Equilibrium Research
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Original articles
A Case of Radiation-Induced Meningioma of the Cerebellopontine Angle in a Young Man Presenting with Disequilibrium
Kazunori MatsudaGo SatoJunya FukudaSho TakaokaMiki TomuraMomoyo MatsuokaTakahiro AzumaYoshiaki KitamuraNoriaki Takeda
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2024 Volume 83 Issue 2 Pages 79-87

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Translated Abstract

We report the case of a 15-year-old young man who presented with disequilibrium and leftward spontaneous nystagmus. Since the video head impulse test at the initial visit showed right lateral semicircular canal hypofunction, the patient was suspected as having peripheral vertigo due to right semicircular canal hypofunction. However, his clinical course was considered as being atypical for peripheral vertigo caused by right semicircular canal hypofunction because of his small center of gravity sway, a negative Romberg’s phenomenon. Balance testing showed failure of visual suppression of caloric nystagmus, and insufficient optokinetic nystagmus responses, suggestive of central vestibular dysfunction. Contrast-enhanced brain MR imaging showed a neoplastic lesion with contrast effect occupying the region from the right middle cranial fossa to the cerebellopontine angle, with extension into the internal auditory canal. In addition, edematous changes due to compression by the neoplastic lesion were observed in the right midbrain, pons, and cerebellum. We diagnosed radiation-induced meningioma based on the histopathology and history of radiotherapy that the patient had received for acute lymphocytic leukemia. The central disequilibrium was diagnosed as being caused by compression of the cerebellum and brainstem due to radiation-induced meningioma arising from the cerebellopontine angle. In patients with a history of having received intracranial radiation in childhood, the possibility of occurrence of central disequilibrium caused by a radiation-induced brain tumor, which is a frequent complication, should be borne in mind.

 緒言

めまいを主訴とする患者における小児の割合は低い。諸外国では,小児めまいの有病率は0.4%と報告されており1),本邦においても小児のめまい症例の割合は2%前後と報告されている2)~4)

小児めまいは成人とくらべて中枢性めまい疾患の割合が25%と多く,とくに脳腫瘍によるめまいが約6%であることに注意が必要である5)。小児の脳腫瘍の60%以上は小脳と脳幹に発生し6),特に予後不良と関連しているために7),小脳や脳幹に発生する脳腫瘍を見逃さないように注意し,頭部MRIによる画像検査を積極的に行い,これらの疾患を除外する必要がある。

本症例は自発眼振を認めたが,めまいの自覚症状が乏しかったことから中枢性めまいを疑い,神経耳科学的検査を行ったところ中枢前庭障害を認めた。既往歴,画像検査およびその後の病理組織検査から小脳橋角部放射線誘発性髄膜腫と診断した。今回,極めて稀少な小脳橋角部に発生した放射線誘発性髄膜腫による小児めまいを経験したので報告する。

 症例

15歳 男性

主訴

ふらつき,浮動感

既往歴

乳児急性リンパ性白血病,中枢性思春期早発症,拡張型心筋症,甲状腺機能低下症,糖尿病,脂肪肝,脂質異常症,高尿酸血症

家族歴

特記事項なし

現病歴

生後2か月で急性リンパ球性白血病に罹患し,化学療法を行った。2歳時に再発し,化学療法,全身放射線療法(合計12 Gy)と骨髄移植を行い,以後寛解を維持している。急性リンパ球性白血病の治療により拡張型心筋症,甲状腺機能低下症,糖尿病,脂肪肝,脂質異常症,高尿酸血症などを併発し,担当科である小児科にて内服加療を受けていた。これまでにめまい発作の既往はなかったが,3週間前より持続するふらつきや浮動感を自覚したために,精査加療目的に20XX年5月28日に当科へ紹介となった。

 現症

身長139 cm,体重34 kgと低身長であった。鼓膜は正常。標準純音聴力検査では難聴を認めなかった(図1a)。両脚直立検査および単脚起立検査では異常なく,ロンベルグ現象は陰性であった。指-鼻試験は両側とも異常なく,軟口蓋麻痺や舌運動障害を認めなかった。四肢に運動麻痺を認めず,顔面,四肢,体幹に感覚異常を認めなかった。

図1  聴力検査(a.初診時,b.再診時,c.術後)

a.平均聴力(4分法)は,右耳10.0 dB,左耳12.5 dBと左右耳とも閾値上昇はみられず,正常域であった。

b.平均聴力(4分法)は,右31.3 dB,左20.0 dBと右感音難聴を認めた。

c.平均聴力(4分法)は,右スケールアウト,左10.0 dB(4分法)と右聾を認めた。

血液検査:HbA1cは8.1%と耐糖能異常を認め,ALT 67 U/L,AST 107 U/L,γGTP 180 U/L,TG 867 mg/dlと脂肪肝による肝機能異常と脂質異常症を認めた。FT3 2.8 ng/ml,FT4 1.25 ng/mlは正常であったが,TSHは6.61 ng/dlと高値であり,潜在性甲状腺機能低下症を認めた。さらに,UA 8.9 mEq/Lと高値で高尿酸血症を認め,BNPは201 pg/mlと高値であり,拡張型心筋症による慢性心不全を認めた。

平衡機能検査:

左方注視時に左向き眼振が疑わしく,赤外線CCDカメラによる自発・頭位眼振検査で左向き水平回旋・混合性眼振を認めた(図2)。重心動揺検査では,外周面積および総軌跡長のおけるRomberg率はそれぞれ1.93,1.39であり,Romberg徴候は陰性であった。ビデオヘッドインパルス検査(GN Otometrics社のICS Impulse®を使用)では右外側半規管のVOR gainsの低下とcatch-up saccadeを認めた。

図2  初診時の眼振検査所見

左方注視時に左向き眼振が疑わしく,赤外線CCDカメラによる自発・頭位眼振検査で左向き水平回旋・混合性眼振を認めた。

 経過

本症例は,初診時には明らかな脳神経症状を認めなかった。さらに,赤外線CCDカメラによる自発・頭位眼振検査で左向き水平回旋・混合性眼振を認め,ビデオヘッドインパルス検査で右外側半規管機能低下を認めたことから,右半規管機能低下による末梢性めまいが疑われた。一方で,自発眼振を認めるものの,重心動揺は小さくロンベルグ現象が陰性で,めまいの自覚症状が乏しかったことから,右半規管機能低下による末梢性めまいの臨床経過としては非典型的であると考えられた。さらに急性リンパ性白血病の既往歴と多数の基礎疾患を有していたことから中枢性めまいの鑑別目的に電気眼振検査,迷路刺激検査,音刺激検査による精密平衡機能検査(2次検査)を行った。

精密平衡機能検査(2次検査):

視標追跡検査では,滑動性眼球運動はsaccadicパターンであり(図3a),二点交互注視検査では,左向きの自発眼振によるsaccadeが認められたが,眼球運動のdysmetriaは認められなかった(図3b)。視運動性眼振パターン検査(加速度4.0 deg/sec2,最大速度120 deg/sec)では両側とも視運動性眼振の解発が不良であった(図3c)。電気眼振検査による頭位眼振検査では,暗所開眼・臥位正面で左向き水平性眼振を認め,最大緩徐相速度は8.3 deg/secであった。温度刺激検査(20°C,5 ml,少量注水法)では,右側の最大緩徐相速度は2.3 deg/secで,左側の最大緩徐相速度は31.5 deg/secであり,右中等度半規管麻痺(canal paresis, CP)を認めた。Visual suppression(VS)検査では右VS% = 74.1%,左VS% = 26.4%であり,右向き温度眼振に対するVSの減少を認めた(図4a.b)。

図3  視刺激検査(a.追跡眼球運動検査,b.二点交互注視検査,c.視運動性眼振パターン検査)

a.滑動性眼球運動はsaccadic pursuitを認め(矢印),saccadicパターンであった。

b.二点交互注視検査では,左向きの自発眼振によるsaccadeが認められたが(矢印),眼球運動のdysmetriaは認められなかった

c.視運動性眼振パターン検査では両側とも視運動性眼振の解発が不良であった

図4  温度刺激検査(a.右耳冷水刺激,b.左耳冷水刺激)

少量注水法による温度刺激検査では,右側の最大緩徐相速度は8.3 deg/secで,左側の最大緩徐相速度は31.5 deg/secであり,visual suppression(VS)検査では右VS% = 74.1%,左VS% = 26.4%であった。

前庭誘発筋電位検査(vestibular evoked myogenic potential, VEMP)では,cVEMP(cervical VEMP,前庭誘発頸筋電位,気導刺激,short tone burst 500 Hz,135 dB SPL,analysis time 50 ms,stimulation rate 5 Hz)は右耳の振幅の減弱を認め,asymmetry ratioは50.0%と異常であった。oVEMP(ocular VEMP,前庭誘発眼筋電位,骨導刺激(Bruel & Kjaer社のMinishakerを使用),500 Hz tone-bursts,rise/fall time 1 ms,plateau time 2 ms,analysis time 50 ms,stimulation rate 5 Hz)も右耳の振幅の減弱を認め,asymmetry rateは45.6%と異常であった。

精密平衡機能検査(2次検査)にて中枢性前庭障害を認めたために,頭部造影MRIを実施した。右中頭蓋窩から小脳橋角部に長径51 mmの造影効果のある腫瘍性病変を認め,一部内耳道への進展が疑われた。さらに右中脳,橋および小脳には腫瘍性病変の圧迫による浮腫状変化を認めた(図5a)。

図5  造影MRI(a.術前,b.術後)

a.右中頭蓋窩から小脳橋角部に長径51 mmの造影効果のある腫瘍性病変を認め(★),内耳道への進展が疑われた(矢印)。さらに右中脳,橋および小脳には腫瘍性病変の圧迫による浮腫状変化を認めた(矢頭)。

b.右中脳に腫瘍の残存を認めるが(★),橋および延髄の腫瘍は概ね摘出され(★),腫瘍性病変の圧迫による浮腫状変化は消失している。

その後,当院脳外科での手術待機中の20XX年7月8日に右顔面神経麻痺と難聴が出現し,当科へ再度紹介となった。標準純音聴力検査にて右31.3 dB,左20.0 dB(4分法)と右感音難聴を認めた(図1b)。聴性脳幹反応検査では右側ではI波は確認できたが,II波~V波は消失していた(図6)。

図6  再診時の聴性脳幹反応検査

右側ではI波は確認できたが,II波~V波は消失していた。

その後,当院脳神経外科で病理組織検査による確定診断目的に開頭による頭蓋内腫瘍摘出術を実施した。腫瘍はV・VII・VIII・IX・X・XI脳神経と癒着し,複数の脳神経を巻きこんでいた。癒着が高度で,境界が不明瞭であった脳幹前面の腫瘍は部分的な切除となった。術後に右顔面のしびれ,難聴の悪化,嗄声,嚥下障害,右軟口蓋麻痺などの多発脳神経障害が生じた。術後の標準純音聴力検査は右聾であった(図1c)。

病理組織検査:網状に増生する膠原線維の間隙に,類円形や短紡錘形の比較的小型の各を有する異型細胞が蜂巣状に増生していた。核異型は乏しく,細胞質内にはPAS(periodic acid-schiff)染色が陽性のグリコーゲンを有する異型細胞も見られた。免疫染色では,異型細胞はSSTR2(somatostatin receptor 2)は大部分で陽性であり,EMA(epithelial membrane antigen)が一部で陽性であった。Ki-67 labeling indexは約5%であった。以上の結果から,明細胞髄膜腫と診断した。

術後,残存腫瘍に対し,術後放射線療法を合計45 Gy実施し,担当科である小児科で外来通院の上,経過観察となった。術後3ヶ月での造影MRIでは,右中脳に腫瘍の残存を認めるが,橋および延髄の腫瘍は概ね摘出され,腫瘍性病変の圧迫による浮腫状変化は消失していた(図5b)。その後転居に伴い,当科への外来通院が途絶えていたが,20XX + 2年6月22日に当科へ再来受診した。暗所でのふらつきの訴えはあったが,立位や歩行は可能で,日常生活には支障をきたしていなかった。注視眼振を認めず,自発・頭位眼振検査でも眼振は認めなかった。重心動揺検査では,外周面積および総軌跡長のおけるRomberg率はそれぞれ1.26,1.06であり,Romberg徴候は陰性であった。ビデオヘッドインパルス検査では右外側半規管のVOR gainsは初診時と変わらず低下しており,catch-up saccadeを認めた。標準純音聴力検査は右聾のままであった。術後2年での造影MRIでは残存腫瘍の再増大は認めていない。

 考察

本症例は,ふらつきや浮動感を自覚し,初診時の赤外線CCDカメラによる自発・頭位眼振検査で左向き水平回旋・混合性眼振を認め,ビデオヘッドインパルス検査で右外側半規管機能低下を認めたことから,右半規管機能低下による末梢性めまいが疑われた。しかし,滑動性眼球運動が時にsaccadeが混じる異常パターンを示し,視運動性眼振の解発が不良であった。さらに,温度眼振検査のVSも減少していたことから,中枢性前庭障害を認めたために画像検査を行った。頭部造影MRIでは右中頭蓋窩から小脳橋角部,内耳道へ進展する腫瘍性病変を認め,右中脳,橋および小脳には腫瘍性病変の圧迫による浮腫状変化を認めた。開頭手術による病理組織診断は髄膜腫であった。既往に急性リンパ球性白血病があることから傍腫瘍性神経症候群や,現症に耐糖能異常や甲状腺機能低下症があることからGAD抗体関連ならびに橋本脳症病など自己免疫性小脳失調症が鑑別に挙げられたが,画像検査上は否定的であった。このことから,本症例を小脳橋角部髄膜腫による中枢性めまいと診断した。

めまいを主訴とする患者における小児の割合は低い。諸外国では,小児めまいの有病率は0.4%と報告されており1),本邦においても小児のめまい症例の割合は2%前後と報告されている2)~4)。小児めまいは成人とくらべて中枢性めまい疾患の割合が25%と多く,とくに脳腫瘍によるめまいが約6%であることに注意が必要である5)。小児の脳腫瘍の60%以上は小脳と脳幹に発生し6),特に予後不良と関連しているために7),小脳や脳幹に発生する脳腫瘍を見逃さないように注意し,頭部MRIによる画像検査を積極的に行い,これらの疾患を除外する必要がある。外傷の既往がない場合,頭部CTは非外傷性急性頭蓋内出血,水頭症,小脳浮腫や石灰化などの同定には有用であるが8)9),後頭蓋窩の異常を含む頭蓋内病変の同定においてMRIよりも感度が低い10)。小児の運動失調の評価において頭部CTを実施することを支持する過去の報告はなく,放射線被曝の問題点も指摘されているために,小児めまい症例には頭蓋内病変の精査のために積極的に頭部MRIを実施するべきである11)

本症例において,自発・頭位眼振検査,温度刺激検査,ビデオヘッドインパルス検査および前庭誘発筋電位検査からは「末梢性前庭障害」が示唆され,視標追跡検査,視運動性眼振パターン検査,VS検査からは「中枢性前庭障害」が示唆された。小脳橋角部に発生する腫瘍は聴神経腫瘍が約80%と最も多く,ついで,髄膜腫が約15%を占める12)。小脳橋角部に発生する髄膜腫では,めまい・平衡障害は32~65%に認められるが13)14),その性質はふらつきや浮動感といった小脳症状を呈しやすいのに対し,回転性めまいを生じることは少ないと報告されている15)。本症例において,「末梢性前庭障害」は腫瘍が内耳道内に進展したため,「中枢性前庭障害」は腫瘍により小脳・脳幹が圧排されたためと解釈され,実際,MRI像とも合致していた。

本症例は,初診時には難聴を認めなかったが,初診から2ヶ月後に右顔面神経麻痺と右感音難聴を認め,聴性脳幹反応検査で右側においてI波は確認できたが,II波~V波は消失していた。髄膜腫は,その付着部近傍の脳神経症状が生じ,小脳橋角部では聴力低下や顔面神経麻痺および三叉神経障害,小脳テントでは三叉神経痛,斜台では下位脳神経障害による嚥下障害などを生じやすい16)。聴力障害は最も高頻度にみられる症状であるが,小脳橋角部に好発する聴神経腫瘍と比較するとその頻度は少なく15),一方で三叉神経障害や顔面神経障害は多くみられると報告されている17)。聴性脳幹反応におけるI波は蝸牛神経由来であり,同側のII波以降の波の消失は,小脳橋角部腫瘍に代表される下部脳幹障害で認められる18)。本症例は,小脳橋角部に発生した髄膜腫の内耳道への進展により,顔面神経麻痺と後迷路性難聴を生じたと考えられた。内耳道へ進展する小脳橋角部腫瘍は,蝸牛への血流障害により感音難聴をもたらす可能性を示唆する報告19)もあるが,本症例では,聴性脳幹反応で蝸牛の活動電位であるI波を認めていたことから,これは否定的であったと考えられた。

急性リンパ球性白血病などの血液腫瘍性疾患の根治療法として造血幹細胞移植が行われており,本邦においても年間5000例を超えている。移植片の拒絶を防ぐために,患者の免疫担当細胞を減弱する適切な免疫抑制,移植片の生着環境を確保するために患者の造血幹細胞を排除する造血抑制,患者の体内に残存する腫瘍細胞を根絶させる抗腫瘍効果などを目的として,大量化学療法とともに全身放射線照射が造血幹細胞移植の前に行われる20)。小児期の放射線治療において重要な合併症に,生殖機能への影響,下垂体機能低下による内分泌障害,骨成長障害,冠動脈疾患などの心臓合併症などがあるが,一番大きな問題は二次がんがある21)22)。小児は放射線感受性が高く,正常組織の耐容線量は成人に比べて低く設定されている。放射線によりDNAが損傷をうけることで,がん化に必要な複数のDNAの突然変異が一度に生じるか,あるいは長期間のDNAの突然変異頻度の上昇におけるゲノムの不安定性や慢性炎症などにより,がんが発症すると考えられている23)。さらに,頭蓋への放射線治療をうけた小児がん生存者は,中枢神経系腫瘍である髄膜腫を発症するリスクが高いことが報告されている24)25)。低線量,高線量にかかわらず,放射線治療に髄膜腫が発生しやすいことに関してはよく立証され,その発症率は16.7%であり,発症までの平均期間は22.5年(12.2年~34.3年)であり26),放射線誘発性髄膜腫の診断基準は次の通りである27)~29);(1)腫瘍は放射線を照射された領域に存在しなければならない,(2)組織学的所見は以前に存在した新生物と異なる必要がある,(3)放射線照射と髄膜腫の発生に十分な期間がある,(4)母斑症の家族歴がない,(5)腫瘍は再発性や転移性のものではない,(6)腫瘍は放射線治療以前に存在しない。本症例は,急性リンパ性白血病に対する放射線治療の15年後に発生し,上記の診断基準をすべて満たし,放射線誘発性髄膜腫と診断した。

孤発性髄膜腫は50~74歳に好発し,男女比は1:2.3と女性に多い。好発部位は大脳円蓋部に最も多く,その頻度は約25%であり,小脳橋角部には約8%が好発する12)。一方で,放射線誘発性髄膜腫は20~39歳に好発し,発症年齢は孤発性髄膜腫より若く,男女比は1:1.2とわずかに女性に多い30)。放射線誘発性髄膜腫の発生部位は,以前の頭蓋内への放射線照射部位に依存し,好発部位は前頭部に最も多く,その頻度は約31%であり,次いで頭頂部(約20%)に好発する。小脳橋角部には約2%が発生し,これまでに7例しか報告されておらず,その頻度は非常に少ない。さらに本症例のように,小脳橋角部に発生した放射線誘発性髄膜腫例において神経耳学科的検討をおこなった報告は,渉猟し得る限りでは見当たらなかった。放射線誘発性髄膜腫の平均潜伏期間は,高線量群(40 Gy以上)で18.2年,中間線量群(20~40 Gy未満)で22.1年,低線量群(20 Gy未満)で29.8年であり,放射線線量が多くなるほど,発症までの期間は有意に短くなる30)。今回,遺伝子変異は検討していないが,放射線誘発性髄膜腫では,孤発性髄膜腫で反復的に認められるAKT(v-akt murine thymoma viral oncogene homolog),smoothened(SMO),TRAF7(tumor necrosis factor receptor associated factor 7),KLF4(Krüppel-like factors 4)などの遺伝子変異は認められず,NF-2(neurofibromatosis 2)遺伝子の点突然変異のrearrangmentが高率に認められている。放射線がNF-2遺伝子などの腫瘍形成に関連する遺伝子の構造変化と再配列を促進することで,放射線誘発性髄膜腫が発生すると考えられている31)。放射線誘発性髄膜腫は,孤発性髄膜腫と比較して,多発性のものや細胞異型を伴うものが多く,再発しやすい傾向にある32)。小児期に頭蓋内へ放射線治療を行っている場合は,放射線誘発性脳腫瘍の発生頻度が高いために,中枢性めまいの鑑別目的に頭部MRIによる画像検査を行う必要がある。

 まとめ

ふらつきや浮動感を自覚し,自発眼振を認め末梢前庭疾患が疑われたが,めまいの自覚症状が乏しいことから中枢性めまいを疑い,神経耳科学的検査を行ったところ中枢前庭障害を認め,画像検査とその後の病理組織検査から診断しえた小脳橋角部髄膜腫による小児めまい例を経験した。本症例は,急性リンパ性白血病に対する放射線治療後に発生し,診断基準を満たしたことから放射線誘発性髄膜腫と診断した。小脳橋角部に発生した放射線誘発性髄膜腫が内耳道に進展し,上前庭神経および下前庭神経へ障害を及ぼした結果,温度刺激検査と外側半規管におけるビデオヘッドインパルス検査,cVEMP,oVEMPの異常を認めたと考えられた。さらに,放射線誘発性髄膜腫が小脳および脳幹を圧迫することにより,滑動性眼球運動の異常,視運動性眼振の解発不良とVSの減少を生じたと考えられた。小児期に頭蓋内へ放射線治療を行っている場合は,放射線誘発性脳腫瘍の発生頻度が高いために,中枢性疾患によるめまいを念頭に置き,中枢性めまいの鑑別目的に頭部MRIによる画像検査を行う必要がある。

利益相反に該当する事項はない。

 文献
 
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