Equilibrium Research
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Clinical Course of Vestibular Symptoms and Hearing Loss in a Patient with Enlarged Vestibular Aqueduct Caused by SLC26A4 Variants
Keita TsukadaYutaka Takumi
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2024 Volume 83 Issue 3 Pages 181-184

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 症例提示

症例:8歳男児

〈主訴〉難聴

〈既往歴〉特記事項なし

〈家族歴〉難聴の家族歴なし

〈現病歴〉新生児聴覚スクリーニング未施行。幼児期より聞き返しが多く,5歳時に難聴を疑われ前医受診。両側高音障害型感音難聴および右聴力の急性増悪と改善を繰り返し,8歳時に精査加療目的に当科紹介受診。

〈初診時所見〉両鼓膜は正常,純音聴力検査では左低音部に気骨導差のある両側高音障害型感音難聴(右30.0 dB,左50.0 dB,4分法)を認め(図1a),ティンパノグラムは両側A型であった。温度刺激検査(少量注水法;20°C,5 cc)の最大緩徐相速度は右25°/秒,左23.5°/秒,CP% 3.1であった。側頭骨CTを撮影したところ蝸牛および前庭に明らかな形態異常はなかったが,両側前庭水管拡大を認めた(図2)。本症例に対し遺伝子検査を施行したところ,SLC26A4遺伝子変異c.[2168A>G];c.[1652insT]が同定された。

図1  純音聴力検査所見

a)初診時(右30.0 dB,左50.0 dB,4分法) b)15歳7ヶ月時,右聴力悪化時(右scale out,左60.0 dB,4分法) c)18歳時,聴力安定時(右60 dB,左62.5 dB,4分法)

図2  側頭骨CT所見

両側前庭水管拡大症を認める(矢印)。

 めまい・難聴の経過

本症例の聴力変動とめまいの経過を図3に示す。9歳頃からしばしばめまいを自覚するようになり,10歳0ヶ月時,高所より転倒し,頭部を強打した後から左聴力の急性増悪(90.0 dB,4分法)を認め,受診時は非注視下で右向き水平眼振を認めた(図2:①)。入院の上,ヒドロコルチゾンコハク酸ナトリウム(以下,ヒドロコルチゾン)を200 mgより漸減による点滴加療を行い聴力およびめまいの改善を認めた。10歳2ヶ月時,右聴力低下(72.5 dB,4分法)とめまい発作を認め,発作時は左向き水平性眼振が観察された(図2:②)。同様にヒドロコルチゾンの点滴加療によりめまい及び聴力(30 dB,4分法)の改善を認めた。その後は聴力変動およびめまい発作は安定していたが,13歳頃から右聴力変動およびめまい発作が頻回となり,右聴力低下と共に非注視下で左向き水平もしくは水平回旋混合性眼振あるいは右向き水平回旋混合性眼振(図2:③~⑥)を認めた。また,聴力変動がなくてもめまい発作・眼振を認める場合もあり(図2:⑦),15歳4ヶ月には方向交代性向地性頭位眼振を伴う右聴力低下も認めた(図2:⑧)。聴力悪化およびめまい発作時は本人・家族と相談の上,入院ヒドロコルチゾン(300 mgより漸減)点滴加療もしくは外来でプレドニゾロン(30 mgより漸減)内服,症状が軽度の場合はステロイド加療は行わず,抗めまい薬,ATP製剤,ビタミンB12内服による保存的加療で対応した。15歳7ヶ月時には左向き水平眼振を伴う右スケールアウト(図1b,図2:⑩)へと悪化し,入院の上,ヒドロコルチゾン点滴加療を施行するも聴力改善が十分ではなかったためサルベージ治療目的にデキサメサゾン鼓室内投与(2日に1回,合計4回)を行い,めまい・眼振の消失および60 dB程度まで聴力の改善を認めた。16歳0ヶ月を最後にめまい・聴力変動は安定し,18歳時まで明らかな聴力変動は認めていないが,右難聴・めまい発作の反復に伴い右聴力は初診時の平均聴力30.0 dB(4分法)から61.3 dB(4分法)へと閾値上昇を認めた(図1c)。

図3  聴力変動とめまい発作の経過(①~⑪)

めまい・眼振所見(非注視下):①右向き水平性眼振,②左向き水平性眼振,③左向き水平回旋混合性眼振,④左向き水平性眼振,⑤右向き水平回旋混合性眼振,⑥左向き水平回旋混合性眼振,⑦右向き水平回旋混合性眼振(聴力低下なし),⑧めまい・眼振なし,⑨方向交代性向地性頭位眼振,⑩左向き水平性眼振,⑪眼振なし(めまいの自覚あり)

 症例の解説

SLC26A4遺伝子は非症候群性難聴および甲状腺腫を合併するペンドレッド症候群の原因遺伝子として知られており,日本人の遺伝性難聴の原因として2番目に頻度の高い遺伝子として知られている1)。この遺伝子変異症例は前庭水管拡大を共通とした特徴を持ち,変動・進行性の感音難聴およびめまいの反復を特徴とする2)。日本人においては,両側前庭水管拡大をもつ症例の約80%と高頻度にSLC26A4遺伝子変異が認められる3)。本症例は,両側前庭水管拡大および典型的な臨床経過を認めたが,18歳までの経過中で明らかな甲状腺腫は認めずSLC26A4遺伝子変異を有する非症候群性難聴と考えられた。

SLC26A4遺伝子はペンドリンと呼ばれるタンパクをコードし,内耳では蝸牛,末梢前庭器,内リンパ管,内リンパ嚢に発現している4)。ペンドリンの機能は未だ不明な部分が多いが,内耳ではCl−/HCO3交換体として働き,Slc26a欠失マウスでは胎生期に内リンパ管と内リンパ嚢の拡大が生じる5)。内リンパ管や内リンパ嚢の拡大は上皮細胞の伸展を引き起こし,細胞間伝達を障害させることによりコルチ器や血管条などの障害が生じると考えられている6)

過去の報告では,難聴の進行は87.5%,変動は80.8%の症例に認め,67.3%にめまい症状を訴えることから,難聴の変動と回転性めまい発作の反復は,多種ある遺伝性難聴の中でもSLC26A4遺伝子変異の特徴であると考えられる3)。また,本症例は低音部に気骨導差のある高音障害型感音難聴を認めた。低音部に気導差が生じる理由としては,前庭水管拡大で生じた3rd window lesion(第三の窓)により,気導刺激は蝸牛からシャントされ減衰し,特に低音の気導閾値が上昇する。一方,骨導刺激は前庭階側のインピーダンスの減少により,前庭階側と鼓室階側のインピーダンス差が増加し,骨導音に対する感度が上昇することで骨導閾値が低下するためと考えられている7)

本症例では,聴力悪化時に非注視下で非悪化耳へ向かう麻痺性眼振を認めることが多かったが,刺激性眼振や方向交代性の頭位眼振を認めるときも存在した。過去の報告でもめまい発作時は難聴が悪化した際に起こると考えられており,難聴悪化側へ向かう水平性もしくは水平回旋混合性眼振が認められ,その後に眼振の向きが反対側に変わる例が報告されている8)。また,本症例と同様に方向交代性の頭位眼振・頭位変換眼振を示す例も報告されており9)Slc26a欠失マウスでは,巨大化した異常形態の耳石が認められることから,耳石の構造的変化が頭位眼振や頭位変換眼振を生じさせる可能性があると考えられる10)

本症例の初回の大きな聴力悪化およびめまい発作は,高所からの転倒による頭部外傷が契機であった。前庭水管拡大症例では,頭部外傷や感冒,強いストレスなどは聴力変動やめまいの要因となることが知られている11)。特に頭部外傷は難聴の変動・進行やめまい発作のリスクファクターとなり得ると報告12)されており,これらをできるだけ回避することが予防の観点から重要と考えられている。

本症例では,聴力の急性増悪時にはステロイド投与を行いめまい・聴力の改善を認めている。過去の報告でもステロイド使用例と自然経過例を比較検討した結果,ステロイド使用例の方が聴力改善を示す例が多かったとの報告もあるが13),めまい・難聴発作時の対応に明らかなエビデンスのある治療法は存在しない。しかし,本症例のように高度難聴を生じた際には急性難聴に準じたステロイド使用は考慮すべきと考えられる。一方で,自然経過での改善やステロイド使用が無効な場合も多いことや一時的に有効であったとしても徐々に進行していく可能性が高く,長期・頻回に使用による副作用の発現が起こりえるため,漫然と続けるべきではないと考える。特に小児例に関してはステロイドの使用によるリスクとベネフィットを十分検討し,本人・保護者に説明,理解いただいた上で使用する必要がある。

 症例のピットホールとコツ,メッセージ

めまいを伴う変動性・進行性難聴を伴う小児には,前庭水管拡大症を有する症例が存在し,日本人の多くはSLC26A4遺伝子変異を伴うことを念頭に精査を行う必要がある。めまい発作は,聴力悪化時に現れることが多く,刺激性眼振,麻痺性眼振から方向交代性眼振までさまざまな眼振が現れる可能性がある。

本症例においては,めまい・難聴発作を繰り返すことで特に右聴力は進行性に悪化する傾向にあった。聴力は,自然経過でも難聴が進行する可能性はあるが,めまい,難聴発作を予防することは聴力悪化を防ぐ重要な因子の一つと考えられる。めまい・難聴発作を予防する方法についてもまだ明らかな手段はないが,頭部外傷は聴力変動や悪化を来す可能性があることや聴力悪化,めまい発作時は早期受診を推奨し必要に応じてステロイド投与を検討する必要があることを本人・家族へ説明する必要がある。

利益相反に該当する事項はない。

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