THE JOURNAL OF JAPAN SOCIETY FOR DENTAL HYGIENE
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A case of oral hygiene management intervention for a patient with recurrent oral cancer with extensive mandibular defect
Yoko TANAMACHIYasuko NARITOMIYoko NAMIBEJunko TERAMATSUKatsumi SHINOZAKI
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2025 Volume 20 Issue 1 Pages 3-9

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【緒 言】

近年,再発・転移頭頸部癌に対する治療の進歩は目覚ましく,分子標的薬や免疫療法の出現により,生存期間の延長が認められる。一方で,長期にわたる薬物療法では,有害事象の管理が重要な課題となる。特に口腔癌は,病状の進行に伴い,咀嚼機能や嚥下機能の低下,誤嚥性肺炎のリスク増加,さらには整容面への影響を通じて,患者のQOLを著しく低下させる可能性がある。病悩期間が長い口腔癌患者に対して,支持療法の一環として適切な口腔衛生管理を実施することは,がん患者の口腔機能の維持,口腔内の保清など,口腔粘膜炎の発症リスクの軽減,疼痛の緩和,歯周炎など慢性炎症巣の急性化防止といった効果も期待される1)2)

ここ数年,歯科衛生士が周術期や終末期の口腔癌患者の口腔衛生管理に関与する機会が増加しているが,口腔癌患者個々の病態や抱える問題は多岐にわたり,標準化された口腔衛生管理の指針は確立されておらず,その報告は少ない3)

今回われわれは,広範な下顎欠損を伴う再発口腔癌患者に対して,終末期に至るまで口腔衛生管理を行い,誤嚥性肺炎の予防に寄与した可能性がある1例を経験したのでその概要を報告する。

症例の概要

患者:70歳代,女性。

主訴:口が常に渇き,うまく歯が磨けない。

既往歴:右側下顎歯肉扁平上皮癌(rT4aN2bM0),高脂血症,胃瘻造設状態。

口腔癌治療経過:X年Y月Z日,右側下顎歯肉扁平上皮癌(cT4aN2bM0)に対して,当センターにて右側下顎区域切除術,プレート再建術,右側根治的頸部郭清術変法を施行し,術後放射線治療(総線量60 Gy)を行った。再発転移なく経過していたが,X年から11年後に,左側下顎歯肉に再発(rT4N0M0)を認めたため,下顎前歯部歯槽骨を残し,左側下顎骨区域切除術,同側根治的頸部郭清術変法を行なった。X年Y月から12年9カ月後には,左側下顎歯肉に再発を認めたが,本人が積極的加療を望まず,外来にて経過観察となった。その後も腫瘍は徐々に増大し,下顎から下唇,頸部皮膚へ進展を認めたため,X年Y月から13年4カ月後より,切除不能再発病変に対し,救済化学療法として,セツキシマブ,5-FU,シスプラチン併用療法,ニボルマブ療法,パクリタキセル単剤療法を交互使用しながら腫瘍制御を図った。X年Y月より15年9カ月後からはニボルマブ療法から再度,セツキシマブ,パクリタキセルの併用療法に変更した。

現病歴:長期にわたる口腔癌治療歴があったが,患者は「可能な限り自らの力で日常生活を送りたい」との強い意向を示しており,医療従事者による口腔衛生管理への介入を一貫して拒否していた。しかし,腫瘍の増大および薬物療法に伴う口腔内の著明な乾燥感ならびに不快感の出現により,患者は専門的な口腔清掃指導を希望するようになった。これを受け,X年Y月から15年10カ月後より口腔衛生管理を開始した。

口腔衛生管理開始時の現症:体格は中等度。腫瘍進展に伴い,咀嚼を含めた摂食機能,嚥下機能は極めて不良で,経口摂取は不可能であった。胃瘻からの経管栄養管理(経管栄養剤1300Kcal,タンパク量42g)であり,栄養状態はやや不良(BMI18.0,アルブミン値3.5g/dL)であった。全身状態はEastern Cooperative Oncology Group(ECOG)Performance Status(PS)4)にて0であり,問題なく日常生活を送ることができていた。

口腔外所見:下顎から下唇,オトガイ部皮膚は腫瘍により欠損し,残存していた下顎前歯部歯槽骨は吸収し,左右のプレートが一部皮下および粘膜部から露出していた。下顎骨骨体部の欠損により,口腔外より舌が視認可能であった。舌の背面に再発病変が認められ(図1A),造影CTにおいて,下顎から下唇部の欠損と不整な腫瘍の拡がり,さらに頸部皮膚へ進展が確認された(図1B)。肺を含めた他臓器に転移性病変は認めなかったが,両側肺野に複数の浸潤影を認め,誤嚥性肺炎の所見であった(図1C)。

図1A

口腔衛生管理介入時の顔貌および口腔内写真 下顎から下唇にかけて腫瘍により欠損しており,口腔外より舌が視認可能であった。

図1B

口腔衛生管理介入時の頭頸部の造影CT写真 造影CTでは,下顎から下唇は欠損し,辺縁不整な腫瘍が頸部皮膚へ進展していた。

図1C

口腔衛生管理介入前の肺のCT写真 両側肺野に複数の浸潤影を認めた。

口腔内所見:口唇閉鎖不全により,口腔粘膜は著しく乾燥していた。両側頬粘膜,および口蓋粘膜に強い発赤を認めたが,潰瘍やびらんは認められず,Common Terminology Criteria for Adverse Events(ver5.0)にてGrade 1相当の口腔粘膜炎の所見であった。残存歯は上顎の11本であり,O’LearyのPlaque Control Record(以下PCR)は86%と不良であった(図2)。特に口蓋側歯頸部に歯垢付着を認め,辺縁歯肉の発赤と腫脹を伴っていた。縁下歯石の付着はほとんど認めなかった。

図2

口腔衛生管理介入前の歯周チャート

血液検査所見:血球検査,凝固機能検査,電解質,肝機能を含め正常値であった。腎機能はCcr (クレアチニンクリアランス)74.8ml/min,腫瘍マーカーはSCC(扁平上皮がん関連抗原)1.3 ng/ml,CEA(癌胎児性抗原)1.3ng/mlと正常範囲であった。

白血球数11600/ml,CRP(C反応性タンパク質)1.05/dlと軽度炎症値の上昇を認めた。

臨床診断は,左側下顎歯肉扁平上皮癌再発(rT4aN0M0),18,17,14,13,12,11,21,22,23,25慢性辺縁性歯周炎,薬物療法に伴う口腔粘膜炎,誤嚥性肺炎と歯科医師が診断した。

本雑誌投稿に際して,患者および家族に口頭や文章で十分に説明し,書面による同意を得た。

治療経過

造影CTにて両側肺野に浸潤影を認めたため,呼吸器病センターに対診を依頼した。呼吸器内科にて誤嚥性肺炎と診断されたが,自覚症状に乏しく,呼吸状態も安定していたことより薬物療法は行わず経過観察となった。これを受け,患者の専門的口腔清掃指導に対する希望ならびに誤嚥性肺炎再発予防の観点から,歯科衛生士による口腔衛生管理介入の必要性を説明し,同意を得た上で介入を開始した。

Ⅰ.救済化学療法中の口腔衛生管理

初期介入時には歯科衛生士による直接的介入が拒否されたことから,セルフケアを中心とした指導に限定された。患者の几帳面で真面目な性格を踏まえ,口腔衛生管理の重要性を,顎模型を用いたブラッシング指導にて順を追って理解させ,モチベーションを高めた。指導内容においては,1日3回(朝,昼,夕)の歯磨きの継続を指示した。また,腫瘍の増大によりアクセス困難であった口蓋側歯面や歯頸部へのポイント磨きに際しては,ワンタフトブラシ(ピーキュアS,株式会社オーラルケア)を併用した。粘膜部においては,堆積した剥離上皮や乾燥した喀痰を物理的に取り除くため,スポンジブラシの使用を勧め,口腔内細菌数を減らし,誤嚥性肺炎の発症リスクの軽減に努めた。歯磨剤は,低刺激で抗菌作用を有するリフレケア(雪印ビーンスターク株式会社)の使用,保湿剤としてもリフレケアを1日4回(朝,昼,夕,就寝前)使用するよう指導した。また,口唇閉鎖不全により含嗽は困難であったため,代わりにアズノール含嗽剤を浸潤させたガーゼやスポンジブラシでの清拭を行うよう指導した。これら一連の口腔衛生指導は鏡を用いて行うよう指導した。セルフケア終了時には,唾液など口腔内浸出液の流出防止と,審美障害の解消に努めるため,医療従事者(歯科医師,看護師,歯科衛生士)が,創部の被覆方法を指導し患者自身にて創部の被覆を実施した。腫瘍ならびに下顎欠損部を,シングルパッドA(白十字株式会社)で保護し,その上にガーゼを重ねて下顎の形態を模し,さらに皮膚と色調の近いスキントンテープ(優肌絆サージカルテープスキンカラー,株式会社ニトムズ)で被覆した(図3)。X年Y月から15年11カ月目,さらなる腫瘍の増大,口腔乾燥感や薬物療法に伴う口腔粘膜炎の増悪により,セルフケアが次第に困難となったため,本人の希望により歯科衛生士の積極的な介入による口腔衛生管理を開始した。口腔衛生管理開始に際し,まず,Eilers Oral Assessment Guide(以下OAG)5)を用いて,1.声,2.嚥下,3.口唇,4.舌,5.唾液,6.粘膜,7.歯肉,8.歯と義歯(歯の清掃状態)の8項目について,各々1~3点の3段階で評価した。口腔衛生管理介入前のスコアは22点であった(表1)。また,O’LearyのPlaque Control Record(以下PCR)は86%と不良であった(図2)。セルフケアで遵守していた指導内容に加え,粘膜炎を発症していた頬粘膜においては物理的刺激を避けるため,生理食塩水をシリンジに入れて,吸引しながら繰り返し水銃にて洗浄した。週に1回程度の頻度で歯科衛生士が積極的に行い,口腔衛生状態を保つよう努めた。積極的な口腔衛生管理介入後29日目のOAGは,16点に改善し(表1),PCRは36%へ改善した(図4)。さらに,同日に撮影した造影CTにて,口腔衛生管理介入前に認めていた肺の浸潤影(図1C)は介入後に縮小ないし消失した(図5)。

図3

BSC期における下顎欠損部へのドレッシング写真 下顎欠損部を創傷用ドレッシング剤と滅菌ガーゼで被覆し,その上から保護テープで被覆した。

表1

口腔衛生管理介入前後のEiler


図4

口腔衛生管理介入後の歯周チャート

図5

口腔衛生管理介入後の肺のCT像 両側肺野の浸潤影は消失もしくは縮小していた。

Ⅱ.Best Supportive Care(以下BSC)移行後の口腔衛生管理

X年Y月から16年2カ月後,舌に新規病変が出現し,以後急速な増大を示し(図6),癌の進行に伴い,腫瘍部からの頻回の出血や,体力の低下を認めた。本人,家族の希望により,その16日後,BSCの方針となった。BSC移行後の口腔衛生管理は,腫瘍の進展と病状の進行に伴うADLの低下により,セルフケアが困難であったため,患者の同意を得て,歯科衛生士による口腔衛生管理を開始した。流水による洗浄も口腔内に水分を保持しておくことが困難なため,苦痛な様子であり,水を使わないタイプの口腔ケア用ジェル(お口を洗うジェル,日本歯科薬品株式会社)を使用した。同剤を残存歯および,粘膜へ一層塗布,堆積物を軟化させた後,吸引下に歯ブラシとスポンジブラシを用い口腔衛生管理を行った。なお,BSCに移行後も,家族の都合で当科への受診頻度を増やすことはできなかったため,ケアの要点を家族に指導し,可能な限りホームケアを励行するよう促した。2020年1月上旬に,自宅での療養が困難となり,当院緩和ケアセンターに入院となったが,患者がしばしばせん妄状態に陥り,口腔衛生管理の介入を拒否されることも多くなった。口腔衛生管理介入は,患者の状態のよい時に不定期に病棟のベッドサイドにて行い,口腔衛生管理を拒否された際には,担当看護師に介入を依頼した。看護師への指導に関しては,患者負担軽減のため,ケアの内容を一部簡略化,リフレケアを十分に塗布するよう指導した。口腔衛生管理実施時は,意識レベルの低下により,誤嚥リスクの増加が懸念されたため,主にベッドサイドでファーラ位にて行った。病状進行に加え,下顎骨の欠損による舌根沈下も相まって,口腔衛生管理中の経皮的動脈血酸素飽和濃度(percutaneous oxygen saturation:以下SpO2)の低下が懸念された。口腔衛生管理実施時には,外来通院可能期間における平均SpO2値(95%)を安全域の指標とし,これを下回らない範囲で介入を行った。SpO2の一時的な低下が確認された場合には,値が基準レベルに回復するまでケアを中断し,回復後に口腔衛生管理を継続した。また刺激の少ない保湿剤としてリフレケアを使用し,口腔内の湿潤環境を保つよう心がけた。緩和ケア病棟入院後は,連日,看護師による口腔ケアを行い,歯科衛生士による口腔衛生管理は患者状態を考慮して,週に2回程度行った。緩和ケア病棟入院から8日後,再発口腔癌の病状進行のため患者は永眠した。

図6

終末期の顔貌および口腔内写真 舌に新規病変が出現し,以後急速な増大を示した。

【考 察】

口腔癌の根治的治療後の原発巣・頸部再発率は通常24-48%とされ,そのうち原発巣の再発が半数以上を占めている5)。再発症例の内,手術不能で放射線治療歴のある症例に対しては薬物療法が選択されるが,近年では免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitors以下ICIs)が治療に用いられ,生存期間が延長することが報告されている6)7)。しかし,治療効果に乏しい症例も存在し,これらに対してICIsと救済化学療を交互に行い,奏効したという報告が多くみられている8)9)。自験例においても,ICIsと従来の化学療法薬を交互に使用することで,生存期間の延長を得た10)

一方で,長期にわたる複数種類の薬物療法を行う上で問題となってくるのが,有害事象の管理である。口腔癌は細菌数の多い口腔領域に発生するため,感染による有害事象の発生リスクが高くなることが考えられる。抗癌剤による直接的な作用による一次性の口腔粘膜炎に加え,口腔内細菌が関与する二次感染により口腔粘膜炎が重症化する11)。加えて,病状の進行による咀嚼,嚥下機能の低下や,誤嚥性肺炎,整容面の低下などが,QOLの低下に直結する。自験例における口腔衛生管理上の問題点は多岐にわたり,放射線治療の既往,広範な下顎骨および下唇の欠損,口唇閉鎖不能による流涎,口腔乾燥などの口腔内不快感,経口摂取および嚥下困難,不顕性肺炎,誤嚥性肺炎,そして腫瘍が直視できることによる審美的障害および精神的ストレスなど挙げられた。口腔衛生管理を行うことで,口腔内の不快感は減少し,口腔粘膜炎による疼痛の改善,歯周炎の急性化の防止を図ることができた。不顕性肺炎および誤嚥性肺炎を予防ないし改善する上で,口腔衛生管理が有効とされている12)が,自験例においても,介入前に認めていた肺の浸潤影は,介入後に縮小ないし消失しており,口腔衛生管理が誤嚥性肺炎の予防に寄与した可能性があるものと考えられた。広範な下顎骨の欠損による審美障害に対しては,一般的に顎補綴治療が行われることが多い1)。しかし,自験例においては,腫瘍は下唇からオトガイ部皮膚にまで進展しており,残存下顎骨も少なかったことから,顎補綴治療は困難であった。そこで,この審美障害の改善のため,ガーゼやテープを用いた下顔面部の創部被覆を行ない,可能な限り整容面の回復に努め,患者の心理的ストレスの解消に努めた。全介入期間を通じて,几帳面な患者の性格に寄り添い,自力でできる事と協力を得たい事の区別化を図り,協力しながら遂行した事で中断する事なく口腔衛生管理を継続する事ができた。

周術期や終末期における口腔衛生管理には多くの課題が存在しており,その一つとして,患者の全身状態に応じた適切な介入時期の判断が挙げられる。「リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン」では,安静時のSpO2が90%以下の場合には,積極的なリハビリテーションの実施は推奨されないとされている13)。一方で,口腔衛生管理実施時におけるSpO2の基準値については明確な指針が存在せず,呼吸器疾患や心不全などの基礎疾患の有無により,適切なSpO2の目標値は個別に異なると考えられている14)15)。自験例では,終末期の口腔衛生管理は,外来通院が可能であった時期の平均的なSpO2 95%を指標とし,患者のSpO2のみならず全身状態を鑑みながら行った。周術期や終末期における口腔衛生管理介入のタイミングや頻度は,患者の意識レベル,呼吸状態,全身状態など多面的な情報を基に判断する必要があり,個別性に配慮した柔軟な対応が求められると考えられた。

【結 論】

今回われわれは,広範な下顎骨欠損を伴う再発口腔癌患者に対して,終末期にいたる継続的な口腔衛生管理の介入を行った。

口腔癌患者個々の特殊性に対応するためには,治療期に生じる様々な有害事象を多角的に評価し,がん治療に携わる歯科医師,歯科衛生士,看護師やNSTなど多職種から成るチームでの対応が重要であり,治療開始から終末期に至るまで一貫したサポートが重要と考えられた。

本論文に関して,開示すべき利益相反関係事項はない。

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