Japanese Journal of Visual Science
Online ISSN : 2188-0522
Print ISSN : 0916-8273
ISSN-L : 0916-8273
Review Articles
Retinal diseases and visual function
Fumiki Okamoto
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 41 Issue 4 Pages 51-55

Details
要旨

網膜疾患は多種多様であるが,それらの治療成績は視力やOCT所見でしか評価されていない。視機能を“視力”という一面だけでなく,変視や不等像視,コントラスト感度,立体視など様々な角度から包括的に評価することで,各疾患の本質が見えてくる。そしてどの視機能因子が患者のQuality of life(QOL)に影響するかを知ることにより,治療の説明に役立てることができる。硝子体手術や抗VEGF治療により網膜疾患の視力予後は向上しているにもかかわらず,視力以外の視機能がまだまだ健常レベルに達していないことを我々は知っておかなければならない。

Abstract

Many retinal diseases exist, but their visual outcomes have been evaluated only by using visual acuity and optical coherence tomography findings. Comprehensive evaluation of visual functions, based on metamorphopsia, aniseikonia, contrast sensitivity, and stereopsis, shows that each disease has its own characteristics. As a result, the findings of a comprehensive evaluation can be used to explain a treatment to patients. Clinicians should be aware that, despite advances in vitreous surgery and antivascular endothelial growth treatment, visual function other than visual acuity is not at a healthy level, even with the treatment of retinal diseases.

はじめに

我々が診療する網膜疾患は多岐にわたる。その中でも黄斑前膜(ERM),黄斑円孔(MH),増殖糖尿病網膜症(PDR),糖尿病黄斑浮腫(DME),網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に伴う黄斑浮腫,裂孔原性網膜剥離(RD)などは日常的によく遭遇する疾患である。これらの疾患では様々な視機能障害をきたすが,我々は患者の視機能をほぼ視力でしか評価していない。日常診療において,網膜疾患患者の見え方の愁訴は“歪んで見える”,“小さく見える”,“なんとなく見えない”,“距離感がない”など多彩である。不定愁訴と思われがちだが,歪む→変視,小さく見える→不等像視,なんとなく→コントラスト感度,距離感がない→立体視というように1つ1つに意味のある自覚症状であり,外来での検査で評価可能である。そして,これら視力以外の指標がQuality of life(QOL)に影響することもあり得る。本稿では各網膜疾患の治療前後における様々な視機能障害を定量的に捉え,QOLとの関わりについても述べる。

様々な視機能因子とその測定法

変視(metamorphopsia):物体の形状が実際と異なって歪んで見えることを変視という。黄斑部の視細胞配列が乱れることにより起こるとされている。変視の測定には以前よりAmsler Chartsが用いられている。比較的簡便であり,現在最も広く普及している検査法であるが,定性的な評価である。定量評価するためにはM-CHARTS®を用いる。Amsler Chartsはある程度広い範囲の変視を検出することに優れており,逆にM-CHARTS®は固視点近傍の微細な変視を簡便に評価できるため,両検査を使い分けることが必要である。

不等像視(aniseikonia):左右眼で物の大きさが異なって見えることであり,物体が大きく見えれば大視症,小さく見えれば小視症となる。不等像視は,両眼の屈折度数の差によるもの,いわゆる不同視,として言われることが一般的だが,網膜が原因となる不等像視はあまり知られていない。黄斑部の視細胞配列が比較的均一に収縮して密になると,視中枢での空間的対応に乱れが生じ,対象が大きく見えて大視症となる。逆に網膜が伸張,膨張することにより視細胞配列が疎になると小視症を呈すると言われている(図1)。不等像視の測定にはNew Aniseikonia Test(NAT)を用いる。NATは左側に基準となる直径4 cmの赤い半円,右側に1%ずつ大きさが変化する緑色の半円が配置され,red-green filterの眼鏡をかけることにより左右に見える半円を分離して比較するものである。NATは−24%(小視症)から+24%(大視症)までの不等像視を測定できる。

図1

不等像視のメカニズム(仮説)。正常網膜の視細胞はこのように整然と並んでいる(中央)。黄斑部の視細胞配列が比較的均一に収縮して密になると視中枢での空間的対応に乱れが生じ,対象が大きく見えて大視症となる(左)。黄斑浮腫や漿液性網膜剥離のように網膜が伸張すると視細胞配列が疎となり小視症を呈する(右)。(専門医のための眼科診療クオリファイ27 視野検査とその評価 黄斑上膜,黄斑円孔に,同じような図を載せています。)

コントラスト感度(contrast sensitivity):視力は視機能因子の中でも重要な形態覚の一部を表す指標であるが,コントラスト感度は形態覚全体を表す指標とされ,視力に比べてQuality of vision(QOV)をより鋭敏に反映するものと考えられている。コントラスト感度検査は2018年度より保険収載されることになり(一般に網膜疾患では使用できない),重要な視機能検査の1つである。コントラスト感度の測定指標には様々なものがあるが,低コントラストのETDRSチャート(低コントラスト視力),文字の大きさは変えずにコントラストのみを変化させた文字コントラスト感度,そしてコントラストと空間周波数を同時に変化させて測定する縞指標コントラスト感度などがある。

立体視(stereo acuity):立体感や奥行きを認識する能力のことで,両眼視差をもとに得る空間知覚である。立体視は視機能の中でも非常に高度な機能とされる。測定は一般的にTitmus Stereo TestやTNO stereotestで行い,得られた結果はsecond of arcという単位で示される。

黄斑前膜(ERM)

ERMは変視を訴える代表的な黄斑疾患である。ERM患者の約8割が変視を自覚すると言われている。そして変視の程度は他の網膜疾患と比較して強い(図2)。変視をきたすメカニズムは解明されてはいないが,前膜により網膜が牽引され収縮し,視細胞の配列が乱れるために起こると考えられている。ERM患者は他の網膜疾患と比較しても視覚関連QOLはそこまで障害されていない(図3)。しかしERM患者の視機能と視覚関連QOLとの関連を調べると,QOLは視力と関連せず,変視と関連していることが分かった1)。つまり変視が強くなるほどQOLが低下するということになる。また,変視と網膜形態との関連について調べてみると,術前後ともに網膜内層である内顆粒層(INL)が厚くなるほど変視が悪化していた。一方,視力は網膜外層のEllipsoid zoneとの間に関連を認めた2,3)。ERMは硝子体手術により視力を改善させることはできるが,変視を完全に消失させることは困難である。一般的に術後3ヶ月で術前の変視量の約半分,術後1年で3割ほどの改善にとどまっている4)。ERMはまた,大視症を呈する疾患でもある。ERM患者の約9割が大視症を呈し,その程度は+6.2%と高い値であった。これは他の疾患と比較しても高い値である(図45)。そして変視とは異なり,手術により改善しない6)。術前後の不等像視量はそれぞれINLの厚さと関連があり,術後不等像視量の予後因子は術前のINLの厚さであった6)。ERMでは手術により視力が正常レベルまで改善してもコントラスト感度は健常者より低下している7)。一方,手術で視力が改善しなくてもコントラスト感度は改善することが分かっている7)。立体視については,治療前は健常者より低下しており,治療後も正常レベルまでは改善しない8)。また治療前の不等像視が治療後の立体視の低下に関連することも分かってきた9)。このようにERMには様々な視機能障害があるが,ERM患者の特徴として特に変視と不等像視を訴える患者が多い。従って手術の際には視力は改善し,変視は完全に消失しないが改善し,不等像視はあまり変わらない,ということを患者に説明することが重要である。

図2

様々な網膜疾患の治療前の変視量。ERMが最も高値であり,MH,BRVOがそれに続く。

図3

様々な網膜疾患の治療前の視覚関連QOLの総合得点。ERMやMHは高く,PDRやDMEは低いことが分かる。(文献24より改変)

図4

様々な網膜疾患の治療前の不等像視量。ERMが最も高く,正の値=大視症である。他の疾患は全て負の値=小視症である。健常者はほぼ0。(文献5より改変)

黄斑円孔(MH)

MHも変視をきたす黄斑疾患の一つである。MHの変視はERMと異なり,求心性の変視(見ようとする物が中心に引き込まれるように歪む)を呈する。MH患者の変視は術前M-CHARTS®で0.82と比較的強く,手術により約半分の0.44まで改善する。またMHのfluid cuff内の嚢胞の断面積と術後変視量との間に関連を認めた10)。つまり,fluid cuffが大きいほど,術後の変視が強いということになる。不等像視に関してはMHでは比較的小視症が多い。MH患者の55%が小視症,7%が大視症を呈していた。術前の平均不等像視量は−3.2%であり,手術により小視症は正常レベルまで改善した11)。そして術前の不等像視量はELMの欠損長や最小円孔径,円孔底径と関連を認めた11)。つまり大きなMHほど不等像視は強いということになる。またコントラスト感度の低下や不等像視の存在に起因してMHの立体視は障害されていた12)。MHの手術の際には,視力は向上し,不等像視もほぼ消失するが,変視はなくならない,ということを患者に説明する。特に変視に関しては視覚関連QOLとも関連があるため,注意が必要である13)

網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に伴う黄斑浮腫

BRVOでは約10%に嚢胞様黄斑浮腫(CME)を認め,視力障害をきたす。近年,抗VEGF剤による治療でBRVOの視力予後は飛躍的に向上した。しかし,外来では視力が良くなるとともに変視や小視症などの訴えがよく聞かれる。M-CHARTS®による変視測定を行うと,BRVO患者の93%が変視を呈し,平均変視量も0.77と比較的高値であることが分かった14)。また垂直方向の変視が水平方向よりも大きかった。これは,BRVOの病変が閉塞血管側の上下どちらかに偏在することが多いためと考えられる。また,変視の程度は中心窩網膜厚やINL内の嚢胞の有無に影響を受ける14)。そして抗VEGF剤による治療により視力は改善しても,変視は改善しないことも分かってきた15)。また治療で視力が改善しなくてもコントラスト感度は改善する(図516)。視力が改善しなくても治療により患者が“明るくなった”と話すことが多く,逆に術後視力が良好であるにもかかわらず,患者が“なんとなく見づらい”と訴えた時はコントラスト感度が低下している時が多い。外来でのコントラスト感度測定はこのような患者の愁訴に対応できるため,有用である。さらにBRVO患者の立体視は障害され,治療で改善するものの正常レベルまでは回復しない。そして漿液性網膜剥離を伴うCMEを有するBRVO患者の立体視が特に障害されていることも分かってきた17)

図5

BRVO患者の治療前後の視機能とOCT所見。治療前は丈の高い黄斑浮腫・漿液性網膜剥離を認め,視力は0.4,文字コントラスト感度は18文字であった。抗VEGF治療後5ヶ月で黄斑浮腫は改善したが,視力は変わらず0.4のままであった。しかし文字コントラスト感度は22文字まで改善しており,患者は“明るく,はっきり見えるようになった!”と喜ばれた。

裂孔原性網膜剥離(RD)

RDはその範囲や剥離期間により重症度が異なるため,視機能障害の程度も幅が広い。また緊急手術となることが多いため,術前に視機能を評価することは難しい。日常診療ではRD術後の患者が変視や小視症を訴えることは少なくない。RD術後の変視と網膜形態との関連について調べると,平均術後変視量はM-CHARTS®にて術後12ヶ月で0.30であり,39%の症例が変視を呈していた18,19)。変視を有する症例の約4割はOCTにて何らかの黄斑部異常(ERM,Ellipsoid Zoneの欠損,CME,MH,網膜下液残存)を認めた。しかし残りの6割はOCTにて網膜構造に異常がなく,その群は縦よりも横方向の変視量が有意に大きかった。これらの症例では術後網膜が縦に偏位することで横方向優位の変視が惹起された可能性が考えられる。また術前に黄斑未剥離で術中に黄斑部剥離を生じた3例はいずれも術後に変視を生じた。従って術中の短時間の黄斑部剥離でも視機能は障害される可能性がある。RD術後6ヶ月の約半数に不等像視を認め,術前黄斑剥離例では小視症,黄斑未剥離例では大視症を呈する傾向があった20)。特に術前黄斑剥離例では術後3ヶ月で−5.3%もの強い小視症を呈した。経過とともに徐々に改善し,術後12ヶ月では−3.1%まで改善するが,不等像視はなくならない21)。図6は術前黄斑剥離のあるRD患者の術後の視機能とOCT所見を示したものである。術後12ヶ月の時点で視力は0.9まで改善し,OCT画像ではほぼ異常を認めないが,−9%もの小視症が残存した。本症例の術後1ヶ月,6ヶ月では慢性のCMEが存在していた。つまり術後早期よりCMEによる小視症を呈し,CMEが消退してもなお小視症は残る可能性が考えられる。またRDでは,黄斑未剥離で視力が正常の患者でも僚眼よりコントラスト感度が低下している22)。患眼の血流低下やsubclinicalな黄斑部機能低下,前房フレアの増加による透過性の悪化などによりコントラスト感度が低下すると考えられる。そして黄斑未剥離のRD患者の硝子体手術後は視力が正常であるにもかかわらず,術前よりもコントラスト感度が低下していた22)。また,強膜バックリング手術は眼球形状を大きく変えるために乱視や高次収差を増大させ,術後の視機能が障害されることも分かっている23)。つまりRDにおける手術の侵襲により視機能が低下するということとなる。また,RDやPDR,DME患者の術前後の視覚関連QOLはコントラスト感度に影響を受けるとされている22,24)。立体視に関しては,RD手術が成功し,術後視力が良好であっても正常レベルまで改善しないことが分かっている25)。RDは術中に一度でも黄斑部が剥離すると変視や不等像視は長期に残存するため,黄斑部未剥離のRDでは,黄斑部が剥離する前に早期に手術を行い,術中はなるだけ黄斑部剥離を起こさないような手術を心がけることが大切である。

図6

術前黄斑剥離を有するRD患者の術後OCT所見と視機能。術後1年で視力は良好だが,小視症は残存。術後の慢性的なCMEが原因と考えられる。

その他の網膜疾患

網膜中心静脈閉塞症(CRVO)やDMEなどのCMEをきたす疾患では抗VEGF剤治療により視力は変化なくてもコントラスト感度が改善することが報告されている26)。また,中心性漿液性網脈絡膜症27)や黄斑部毛細血管拡張症28)でも小視症や変視を高率にきたすことが知られている。

おわりに

近年,硝子体手術の進歩や抗VEGF治療により網膜疾患の視力予後は飛躍的に向上し,またOCTでの“網膜形態予後”も改善している。しかし視力以外の変視や不等像視,コントラスト感度,立体視などの視機能は治療により健常レベルに達していない。“視力”という視機能をある程度克服した今,今後は他の視機能を改善させるような治療法や手術手技が開発されることが望まれる。また,日常診療では網膜疾患の治療後に不定愁訴を訴えてくるものも少なくない。疾患によって様々な視機能障害の特徴があることが分かってきている。これらを念頭において日常診療にあたれば,手術の説明や術後の愁訴に対する説明をしっかりと行うことができ,患者の不安を取り除くことができると考えられる。

利益相反

岡本史樹(カテゴリーF:ノバルティスファーマ,参天製薬,カテゴリーP)

文献
 
© 2020 The Japanese Society of Ophthalmological Optics
feedback
Top