Equilibrium Research
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A Case of Definite Meniere’s Disease Complicated by Vertebral Artery Occlusion
Akimasa KajinoKeiji HondaTakeshi Tsutsumi
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2025 Volume 84 Issue 1 Pages 21-25

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Translated Abstract

We report the case of a 52-year-old male patient who was diagnosed as having certain Meniere’s disease complicated by ipsilateral vertebral artery occlusion. The patient had undergone aortic arch replacement surgery in year X-6 due to thoracic aortic dissection. Postoperative contrast-enhanced CT revealed complete occlusion of the origin of the left vertebral artery and significant narrowing of the distal segment, although the patient remained asymptomatic. In year X, the patient experienced spontaneous non-spinning vertigo lasting for several hours and consulted a primary care physician. Clinical examination revealed spontaneous nystagmus to the right side and moderate sensorineural hearing loss on the left side. While vertebrobasilar insufficiency was suspected, the vertigo was not induced by positional changes, and MRI did not reveal acute ischemic changes. Due to the recurrent vertigo episodes and fluctuating unilateral sensorineural hearing loss, Meniere’s disease was considered in the differential diagnosis, and the patient was referred to our department. Electronystagmography showed no evidence of a central disease and caloric testing did not reveal semicircular canal paresis. Inner ear gadolinium-enhanced MRI revealed significant endolymphatic hydrops in the left vestibule and cochlea, meeting the diagnostic criteria for definite Meniere’s disease (left side). Conservative treatments led to improvements of both the vertigo and hearing loss. Although incidental ipsilateral vertebral artery occlusion and endolymphatic hydrops could have occurred independently, we considered it possible that blood flow impairment may have contributed to the secondary endolymphatic hydrops, manifesting as the clinical symptoms of Meniere’s disease.

 緒言

メニエール病はめまい発作の反復や蝸牛症状の随伴,変動する難聴を特徴とする疾患であり,その病態は内リンパ水腫であることが知られている。メニエール病の発症に関わる因子として,内耳の構造的異常,免疫学的障害,遺伝的異常,睡眠障害,甲状腺機能低下などが報告されている1)2)。また心血管系リスクに関しても報告があり,原因の1つとして内耳の虚血が推測されている3)4)。今回我々は,椎骨脳底動脈閉塞を合併し,内リンパ水腫の病態形成に血流不全の関与が推察されたメニエール病確定診断例の1例を経験したので報告する。

 症例

52歳男性

主訴:非回転性めまい・左難聴

既往歴:急性大動脈解離,高血圧

生活歴:喫煙 20本/日

現病歴と経過:X-6年に急性大動脈解離を発症し,上行/弓部大動脈置換術・椎骨動脈再建術を受けた。術後の造影CTで左椎骨動脈起始部の完全閉塞と遠位部の著明な狭小化を指摘されたが,無症状で経過していた。X年に自発性の数時間持続する非回転性めまい発作を発症し,発症から4日後に前医を受診した。

受診時,赤外線CCDカメラにて右向き水平性自発眼振が認められ,純音聴力検査では左耳において4分法平均聴力レベル45.0 dBの感音難聴が確認された(図1)。頭部単純MRIでは急性期脳梗塞像はなく,めまいと難聴以外の脳神経学的所見は認めなかった。CT血管造影にて既知の左椎骨動脈閉塞所見が確認され,椎骨脳底動脈循環不全(vertebrobasilar insufficiency: VBI)によるめまいと診断された(図2)。CT血管造影で前下小脳動脈(anterior inferior cerebellar artery: AICA)は両側とも描出されていた。既に抗血栓療法を受けていたことから,めまいについては経過観察となった。その後も同様の自発性の数時間持続するめまい発作を繰り返し,発作に伴う左耳の聴覚過敏症状を訴えた。純音聴力検査で左骨導聴力の変動が確認されたことからメニエール病が疑われ,イソソルビドおよび五苓散の内服を開始し,精査目的に当院を紹介受診した。

図1  純音聴力検査の推移
図2  CT血管造影(左図)で,左椎骨動脈閉塞(矢頭部)を認める。内耳造影MRI(右図)で左前庭および左蝸牛に著明な内リンパ水腫を認める。

当院初診時の眼振所見では,I度の右注視方向性眼振および赤外線CCDカメラ下での右向き水平性自発眼振を認めた。後日に施行した電気眼振図検査では自発眼振,注視眼振,頭位眼振および頭位変換眼振,頸部回旋時の眼振のいずれも認めず,追跡眼球運動検査は正常で,視運動性眼振検査は左右ともに解発良好であった。冷水による温度刺激検査(氷水20 ml,10秒間)では最大緩徐相速度が右で10°/秒,左で14°/秒であり,半規管麻痺を認めなかった。内耳造影MRIでは左前庭と左蝸牛に著明な内リンパ水腫を認めた(図2)。めまい発作と蝸牛症状の経過,検査所見から,メニエール病確定診断例と診断した。イソソルビドおよび五苓散の内服開始後よりめまい発作の再発を認めず,左聴覚症状は改善を維持した。

 考察

椎骨動脈閉塞を合併し,当初はVBIが疑われたメニエール病確定診断例を報告した。初診時の自発性の数時間持続する非回転性めまい発作および左感音難聴の病歴からはメニエール病初回発作,外リンパ瘻,AICA症候群,突発性難聴なども鑑別が必要であった。初回発作のためメニエール病は疑いにとどまり,外リンパ瘻の誘因となる圧外傷などの病歴はなかった。CT血管造影で患側AICAが描出され,随伴する脳神経学的所見も認めなかったことからAICA症候群は否定的であった。除外診断ができないため突発性難聴の診断もつかなかった。急性大動脈解離後の血行再建によって二次的に椎骨動脈閉塞を発症した患者が数時間持続する非回転性めまいを反復するという病歴は,VBIの特徴と一致していた。初診時の左感音難聴もVBIを否定するものではなかった。しかし,その後の蝸牛症状の出現や聴力の変動から,VBIだけではなく内リンパ水腫が背景にある病態が示唆され,メニエール病を疑った。内耳造影MRIにて左前庭および蝸牛に内リンパ水腫を認め,最終的にメニエール病確定診断例と診断した。

VBIは椎骨脳底動脈系の一過性の脳血流低下によって脳幹や小脳に血流不全,虚血を生じる病態の総称である5)。VBIはめまいを主症状とすることが多く,その他にも多彩な神経症状が一過性に生じることがある。VBIは椎骨脳底動脈系の一過性脳虚血発作(transient ischemic attack: TIA)であると考えられているが,明確な診断基準は存在しない。一般に椎骨脳底動脈系の器質的な障害など,症状と関連する明確な原因がある場合にVBIと診断される。それ以外の場合には,椎骨脳底動脈系のTIAに準じて診断を行う。TIAは日本脳卒中学会において「局所脳または網膜の虚血に起因する神経機能障害の一過性のエピソードであり,急性梗塞の所見がないもの。神経機能障害のエピソードは,長くとも24時間以内に消失すること。」と定義されているが,VBIと同様に明確な診断基準は設けられていない。DuttaはTIAの診断ツールとしてDiagnosis of TIA(DOT)スコアを提唱している6)。このスコアは,MRIやCTなどの画像所見ではなく,臨床症状のみから算出し,TIAの可能性を推定するものである。TIAの診断においては,画像検査で急性期脳梗塞像がないことの確認は必要となるが,血管の器質的な障害がある場合に,それをもってTIAと診断することは避けるべきと考えられる。本症例においても,症状やCT血管造影での椎骨動脈閉塞の所見からVBIが疑われたものの,その後の経過からメニエール病確定診断例となった。VBIが疑われる場合には小脳や脳幹の梗塞に準じた治療が必要になる。本症例では急性大動脈解離術後で血圧コントロールや抗血栓療法がすでに行われており,追加治療は行われなかった。

Barany学会で診断基準が定められたvascular vertigo and dizzinessは,VBIと類似した疾患概念である7)。Vascular vertigo and dizzinessは,めまい症状が24時間以上持続しているか否かによって,acute prolonged vascular vertigo/dizzinessとtransient vascular vertigo/dizzinessに分類される。表1はtransient vascular vertigo/dizzinessの診断基準でありVBIの定義と類似しているが,血管狭窄所見だけでなく梗塞や出血の所見が必要な点がVBIと異なる。本症例では,めまい症状が数時間で消失する一方,MRIで中枢神経系の梗塞および出血は認めないためtransient cascular vertigo/dizzinessとは異なる。Vertebral artery compression syndromeはbow hunter syndromeなどの頸部回旋により生じるめまい疾患の総称であり,これもVBIに含まれるものであるが,transient vascular vertigo/dizzinessとは別の疾患群として明記されている。本症例では,頸部回旋時の眼振出現も見られずこの疾患群とも異なる病態であった。

表1 Transient vascular vertigo/dizziness*の診断基準

以下のA),B),C)をすべて満たす
A) Acute spontaneous vertigo, dizziness, or unstaediness lasting less than 24hours
B) Imaging evidence of ischemia or hemorrhage in the brain or inner ear, which corresponds to the symproms, signs and findings
C) Not better accounted for by another disease or disorder

*発症から24時間以内に評価された場合はacute vascular vertigo/dizziness in evolutionと呼称される

メニエール病には様々なリスク因子が知られている。心血管リスク(BMI高値,脂質異常症,2型糖尿病,高血圧,喫煙歴)はその一つであり3)8),心血管リスクが多いほど発作の回数が多い傾向にある4)。Teggiらは,高齢発症のメニエール病は若年発症群と比較しやや男性に多く,片頭痛の合併率が低く,Tumarkin発作の回数が多いことを報告し,その背景に血管障害が関与していると推察している9)

血管障害がメニエール病を発症させる機序として,内リンパ嚢単独の血流不全が内リンパの吸収不全を引き起こし,内リンパ水腫を形成する可能性が考えられる。実際,内耳の大部分は前下小脳動脈または脳底動脈から分枝する迷路動脈によって血流供給されているのに対し,骨迷路外に位置する内リンパ嚢は異なる血流支配を受けているため,内リンパ嚢のみの血流不全が起こりうる。モルモットやラットでは,外頸動脈系に由来する後硬膜動脈が内リンパ嚢を栄養しており10)11),その障害によって内リンパ水腫が形成されることが実験的に確認されている12)。ヒトの内リンパ嚢の血流支配を直接確認した研究は少ないが,Gadreらは6体の解剖体を用いた研究で,主たる栄養血管が後頭動脈由来であると報告している13)。一方で,ヒトでは後硬膜動脈は主として椎骨動脈に由来し,椎骨動脈が大後頭孔から頭蓋内に進入した後に分枝する14)。そのため,症例によっては内リンパ嚢の血流が椎骨動脈系に依存する場合があると考えられる。本症例では,CT血管造影で後頭動脈および外頸動脈の狭窄は確認されなかったが,患側の椎骨動脈は完全閉塞しており,健側からの逆流による血流供給も起こりえなかった。よって,本症例での内リンパ嚢は椎骨動脈由来の動脈によって栄養されていることから,椎骨動脈の閉塞により内リンパ嚢のみが血流不全を起こした結果,内リンパ水腫を形成した可能性を考えた。

メニエール病の発症や症状増悪にストレスが関与することは広く知られている。Kitahara Tらは,突発的なストレスや慢性または反復するストレスによって分泌されるバソプレシンの増加が,内リンパ水腫の形成に寄与しうると考察している15)。本症例では,めまい発症時に強いストレスを誘発するようなイベントや,過労・睡眠不足などの慢性的なストレス,手術後の大きな生活習慣の悪化の訴えはなかった。しかし6年前には大動脈解離の発症によって肉体的・精神的ストレスを受けた可能性が高く,この影響が遅発的に作用してメニエール病を発症した可能性も否定できない。

Gurkovは,内リンパ水腫が関連する疾患をhydropic ear diseaseと呼称し,非定型例(蝸牛型,前庭型)を含むメニエール病をprimary hydropic ear diseaseに分類し,神経鞘腫や前庭水管拡大症,外傷や迷路炎など既知の疾患による内リンパ水腫をsecondary hydropic ear diseaseと分類することを提案している16)。本症例は現在の診断基準に基づいてメニエール病確定診断例で相違ないものの,血流不全と内リンパ水腫の関連性がさらに明確になれば,脳底動脈系の血管障害により生じた内リンパ水腫は,メニエール病と区別されsecondary hydropic ear diseaseに分類される可能性がある。

 まとめ

椎骨動脈閉塞を有するメニエール病確定診断例の1例を経験した。聴力変動を伴い,内耳造影MRIで内リンパ水腫を認めたことからメニエール病確定診断例と診断し,保存的治療によって症状の改善がみられた。内リンパ水腫形成およびメニエール病発作に椎骨動脈閉塞が関与している可能性を考察した。椎骨脳底動脈系の器質的異常を有していても,椎骨脳底動脈循環不全以外の疾患の可能性を考慮し,臨床症状や検査所見から総合的に診断することが肝要である。

本論文の要旨は第80回日本めまい平衡医学会・学術講演会(東京)にて発表した。

利益相反に該当する事項はない。

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