2024 Volume 83 Issue 6 Pages 490-495
Introduction: Sarcoidosis is an multisystem inflammatory disease of unknown cause characterized by the presence of non-caseating granulomas in the affected tissues, most often involving the lungs, skin, lymph nodes, and eyes. Neurosarcoidosis, which refers to involvement of the central nervous system in patients with sarcoidosis, is said to account for about 5% of all cases of systemic sarcoidosis. Herein, we report a case of sarcoidosis that presented with right hearing loss and dizziness and subsequently developed left facial nerve paralysis.
Summary: A 51-year-old woman developed right ear fullness and right hearing loss on December 1, 20XX. She experienced dizziness for the first time on December 9. She visited her previous doctor on December 13. After a hearing test, she was diagnosed as having sudden hearing loss on the right side with dizziness, and was referred to our department for further examination and treatment. Thereafter, she developed left facial nerve paralysis. We diagnosed the patient as having disorder of the right cochlear nerve (VIII), bilateral superior vestibular nerves (VIII), and left facial nerve (VII) as part of neurosarcoidosis. She continues to receive treatment with a steroid.
サルコイドーシスは,全身性に非乾酪性肉芽腫が生じる原因不明の炎症性疾患で,肺・皮膚・リンパ節・眼などの病変が多い。神経障害を合併するものは神経サルコイドーシスと呼ばれ,全身性サルコイドーシスの5%程度といわれている1)2)。今回,我々は右難聴とめまいで発症し,その後に左顔面神経麻痺を呈したサルコイドーシスの症例を経験したので報告する。
患者:51歳,女性
主訴:右難聴,めまい
既往歴:冠攣縮性狭心症,不眠症
アレルギー:なし
嗜好歴:喫煙 なし,飲酒 なし
現病歴:20XX年12月1日より右耳閉感,右難聴が出現した。12月9日より頭位変換時に出現する浮動性めまいが出現した。経過をみていたが症状が改善しなかったため12月13日に前医を受診した。聴力検査の結果,めまいを伴う右突発性難聴の診断となり,精査加療目的に当科紹介受診となった。
初診時所見
鼓膜所見は両側とも異常を認めなかった。
純音聴力検査(初診時)(図1)は,右39 dB,左23 dB(5分法)であった。
右39 dB,左23 dB(5分法)の右感音難聴を認めた。
頭位眼振検査(図2):右向き水平性定方向性の減衰を示さない持続性眼振を認めた。座位では眼振を認めないが,仰臥位で誘発される頭位性の眼振であった。
頭位眼振検査で右向き水平性定方向性の眼振を認めた。
以上より,眼振所見が典型的ではないものの,めまいを伴う右突発性難聴Grade 1aと診断し,プレドニゾロン60 mg/day漸減投与および高気圧酸素治療を施行した。
治療開始から1週間後の純音聴力検査では右34 dB,左25 dB(5分法)であり,眼振所見は改善した。3週間後は右35 dB,左33 dB(5分法)で聴力の左右差はなくなったが,両側とも閾値が上昇しており左難聴の訴えが出現した。また頭位変換によるめまい増強の訴えがあり,初診時に認めた眼振と同様の,座位では眼振を認めないが,仰臥位で誘発される持続性の右向き水平性定方向性眼振が再度出現した。その後もめまい感は持続し,治療開始後13週間後の診察時,右後半規管型良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo: BPPV)を疑う眼振を認め(持続時間は数秒,減衰し,疲労現象を認める眼振),浮遊耳石置換治療を施行した。その翌週に左顔面神経麻痺が出現した(柳原法20/40点)。単純頭部MRIでは明らかな異常所見はなかった。左耳内に皮疹などはなく,左Bell麻痺と診断し,プレドニゾロン30 mg/day漸減投与を行った。Electroneurography(ENoG)の結果は74%であった。左顔面神経麻痺の発症から1ヵ月後に柳原法40/40点に改善した。
当科初診の数か月前から左上腕・右膝の皮下結節を認めており,形成外科で生検を施行された(初診から14週間後)。病理組織所見(図3)で多数の非乾酪性の類上皮肉芽腫を認めた。ガリウムシンチグラフィ(図4)で左右肺門・縦隔・左鎖骨上窩・左右鼠径リンパ節・両側涙腺・耳下腺・顎下腺・右肺野・右膝外側軟部組織に集積を認めた。血液・生化学検査では,Alb 4.2 g/dL,Ca 9.8 mg/gL,sIL-2R 1123.0 U/mL,リゾチーム12.0 μg/mL,ACE 26.1 U/Lであった。以上の所見よりサルコイドーシスと診断した。膠原病内科に紹介し,当科初診から24週間後にプレドニゾロン30 mg/dayから治療を開始した。
HE染色(スケールバー:100 μm)
非乾酪性の類上皮肉芽腫を認めた(矢印)。
左右肺門・縦隔・左鎖骨上窩・左右鼠径リンパ節・両側涙腺・耳下腺・顎下腺・右肺野・右膝外側軟部組織に集積を認めた(矢印)。
神経耳科学的所見
サルコイドーシスと診断してからステロイド治療を開始するまでに神経耳科的検査を施行した。眼振,めまい感が持続するため温度刺激検査・前庭誘発頸筋電位(cervical vestibular evoked myogenic potential: cVEMP)・前庭誘発眼筋電位(ocular VEMP: oVEMP)・Lateral video head impulse test(Lateral vHIT)での精査を行った。vHITはICS impulse(GN otometrics)を使用し,VEMPは誘発電位検査装置(ニューロパックシリーズ,日本光電)を使用した。
温度刺激検査(冷水10°C,10 mL)は,両側眼振誘発を認めなかった(無反応)。両側高度半規管麻痺の所見であった。氷水刺激(氷水0°C,10 mL)では緩徐相速度右17.5度/s,左13.5度/sの反応を認めた。
cVEMP(気導刺激,500Hz トーンバースト)(図5a)は,左側のp13-n23の振幅 177.08 μV(左cVEMP),右側のp13-n23の振幅249.71 μV(右cVEMP)でasymmetry ratio(AR)(%)=17.0(%)であった。
a:cVEMP(気導刺激,500Hzトーンバースト)。左側のp13-n23の振幅 177.08 μV(左cVEMP),右側のp13-n23の振幅249.71 μV(右cVEMP)。b:oVEMP(骨導刺激,500Hzトーンバースト)。左側のn10-p15の振幅6.99 μV(右oVEMP),右側のn10-p15の振幅4.79 μV(左oVEMP)。
oVEMP(骨導刺激,500 Hzトーンバースト)(図5b)は,左側のn10-p15の振幅6.99 μV(右oVEMP),右側のn10-p15の振幅4.79 μV(左oVEMP)でasymmetry ratio(AR)(%)=18.6(%)であった。cVEMP,oVEMPともに明らかな左右差を認めなかった。
Lateral vHIT(図6):
左:VOR gain 0.42,covert saccadeおよびovert saccadeを認めた。
右:VOR gain 0.79,covert saccadeを認めた。
左:VOR gain 0.42,covert saccadeおよびovert saccadeを認めた。
右:VOR gain 0.79,covert saccadeを認めた。
両側ともVORgainの低下を認め,両側上前庭神経障害と考えられた。
サルコイドーシスに対するステロイド治療開始後も頭位変換検査で方向交代性眼振を認め,右後半規管型BPPVの診断で,浮遊耳石置換治療を4度施行したが眼振は改善しなかった。ステロイド治療開始から7週間ほど経過した後に頭位性めまいは改善し,眼振も消失した。Lateral vHITは,ステロイド治療開始から1週間後のVOR gainは左0.38,右0.83,6週間後のVOR gainは左0.49,右0.89と左のVOR gain低下が持続した。現在,プレドニゾロン8 mg/dayで内服継続している。
初診からの聴力,眼振,ステロイド使用の推移について別に経過表で示す(図7)。
神経サルコイドーシスの確定診断には生検が必要であるが,神経系の病変は生検できないことが多く確定診断が困難である。作田は,神経サルコイドーシスを以下のように3つに分類している3)。definite neurosarcoidosis:神経系内に,サルコイドーシスが病理学的に証明されたもの。probable neurosarcoidosis:サルコイドーシス患者の経過中に神経症状がみられ,放射線学的検査,髄液検査,生化学的検査などで対応する所見がみられたもの。possible neurosarcoidosis:サルコイドーシス患者の経過中に神経症状がみられたもの。本症例は,確定診断は得られなかったが,サルコイドーシス患者に認められた神経障害であり,possible neurosarcoidosisに当たる。種々の神経障害とサルコイドーシスは関連があると考えられた。
神経サルコイドーシスは,病変が出現する部位により中枢神経病変と末梢神経病変に分けられ,全身あらゆる場所に生じる1)。顔面神経麻痺などの脳神経病変は末梢神経病変に含まれ,脳神経障害は神経サルコイドーシスの病型の50–75%を占めており最も頻度が高い4)。脳神経障害は顔面神経(VII)が最も多く,次いで視神経(II),三叉神経(V),内耳神経(VIII),外転神経(VI)の順に多い5)6)。半数以上は単発性ではなく多発性の脳神経障害を呈し,VII・VIII・IX・X,VII・IX・X,VII・VIIIの組み合わせが多いとされている3)7)。Sternらの報告では,脳神経症状を呈した24例中14例で多発性の脳神経障害を呈しており,視神経(II),顔面神経(VII),内耳神経(VIII)が両側性に障害される症例も報告されている8)。本症例は,右蝸牛神経(VIII)・両側上前庭神経(VIII)・左顔面神経(VII)に障害を認めており,VII・VIIIの組み合わせであった。なお,本症例は右難聴を主訴に受診し,ステロイド治療により聴力の左右差は消失したが,一時的に両側聴力の閾値上昇がみられ,後に両側聴力ともに改善するという経過がみられた。そのため,両側蝸牛神経障害をきたしていた可能性が考えられた。多彩な神経障害が出現した場合には,それぞれを別の病態と考えるのではなく,神経サルコイドーシスを鑑別に考える必要がある。
Babinらによると,神経サルコイドーシスにおける内耳神経(VIII)障害の主たる病態は神経の血管周囲へのリンパ球浸潤であり,可逆的な神経障害を生じるとしている。また,血管炎に続発する虚血により内耳神経に不可逆的な障害をきたすため,早期のステロイド治療が必要であると報告している9)。本症例は,サルコイドーシスに対するステロイド治療開始後もLateral vHITで左のVOR gainの低下は持続したため,不可逆的な左前庭神経障害をきたしている可能性が示唆された。本症例は,右感音難聴に伴い右刺激性眼振が出現したと考えられたが,その後に施行した内耳機能検査で左優位の前庭神経障害を認めており,左麻痺性眼振であった可能性も考えられた。難聴改善後も右後半規管型BPPV様の眼振を伴う頭位性めまいが持続し,繰り返し浮遊耳石置換治療を行ったが改善しなかった。しかし,サルコイドーシスに対するステロイド治療を開始してから1か月以上経過後に頭位性めまいと眼振は消失した。BPPVが自然軽快した可能性が考えられた。また,渉猟しえた範囲ではサルコイドーシスによりBPPV様の眼振が出現したという報告はなかったが,ステロイド開始後に症状が改善していることから,頭位性めまいと右後半規管型BPPV様の眼振はサルコイドーシスによる内耳障害の拡大が関与している可能性も疑われた。
神経サルコイドーシスに伴う難聴のパターンや障害の程度はさまざまであり,特徴的な臨床所見は認めない。本症例での難聴は軽度であり,ステロイド治療により聴力は改善したが,治療を施行したにもかかわらず重度難聴に至った症例の報告もある10)。また。Fritzらがまとめたメタ解析によると,神経サルコイドーシスとして報告されている1,088症例の内22%は神経病変以外を有していなかった5)。我々耳鼻咽喉科医が日常診療で遭遇する頻度が高い内耳性難聴や内耳性めまい,顔面神経麻痺などの神経障害を呈する症例の中には神経サルコイドーシスが潜んでいる可能性があり,早期に治療を開始するためにも常に念頭に置くべきである。
・右蝸牛神経・両側前庭神経・左顔面神経に障害をきたした神経サルコイドーシスの症例を経験した。
・多彩な神経障害を認めた場合には,神経サルコイドーシスを鑑別に考える必要がある。
・内耳性難聴や内耳性めまい,顔面神経麻痺として加療されている症例の中には神経サルコイドーシスが潜んでいる可能性があり注意が必要である。
利益相反に該当する事項はない。