2024 Volume 83 Issue 4 Pages 235-237
症例:29歳,男性
主訴:下を向くと数秒の「ふわっとするようなめまい」がする
既往歴:特記すべきことなし
職業:トラック運転手
現病歴:20XX年5月,下を向くと浮動性めまいが出現し,近医脳神経外科クリニック受診した。神経学的所見に異常なく,頭部MRIも異常なし,良性発作性頭位めまい症を疑われ,経過観察となり,改善無い場合は耳鼻咽喉科受診と指示された。
しばらく経過しても改善なく,20XX年6月当科受診となった。
現症と診療経過:
〈初診〉
S:下を向くとおきる数秒のめまい
O:鼓膜所見正常 注視眼振なし。赤外線CCDカメラによる頭位・頭位変換眼振検査にて眼振なし。頭振り眼振なし。頸部捻転および圧迫しても眼振およびめまい感出現せず。標準純音聴力検査,重心動揺計検査とも正常。
A:良性発作性頭位めまい症寛解例
P:問診上,上記と判断し非特異的理学療法を指示,再度めまいが起きた際に,その状況(めまいの性状・誘因・発症様式・随伴症状)を詳しく教えてほしいことを説明し2週間後再診とした。
〈2週後再診〉
S:前回と同様のめまいは改善せず,ほぼ毎日起きる。めまいは数秒で下を向くと起きる。しかし,診察の時点では下を向いても症状は出現しない。上を向いてもめまい出現したことはない。臥位では起きない。持続時間は数秒で,意識が遠くなる感じがする。停車中トラックの中で昼食を取っているときによく起きる。夕食時にも時々起きる。朝食は基本的に食べないのでわからない。
O:血圧120/70 mmHg,脈拍62/分,整。注視眼振なし。赤外線CCDカメラによる頭位・頭位変換眼振検査にて眼振なし。頭振り眼振なし。シェロングテスト正常。頸部捻転および圧迫しても眼振およびめまい感出現せず。
A&P:軽度意識消失のようであるが,起立性調節障害は否定的。嚥下時に症状出現しており,嚥下性失神を疑い,近医大学病院循環器内科へ紹介となる。
〈紹介先からのレポート〉
心肺聴診上異常なく,頸部血管雑音も聴取せず,腹部および神経学的所見に異常なし,血液検査,尿検査に異常なし。心電図は正常洞調律で特記すべき異常なし。胸部X線,胸部CTに異常なし,心エコー異常なし。
ホルター心電図にて無症状ながら昼食時に一致して最大3.84秒の心停止を認めた(図1)。
本症例は,めまいを主訴に来院した嚥下性失神である。
失神とは,“一過性意識消失をきたし体位の維持ができなくなるもの”と定義されるが,失神は症状であり疾患名ではない。病態生理学的には一過性の全般性脳虚血で発生し,その原因から反射性失神,起立性低血圧,心原性失神の3つに分けられる1)。
「失神の診断・治療ガイドライン」2)によると嚥下性失神は反射性失神(以前は神経調節性失神と言われていた)の中の状況失神に該当する(表1)。
反射性失神 | 血管迷走神経反射 | |
状況失神(咳嗽,排尿,排便,嚥下) | ||
頸動脈洞症候群など | ||
てんかん性失神 | ||
起立性低血圧 | 薬物起因性 | |
自律神経不全(原発性,二次性) | ||
心原性失神 | 不整脈 | 徐脈(SSS,房室ブロック) |
頻脈(上室性,心室性) | ||
構造的心肺疾患 | 大動脈弁狭窄 | |
HCM | ||
肺高血圧 | ||
大動脈解離 |
嚥下性失神は比較的まれな疾患である。誘因は固形物の嚥下が最も多く,炭酸飲料,温水,冷水でも誘発される。食道バルーンによっても徐脈性不整脈が誘発される。嚥下性失神は水分や固形物の経口摂取などの嚥下行動に一致して失神を生じるもので,食道圧受容器の感受性異常に伴う迷走神経機能充進が一因と考えられている2)。硫酸アトロピンの投与により発作は抑制される。
「失神の診断・治療ガイドライン」で治療方針としてクラスI(最も推奨度が高い)に位置づけられているのは,生活上の誘因を避けることを目的とした生活指導である。病態を説明し,予後は良好であり心配する病気ではないことを説明する。食道内圧を上昇させないために咀嚼をしっかりと行い,少量ずつゆっくり嚥下すること,炭酸飲料などを避けること,発作の前駆症状(気分不良やふらつき,眼前暗黒感)を自覚した場合にはしゃがみ込んで転倒に備えるなど,生活指導により未然に予防可能な場合も多い。薬物療法に関しては,硫酸アトロピン,臭化ブチルスコポラミンなどの抗コリン薬が効果を有するものの,口渇,便秘,尿閉などの副作用が長期服用を困難にさせるため,クラスIIIに位置付けられている。生活指導により失神が予防できず,発作時に徐脈や心停止が確認されている場合はペースメーカ治療が適応になる。特に嚥下性失神では著しい徐脈・心停止を認めることが多く,ペースメーカ治療が有効である(クラスIIa)。具体的には,欧州心臓病学会の失神についてのガイドライン3)に準じて,40/min以下の心拍数が10秒以上続く場合や,3秒以上の心停止が確認される場合にペースメーカ植え込み術が適応になることが多い。本症例も3秒以上の心停止でありペースメーカ植え込み術に該当するが,紹介以後の当科的なフォローアップはされておらず不明である。
めまいはあくまで患者が訴える自覚症状であり,患者によってその表現の仕方はさまざまである。患者がめまいの性状をうまく表現できない場合も多い。初診時は良性発作性頭位めまい症寛解例として対処したが,診察中に何らかの違和感があったことを記憶している。下を向く,すなわち頭部を前屈位にするという動作に伴って短時間のめまいが生じるというものであれば,BPPVを疑う病歴であるが,本症例では,前屈位というよりも,嚥下時には前屈位になっているため,そのような主訴になったものと思われる。詳細な問診で,めまいは,昼食中に生じることが多く,夕食時でも生じることなど,食事あるいは嚥下に伴って,生じるものであることが明らかになり,診断に結びつき,専門外来に紹介することが出来た。
五島はめまい患者の置かれている状況などについても興味をもつことが必要であると述べている4)。患者の職業はトラック運転手であり,運転中に摂食を行なった場合は,失神することによって多大なる事故を引き起こす可能性がある。「再発性の失神患者における自動車運転制限のガイドラインとその運用指針」5)によると自動車運転中の失神の原因として反射性失神が30~37%と最も多い。嚥下性失神においては運転中の飲食を禁止するこことで予防可能である。
この患者の診断を下すことに留まらず,その診断結果が失神に起因する自動車事故の予防に貢献をしたのではと考える。この症例を経験し,再度問診の大切さを実感した。
利益相反に該当する事項はない。