2025 Volume 84 Issue 1 Pages 15-20
We report a case of a 70-year-old man with Ramsay Hunt syndrome and trochlear nerve palsy. He presented with vesicular lesions over the left auricle, left facial nerve palsy, left sensorineural hearing loss, and dizziness. His dizziness gradually developed despite steroid therapy. Twelve days after the first medical examination, he presented with vertical strabismus, and ophthalmological examination revealed trochlear nerve palsy. Based on the elevated titers of VZV antibodies in the cerebrospinal fluid, he was diagnosed as having polyneuropathy caused by zoster virus infection. Despite receiving high-dose acyclovir and steroid pulse therapy, he still suffered from dizziness and strabismus about half a year after the onset. Diagnosis of trochlear palsy requires visual examination of both eyes. Thus, not spontaneous gaze test using Frenzel glasses, but gaze nystagmus test is important to avoid misdiagnosing trochlear palsy.
Ramsay Hunt症候群(以後ハント症候群)は耳介帯状疱疹,顔面神経麻痺,前庭蝸牛神経症状をきたす1907年にRamsay Huntが提唱した症候群である1)2)。典型的には耳介帯状疱疹,顔面神経麻痺,前庭蝸牛神経症状を生じる(完全型)が,顔面神経麻痺・前庭蝸牛神経症状のいずれかを欠く(不完全型)ことも多く,Hunt自身が4類型に分類しているようにその症状は多彩である。2–3%程度の症例で顔面神経,前庭蝸牛神経以外の多発脳神経症状を呈する症例があるとされていて3),ハント症候群自体の疾患頻度が多いこともあり,声帯麻痺などを合併する症例は日常診療で時々経験する。今回我々は比較的稀な滑車神経麻痺を合併した完全型ハント症候群を経験したので報告する。
患者:70歳男性
既往歴:大腸がん・肺がん(65歳時)
現病歴:X年Y月Z日 浮動性めまいで発症した。発症+4日目に左顔面神経麻痺が出現し近医脳神経外科を受診した。アメナメビル400 mg プレドニゾロン30 mg内服を処方されたが,発症+7日目に左耳介水疱と耳痛,難聴が出現したため,発症+9日目に当科紹介受診した。
初診時所見:左耳介に痂皮化した有痛性の皮疹を認めた。注視眼振は認めなかった。赤外線CCDカメラ下で自発眼振,頭位・頭位変換眼振はいずれも認めなかった。左感音難聴と左顔面神経麻痺(柳原スコア:12/40点)を認めた。
経過:左完全型ハント症候群として初診日よりステロイド点滴(プレドニン60 mgからの漸減 9日間)とバラシクロビル内服(1000 mg × 5日間)を開始した。
発症+17日目に歩行は可能なものの浮動性めまいが増悪したとの訴えがあった。歩行は安定していた。注視眼振は認めなかった。赤外線CCDカメラ下で左(患側)向き方向固定性の水平回旋混合性眼振を認めた。発症後2週以上経過してのめまいの再増悪というハント症候群としては非典型的な経過を取っていることから中枢性疾患除外目的にMRIを撮影したが,特記すべき所見はなかった。発症+21日目に浮動感のさらなる増悪を自覚した。歩行の安定性は軽度に増悪したが独歩来院できる範囲であった。眼振は認めなかったが,正面視時に左眼の上転が見られたため,当院の眼科と神経内科に紹介した。
眼科検査所見:Hess赤緑試験(図1a)では左眼の外上方への眼位のずれが見られた。患側に頭部を傾斜させると左眼の上転の増強を認め(図1b;Bielschowsky head tilt test陽性)左滑車神経麻痺の診断となった。
a):Hess赤緑検査結果。b):Bielschowsky head tilt test。左眼の外上方への眼位のずれがあり,患側に頭部を傾斜させると左眼の上転の増強が見られた。
神経学的所見:左眼の外上方への偏倚を認めた。左顔面神経麻痺と左難聴,軟口蓋が右に偏位するカーテン兆候を認めた。声帯麻痺,僧帽筋麻痺,舌下神経麻痺は認めなかった。小脳所見はなく,失調も認めなかった。以上から第IV,VII,VIII,IX–X脳神経麻痺が確認された。
臨床検査所見:初診時に行ったCBC,生化学検査に特記すべき所見はなかった。初診時の血清HSV-IgGは陰性(EIA値:1.4),血清VZV-IgGは陽性(EIA値:128以上)だった。発症+23日での血清VZV-IgMはEIA値0.32と陰性だった。
発症+23日の髄液検査では細胞数:80/mm3(単核球98%),タンパク:44.1 mg/dl 糖:62 mg/dlと,髄液中細胞とタンパクの増多を認めた。髄液VZV-IgGはEIA値:12.27,髄液IgMはEIA値:0.17だった。帯状疱疹関連髄膜炎・多発脳神経障害を考える,との診断であった。
診断後経過:発症+24日目,当科と本院総合内科に入院し,ステロイドパルスとアシクロビル大量投与を開始した。メチルプレドニゾロン1000 mg × 3日間,アシクロビル2100 mg × 4日間投与を行った。
症状の改善がなく当院に常勤の神経内科医がいないため,発症+28日目に他院の神経内科に転院した。転院先で発症+30日目に血清抗体価・髄液検査を再検された結果,血清VZV-IgGはEIA値:128以上,血清IgG:840 mg/dl,髄液VZV-IgGはEIA値:2.08,髄液IgG:4.4 mg/dlだった。髄液細胞診では悪性所見はなかった。がんの既往があるため傍腫瘍神経症候群の可能性も懸念し抗Hu抗体等も検査したが陰性だった。VZV抗体価指数;(髄液VZV-IgG/血清VZV-IgG)/(髄液IgG/血清IgG)が3.1と上昇しており,帯状疱疹ウイルスによる多発脳神経麻痺の診断に至った。メチルプレドニゾロン1000 mg × 3日投与を2回,アシクロビル700 mg × 7日間投与を行い,発症+44日目に退院となった。以後,転院先の神経内科と耳鼻咽喉科で診察を受けていたが,めまい症状の増悪があり発症+161日目に当科を再診した。
再診時所見:独歩で来院し,歩行も安定していた。耳介・耳内所見は正常であった。注視眼振は認めなかった。赤外線CCDカメラ下に臥位で右(健側)向き水平回旋混合性眼振を認めた。自発眼振,頭位変換眼振は認めなかった。左眼球の上転は軽度残存していた。標準純音聴力検査では左感音難聴があり,低音域で左右差が軽度に増悪していた(図2)。顔面神経麻痺は24/40点と軽度改善していた。
平衡機能検査(発症+168日目):視標追跡検査,視運動性眼振検査はいずれも正常であった。自発眼振は右向き(健側向き)5.6 deg/sだった。温度刺激検査(少量注水法:20°C,5 ml,20秒法;図3)では右耳は正常(最大緩徐相速度:27.8 deg/s;固視抑制率:69%),左耳は高度CP(0.6 deg/s)であった。氷水(0°C)注水にても左耳は1.8 deg/sであった。
自発眼振の最大緩徐相速度は5.6 deg/s。右耳20°C注水で最大緩徐相速度 27.8 deg/s 固視抑制率 69%。左耳20°C注水 最大緩徐相速度 0.6 deg/s。左耳氷水(0°C)注水 最大緩徐相速度 1.8 deg/s。
以上より左前庭機能障害によるめまいと考えた。内服治療を拒否したため前庭リハビリで経過を見ていたが,発症+196日に左耳閉感と左感音難聴の増悪があり(図2)内リンパ水腫の関与を考えた。イソソルビド・五苓散などを処方したが副作用に対する恐怖心からの服用拒否が続き,発症1年以上経過した現在も浮動性のめまいと変動する左耳閉感と左感音難聴が残存している。複視については眼科で眼位は改善しているものの左眼の上斜位・外斜位は残存し,発症+266日に症状固定と診断され,経過観察となった。
今回,我々は滑車神経麻痺を合併したハント症候群について報告した。ハント症候群のうち2–3%で今回のように顔面神経,前庭蝸牛神経以外の多発脳神経症状を呈する症例があるとされている3)。ハント症候群に合併した多発脳神経症状のうち,舌咽・迷走神経障害が最も多く,次いで三叉神経症状が多いとされている4)5)。一方,滑車神経麻痺がハント症候群に合併することはかなり少なく,我々が渉猟しえたかぎりでは3例しかなく,本例で4例目である6)~8)。
滑車神経は外眼筋群のうち上斜筋のみを支配する。上斜筋は蝶形骨を起始として眼球の上内方を走行し,眼窩縁にある滑車をくぐって眼球に停止する9)。眼球の赤道面より後方に付着するため,眼球を下内方に転位させる作用を持つ。本症例では滑車神経麻痺が生じたため眼球が外上方に偏位していた。滑車神経麻痺の診断には患側に頭部を傾斜させると患側眼の上転が増悪するというBielschowsky head tilt testが有用とされる10)。眼位のずれもBielschowsky head tilt testも両眼の診察で得られる所見であり,たとえ患側眼を見ていても単眼の検査では得られない所見である。眼振をフレンツェル眼鏡や赤外線CCDカメラで見る自発眼振検査は単眼検査になりがちで,特に本症例のように滑車神経単独の麻痺で動眼神経・外転神経が正常に働く場合は患側眼も眼球の上下・左右の運動自体は可能なため,麻痺所見を見落とす危険性が高い。特に末梢性めまいの再診症例では自発眼振検査だけで診察を済ませてしまうこともあるかもしれないが,滑車神経麻痺のような病態を見落とさないためにも両眼を観察できる注視眼振検査も必ず行うべきである。
ハント症候群で多発脳神経麻痺を生じるメカニズムについては①頭蓋内外で吻合・近接する神経間の伝搬11),②近接する供給血管の血管炎等による循環不全12),③髄液を介した波及13)などが提唱されている。①の神経間での直接的な炎症の伝搬が関与しているという説は舌咽神経・迷走神経麻痺の合併についてはこれらの神経と顔面神経の間の吻合が確認されており有力視されている14)15)。しかし,脳幹の背側から出る唯一の脳神経である滑車神経が中脳から発し上行して上眼窩裂に至るのに対し,顔面神経・前庭蝸牛神経は小脳橋角部からでて内耳道に直接向かうため,滑車神経と顔面・前庭蝸牛神経の間の解剖学的隔たりは大きく①の説は本症例の機序としては考えにくい。また顔面神経からの分枝である涙腺の分泌性線維は下眼窩裂から眼窩内に進入するため,上眼窩裂から進入する滑車神経とは眼窩尖端でも近接しないと考える9)。三叉神経節のVZVが同時再活性化して上眼窩裂で滑車神経に近接し伝搬する機序もあり得るが,本症例では三叉神経領域である耳介周辺部までの皮疹の広がりはなく,この機序も可能性は高くないと考える。②の説については顔面神経の栄養血管が内耳動脈,茎乳突孔動脈であるのに対し16),滑車神経の栄養血管は海綿状脈洞部で内頚動脈から直接分岐するinferolateral trunkであり17),この両者が同時に循環不全を生じる可能性も低いと考えられる。循環不全という観点ではVZV血管症という病態もある。VZV血管症では多巣性の血管炎から脳の広い範囲に血管障害を来すとされているため,この病態が関与した場合は栄養血管が離れている神経を傷害し得る18)。VZV血管症の97%において画像診断で異常が見つかるという報告もあり19),本症例のようにMRIで異常が見つからない症例は非典型的ではあるが,否定しきれない機序ではある。③の説の髄液を介した炎症波及は本症例のように解剖学的隔たりがあっても成立しうる。特に本症例では血清のVZV抗体価に対する髄液の抗体価の比であるVZV抗体価指数が3.1と上昇している。この値が1.5–2.0を超える値を取るときは髄腔内での抗体産生を示し20),強い中枢性炎症の存在が示唆されることからも,髄液を介した炎症波及という機序が最もあり得ると考える。
本症例のめまいは1年以上持続していて難治の経過をたどっている。ハント症候群の半規管麻痺は長期にわたり,無反応の場合は回復しがたいとされる1)。本症例は温度刺激検査でほぼ無反応であり,前庭機能の予後は今後も不良であることが予想される。ハント症候群のめまいの自覚症状も一般に予後不良で,戸田らは1年以上経過を追えたハント症候群の11名中5名にめまい症状の残存を認め,うち4名は日常生活に支障をきたすレベルであったと報告している21)。めまいが遷延する原因は主に前庭代償不全が原因とされ,前述の戸田らは5名中全例,阪上ら22)は20か月以上のめまい症状の病脳期間を有するハント症候群患者12名中8名が前庭代償不全で,2名が二次性のBPPV,2名が二次性の内リンパ水腫であったとしている。めまいを伴う突発性難聴のめまい遷延例における前庭代償不全がしめる割合が30%程度である23)ことに比べるとかなり高い割合であり,その原因はめまいを伴う突発性難聴で主に障害される部位が内耳であるのに対し,ハント症候群ではより中枢側の前庭神経核を含む領域が侵される頻度が高いからとされている21)。本症例も多発脳神経症状をきたす状態であったので,内耳よりも中枢側が障害されている可能性が高く,前庭代償不全がめまい遷延の一因になっている可能性が高いと考える。
本症例では眼振の推移にも非典型的なところが見られた。初診時は眼振が見られなかったが,発症+17日目に浮動性めまいが増悪した際は左(患側)向きの眼振を認め,再度めまい症状が増悪した発症+161日目には右(健側)向き眼振が観察された。Kimらはめまいを伴うハント症候群の患者の14%に健側向きの眼振がみられ,その原因は回復眼振と考えられると報告している24)。しかし本症例では発症+168日目の温度刺激検査でほぼ無反応にちかい高度半規管麻痺を呈しており,回復眼振のメカニズムでは説明しづらいと考える。本症例では低音域を中心に聴力閾値に変動があることから,内リンパ水腫の関与を考えてイソソルビド内服などを処方した経緯がある。前述の阪上らの報告22)を考え合わせると二次性の内リンパ水腫で刺激性の患側向き眼振が生じ,それによる前庭機能の変動もめまい遷延の一因になっているものと考える。
滑車神経麻痺を合併した完全型ハント症候群の1例を報告した。滑車神経麻痺は単眼観察では診断が困難なため,フレンツェル眼鏡や赤外線CCDカメラでの自発眼振検査だけでは見落とす可能性が高い。耳鼻咽喉科医が日常診療で滑車神経麻痺に遭遇することはまれではあるが,めまい患者を診察する際はこのような病態が存在することも念頭に,眼位の変化にも注意を払って注視眼振検査を行わなければならない。
利益相反に該当する事項はない。