Equilibrium Research
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Intratympanic Dexamethasone Injection Therapy for Meniere’s Disease Resistant to Conservative Treatment
Fumiyuki GotoShouji KanedaKouichiro WasanoKenji Okami
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2025 Volume 84 Issue 2 Pages 51-56

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Translated Abstract

We adopted intratympanic dexamethasone injection therapy for 17 patients with Meniere’s disease who were resistant to conservative treatment for more than six months and continued to suffer from recurrent vertigo attacks. A 1-ml dose of dexamethasone injection solution (4.0 mg/ml) was administered intratympanically on a weekly basis at an outpatient clinic. The average monthly frequency of vertigo attacks during the six months prior to dexamethasone administration was compared with the average monthly frequency of vertigo attacks from 18 to 24 months after the treatment. Reduction in the frequency of vertigo attacks was observed in 15 out of the 17 cases. There was no significant change in hearing after the treatment as compared with before. Inner ear MRI with contrast was performed in 10 cases, and while cases with larger endolymphatic hydrops tended to have a poorer control of vertigo, no significant difference was observed. There were no cases of tympanic membrane perforation. Intratympanic dexamethasone injection therapy may be a potentially effective treatment for cases of refractory Meniere’s disease resistant to conservative therapy.

 はじめに

近年発行されたメニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン2020年版1)ではメニエール病の間欠期の治療アルゴリズムについてまず,保存的治療では,薬物治療(抗めまい薬,浸透圧利尿薬など),生活指導,心理的アプローチが行われる。これらの保存的治療に抵抗してめまい発作を繰り返すメニエール病患者は難治例と呼ばれる。難治例に対しては内リンパ嚢開放術が検討されるが,そのような外科的治療に移行する前の段階として中耳加圧治療が選択される。それらの次のステップとして選択的前庭機能破壊療法(ゲンタマイシン(GM)鼓室内注入療法)さらには前庭神経切断術が選択される。鼓室内デキサメタゾン注入療法は保存的治療と外科的治療の中間的な位置づけになる。実際には鼓室内デキサメサゾン注入療法,内リンパ嚢開放,中耳加圧治療の治療選択の順番については共通の見解が得られていない。

ステロイドによる鼓室内投与法は,突発性難聴に対してはAAO-HNSの診療ガイドライン)でセカンドラインの救済治療として推奨されており,広く認識されている2)。一方,メニエール病のめまい発作の制御に関しては後述するCochran reviewが存在するが治療モダリティとして確立されるまでには現在のところ至っていない。メニエール病に対するステロイド鼓室内投与は坂田ら3)によって1987年に最初に提唱されて以来,数々の研究報告がなされ有効性が示されてきている。GMと異なり内耳毒性がなく機能が温存されることから,近年,難治化したメニエール病に対する治療オプションの1つとして注目されている4)。今回保存的治療に対して抵抗する難治性メニエール病を対象として鼓室内デキサメタゾン注入療法の有効性について検討した。

 対象と方法

対象は2019年1月から2021年6月までに当院耳鼻咽喉科・頭頸部外科を受診した

6ヶ月以上にわたり保存的治療に対して抵抗する片側あるいは両側難治性メニエール病に対して鼓室内デキサメタゾン投与を行い2年間にわたり経過を観察できた症例17例(男性8例,女性9例)平均年齢61.1 ± 12.7歳である。メニエール病の診断は日本めまい平衡医学会の診断基準5)に基づいて行い確実例または確定診断例を対象とした。鼓室内デキサメタゾン注入療法の前に聴力検査および質問紙としてDHI日本語版6),HADSを行った。治療前後の聴力変化については4分法で10 dB以上の改善を改善,10 dB以上の悪化を悪化,それ以外を不変とした。めまいに対する治療効果判定はAAO-HNSの基準を改変した方法で行った。初回注入前(治療前)6ヶ月の平均めまい発作回数および初回注入後(治療後)18–24ヶ月の平均めまい発作回数より次の計算式によりNumerical value(めまい係数)=100X(治療後18–24ヶ月平均めまい発作回数/治療前6ヶ月平均めまい発作回数)を算出し,その値を元に表1のように分類を行った。内耳造影MRIは10例で行っていた。Nakashimaら7)の方法により蝸牛,前庭の内リンパ水腫を評価した。蝸牛水腫の判定には,蝸牛軸付近の水平断を使用し,ライスネル膜の伸展がない場合は「水腫なし」と,ライスネル膜に偏位があり,蝸牛管の拡張がみられるが,蝸牛管の断面積が前庭階外リンパの断面積を超えない場合は「軽度内リンパ水腫」と蝸牛管断面積が前庭階外リンパの断面積を超えた場合は「高度内リンパ水腫」と判定する。前庭水腫の判定は,前庭が最大面積となるスライスを中心に評価し,内リンパ断面積が全前庭の割合を計算して評価した。全前庭の1/3より大きい場合(前庭水腫比0.33以上)を前庭水腫ありとした。全例患側の蝸牛,前庭に内リンパ水腫を認めメニエール病確定診断例であった。そのうち1例は他院で施行していたため内リンパ水腫の定量値は不明であった。統計学的検討にはGraph pad prism 8.0を用いた。治療前後の比較は対応のあるt検定を用いた。二群間の比較にはフィッシャーの正確検定を用いた。P < 0.05の場合に統計学的に有意とした。

表1 めまいに対する治療効果判定


 治療の実際

鼓室内デキサメタゾン注入療法は患側に行った。両側例についてはその時点で聴力変動がある,あるいは耳症状を強く訴える方を患側として治療を行った。鼓膜麻酔は原則行わず,顕微鏡下に行った。1 mlシリンジ(ツベルクリン用)に23 Gカテラン針を装着しデキサメタゾン注射液(4.0 mg/ml)1 mlを注入した。健側下頭位をとらせ鼓膜の前下象限に一カ所穿刺し注入した。注入後15分間嚥下を禁止し,健側下頭位を維持させた。デキサメタゾン鼓室内投与は原則1週間ごとに3回行うプロトコールで行った。3回終了後,1ヶ月後に再来として,その1ヶ月間の間にめまい発作が起きた場合にはさらに追加の投与を行い1ヶ月後に再来とした。その1ヶ月間にめまい発作があればさらに追加投与を行った。それまで行っていた内服治療は原則として継続とした。なお本研究は東海大学医学部付属病院の倫理委員会の許可を得た(承認番号24R060-001H)。

 結果

治療前のDHIは47.3 ± 22.6点,HADS-Aは7.1 ± 5.1でHADS-Dは5.6 ± 3.3点であった。投与回数は1から17回で平均4.8 ± 4.1回であった。めまい発作回数は治療前は5.0 ± 5.4回/月で治療後は0.59 ± 0.95回/月と有意に改善していた(P < 0.001)(図1)。めまい係数は図2の通りであり,Class A 8例(47%),Class B 7例(41%),Class C 2例(12%),Class DおよびE0例であった。患側聴力治療前52.2 ± 24.3 dBで治療後は57.1 ± 21.5 dBと不変だった(n.s.)。めまいの改善の程度で比較するため,めまいが完全に制御されたClass A(N = 8)と,Class A以外(N = 9)に分けて治療前後の聴力の変化について比較した(図3)。Class A以外聴力悪化例が3例と多く認められたが統計学的に有意差を認めなかった(n.s.)。内耳造影MRIでの前庭水腫の程度とめまいのコントロールについて図4に示した。Class Aは4例,Class A以外5例であったが,前庭水腫比はそれぞれ0.39 ± 0.09と0.47 ± 0.16であり統計学的有意差は認めなかったが(n.s.),Class A以外に比較的水腫が大きな症例が認められる傾向であった。鼓膜穿孔が残った症例はなかった。一例だけ注入後の一過性のめまいを訴えたがすぐに改善した。

図1  治療前後の平均月間めまい回数

Before 治療前6ヶ月間の平均月間めまい回数

After 治療後18から24ヶ月の平均月間めまい回数

図2  めまいの治療効果効果判定(めまい係数)N = 17
図3  めまいコントロールと聴力変化
図4  内リンパ水腫(前庭)の程度とめまいのコントロール

Vestibular value=内リンパ断面積の全前庭の割合

 考察

これまでの報告通り難治性メニエール病に対するデキサメタゾン鼓室内注入療法によって治療前めまい発作回数は5.0 ± 5.4回/月から治療後0.59 ± 0.95回/月と有意な改善を認め,めまい発作の制御に対して有効であった。一般的に有効と考えられる著効であるClass Aと有効であるClass Bを合わせた有効率は15例/17例(88%)であった。2011年のCochrane Liblrary8)のデーターベースでは鼓室内ステロイド投与法に関するランダム化比較試験のうち質の高いエビデンスが示された論文が分析され本治療法の有用性が示されている8)9)。この論文ではGarduno-Anaya9)は3連日投与した4 mg/mlのデキサメタゾン11例とプラセボ11例を比較しているが,その結果デキサメタゾン群ではめまい完全制御が81%の症例にみられ,コントロール(57%)と比べて有意な効果があり,さらに難聴と耳鳴もそれぞれ35%と48%の症例で自覚的に軽快していて,いずれもコントロール(それぞれ10%と20%)に比べ有意な改善がみられ,ステロイド鼓室内投与法がめまいのみならず蝸牛症状にも有効であることが示されている。さらに安全性についても注入時の疼痛のみで重篤な合併症は認められていないが永続的な鼓膜穿孔や中耳内耳障害のリスクは否定することは出来ないとしている。鼓膜穿孔についてはKimら10)がシステマチックレビューをしており鼓膜穿孔残存率は1%(0–20%,解析対象2455例)と報告している。自験例でも1例のみ注入後の一過性のめまいを経験しており,施行前にこれらのリスクを患者に説明しておく必要がある。

しかし2023年のCochrane Liblrary11)では出版されたランダム化試験が比較的少数であることから現時点では鼓室内コルチコステロイド投与の効果は明確では無いとしている。引き続き検討が必要で有ると考えられる。実際にFribergら12)は,メニエール病患者161名を対象に,9年以上の追跡調査を行い初期の1~2年でめまいの発作が最も頻繁に発生し,その後,徐々に頻度が減少する傾向が報告されている。

現時点で,本邦で本治療を行う際にはいくつかの問題点がある。デキサメタゾンの保険適応は現在,添付文書13)によると次のようになっている。急性・慢性中耳炎に対しては静脈内注射,点滴静脈内注射,筋肉内注射,中耳腔内注入,そして滲出性中耳炎・耳管狭窄症に対しては静脈内注射,点滴静脈内注射,筋肉内注射,中耳腔内注入,耳管内注入,メニエール病及びメニエル症候群については静脈内注射,点滴静脈内注射,筋肉内注射,および急性感音性難聴については静脈内注射,点滴静脈内注射,筋肉内注射の保険適応が通っている。鼓室内投与とはつまり,中耳腔内注入に相当すると考えられるがメニエール病についての中耳腔内注入の保険適応はない。

また投与方法や投与量についても決まったプロトコールが存在しない。これまでの投与回数や間隔について,多くの報告では,1日1回,3–5連日のプロトコールが採用されているがデキサメタゾン4 mg/mlの3回投与を1日毎と1週毎で行う投与間隔の違いを比較した研究ではめまいに対する両者の効果はそれぞれ40.9と44.1%と有意な差を認めなかったことから1日間隔あるいは1週間隔のいずれかの投与でも同様の効果が期待できると考えられる13)

ステロイドの鼓室内注入法による作用機序についてはステロイドレセプターが蝸牛・前庭に存在することから14)内耳における抗炎症や免疫抑制,血流改善,イオン組成の恒常性,水チャネルを介しての内外リンパのイオン勾配調節などに関係していると考えられている15)。また,デキサメタゾンの鼓室内投与で,めまいの改善とともにECoGの一SP/AP低下がみられたことから16),水腫軽減作用を有する可能性も推察されている。このようにステロイドは,内耳を化学的に破壊するGMと異なり,内耳機能を充進させる方向に作働する薬理作用をもつことから17),めまい発作症状に加えて蝸牛症状に対しての効果も期待できる。また,ステロイドは鼓室内に投与されると血液迷路関門を回避して高濃度で外リンパに到達するとされ全身投与に比べて効率よい最大限の効果を発現する可能性がある18)

鼓室内投与法は全身的な副作用を軽減して局所へ薬物を効率よく伝達することで内耳に対する薬理効果を最大限に発揮させる特性をもつ治療方法である。軽微な侵襲を伴うが,手術治療と異なり外来診療のなかで比較的簡便に行うことのできるメリットがある.以前は,アミノグリコシド系薬物が用いられていた。アミノグリコシド系薬物ではGM鼓室内注入療法が広く行われている。日本の診療ガイドラインでは,GM鼓室内注入療法は推奨度Bとしている。メタアナリシスでは,めまいコントロールがclass A 71%,class B 89%であった。近年,突発性難聴と同様にステロイド鼓室内投与の有効性も示されている。メニエール病に対するステロイドとGMの鼓室内薬物投与の二重盲検試験では,両群間でめまい発作抑制,耳鳴・耳閉塞感改善,機能レベル改善に差はない一方,語音弁別能がGM群でステロイド群に比べ低下していた19)20)。これらから,鼓室内注入療法に使用する薬剤として,GMにステロイドを先行させることが勧められる。これらより鼓室内デキサメタゾン注入療法は,GM鼓室内注入による内耳破壊治療の前に検討すべき治療法の一つであると考えられた。これまで鼓室内デキサメタゾン注入療法による有害事象として鼓膜穿孔が1%(0–20%)程度報告されている。今回は1例も存在しなかったが,鼓膜穿孔を生じると中耳加圧治療が施行できなくなる。そのため中耳加圧治療の開始前に本治療を行う場合にはこのリスクについて十分な説明を行う必要がある。

本研究limitationとして後ろ向き研究であること,症例数が少ないこと,対象となるコトンロール群が存在しないことがあげられる。今後さらなる検討が必要である。

 まとめ

本検討より鼓室内デキサメタゾン注入療法は難治性メニエール病に対して,めまいのコントロールとして有効な可能性がある。明らかな有害事象が認められなかったことから内耳破壊術であるGMの鼓室内注入療法の前に有効な可能性がある。

利益相反に該当する事項はない。

文献
 
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