Japanese Journal of Visual Science
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Interview
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2021 Volume 42 Issue 2 Pages 29-31

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要旨

この度,祁 華先生に眼鏡レンズ設計や開発の魅力と最前線の動向について,貴重なお話を伺うことができました。僭越ながら祁 華先生は,アカデミックな研究者としてのお顔と世界最前線のエンジニアというお顔とどちらからも見られる魅力的な先生と思っておりました。インタビューを通して先生のお仕事の幅の広さに驚かされましたが,私の中で特に印象に残っているのが,累進レンズ性能表示の検証です(祁 華.視覚の科学第33巻3号,2012)。従来の収差分布だけでなく装用時のぼやけ,歪み,ユレなどの程度を指数として表し,新たな評価軸を作られています。眼科臨床現場では,視力やコントラスト感度など定量的な指標を多く用いているのに,ぼけや歪み,ゆれなどの感覚は,口頭での聞き取りなど定性的に終わることが多く,これらを定量的にしていく作業が必要なのだとあらためて感じさせられました。加えて,高度な見え方のシミュレーションや近視進行抑制用眼鏡の開発も積極的に取り組まれております。これらはさらに発展してきているとのことで,今後開発される眼鏡レンズにもぜひ注目したいと思います。

祁 華先生は,一見,寡黙に見える先生なのですが,話してみるととても気さくで,多くのことをとても丁寧に教えてくれます。秘めているエネルギーもきっとすごいので,ぜひこの記事を読んだ旨と質問をしてみてはいかがでしょうか。

Q: 子どものころの夢や学生生活や就職について教えてください。

A: 大学卒業までは中国で過ごしました。小学校は文化大革命で鎖国の時代でしたので,とても夢を語る時代ではありませんでした。中学校に入った年に文化大革命が終わり,間もなく改革開放の時代になったのです。その時の夢は,とにかく大学に入って勉強し,科学者になることでした。運よく中国の浙江大学の光学機械学部に入ることができました。浙江大学は高校の物理の先生の母校です。

大学卒業後,日本留学のチャンスに恵まれ,千葉大の江森先生の研究室に入り,画像処理やリモートセンシングを勉強しました。人工衛星から撮影した画像から,地上の植生分布の分析などを行っていました。博士論文は海洋リモートセンシングに関するものでした。修了後そのまま研究室に残ってリモートセンシングの研究を続ける道もありましたが,江森先生の影響で眼光学に興味を持ち,企業の商品開発も経験したいと思って,HOYAに入社しました。最初はコンタクトレンズと眼内レンズの製造部門に所属しましたが,2年後眼鏡レンズの設計部門に移動しました。

Q: 先生は,眼鏡レンズ光学設計のプロというイメージですが,設計・開発についてどのようなプロセスで進めていくものなのでしょうか?(言える範囲で概念的なお話で結構です)

A: 眼鏡レンズは,顕微鏡,望遠鏡,カメラのような光学機器のように,同じ規格の製品を大量に生産するのではなく,一枚一枚仕様が違う製品です。かといって,一枚一枚特注で設計製造すると納期に間に合わないしコストもかかる。大量生産の中でも一枚一枚の仕様に合わせて作りこむことができるシステムが必須です。これがきちんとできるシステムになったのは,自由曲面製造技術が確立した最近20年です。装用者一人一人の仕様に合わせた光学設計も自由曲面製造技術が確立して初めて成立したようなものです。

設計プロセスに限って言うと,まず今の設計でどのような不具合があるかを調査することから始めます。数は少ないですが,累進レンズの装用感を受け入れられないお客さんがいます。これらのケースをNA(non-adaptation)と言います。NAを調査し,設計の改善点をあぶりだす,このプロセスが設計にとって重要なプロセスになります。改善点を明確にした上で,その後,本格的な設計技術の開発に移るわけですが,その過程においては沢山の設計のアイデアが出てくることになります。その沢山の設計のアイデアについて,明瞭指数や変形指数,両眼視での評価指標などシミュレーション評価技術を駆使することで,新設計の候補を絞り込み,効果が高いと期待される設計については,実際にレンズを製造して,装用試験を行います。装用試験で満足な結果が得られれば,設計が正式に確定し,製造,発売ということになります。もちろん満足な結果が得られなければ,原因を分析し,設計し直しとなります。設計技術者にとっては辛い結果になりますが,より良い製品開発を行う新たなチャレンジを与えられるという点では,良いモチベーションにもなっています。

Q: 今までの中で先生の開発されたレンズの中でご苦労や自信作について教えてください。HOYA社の魅力も教えてください。

A: 眼鏡レンズの革命的な進歩は2000年前後の自由曲面技術です。これによってはじめて,装用者に合わせた光学設計が可能になりました。HOYAの自由曲面累進レンズはHOYALUX iDが最初でした。その後,個別パラメータ(頂間距離,前傾角,そり角)を取り入れた設計,両眼視を考慮した設計のHOYALUX RSiも発売されました。これからも新しい視点で累進レンズの開発を進めていきます。同じレンズを作っても,個人差が大きく,人によって評価が異なります。自覚・他覚多方面からいろいろなデータで分析を行っていますが,その人にとってベストな見え方を提供するために,やらなくてはならないことがまだ沢山あると感じています。

私の役割は,具体的な製品設計よりは,シミュレーションによるレンズの定量評価方法を開発することです。例えばどれだけ明瞭に見えるかを表す明瞭指数,歪みの程度を表す変形指数,左右眼の協調性を表す両眼視評価指数などです。これらの評価指数を最適化することで,新しい累進レンズ設計が生まれたと思います。

児童近視進行抑制用眼鏡レンズという新しい分野も開拓しました。まだ日本では発売されていないMiYOSMARTです。近視人口は世界中で増加が報告されており,今後大きな社会問題となることが予想されています。それを止めるためには,児童の近視進行を抑制することが重要になりますが,そのための画期的な眼鏡のソリューションを提供することができたと思っています。このレンズは眼鏡レンズの常識を打ち破って,表面上小さい突起したセグメントを並べています。香港理工大で行われた2年間の臨床試験で,59%の近視進行抑制率という成績が得られました。コンタクトレンズや点眼薬でも効果はあると思いますが,子供が使うということを考えると安全面で難しさが懸念されます。眼鏡ができればそこをカバーできるのではと思っています。すでに中国,香港,マレーシア,シンガポール,オーストラリア,イギリス,フランス,イタリアなどで発売され,他の国でも順次発売が計画されており,MiYOSMARTが近視化問題に対するゲームチェンジャーになって欲しいと期待しています。

HOYA社の魅力については,HOYAビジョンケア部門はこの分野で最先端の技術を常に開発している会社だと思っています。

Q: 今,注目している技術について教えてください。

A: 一つは見え方シミュレーション技術です。

累進レンズの見え方は,出来上がった眼鏡を手にして初めて確認できるが,設計の段階でできるようにするのが見え方シミュレーション技術です。この技術の静止画版に関する報告は2001年第37回眼光学学会学術奨励賞をいただいています。動画版については,画像処理の計算量が巨大で,長い間実用にこぎつけませんでしたが,2016年2月EUで店頭体験用Hoya vision simulatorの初期ヴァージョンを発売することができました。最近VR装置の進歩が速く,よりリアルに設計を反映するシミュレーション装置が可能になりつつあります。これは単なる見え方を確認するだけにとどまらず,開発のために活用することも可能になります。引き続き開発を進めたいと思います。

もう一つは児童近視進行抑制用眼鏡レンズです。

児童の近視進行を抑制する手段は,アトロピン点眼,オルソケラトロジー,多焦点コンタクトレンズなどがあります。どれも有効な手段だが,侵襲性のある手法なので,安全性に気を配らなければなりません。眼鏡で近視抑制ができれば,安全性の課題は大分解消されます。眼鏡レンズに関しては,これまで多焦点レンズ,累進レンズ,周辺部デフォーカス度数を施した非球面レンズが開発されてきましたが,いずれも臨床実験で十分な効果が確認されませんでした。

HOYAが開発したMiYOSMARTは,眼球が回旋しても常に瞳孔内に矯正度数エリアとデフォーカスエリアが存在し,眼の屈折誤差を補正しながら近視進行抑制のためのデフォーカス度数を与えることができます。この技術はまだ発展途上で,今後の進歩が楽しみです。

Q: 未来のエンジニアや研究者にひとことお願いします。

A: 偉そうなことは言えません。大学や国の研究所であれば,社会にとって有意義な新しい研究テーマを見つけて研究することが大事かもしれませんが,会社の研究者としては,とにかく組織のテーマに自分の能力が発揮できる部分を早く見つけることでしょうかね。それがなければ,「これを加えたほうがもっといい」という部分を考えて,自分の活躍する場を積極的に確保するといいと思います。

 
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