Equilibrium Research
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A Case of Central Oculomotor Disorder Associated with Lithium Toxicity
Shizuka SaekiMasahito TsubotaTakaki Miwa
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2025 Volume 84 Issue 4 Pages 176-181

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Translated Abstract

Herein, we present the case of a patient with dizziness who presented with various clinical findings associated with lithium toxicity. The patient, a man in his 40s, had been receiving treatment for bipolar disorder, depression, and delusional disorder for four years. Shortly after he started receiving lithium carbonate (200 mg/day) for bipolar disorder, he developed dysarthria and an unsteady gait. Two weeks thereafter, he developed consciousness disturbance and was transported to the emergency room of a nearby hospital. Based on the high blood concentration of lithium (2.19 mEq/L), the patient was diagnosed as having lithium toxicity. His systemic symptoms improved with hemodialysis; however, he continued to suffer from dizziness episodes, prompting referral to our department for further examination. At our department, gaze testing with the patient sitting upright revealed spontaneous nystagmus on lateral gaze. Positional testing in the supine position showed a downbeat nystagmus. An eye tracking test demonstrated a saccadic pattern, and optokinetic nystagmus testing indicated poor nystagmus development. Additionally, caloric testing showed reduced vestibular response and impaired visual suppression. A brain MRI showed no abnormalities. Based on these findings, we concluded that the patient’s dizziness could be attributable to cerebellar dysfunction caused by lithium toxicity. Despite treatment, however, the dizziness failed to improve. Lithium carbonate has a narrow therapeutic index, necessitating careful monitoring during administration. Notably, in patients receiving diuretics, ACE inhibitors, NSAIDs, or metronidazole, drug-drug interactions are associated with a higher risk of lithium toxicity. Furthermore, patients taking psychotropic medications, phenothiazines, or butyrophenones are at a higher risk of developing irreversible cerebellar or extrapyramidal symptoms associated with lithium toxicity. Therefore, frequent monitoring of serum lithium levels should be ensured in patients receiving treatment with lithium carbonate.

 緒言

めまい診療においては,中枢性か末梢性かを鑑別することが重要となる。中枢性めまいを発症する疾患として,脳血管障害や腫瘍以外にも多岐にわたる病態が含まれ,その中の一つに薬剤性が挙げられる。薬剤性めまいでは,炭酸リチウムやカルバマゼピンなどが知られているが,実臨床ではその認知度が薄い印象にある。今回,短期間で発症した炭酸リチウム中毒による後遺症として,小脳障害を示唆する所見を呈した症例を経験したため報告する。

 症例

40代男性

主訴:浮動性めまい

既往歴:双極性障害,うつ病,妄想性障害,高脂血症

現病歴:

幼少期から,体調や環境の変化で頭痛を自覚していた。就職後から,体動に伴う回転性めまいを自覚するようになった。医療機関を受診し,器質的な異常を指摘されず経過観察となっていた。X − 4年,A病院で双極性障害と診断され投薬開始となり(詳細不明),X − 1年からB病院へ転院した。にB病院での服薬経過を示す。様々な薬剤が使用されるも,うつ症状が持続するため,X年Y月より炭酸リチウム(200 mg/日)の処方が追加された。炭酸リチウムの投与後,早期から構音障害と歩行時の不安定さが出現したため,C病院を受診したところ注視方向性眼振が認められた。中枢前庭障害の精査加療目的に当院神経内科へ紹介受診予定であったが,紹介受診前(炭酸リチウム投与開始2週間後)に大量服薬による意識障害を生じ,D病院へ救急搬送となった。尚,大量服薬の経緯は不明である。症状と経過から炭酸リチウム中毒が疑われ,血中炭酸リチウム濃度を測定したところ2.19 mEq/L(治療有効濃度0.60~1.20 mEq/L,中毒濃度2.00 mEq/L以上)と高値であり,他に意識障害の原因となる異常所見が見られなかったことから,炭酸リチウム中毒による意識障害と診断された。炭酸リチウムの中止とともに緊急血液透析が施行され,10日後には炭酸リチウムの血中濃度は低下した(0.05 mEq/L)。以降,意識状態や全身状態は改善し退院となったが,炭酸リチウム投与が中止された後も浮動性めまいが持続したため,X年Y + 3月,精査加療目的に当科に紹介となった。

表 B病院における炭酸リチウム投与までの服薬経過


初診時現症:

両側鼓膜は正常であり,純音聴力検査では両側とも正常であった。歩行は正常であったが,両脚起立検査でロンベルグ徴候陽性であった。座位による注視眼振検査で注視方向性の注視眼振を認め,赤外線CCDカメラによる頭位眼振検査で下眼瞼向き眼振を認めた(図1)。電気眼振図検査では,視標追跡検査でsaccadic patternを示し(図2A),視運動性眼振検査では眼振の解発が不良であった(図2B)。温度刺激検査(20°C,5 mL,少量注水法)では,右側の最大緩徐相速度は12.0°/sec,左側の最大緩徐相速度は6.0°/secであり,右は外側半規管機能低下の疑い,左は外側半規管機能低下と判定した。また,両側のVisual suppressionの消失,固視時の温度眼振増強を認めた(図2C)。CT,MRIでは,中枢障害の原因となり得る小脳の明らかな萎縮や占拠性病変,Arnold-Chiari奇形などの中枢所見を認めなかった(図3)。

図1  眼振所見

A.注視眼振検査で注視方向性の注視眼振を認めた

B.赤外線CCDカメラによる頭位眼振検査で下眼瞼向き眼振を認めた

図2  電気眼振図所見

A 視標追跡眼球運動検査(水平記録)

滑動性眼球運動はsaccadic patternを示した

B 視運動性眼振検査

両側とも眼振の解発が不良であった

C 温度刺激検査(20°C,5 mL,少量注水法)

右側の最大緩徐相速度は12.0 deg/sec,左側の最大緩徐相速度は6.0 deg/secであり,Visual suppressionの消失,固視時の温度眼振増強を認めた

図3  画像所見

頭部MRI T2強調像 A水平断 B矢状断

めまいの原因となり得る小脳の明らかな萎縮や占拠性病変,キアリ奇形などの中枢所見は認めなかった

諸検査の結果より,急性の炭酸リチウム中毒によるめまいと診断した。抗めまい薬や,垂直性眼振に有効とされる1)バクロフェンなどの投与を試みるも症状の改善は得られず,経過中赤外線CCDカメラ下による眼振評価を継続したが,所見の変化は見られなかった。脳神経内科や精神科の診察を受けるもめまい症状の改善を認めず,本人の希望もあり診断後4か月で治療を終了した。

 考察

本症例は,意識障害を生じた重症の炭酸リチウム中毒に対し,緊急透析で一命を取り留めた後,浮動性めまいが残存するため精査目的に当科紹介となった。注視方向性眼振など小脳障害を示唆する複数の所見が認められたことから,炭酸リチウム中毒による中枢性眼球運動障害による浮動性めまいと診断した。以下,炭酸リチウム中毒と炭酸リチウム中毒にみられる中枢障害所見(特に眼球運動障害)に関して考察を加える。

炭酸リチウムは,双極性障害,難治性うつ病の治療薬として広く使用されている有用な薬剤であるが2)3),有効濃度と中毒濃度が近接しており4)5),慎重に投与しなければ中毒を引き起こし時に致命的となることがある。一般的に有効血中濃度は0.6–1.2 mEq/Lとされているが,1.5 mEq/L以上になると副作用を生じる可能性が高まるため,慎重な投与と定期的な血中濃度の測定が必要であるとされている。医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:以下PMDA)は,投与開始初期は投与量が決定するまで毎週1回の血液濃度を測定し,1.5 mEq/L以上を超えた場合には必要に応じて減量または休薬を,2.0 mEq/L以上を超えた場合は減量または休薬を推奨している6)。さらに,炭酸リチウムは併用注意の多い薬剤である。添付文書によると,血清リチウム濃度を上昇させる要因として,食事及び水分摂取量の不足,脱水を起こしやすい状態,非ステロイド性消炎鎮痛剤等の血中濃度上昇を起こす可能性がある薬剤の併用等と記載されている。相互作用により炭酸リチウム中毒を起こしやすい薬剤として,利尿剤,ACE阻害剤,非ステロイド系抗炎症剤,メトロニダゾール,抗精神病薬等が記載されている。炭酸リチウム中毒の症状としては,消化器症状,中枢神経症状,運動機能症状,発熱,発汗等の全身症状が挙げられており,重症化すると昏睡,腎不全などの生命の危険につながることがある。これらの症状は,多くの例で炭酸リチウム服用中止後に可逆的に回復するが,服用中止後も後遺症として残存する例も散見されるため注意を要する7)~13)。本症例では,抗精神病薬,抗うつ薬,抗てんかん薬など複数種の向精神薬と非ステロイド性抗炎症薬が投与されており,これらの相互作用に加え大量服薬により短期間でリチウム中毒となり,小脳障害を引き起こしたものと考えられた。

次に,炭酸リチウム中毒により生じる中枢障害所見について考察する。炭酸リチウム中毒による中枢神経症状では,小脳失調症状の報告が最も多く14)~16),MRIやCTによる小脳萎縮の指摘もある。また,神経病理学的には肉眼で小脳前葉白質に多数の空胞化による海綿状変性が認められ,組織所見ではPurkinje細胞の顕著な脱落が認められるとされている。Purkinje細胞変性を惹起させる機序は,炭酸リチウム濃度の上昇によって神経伝達物質グルタミン酸が過度に放出され,NMDA受容器を介してPurkinje細胞節前シナプス終末におけるCa2+の細胞内流入を亢進させた結果,アポトーシスが進みPurkinje細胞変性に至ると推察されている17)

本症例にみられた中枢障害所見に関して検討する。まず1つ目に,下眼瞼向き眼振はArnold-Chiari奇形でみられることが有名であり,障害部位としては小脳や脳幹障害でみられるとされている。このうち小脳障害の場合は,前半規管動眼反射に対するPurkinje細胞の脱抑制によって下眼瞼向き眼振が生じると考えられている18)19)。2つ目に,水平方向の注視方向性眼振は前庭神経内側核,舌下神経前位核,小脳片葉から成る神経積分器の障害により生じるとされている20)。3つ目に,視運動性眼振の障害は,滑動性眼球運動に関連した神経機構による直接経路に関与する小脳片葉の障害や内側前庭神経核,一部の舌下神経前位核領域のvelocity-storage機構に関連する間接経路に関与する脳幹の障害で生じるとされている21)22)。4つ目に,visual suppressionの異常所見は,小脳片葉・結節,橋などの脳幹,頭頂葉の障害で生じるとされている。小脳片葉領域の主要なPurkinje細胞は,滑動性追跡眼球運動やvisual suppressionなどの前庭動眼反射抑制課題に応答するとされている23)。今回の症例では,炭酸リチウムにより片葉のPurkinje細胞が機能しなくなり,前庭動眼反射に対し抑制がかからなくなったためにvisual suppressionの消失や固視時の温度眼振増強がみられたものと考えられる。以上の4つの異常所見は小脳・脳幹障害で生じる中枢障害の所見であるが,炭酸リチウムの小脳への影響を考えると,本症例における所見は小脳障害に起因する可能性が高いと推察された。本症例で挙げた異常眼球運動は,当科で経過を追った数か月は持続しており改善しなかったが,経過観察期間については過去の文献や報告でも一定した見解はなく,症例に応じた対応が必要であると考えられる。

本症例では,温度刺激検査において右側の半規管機能低下疑い,左側の半規管機能低下を示した。リチウム中毒では中枢神経系の障害が生じるが,前庭の障害は報告されていない。今回の温度刺激検査では両側の反応低下が認められており,外側半規管よりも中枢レベルでの障害が考えられる。一つの可能性としては,前庭神経核を含めた延髄レベルでの障害が考えられる。前述の通り,本症例に見られた眼振には前庭神経内側核,舌下神経前位核,小脳片葉から成る神経積分器の障害が関わっており,これらの障害が温度刺激検査の異常として現れたのかもしれない。もう一つは,リチウム中毒の小脳障害が前庭神経核へ影響した可能性を考えるが,小脳から前庭神経核への入力は抑制性であり,前庭に対しては脱抑制となるため温度刺激検査での反応低下は起こらないものと考えられる。さらに,リチウムは抗利尿ホルモン阻害作用を有している。ラットを用いたリチウム投与実験では,アクアポリンの発現が低下して内リンパの減少をきたすことが報告されており24),内リンパの減少が外側半規管の反応に影響を及ぼした可能性も考えられる。しかしいずれも推測であり,温度刺激検査における反応低下,すなわち外側半規管の機能低下の理由については不明である。

最後になるが,歩行は可能であるもののロンベルグ徴候は陽性であった。これまで述べた通り,炭酸リチウムは中枢障害所見を生じるため開眼でも起立困難(ロンベルグ徴候陰性)となると推測される。この所見について本症例では詳細は不明であるものの,小脳障害による脊髄系への影響は少なかったものと推察した。

 まとめ

めまいの鑑別として中枢障害を示唆する眼振所見を呈し,原因として炭酸リチウム中毒後の後遺症と考えられた症例を経験した。中枢性めまいをきたす原因の一つに薬剤性が挙げられ,問診で詳細な既往歴や薬剤歴を確認する必要があると考えられた。

また,炭酸リチウムは血中有効濃度閾と中毒閾との境界が近接しているため中毒を起こす危険性が高く,本症例のように短期間でも中毒を生じることがあるため,慎重な投与と定期的な血中濃度の測定が必要であると考えられた。

本論文の内容は第82回日本めまい平衡医学会学術講演会(新潟)において発表した。

利益相反に該当する事項はない。

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