Japanese Journal of Visual Science
Online ISSN : 2188-0522
Print ISSN : 0916-8273
ISSN-L : 0916-8273
Review Articles
Physical Explanation of Diffractive Multifocal Lenses
Kazuhiko Ohnuma
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 41 Issue 3 Pages 37-41

Details
要旨

回折型多焦点眼内レンズの設計,製造技術が向上し,優れた性能の製品が使われる時代となった。その構造の光学的な理解をすることは,利用する側にとっても,また,新しいレンズを開発する側にとっても重要なことである。ここでは,数式を使わず,段階を踏む物理的な説明によって,透過型ブレーズド回折格子の光学特性が理解できることを示す。

Abstract

Improvement of the design and production technology of diffraction-type multifocal intraocular lenses has produced lenses with superior performance that are now used widely. It is important for users and designers of a lens to understand the optical structure and performance. Here, a physical explanation of the optical characteristics of the transmission-type blazed diffraction grating is given step-by-step and without use of numerical formulae.

はじめに

光は波と粒子の性質を持つことは知られているが,ここでは,波の性質を使って回折格子の持つ性質を説明する。光波の伝搬は図1に示すように,波の各部分が,新しい波の源(波源)となって,伝搬し,重ねあって,強めあったり,弱めあったりする干渉を起こして,新しい波の形をつくる様子が示してある。回折格子の設計,特性については,本誌の総説1,2にすでにあるが,ここでは,物理的理解を目的に,数式をなるべく使わないで,格子の形状と特性を紹介する。

図1光の伝搬

光源から出た波は,輪のように広がる。これは,波動の各部を波源と考えて,そこから出る波が重なりあい,干渉をおこして,新しい波動を作り出すという考え方に基づく4

回折格子の原理

回折格子の基本は,一定の間隔で並んでいる小さな穴の構造である。この基本的な回折格子に平行光が入射すると,図1で示したように,波の各部分は波源であるから,格子からは波が広がることになる。広がった波は,すぐに干渉を起こして,新しい波の形を作る。格子のすぐ後ろでも新しい波の形はできている。遠くに置いたスクリーンのところでも新しい波の形ができる。図2に示すように,一定の間隔で,強めあった点のようなパターンができる。この格子では,入射する光の一部しか使用していなく,光の利用率が極めて低い。透過型の回折格子は,入射する光のすべてを使う。そのためには,この穴を大きくするが,穴を通過する各部の光に異なる位相を加える。同じ位相を加えたのでは,直進する光となり,スクリーン上では,図2に示すような点は出現しない。

図2小さな穴からなる回折格子

回折した光はスクリーン上には一定の間隔で干渉により,強度の強い場所が現れる。

光の数式による表現

平面の波面を数式で表すときは,複素数を用いて次のように表現できる。その理由は便利だからである。

  
A0 exp (i(wt-2πλx) ) = A0cos (wt-2πλx) + iA0 sin (wt-2πλx) (1)

ここで,ある時間の波の表現を扱えば,例えば,t = 0の時とすると,

  
A0 exp (i (-2πλx) ) = A0 cos (-2πλx) + iA0sin (-2πλx)(2)

となる。ここで,A0は振幅,λは波長,xは距離,iは虚数単位であり,振幅が距離に反して,減衰はしない。このことを図3で示す。実数軸はcos,虚数軸はsinの値となる。この図のように,ベクトル(矢印)で示すことができることが分かる。x = 0, nλ(nは整数)の時は,実数のみで実数軸の値A0となる。x(距離)が変化すると,矢印が,反時計回りに一回転する。この表現は,光の偏光状態で,円偏光の場合に使われるが,ここでは,偏光状態を示してはいないし,変化はしない。この表現を使うと,干渉は図4のように表すことができる。2つの光が同位相で重なると,同じ方向を向いた→(ベクトル)の和となり,振幅は2A0となり,強度は(2A0)2=4A02となる。180度位相がずれた光の干渉は→と←の重なり合いで,0になることが容易に示される。少しだけ,位相のずれた光の干渉は図4に示すように,aの矢印の先端に,bの矢印を持ってきて,ベクトルの和となる。この表現を使うと,たくさんの場所から来た光の干渉もたくさんのベクトルの和で表すことができて便利である。

図3ベクトルによる干渉表現3

光の状態は複素数で表現される。矢印の長さは振幅,角度pは位相である。振幅が同じで,位相が異なる2つの光a, bが重なると,干渉を起こす。その結果の振幅,位相はベクトルの和w = a + bで表すことができる。p = 0では,2倍になり,p = πであれば,w = 0となる。

図4角度と光路差

格子の2つの穴から出た光がθ方向で強めあっている場合では,2つの波動の光路差にはdnsinθ = λ(波長)の関係がある。位相差では2πになる。

ブレーズド回折格子の原理

5に屈折率nの中に置かれた格子の一部を示す。この格子では,θ方向で光が強めあう状態であったとする。そうすると,2つの穴から出ていく光のθ方向の光路長の差はndsinθとなる。この差が波長λの整数倍になれば,つまり数式で示すと,ndsinθ = mλの時が強めあう条件となる。2つのベクトルが同じ向きになるのである。さて,それではm = 1の場合について考えてみる。上の穴に,光路長がndsinθ = λとなる位相板を入れたとすると,2つの穴から出ていく光は,完全に同位相となり,強めあうことになる。この時,2つの穴の途中に,もう一つ穴をあけて,その場所が,上の穴からdaとすると,そこから出た光は,ndasinθの遅れがあるので,ndasinθ + y = λとなるyの光路長を持った位相版を加えることで,θ方向で同位相で強めあうように重なることになる。そうすると,上の穴から下の穴まで,少しずつ位置を変えた穴を開けると穴がつながるが,その時,穴の位置によってθ方向の位相が同じになるようにするためには,

  
ndasinθ+yndsinθ(3)

の式を満たせばいいことが分かる。この両辺をλ = ndsinθで割ると

  
yλ=1-dad(4)

となり,この式に,2πをかけて位相を求めると,

  
ϕ(da)2πyλ=2π(1-dad)(5)

となる。つまり,格子の位置daの値によって,このような変化をする位相となればよいことが分かる。これは,da = 0の時に,2πであり,da = dの時に,0となる直線的な変化をした位相の形であることが分かる。つまり,ブレーズド型の格子になることが分かる。この時のθ = 0度方向での光の位相の様子を図5に示す。θ = 0度方向では同じ振幅を持ち,0から2πまでの位相を持つ光が出ていくのが分かる。そのベクトルの和を求めると,0になるのが分かる。また,−θ方向では,0から4πまでの位相を持つ光が出ていくのが分かる。そのベクトルの和を求めると,円を2回回ってもとに戻り0になるのが分かる。

図5ブレーズド格子の次数と光強度

0次方向では,一つのブレーズ格子から出る光の位相を,n分割して考えると,位相差Δα = 2π/nであり,0から2πまでの方向を向いた光の干渉となる。これは,右下に示したように,n個のベクトルの和は0になる。

同様の考え方を±mθ(mは整数)方向でやってみればすべて0になるのが分かる。つまり,位相差が2πあるブレーズ格子では,θ方向に,100%の光が向かうことになる。次に,位相差をこの半分した場合を図6に示す,今度は,θ方向と0度方向の位相が0からπまでになり,ベクトルを足し合わせると,右下に示すように,半円を描き,初めのベクトルと最後のベクトルを結ぶベクトルとWとなる。図7では2θ方向の光を示す。πから0までの位相に0から4πの位相が加わるので,πから4πまでの位相となる。2πから4πまでのベクトルを足し合わせると0になる。πから2πまでのベクトルの和を求めると,図右下にwで示すように,4分の1の大きさになるのが分かる。他の角度±mθ(mは整数)では,mが大きくなると,さらに小さくなるのが予想される。つまり,位相をπにした場合,0次,1次が同じ大きさで,次数の高いところにもそれより弱い光が行くことが分かる。以上をまとめると,位相差がπあるブレーズ格子の形状と,各次数への光の強さは図8に示すようになる。この構造を持つ回折型のIOLが,初期の多焦点レンズとして使われた。

図6πの位相差を持つブレーズド格子の次数と光強度(1)

5で示したブレーズド格子の半分の位相差の場合,右下に示したように,n個のベクトルの和はW。これは,θ方向も同じである。

図7πの位相差を持つブレーズド格子の次数と光強度(2)

2θの方向では,一点鎖線で示す位相が加わり,πから4πまでの位相差となる。πから3πまでは2πあるので,その和は0になり,残った,3πから4πまでの和がwである。0度,θ方向,に比べて,wは小さい。

図8πの位相差を持つブレーズド格子の次数と光強度

回折レンズの原理

回折レンズの原型を図9に示す。中心から格子の間隔が,徐々に狭くなっている。これは,回折レンズからある一定の距離Rのところで,格子からでた光が2πの位相で,強めあうように重なるようにするためである。ここでは,空気中の関係を導くと,三角形の3辺の関係式

  
h2+R2=(R+a)2(6)

より,aが小さいので,h2 = 2Raとなる。ここで,a = mλ(m:正の整数)となる場合は,各格子から出た光は強めあうように干渉する。そうすると,穴の位置は,hm2=2Rmλよりhm=2Rmλとなる。さてm = 1の場合,λ = 500 nm(緑)で焦点距離R = 500 mm とすると,初めの格子の位置はh1,G = 0.7071 mmのところになる。さて,この格子に600 nmの赤い光を入射すると,R = h2/2λよりRr = 417 mmとなる。つまり,レンズに近い焦点となる。一方,青い光では,逆に,焦点が長くなる。これは,屈折レンズにおいて青い光が赤い光よりも屈折率が高いので,青い光ほど,レンズに近くなるのと逆の関係にあることが分かる。さて,焦点は一つではない。a = 2 mλ(m:正の整数)となる場合,つまり,2波長ずつづれる場合である。この時,R'=h24λ=12Rより半分の位置である。また,格子レンズの前の−Rの位置から発散する光をレンズに入れると,平行光となり,すべての光が強めあうことなる。最後にm = 0の場合は,この式からは求めることができないので,物理的に考えると光軸に平行に出た光であり,焦点距離は無限大となる。その様子を図10に示す。

図9回折レンズの構造

h1は中心から初めての穴の位置,Rは焦点距離。aは,格子と焦点を中心とし,半径Rの円の間の距離。

図10回折レンズの次数と焦点の位置

代表的な回折レンズの格子形状4)と特性

1  Techinis Symfony(J&J)

11(b)に示すように,従来の2焦点のmultifocalレンズより,ブレーズの深さが三倍になっている。このように深くすると,1と2次の回折光のところに,40.5%ずつの光が集光する。

図11多焦点レンズに使われた格子の形状

(a)ブレーズド格子 位相差π(b)ブレーズド格子 位相差3π/2(c)3焦点レンズ(d)sin形状の格子

2  Fine Vison(physIOL社)

11(c)に形状を示す。図12(a)の直線と破線で少し異なる位相の分布を示していて,直線で示す初めのピーク位置による位相はπである。この時の1,2,3次の回折光の強度を図12の(b)に示す。わずかに,位相の量を変えると,回折光の強度比が変わる。一般的には,遠方重視なので,0次での強度が大きくなるように直線で示した設計としている。

図12(a)3焦点レンズの位相 (b)回折次数と強度分布

破線は,直線の1.3倍の位相である。

3  Trinova(Acriva)

11(d)に示すように格子の形状はSinの形をしている。この時の,回折光は,図13に示すように−1, 0, 1次に現れ,遠方と近方が同じ強度となる。

図13sin形状の格子の回折次数と強度分布−1, 0, 1次に光が集光し,3焦点レンズとなる。

まとめ

ここでは,回折格子の干渉の原理を,一つの格子から出ていくたくさんの光のベクトルの和を用いて説明した。時代は,EDOF,3,4焦点へと移りつつあるが,それらの回折レンズの構造を読み解くことの基礎知識となることを期待する。さらに,本誌の総説1,2に進んで,より深い理解へとつながることを期待する。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

文献
 
© 2020 The Japanese Society of Ophthalmological Optics
feedback
Top