。つまり0.05%アトロピン点眼は1年目ですでに近視進行抑制効果は最大に到達しているが,0.01%アトロピン点眼は1年間の蓄積で2年目に効果が増加する余地があったのかもしれない。LAMP研究は今後さらに1年間点眼を継続したあと,2年間の点眼中止期間を予定している。3年後には0.05%アトロピン点眼のリバウンドについて一定の見解が得られるものと思われる。
LAMPフェーズ2の結果(文献30より引用)。
偽薬群は2年目に0.05%アトロピン点眼へスイッチして,そのほかの群は2年間同じ点眼をおこなった。スイッチ群と0.01%アトロピン点眼群はほぼ同じ近視度数となった。
現時点では低濃度アトロピン点眼は厚生労働省未認可の薬剤であるので,国内では事実上使用できない。今後,治験から承認,保険収載されることで,保険診療のもとで全国的に処方できるようになることを期待したい。
我が国では近視の有病率が50%を越しているためか,近視が病気ではないという誤った認識が依然として優勢である。一方,学童期における近視の進行が高齢になったときの低視力につながることについては世界的なコンセンサスとなっている。高血圧や糖尿病はその合併症の重大さゆえ,治療適応の基準が定められ,さらにそれが厳密化されることで患者の健康増進に役立っている。近視も合併症が重大であることは公知となったので,治療適応の基準を明確に定め,検診と連動して患者自身が進行予防治療を選択できるシステムを構築する必要がある。