2024 Volume 83 Issue 6 Pages 461-472
Improving patients’ quality of life (QOL) is a crucial goal of medical care. Consequently, recent clinical research and evaluations have increasingly focused on patient-reported outcomes (PRO). PROs are a direct subjective assessment of the patients’ feelings, including their fears and anxieties, and provide critical insights into patients’ experiences. In addition to these subjective assessments, incorporating objective measures, for example, balance ability testing for evaluating the risk of falls, are also essential. Objective measures enable, for example, predicting the risk of falls, assessing the effectiveness of therapeutic interventions, developing treatment plans, and comparing different therapeutic outcomes. This comprehensive approach enhances patient safety and improves the QOL of the patients, particularly in the area of fall prevention. This article focuses on falls and reviews the usefulness of questionnaires and performance tests focused on falls and balance ability. We introduce clinically useful test batteries that provide valuable information for healthcare professionals. Combining subjective and objective measures supports clinical and medical evaluation, preventing falls and enhancing the patient QOL.
本稿では転倒をテーマとして,主観的な側面としての転倒およびバランス能力に関する質問紙法と,客観的な側面としてのバランス能力検査について概観し,臨床的に有用性が高いテストバッテリーを紹介する。
医療の重要なアウトカムが患者のQuality of Life(QOL)を向上させることであることから,近年の医療現場における臨床的な研究や評価では,恐怖感や不安,痛みなどの患者の主観を直接的に評価する患者報告アウトカム(Patient Reported Outcome: PRO)の重要性が高まっている。
バランス能力や転倒に関連するPROには,Activities-Specific Balance Confidence Scale(ABCスケール)やFall Efficacy Scale(FES),Fall Risk Index(FRI),Fall Risk Awareness Questionnaire(FRAQ)などがある。本稿では,転倒に関わるバランス能力について,患者自身の自己効力感や自信の程度を検査する代表的な質問紙法として,2022年度の転倒の予防と管理に関するガイドラインにおいて「転倒の懸念」を評価する上で強く推奨されているFall Efficacy Scale-International(FES-I)およびFES-Iの短縮版であるShort FES-1と,臨床で幅広く用いられているABCスケールについて紹介する。
転倒に関連する自己効力感の尺度として用いられている代表的な質問紙法として,1990年にTinettiらによって開発されたFall Efficacy Scale(以下,FES)がある1)。FESのバリエーションとしては,FESの短縮版であるmodified FES(mFES),FESの質問項目の場面を30項目の絵で表すIconographical Falls Efficacy Scale(Icon FES)とその短縮版として10項目で表すShort Icon FESなど,複数のテストバッテリーがある。FESは信頼性が高く有用であることが示されている一方で,日常生活の基本的な動作が中心で難易度の高い活動が含まれていないことや,社会状況における転倒恐怖の影響を直接評価していないとされることが指摘されている2)。FESにおいて指摘された点を改良したFall Efficacy Scale-International(以下,FES-I)は,Prevention of Falls Network Europe(ProFaNE)のプロジェクトとして2005年にYardleyらによって開発された2)。FES-Iは,屋内外の日常的な行動16項目で構成され,普段どのくらい転倒しないように気を遣って行動しているかを「まったく気を遣わない(1点)」~「とても気を遣う(4点)」の4段階で評価する(16~64点)。さらにKempenらによって,FES-Iの短縮版として,「着替えをする」「自宅の浴槽への出入りをする」「椅子から立つ,または椅子に座る」「階段の昇り降り」「床の上の物,または頭上の物を取る」「坂道を登る,または下りる」「家族以外との活動や会合に参加する」の7項目で構成されるShort FES-1が開発されている(7~28点)3)。
近年のシステマティックレビューとメタアナリシスにおいて,FES関連のテストバッテリーではFES-Iが最も支持するエビデンスが多く,次いでShort FES-1の信頼性が高いことが示されている4)。FES-IおよびShort FES-Iは,地域居住の高齢者に対して使用した場合,強~中等度のエビデンスレベルを有し,また前庭障害を含む転倒のリスクが高い神経障害患者と健康な高齢者を対象とした調査においても,信頼性が高く有効なツールであるとされている4)。FES-IおよびShort FES-1は,良好な内的整合性,再検査信頼性,検査者間信頼性,構成概念妥当性を有することが示されている4)。また,FES-IおよびShort FES-1を用いた場合の転倒リスクの評価として,転倒の懸念を「低い・中程度・高い」3群に分ける基準が提唱されている5)(表1)。2022年に公開された転倒の予防と管理のためのガイドライン“World guidelines for falls prevention and management for older adults: a global initiative”においても,FES-IとShort FES-Iは「地域在住高齢者における転倒に関する懸念」を評価する上で強く推奨されている(Grade 1A)6)。FES-1およびShort FES-1は各国の言語で翻訳され,日本語版も以下のサイトで入手可能である(https://sites.manchester.ac.uk/fes-i/)。日本においても,FES-IおよびShort FES-1とも,地域在住高齢女性を対象に信頼性と妥当性が示されている7)8)。
低い | 中程度 | 高い | |
---|---|---|---|
FES-I | 16–19 | 20–27 | 28–64 |
Short FES-1 | 7–8 | 9–13 | 14–28 |
(点)
バランス能力に関する質問紙検査として代表的なテストバッテリーとして,Activities-Specific Balance Confidence Scale(以下,ABCスケール)がある。ABCスケールは1995年にPowellらによって開発された質問紙法であり,屋内および屋外における日常的な活動に関連する16項目から構成される9)。検査は,日常生活動作を含む様々な作業における心理的な転倒に対する恐怖と身体バランスに関する自信の程度を検討するものであり,その自信度を,「0%(全く自信がない)」~「100%(とても自信がある)」までの11段階で自己効力感を問う尺度である9)。ABCスケールは多くの国で実施されており,信頼性が高く,得点の低さと転倒リスクの高さには高い相関があることが示されている9)~11)。またABCスケールは,前庭障害を有する地域在住高齢者に対してバランス能力による転倒歴の識別11),転倒恐怖に対する介入効果の調査12),転倒の危険性との関係について検討する際にも用いられている13)。
ABCスケールはそのスコアによって高齢者の身体機能を3段階に区分(80%以上:高水準,50~80%:中程度,50%未満:低水準)することが提案14)されており,またカットオフスコアとしては,慢性期の脳卒中患者における多発転倒歴の予測(<81.1%)15)や,高齢者における転倒の危険性(<67%)16),パーキンソン病患者における転倒再発の予測(<69%)17)が示されている。また,バランス能力が高く活動的な高齢者に対しては,FESに比較してABCスケールの方が転倒に関する自己効力感の低下について検出力が高いという報告もある9)18)。一方で,近年では対象者の居住地によって影響を受ける項目(「凍った道路を歩く」など)は,使用する環境に応じて調整が必要であるとの報告もある19)。
ABCスケールは全ての質問を終えるためには5~20分程度を要するため9),項目を6項目としたABCスケールの短縮版ABCスケール(ABC-6)も開発されている20)。ABC-6は評価時間を約50%短縮することができるとされる。ABC-6はABCスケールにおける「5.つま先立ちして自分の頭より上にある物をとることができるか」「6.椅子の上に立って物をとることができるか」「13.混雑した場所で人にぶつからずに歩くことができるか」「14.手すりをつかんでエスカレーターを乗り降りできるか」「15.両手が荷物でふさがった状態(手すりを使わない状態)でエスカレーターを乗り降りできるか」「16.凍った道路を歩くことができるか」の6項目で構成され,動作や姿勢制御の難易度が高い日常活動に焦点があてられている。ABC-6は,パーキンソン病患者,神経障害を背景とした高度な歩行障害のある高齢者,健常成人のバランス自信を評価する尺度として妥当性と信頼性が報告されている20)。この短縮版ABCスケールは,ABCスケールとの内的整合性および再現性が良好であり,臨床的に有効で信頼性の高い指標であることが示されている20)。
転倒に関する主観的な側面を評価することに加え,客観的な指標としてのバランス能力検査が重要であることは言うまでもない。客観的な指標を用いることで,転倒リスクの予測やリハビリテーションを含む治療介入の効果測定の検討,個別の治療計画の立案や治療介入の効果の比較が可能となり,患者の安全とQOLの向上に貢献する。
バランスを保持するための身体機能である「バランス能力」について,望月は「姿勢保持や動作において,支持基底面と重心線の関係を適切に保ち,目的とする課題を安定的に効率よく実行させる機能」としている21)。加えて,近年ではバランス能力は主としてシステム理論的モデルにより説明される。システム理論的モデルの例として,Shumway-Cookら22)は「筋骨格系」「筋シナジー」「感覚系」「感覚統合」「認知戦略」「認知資源」,またHorakら23)は「生体力学的制約」「垂直性と安定性限界」「予測的姿勢調節」「反応的姿勢調節」「感覚統合機能」「歩行の安定性」をバランス能力の機能的構成要素としている。従って,バランス能力の評価においては,静的および動的なバランス能力や歩行能力を含めた複数の要素を検査するテストバッテリーが有用である。
静的バランス能力検査では,両脚立位検査(閉脚位,継足位),開眼・閉眼での片足立ち位の保持,Balance Error Scoring system(BESS)およびその短縮版であるmodified BESS(mBESS),Clinical Test Sensory Interaction and Balance(CTSIB)およびその短縮版であるModified CTSIB(mCTSIB)などがある。動的バランス能力検査では,足踏み検査,Berg Balance Scale(BBS),Times up & Go test(TUG),Functional Reach Test(FRT),5回立ち上がりテスト(Sti to Stand-5: SS-5),Four Square Step Test(FSST)などがあり,BBSは課題遂行型機能テストとしても分類され,他にはPerformance Oriented Mobility Assessment(POMA)などがある。これらに加えて,システム理論的モデルを背景とした項目で構成される検査には,Balance Evaluation Systems Test(BESTest)やその短縮版であるMini-BESTest,Equi Testなどがある。また,歩行に関する客観的指標は多いが,代表的な指標として,Dynamic Gait Index(DGI),Functional Gait Assessment(FGA)が多く用いられる。本稿では,検査に要する時間を含め,バランス能力の評価として臨床での有用性が検証されているmBESS,Mini-BESTest,歩行においてDGIをもとにして作成されたFGAについて,具体的に紹介する。
歩行とバランス能力を評価するための代表的な指標には,Timed up & Go test,DGI,FGAなどがある。FGAはDGIをもとに作成されたものであり,DGIで天井効果を認めた比較的バランス能力の高い患者のバランス能力を評価することができる。歩行中の課題に対してのバランス修正能力を評価可能であり,全10課題から成る。1課題0~3点,30点満点で点数化されるため,数値として客観的に理解できる。課題は①平面歩行,②歩行速度を変える,③水平方向の頭部の回転を伴う歩行,④垂直方向の頭部の回転を伴う歩行,⑤歩行と方向転換,⑥障害物を越える,⑦支持面の狭い歩行,⑧閉眼歩行,⑨後ろ向き歩行,⑩階段から構成されている。カットオフ値として,高齢者では22点以下の場合に転倒リスクが増加すると報告されている24)。また,地域生活を営む方を対象にFGAの平均値を測定した研究では,40歳代は29点であったのに対し,80歳代では21点であったという報告もある25)。最近では,前庭障害患者に対してもFGAを用いて評価が実施されてきている26)27)。ただし,一定のスペースが必要なこと,評価に時間を要することから,コメディカルが実施できるような環境作りが重要となる。
BESTestはスコーピングレビューにおいて,姿勢制御に関する構成要素を明確に評価した尺度であると報告されている28)。BESTestとは,6つのバランスシステムのパフォーマンスを評価する指標であり,36項目から構成されている23)。6つのバランスシステムとは,①構造的な制限(Biomechanical Constrains),②安定性の制限/垂直軸(Stability limits/verticality),③予測的姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustment),④姿勢反応(Postural Response),⑤感覚の方向づけ(Sensory Orientation),⑥歩行の安定性(Stability in Gait)である。BESTestは項目の多さのため評価に約35分かかる29)。そのため時間短縮ができるMini-BESTestが考案された30)。Mini-BESTestは14項目から構成され,10~15分で評価することが可能であり,予測的姿勢調整,反応的姿勢制御,感覚機能,動的歩行など,バランスに関する複数の側面を評価している。これにより,バランス能力と潜在的な障害を総合的に評価することが可能である。実施にあたっては,フォームパッド,ストップウォッチ,ステップボックスなど,特定の機器が必要となる。軽度のバランス障害や機能の高い患者では,スコアがスケールの上限に達してしまい,小さな改善や変化を発見しにくくなる天井効果が見られることがある。最大28点であるが,臨床的に意義のある最小変化量(minimal clinically important difference: MCID)については,バランス障害を有する神経疾患患者を対象としたもので4点と報告されている31)。そのため,4点以上の改善/悪化があった場合,臨床的に意義があるといえる。
BESSは脳震盪後の状態を客観的に評価する検査としてRiemannらによって開発された32)。脳震盪後の症状の1つに前庭症状があり33),前庭症状を有する患者にも用いることができる。実施方法は,閉眼で硬い(firm)床面・柔らかい(foam)床面上で,閉脚立位・片脚立位(非利き足)・タンデム立位(非利き足が後ろ)を,両手を腸骨稜に当てた状態で20秒間維持する。この際,ミスの回数を検者がカウントする。ミスとは,①腸骨稜から手を離す,②目を開ける,③ステップを踏む,つまずく,転倒する,④股関節を30°以上外転する,⑤前足部または踵を上げる,⑥5秒以上かけてテスト肢位に戻れない,である34)。なお,利き足はボールを蹴る足とされている。BESSの検者内信頼性は0.60–0.92,検者間信頼性は0.57–0.85と報告されている34)。
mBESSはBESSから柔らかい床面での実施を省いたものであり,より簡便に実施できるようになっている。スポーツにおける脳震盪に関するコンセンサス・ステートメントで推奨されている姿勢制御テストであり,広く使用されているスポーツ脳震盪評価ツール6(SCAT6)にも組み込まれている35)。BESS,mBESSともに簡便に実施できる一方,ミスの回数を目視でカウントするため,信頼性にバラつきがでやすい点に注意が必要である。
近年では,めまい平衡障害患者における転倒リスクの要因について,身体機能的側面のバランス能力評価と転倒やバランス能力に関連する主観的評価を組み合わせた評価による検討も進められている36)。超高齢社会に突入した我が国では,運動器障害や神経障害,リハビリテーション分野などにおいて,転倒のリスクを定量的に判定する重要性がますます高まっている。室伏は,加齢性平衡障害という疾患概念を提唱し,転倒につながるバランス能力の低下を多因子的に捉える重要性と,その中で直線加速度と重力を検知する耳石器の機能低下の影響が大きいだろうと指摘しており37),今後転倒リスクの要因について多面的な視点で捉えた研究のさらなる発展が期待される。
「客観的バランス能力検査」に関する図表作成にあたり,撮影にご協力をいただいた久我山病院リハビリテーション部の先生方に心より感謝を申し上げます。
利益相反に該当する事項はない。