Equilibrium Research
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Original Articles
Effects of Vestibular Rehabilitation Intervention on the Vestibular Function in a Case of Disequilibrium Following Temporal Bone Fracture
Daiki FujitaTomoyuki ShiozakiTadashi Kitahara
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2025 Volume 84 Issue 2 Pages 42-50

Details
Translated Abstract

[Purpose] There have been no reports of vestibular rehabilitation (VR) for the symptom of dizziness developing after temporal bone fracture. We report the case of a patient who presented with disequilibrium after temporal bone fracture, in whom we performed a detailed assessment of the vestibular function and VR. [Methods] The patient was a male in his 30s with left temporal bone fracture, who complained of still experiencing episodic vertigo while walking. VR and vestibular function assessment were conducted once a week for five weeks starting from the 22nd day after injury. The evaluated parameters included the subjective visual vertical (SVV), average vestibulo-ocular reflex gain in the lateral plane in the video Head Impulse Test (vHIT), average latency of catch-up saccades (CUS), score on the visual analogue scale (VAS) for dizziness sensation in the Head Shaking Nystagmus Test, the mean left-right position of the center of pressure during the Romberg test with the eyes closed for 60 seconds, the 95% confidence ellipse area, and the mean velocity of sway. [Results] Comparison of the results of testing conducted on days 22 and 57 revealed an increase of the left gain on the vHIT from 0.37 to 0.55 and decrease of the CUS. The SVV shifted from left bias to neutral. Although right horizontal nystagmus persisted in the Head Shaking Nystagmus Test, the score on the VAS decreased. In the Romberg test, the mean position shifted from left bias to right bias, and the 95% confidence ellipse area and mean velocity decreased. [Discussion] Despite the remaining decrease in gain in the vHIT, improved compensatory function through VR and habituation likely led to the subjective improvement of dizziness in the patient.

 緒言

側頭骨骨折は顔面神経麻痺などの神経症状,難聴,耳鳴,めまい,平衡機能障害を呈することが報告されている1)。側頭骨骨折患者の内,10~15.3%でめまい症状を生じ2)3),予後は聴力障害と比較して良いとされるが,遷延する例も散見される4)

めまい症状に対する安全で効果的な治療のひとつに前庭リハビリテーション(Vestibular rehabilitation,以下:VR)が挙げられ5),適応(前庭動眼反射および前庭脊髄反射の適応),感覚代行と感覚情報の重み付けの変化(感覚再重み付け),habituation(慣れ)の誘導の要素が含まれている6)。各要素を詳細に評価することは,VR介入の効果を判定するために重要である。

側頭骨骨折後の平衡機能障害はVR介入により改善する可能性があるが,詳細な前庭機能評価および重心動揺検査の経時的な変化はまだ明らかになっていない。今回われわれは,側頭骨骨折後に平衡機能障害を呈した症例を経験し,前庭機能評価の結果から前庭機能低下が平衡機能障害の原因となっている可能性があると考えた。そこで適応について他施設の耳鼻咽喉科医師と協議したのちにVR介入を実施したため,前庭機能評価および重心動揺検査の経時的変化を報告することとした。

 症例提示

症例:37歳 男性

当院転院時主訴:方向転換時のふらつき感,長距離歩行時の浮動性めまい

現病歴:x日に台所で左耳から出血し,倒れているところを発見され,急性期病院へ救急搬送された。冠状断のCTにて左側頭骨鱗部から外耳道後上壁に向かう骨折線を認め,水平断のCT上では明確な骨迷路の瘻孔や裂隙を認めない側頭骨の縦骨折が確認された。耳小骨解離,迷路気腫は認めなかった。また,左側頭葉の硬膜外血種および右の前頭葉に硬膜下血種を認めた(図1)。純音聴力検査は4周波数(0.5 kHz, 1 kHz, 2 kHz, 4 kHz)平均聴力レベルは気導右17.5 dB(骨導8.8 dB),左 93.8 dB(骨導は複数の測定周波数でスケールアウト)であった。(図2)。意識障害,痙攣発作は認めず,頭蓋内圧亢進もコントロールの下であったため,急性期病院の主治医の指示のもと,x + 6日よりリハビリテーション介入が実施された。しかし,長距離歩行時の浮動性めまいおよびふらつきが残存したため,x + 19日に当院へリハビリテーション目的で転入院された。x + 22日にリハビリテーション医師の指導管理の下,前庭機能評価,重心動揺検査およびVR介入を開始した。

図1  x日の水平断CT及び左側頭骨冠状断・軸位断CT

左図:硬膜外出血所見を矢印にて示す。

中央図:冠状断における左側頭骨の骨折線を矢印にて示す。

右図:軸位断における左側頭骨の骨折線を矢印にて示す。

図2  x日の標準純音聴力検査の結果

左気導の重度難聴を認めた。

運動麻痺:National Institutes of Health Stroke Scale(脳卒中の意識レベルや視点,言語,運動麻痺などから総合的に数値化する評価)は0/42点,Fugl meyer assessment(脳卒中後の機能運動などを総合的な評価)は運動項目が100/100点で,顔面および上下肢の運動麻痺を認めなかった。

感覚機能;Stroke Impairment Assessment Set(脳卒中後の機能障害を評価する検査バッテリー)の感覚項目は12/12点で,表在および深部感覚障害を認めなかった。

運動失調:Scale for the Assessment and Rating of Ataxia(運動失調の重症度の評価)は0/40点で体幹および上下肢の運動失調を認めなかった。

注意障害:Trail Making Test日本版 PartB(注意機能や遂行機能の評価)は30歳代の境界値の61秒であった。分配性注意の評価であるSymbol Digit Modalities Test(複数の情報を同時に処理する能力や情報処理速度の評価)は,正答数52/110 達成率47.2%で,30歳代のカットオフ値達成率52%を下回り,分配性注意の低下を認めた。

 評価方法

本研究は,ヘルシンキ宣言ならびに文部科学省・厚生労働省が定める「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などの倫理指針を遵守し,対象者に本研究の主旨について口頭および書面で説明し,本人の自署による同意を得た後に実施した。

VR介入開始前に,主観的めまい感の評価および,前庭機能評価,重心動揺検査の結果から,本人への病態と今後の介入方針の説明と,問診を実施した。

主観的めまい感の評価および,前庭機能評価,重心動揺検査は,それぞれ週1回の頻度で合計6回実施した。以下詳細を記載する。

主観的めまい感の評価:Dizziness handicap inventory(以下:DHI)を実施した。

前庭機能評価:眼振検査,video head impulse test(以下:vHIT),自覚的視性垂直位(Subjective Visual Vertical 以下:SVV)を実施した。眼振検査は,赤外線CCDフレンツェルカメラ(ジャイロフレンツェル眼鏡:キッズメディカル)を使用し,自発眼振,注視眼振,頭位変換眼振,頭振後眼振(Head Shaking Nystagmus 以下:HSN)をそれぞれ実施した。ビデオで記録した眼振検査から,眼振の方向および最終の眼振を認めるまでの時間を測定した。HSNは患者の頭を左右に10往復回旋し,実施直後に眼振とともにめまい感を認めた。その際に,めまい感のvisual analog scale(以下:めまい感VAS)を測定した。実施および評価についてはリハビリテーション医師の指導管理の下で行った。vHITは眼球運動検査装置(EyeSeeCamvHIT用眼球運動計測装置:デマンドジャパン)を使用し,水平/前方/後方の左右それぞれを15回実施し,gainおよび,Catch Up Saccade(以下:CUS)の有無,15回中のCUSを認めた回数,CUS latencyを算出した。VOR gainの正常値は,lateral 0.8以上,anteriorおよびposterior 0.7以上とした。CUSは頭部インパルス開始後700 msの時間幅で,眼球速度4000 mm/secまでの振幅でサンプリングされるものと定義した7)。実施および評価についてはリハビリテーション医師の指導管理の下で行った。SVVは先行研究に準じ8),バケツ法にて実施した。測定姿勢は,背もたれのない椅子上の座位において頭部直立位をとった。左右無作為に傾斜させたのち検査者がバケツを垂直方向に回転させ,被験者が垂直と認識した時点を口頭にて聴取した。右方向の偏倚を正,左方向の偏倚を負として1度単位で傾斜角度を計測した。各6回の平均を算出し,正常値は±2.5°以内とした。

重心動揺検査は,重心動揺計(BASYS:テック技販)を使用し,modified Clinical Test Sensory Interaction and Balance(以下:mCTSIB)を,週1回実施した。開眼,閉眼,開眼ラバーマット,閉眼ラバーマットの4条件の快適立位を各60秒間実施し,それぞれの足圧中心(center of pressure ,以下:COP)の95%信頼楕円面積および,平均移動速度,平均左右位置を算出した。

VR介入:本症例は当院転入院時より,Japan Coma Scaleが0で意識清明であり,痙攣発作を認めず,頭蓋内圧亢進がコントロール下であったため,頭部外傷治療・管理ガイドラインのリスク管理事項を満たしていた9)。また,耳鼻咽喉科医師が,vHITを含む検査結果に基づき,前庭機能低下が平衡機能障害の原因となっている可能性が高く,VR(前庭リハビリテーション)による治療の適応となり得ると判断した。その内容を踏まえリハビリテーション医師により入院中における運動制限なしのリハビリテーション処方の指示を受け,VR介入の許可を得て実施した。病態評価および診断をリハビリテーション医師が精密に行ったうえで,悪心・嘔吐,転倒などのリスクを充分に吟味し,慎重にVR介入を実施する必要性があることを本人に説明し,同意を得られた。めまい増悪のリスクがあり,症状を観察しながらVRの継続の可否の判断を仰ぐように指示を受けた。

毎日の1時間の理学療法に加えて,1回15分の自主トレーニングを1日2回実施した。理学療法および自主トレーニングの中でGaze Stability Exercise,Habituation Exercise,Balance Exerciseを実施した。Gaze Stability Exerciseは,手でカードを持ち,頭部を上下左右に動かしながら,カードを見続けるように指示し,実施した。これを座位,立位,歩行の順に各週で徐々に難易度を変更しながら実施した。Habituation Exerciseは症例がめまい感を訴えた物拾い動作,頭部回旋または屈曲,伸展しながらの歩行,円周歩行,ジョギングなどを実施した。Balance Exerciseはタンデム立位やタンデム歩行を開眼や閉眼にて実施した。介入期間は当院入院中の5週間実施した。

 経過

前庭機能評価および重心動揺検査におけるCOPの経過をそれぞれ表1表2に示す。

表1 前庭機能評価の経過

VR介入前 介入1週間 介入2週間 介入3週間 介入4週間 介入5週間
DHI score(点)
total 58 46 44 22 18 18
Physical 18 18 18 10 8 8
Emotional 16 8 6 2 0 0
Functional 24 20 20 10 10 10
頭振後眼振検査
HSN持続時間(sec) 22.3 22.2 13 12.2 11.3 10.4
めまい感VAS(mm) 82 11 8 4 2 0
SVV −3.38 −3.38 −3.5 −3.25 0.25 0.13
VOR gain
lateral 患側 0.37 0.49 0.5 0.59 0.49 0.55
健側 0.9 0.91 0.92 1 0.98 0.94
anterior 患側 0.41 0.48 0.48 0.57 0.52 0.5
健側 1.35 1.16 0.93 1.06 1.11 0.92
posterior 患側 0.32 0.13 0.4 0.36 0.31 0.24
健側 0.93 1.12 1.17 1.38 1.43 1.05
患側CUS回数
lateral 15 6 7 15 13 12
anterior 2 0 1 2 7 0
posterior 11 11 1 10 8 1
患側CUS latency(msec)
lateral 183 194.3 150.9 138.5 145.8 136.7
anterior 349 373 312 254.7
posterior 317.7 256.8 306 280 226.9 252

DHI:Dizziness handicap Inventory,HSN:頭振後眼振,VAS:Visual analogue scale,VOR:vestibulo-ocular reflex,CUS:catch up saccade

表2 重心動揺検査におけるCOPパラメータの経過

VR介入前 介入1週間 介入2週間 介入3週間 介入4週間 介入5週間
95%信頼楕円面積(cm2/s)
開眼 6.1 5.2 4.2 2.5 2.2 7.1
閉眼 7.8 3.2 4.7 6 3.7 4.3
開眼ラバー 6.1 9.1 6 10.1 9.9 9.7
閉眼ラバー 31.4 25.5 23.8 16.7 17.4 21.4
平均移動速度(cm/s)
開眼 2.4 2 2.1 2 1.8 2.2
閉眼 3.3 2 2.1 2.3 2.3 2.2
開眼ラバー 2.9 3.1 2.5 2.6 3.6 3.0
閉眼ラバー 6.4 5.3 5.7 5 4.3 4.5
平均左右位置(cm)
開眼 −0.3 0 0.4 0.3 −0.5 0.2
閉眼 −1 −0.5 0 −0.1 −0.5 −0.4
開眼ラバー −0.3 0.6 −0.3 0.2 0.3 1.0
閉眼ラバー −1.6 −0.6 −0.2 0.3 0 1.0

COP:center of pressure

※平均左右位置:正の符号が右,負の符号が左を示す。

VR介入前:DHIのtotal scoreは58点(Physical 18点,Emotional 16点,Functional 24点)であった。眼振検査は自発眼振,注視眼振,頭位変換眼振において眼振を認めず,HSNにおいて右向き水平眼振を認めた。HSNのめまい感VASは82 mmであった。vHITは左側のlateral,anterior,posteriorの全てにおいてVOR gainの低下を認めた(図3)。また,CUSの平均潜時はlateralが183.0 msec,anteriorが349.0 msec,posteriorが317.7 msecであった(図3)。SVVは3.38°の左方向への偏倚を認めた。重心動揺検査では閉眼ラバー条件において顕著な動揺を認めた。閉眼ラバー条件のCOPの平均左右が,左へ1.6 cm偏倚し,95%信頼楕円面積が,31.3 cm2/secで,移動速度平均が6.4 cm/secであった。

図3  VR介入前およびVR介入5週間のvHITの波形

VR介入1週間:DHIはEmotionalが8点の減少を認め,total scoreは46点となった。HSNのめまい感VASは11 mmまでの減少を認めた。vHITのanteriorはCUSを認めなかった。

VR介入2週間:vHITのCUSは lateralの平均潜時の減少を認め,anteriorとposteriorの変化はみられなかった。

VR介入3週間:DHIのtotal scoreは,22点(Physical 10点,Emotional 2点,Functional 10点)までの減少を認めた。HSN持続時間は,13.0 secまでの減少を示した。重心動揺検査の閉眼ラバー条件のCOP平均左右位置は,右へ0.3 cmの偏倚,95%信頼楕円面積が16.7 cm2/secで,移動速度平均が5.0 cm/secとなった。

VR介入4週間:DHIのtotal scoreは18点(Physical 8点,Emotional 0点,Functional 10点)であった。

VR介入5週間:眼振検査において,HSNでの右向き水平眼振の残存を認めたが,持続時間は10.4 secで,めまい感VASは0 mmとなった。vHITは,左側のlateral,anterior,posteriorの全てにおいてVOR gainの低下が残存していた(図3)。CUSの平均潜時は,lateralは136.7 msec,anteriorはCUSを認めず,posteriorは252.0 msecとなった(図3)。SVVはほぼ正中となった。重心動揺検査の閉眼ラバー条件のCOPの平均左右位置は右へ1.0 cm偏倚し,95%信頼楕円面積は21.4 cm2/secで,移動速度平均は4.5 cm/secとなった。

 考察

本症例は,VR介入前からDHIのtotal scoreより重症のめまい症状を認めた。HSNにおける健側向き水平眼振,vHITにおける左側のVOR gainの低下,SVVの左偏倚を認めた。姿勢制御においては視覚を遮断し,足底の体性感覚が変調され,前庭覚の依存度が高い閉眼ラバー条件の立位姿勢制御能力の低下が生じていた。前院の聴力検査および画像診断から内耳障害の疑いがあるとされvHITの結果と合わせて,当院のリハビリテーション医師が左側の内耳障害を診断した耳鼻咽喉科医師との相談の結果,前庭機能低下が原因となっている可能性が挙げられた。そのためリハビリテーション医師がVRの適応があると判断し理学療法士へ処方を行い,VR介入を実施した。本症例では,側頭骨骨折後に生じた平衡機能障害に対するVR介入により,早期の効果として,適切な評価と治療方針の説明およびHabituationによる自覚的なめまい感の改善を示し,遅発的な効果として,感覚再重み付けの変化および前庭動眼反射の適応に伴い,立位姿勢制御能力の改善を認めた可能性がある。

VR介入1週間において,DHIのEmotionalのscoreおよび,HSN後のめまい感の大幅な減少を認め,主観的めまい感の改善を示した。介入前に詳細な病態の評価を行った後に,治療方針の説明および問診を行ったことにより,内省は「めまいがあるので頭を動かさない方が良いと思った。」から「これだけ頭を動かせるのですね。」に変化し,病態理解による動作意欲の変容を認めた可能性がある。慢性期の末梢前庭機能障害患者に対する理学療法士による毎週および継続的なVR介入は,主観的めまい感の改善に効果的であり,介入の初期段階で高強度の身体活動を促すことで,VR介入の有効性を高めることが明らかとなっている10)。本症例においても,介入早期の効果として,Habituationによる影響で,自覚的なめまい感の改善を認めた可能性がある。

VR介入2週間から,vHITのCUS latencyの減少を示し,VR介入3週間から,HSNの持続時間減少,SVVの偏倚の改善,姿勢制御能力の改善を示した。CUSはVOR gain低下に対する小脳の予測的な代償戦略であると考えられ11),本症例において左半規管機能の低下に対する前庭動眼反射の代行効果を認めた可能性がある。過去の報告では,慢性両側性前庭機能障害患者における動体視力は,covert CUSの潜時と負の相関を認めることが明らかとなっている12)。この結果は,CUSの潜時の短縮が視線安定化に寄与している可能性を示し,本症例においても同様の適応の経過を示した可能性がある。HSNの主観的めまい感の減少に加えて持続時間の減少を認め,動的代償の効果も認めた可能性が考えられる。片側前庭機能障害患者におけるHSNは,非病変側への眼振を認める。これは,病変側の末梢からの前庭入力が減少した状態で頭を繰り返し,水平に振ることにより,小脳,橋,延髄に存在する前庭入力の速度蓄積機構で前庭入力の左右差が顕著となることで生じる13)14)。本症例においては左半規管機能の低下を認めながらも,中枢前庭系の神経可塑的変化による前庭代償で前庭機能の左右の不均衡の改善が見られた可能性がある。SVVの偏倚は,正常値とされる2.5°以内の偏倚7)までの改善を認めた。急性期の片側前庭機能障害患者に対して,フォームマット上におけるSVVを評価した研究において,フォーム条件でSVV値の正の影響を与えた患者群は,フォーム条件でSVV値の負の影響を与えた患者群と比較して,SVVの正常値への転帰が良いことが明らかとなっており,固有受容感覚情報を使用して垂直方向の知覚誤差を軽減する能力がより優れていることが明らかとなっている15)。したがって,SVVは感覚再重み付けによる前庭代償を評価できる可能性がある。本症例においても,中枢前庭系の神経可塑的変化による前庭代償に加え,感覚再重み付けにより,視覚的な垂直認識の改善に影響を与えた可能性がある。また,閉眼ラバー条件の95%信頼楕円面積および,平均移動速度は減少し,平均左右位置の正中への改善を認めた。前庭神経炎などの片側前庭機能障害患者のVR介入効果を検証した研究において,介入群は非介入群と比較してSVVの値は有意な差がなかったのに対し,閉眼ラバー条件のCOPの総軌跡長は有意に小さい値を示すことが報告されている16)。したがって,VR介入における遅発的な効果として,感覚の再重み付けの変化および,前庭動眼反射の適応を認め,立位姿勢制御能力の向上を認めたと考えられる。

本研究の限界としては,vHITのanteriorのgainおよびCUSのばらつきが挙げられる。前庭障害のない個人におけるvHITのVOR gainの変動に影響を与える要因を調査したシステマティックレビュー17)では,患者の不安/覚醒レベルの増加,ターゲット距離の減少,カメラの位置,ゴーグルの締め付けなどが挙げられた。また,水平方向よりも垂直方向において,ばらつきが増加するとされている。本症例では不安や覚醒レベルの変化はなかったが,カメラの位置およびゴーグルの固定力を統一することが困難であり,結果に影響した可能性がある。また,本症例における側頭骨骨折により生じたと考えらえた内耳障害の評価が不十分であったことも限界点として挙げられる。画像所見や聴覚機能検査の結果が前院からの情報のみであり,当院に耳鼻咽喉科医師が在籍しておらず内耳障害の原因は前庭震盪などが考えらえたが,明確になっていない。また,温度刺激検査や前庭誘発筋電位検査は,当院における設備上の関係で困難であった。そのため,本症例の平衡機能障害の原因は内耳障害によるものだけでなく中枢前庭機能が影響している可能性は否定できないためVR介入の効果が末梢前庭機能に影響したか中枢前庭機能に影響したかは不明である。しかし,初期の純音聴力検査およびvHITの結果から側頭骨骨折後に生じた平衡機能障害の原因が末梢前庭機能低下である可能性があり,VR介入が平衡機能障害の改善に影響したこともひとつの可能性として示唆された。今回われわれの報告では,自然回復およびVR介入による効果の影響を分けて検討することは困難であるため,研究デザインを見直した症例検討が必要であると考える。

 まとめ

われわれは,左側頭骨骨折後の平衡機能障害を呈した症例に対して,詳細な前庭機能評価,重心動揺検査を行い,VR介入を行った。介入後,左半規管機能低下の残存を認めたが,主観的なめまい感の改善を早期に認めたのち,中枢前庭系の可塑的変化による前庭代償で前庭機能の左右の不均衡の改善を認め,視覚的な垂直認識,前庭覚の依存度の高い条件における立位姿勢制御能力の改善を認めた。これらより,側頭骨骨折後の平衡機能障害を呈した症例に対するVR介入は,前庭代償を促進させる可能性を示唆する結果となった。 

 謝辞

本研究の一部はJSPS科研費23K16582の助成により行われた。

本研究の要旨は2023年10月第82回日本めまい平衡医学会総会学術講演会(新潟)にて報告した。

利益相反に該当する事項はない。

文献
 
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