Japanese Journal of Visual Science
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Review Articles
Recent trends in depth perception research
Haruki Mizushina
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2020 Volume 41 Issue 4 Pages 70-73

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要旨

近年の奥行き知覚研究について,その動向を概説する。特に,立体視の個人差の大規模な調査,応答バイアスを排除し立体視閾を精度良く測定する新しい立体視能力検査法の開発,運動視差からの奥行き知覚の近年の動向,運動視差や刺激の動きによる両眼立体視の促進効果,新しい3Dディスプレイ技術とそれにまつわる視覚機能の測定に関するトピックに注目し,新たな技術や研究手法の開発により得られた知見を主に紹介する。

Abstract

In this review, the trends in recent depth perception research are outlined. In particular, I focused on the topics related to a large-scale survey on individual differences in stereoscopic vision, the development of a new stereoscopic ability test method that eliminates response bias and accurately measures the stereoscopic threshold, recent trends in depth perception from motion parallax, the facilitation effect of binocular stereopsis by motion parallax and stimulus movement, and the measurement of visual functions on novel three-dimensional display technology. I primarily introduce the findings gained from the development of new technologies and research methods.

1. はじめに

我々の眼に飛び込む光の空間分布は3次元空間の構造を反映しているはずであるが,網膜に映ずる像は2次元である。ゆえに,2次元の網膜像から元の3次元空間を求める逆問題は不良設定問題となるが,脳内では様々な方策を用いてこの問題を解き,3次元空間が認識される。これが奥行き知覚の本質であり,奥行き知覚の研究とは,逆問題を解く視覚情報処理機構を明らかにすることであるとも言える。

奥行き知覚は,視覚研究の中でも主要な分野であり,多くの研究者が携わり,毎年数多くの知見が報告されている。それらを全て網羅することは筆者の手に余るため,本稿では筆者が注目している,特に3D表示に関連するトピックを主に取り上げたい。

2. 両眼性の奥行き知覚手がかり:立体視の個人差

両眼性の奥行き知覚手がかりについては,両眼視差をはじめとしてこれまでに膨大な知見の積み重ねがあるが,ここでは近年盛んになっている立体視の個人差についての研究動向を紹介する。

両眼立体視能力には大きな個人差がある。その能力の分布は両眼立体視ができる/できない,のように単純に二極化したものではなく,その程度も多岐にわたる13)。特に近年の3D表示技術の研究の進展とともに,多くの人が3D表示のメリットを享受できる環境を実現するためにも,立体視能力の個人差を正確に測定し,把握する必要がある。大規模な調査としては,Bostenら4)により,立体視力(stereo acuity)などの分布について,1060名もの被験者を用いた調査が行われた。立体視力については交差視差と非交差視差で分布が若干異なること,また,立体視力は幅広い範囲にわたって分布していることが示されている。立体視能力の測定方法としては,佐藤ら5)により,ヘキサゴンドットステレオテスト6)を拡張しヘキサゴンドットを二組並置することで,被験者の応答バイアスを排除し,立体視閾を精度良く測定する方法が提案された(図1)。この方法は特殊な装置を必要とせず,液晶モニターとアナグリフを用いて問題なく測定が行えることから,大規模な調査などへの適用が期待される。

図1

佐藤ら5)により提案された,ヘキサゴンドットの二組並置法のテスト刺激。中央のドットのうちの一方に交差視差を与え,もう一方に同量の非交差視差を与えた。被験者は,より手前に見えるドットを右か左の二者択一で応答した。視覚の科学第38巻第4号(2017年12月)より転載。

3. 単眼性の奥行き知覚手がかり:運動視差

単眼性の奥行き知覚手がかりとして,ここでは主に近年の運動視差の研究について概観する。運動視差は,それ単独で機能する単眼性の奥行き知覚手がかりとして認識されている。2000年代に入ってからは,追従眼球運動(pursuit eye movement)に伴う網膜外信号が,運動視差からの奥行き知覚の生起とそのスケーリングに大きく寄与していることがNawrot7,8)により報告された。このことは,運動視差からの奥行き知覚は眼球運動と密接な関わりがあることを示している。

運動視差の解釈として,運動としての知覚と奥行きとしての知覚,そして,それらが混在した動きを伴う奥行き(depth with concomitant motion)の知覚が起こり得る。Ono and Ujike9)によって,これらの知覚が生じる頭部運動速度と運動視差の条件について明らかにされた。

時間特性に関しては,運動視差からの奥行きの計算には,比較的長い時間窓で統合された運動情報が用いられ,運動の急激な変化は奥行き知覚にほとんど影響しない10)。一方で,頭部を往復運動しながら刺激を観察する場合,頭部運動の方向転換がある場合の方が,ない場合よりも安定した奥行きが知覚される11)ことが報告されており,頭部の運動方向転換を含む時間帯の視覚情報の重要性を示唆している。

眼球の回転中心と光学中心のずれに由来する視差も奥行きの情報を含む。この視差をocular parallaxと呼び,以前から奥行き知覚手がかりとしての可能性が示唆されてきた1215)。Konradら16)は,バーチャルリアリティにおけるリアリズムを向上させる目的で,視線移動に連動したocular parallaxの呈示システムを構築し,ocular parallaxが有効な奥行き知覚手がかりであること,ocular parallaxの付加によりリアルな奥行きを感じられることを示した。眼球運動計測や視線追跡の技術が飛躍的に向上していることも含め,今後は奥行き知覚やバーチャルリアリティにおけるocular parallaxの重要性が増していくことが予想される。

4. 両眼立体視の促進効果

運動視差は単眼でも機能するが,両眼立体視と組み合わせることによる奥行き知覚の促進効果がいくつか報告されている。両眼融合が不可能な大きな両眼視差に対して,運動視差による立体視の促進作用があること17,18)が明らかになっている。また,半透明可視化画像の多視点立体映像において,両眼視差と運動視差の相互作用により,奥行き知覚の過小評価が低減される19)。さらに,両眼視差と滑らかな運動視差の両方を併せ持つ3D表示方式であるDFD(Depth-fused 3D)表示やアーク3D表示において,不同視(anisometropia)における奥行き知覚の劣化が改善される20,21)ことが報告されており,何らかの原因で両眼立体視に不都合が生じた場合に,運動視差がそれを補うように機能すると考えられる。

また,刺激の運動それ自体が大きな両眼視差による奥行き知覚を促進する22)ことも報告されている。興味深いのは,この刺激の運動は運動視差や運動性奥行き効果(kinetic depth effect)といった単眼性の奥行き手がかりにはなっておらず,さらに,両眼融合も成立していないのに奥行きが知覚される点である。また,この奥行き知覚の促進には,刺激の変位ではなく,刺激の運動が寄与している23)ことが示唆されている。

上記のような両眼立体視の促進効果は,3D表示の活用において大いに役立つのではないだろうか。

5. 3Dディスプレイと視覚機能

最後に,近年飛躍的に発展している3Dディスプレイ技術における,視覚機能の研究について述べる。

いわゆる二眼ステレオ表示(S3D)における調節と輻輳の不一致の問題は古くから議論されてきたが,これが不快感や疲労の原因となることが多くの研究2426)により示されている。S3D表示に対する調節・輻輳反応の客観的測定も報告されているが,調節と輻輳が一致しないとする報告2729)もあれば(例えば図2)一致するとする報告30)もある。これらの測定結果は,条件によっても大きく左右されるため,さらなる検討が必要であろう。

図2

水科ら27)による,実物体,偏光メガネ型3D,パララックスバリア式裸眼3D表示に対する(a)調節および(b)輻輳の測定結果。被験者10名の平均値。映像情報メディア学会誌第65巻第12号(2011年12月)より改変して転載。

各種の新たな3D表示方式に対する調節と輻輳の反応の客観的測定も盛んに行われており,multiple-focal-plane display28),超多眼(super multi-view)ディスプレイ31)(図3),電子ホログラフィ32,33),インテグラルフォトグラフィ(integral photography)34)などにおいては調節と輻輳の不一致の改善が報告されている。これらの新しい表示方式により,3D表示に対する不快感や疲労の軽減が期待される。

図3

Mizushinaら31)による(a)超多眼表示,(b)二眼ステレオ表示,(c)実物体に対する調節と輻輳の測定結果。横軸が輻輳,縦軸が調節の応答を示し,輻輳と調節が完全に連動して動いていれば関数の傾きは1となる。J Soc Info Disp, Vol. 24より改変して転載。

6. おわりに

本稿では,近年の奥行き知覚研究の動向について概説した。3D表示技術やバーチャルリアリティ技術の進展に伴い,サイエンスの面のみならずテクノロジーの面からも奥行き知覚研究は注目されている。今後も表示技術の発展とともに,奥行き知覚研究の応用面の研究が大きく広がることが期待される。

謝辞

本稿の執筆にあたり,情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターの坂野雄一氏にご助言をいただいた。ここに感謝する。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

文献
 
© 2020 The Japanese Society of Ophthalmological Optics
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