2025 Volume 84 Issue 6 Pages 554-558
症例:66歳,女性
主訴:ふらつき
併存疾患:なし
既往歴:外耳道癌(詳細は現病歴に記載),結核(10歳時に加療)
内服薬:なし
現病歴:他院にて左外耳道癌と診断,画像検査にて腫瘍の中耳・顎関節への浸潤が疑われ,ドセタキセル+シスプラチン+フルオロウラシルの化学療法同時併用放射線療法(TPF-RT)を目的に当院当科へ紹介された。左外耳道は腫瘍で充満しており(図1A),純音聴力検査では43.8 dB(4分法)の左混合性難聴を認めた(図2A)。CTでは外耳道~鼓室にかけて軟部陰影が充満し,一部顎関節方向にも進展していた(図3A)。PET-CTでは腫瘍に一致してFDGの集積を認め(図3B),耳下腺内や頸部,肺への転移は認めなかった。左外耳道癌(cT3N0M0)と診断し,TPF療法×2コース+RT(66 Gy/33 fr)を施行した。その後,再発なく経過されていたが,治療後1年6ヶ月目に一ヶ月前からふらつく感じがするとの訴えで当科めまい外来を受診された。

(A)治療前:左外耳道は腫瘍で充満し,閉塞していた
(B)治療後1年半(めまいで受診時):腫瘍の再発は認めないが,瘢痕で閉塞していた

(A)治療前:43.8 dB(4分法)の左混合性難聴を認めた
(B)治療後1年半(めまいで受診時):病側の骨導聴力の悪化は認めなかった

(A)中耳CT:外耳道~鼓室にかけて軟部陰影が充満し(矢印),一部顎関節方向にも進展していた(矢頭)
(B)PET-CT:腫瘍に一致してFDGの集積を認めた(矢頭)
【初診時所見】
外耳道・鼓膜:左は照射後の瘢痕にて閉塞(図1B),右は正常であった。
聴力検査:外耳道癌治療前と比較しても骨導聴力の悪化は認めなかった(図2B)。
眼振検査:注視眼振,自発眼振,頭位眼振,頭位変換眼振のいずれも認めなかった。
重心動揺検査:ラバー負荷速度ロンベルグ率2.09,閉眼速度ラバー比2.40で,治療前と比較すると動揺の悪化を認めた(図4A,4B)。

(A)外耳道癌治療前:ラバー負荷速度ロンベルグ率1.62,閉眼速度ラバー比1.68と,動揺は強くなかった
(B)外耳道癌治療後1年半(めまいで受診時):治療前と比較して動揺の増悪を認めた
(C)外耳道癌治療後3年:めまいで受診した時と比べて,動揺が改善している
video Head Impulse Test(vHIT):左後半規管のvestibulo-ocular reflex(VOR)gainの著明な低下(0.19)とcatch-up saccade(CUS)を認めた(図5A,5B)。

(A)外耳道癌治療前:若干のvestibulo-ocular reflex(VOR)gainの低下を認めた
(B)外耳道癌治療後1年半(めまいで受診時):治療前と比較してVOR gainの著明な低下と,catch-up saccade(CUS)を新たに認めた
(C)外耳道癌治療後3年:依然VOR gainの低下とCUSを認めた
造影MRI:治療後の瘢痕組織のみで再発を疑う所見は認めなかった。その他,脳梗塞等の中枢性疾患を疑う所見も認めなかった。
PET-CT:再発や転移を疑うFDGの集積を認めなかった。
初診時評価:外耳道癌治療に伴う伝音難聴はあるものの,骨導聴力に変化はなく,本人も蝸牛症状の訴えはなかった。明らかな眼振も認めず,臨床症状からも良性発作性頭位めまい症や前庭神経炎なども否定的と考えられた。外耳道癌治療後でもあり,内耳への放射線照射に伴う前庭機能障害を疑った。外耳道は外耳道癌治療に伴い瘢痕で閉塞しており,温度刺激検査は実施できず,当院の前庭誘発筋電位検査(vestibular evoked myogenic potential: VEMP)機器は気導刺激での計測しかできないため,vHITを施行した。vHITの結果から,ふらつきは左後半規管の機能低下が原因と考えられた。シスプラチンが投与されているが,骨導聴力の悪化はきたしておらず,抗癌剤の影響は少ないと考えられた。外耳道癌治療時の放射線照射計画を確認すると,内耳へ66 Gy程度の照射線量が当たっており(図6),放射線誘発前庭障害が左の前庭機能低下の原因と考えた。

内耳を含め腫瘍に66 Gy前後の照射が行われる計画となっていた
【経過】
放射線誘発前庭障害による左前庭機能低下と診断し,前庭動眼反射の適応を誘導する平衡訓練(主に座位での頭部運動訓練)を指導し,経過をみていった。直近の診察では,めまい外来受診から約1年半経過しているが,苦手であった頭部の後ろ向きへの動作でもめまいがあまり起きないようになり,重心動揺検査でも静的平衡は良くなっている(図4C)。ただし,vHITにて依然左後半規管のVORgain低下とCUSを認めている(図5C)。また,外耳道癌に関しては治療後約4年が経過しているが,明らかな再発・転移は認めていない。
本症例は,放射線誘発前庭障害が原因と考えられるめまいが,化学放射線治療後1年半に生じた外耳道癌患者である。
近年,強度変調放射線治療が普及し,上咽頭癌などの頭頸部癌で内耳への照射線量は軽減された。一方で,外耳道癌はその腫瘍の位置から,放射線治療での内耳への被爆は避けられず,他の頭頸部癌と比べ前庭障害を来しやすいと考えられる。化学放射線治療後の内耳障害の機序としては,①放射線による血管内皮の損傷とそこから起こる虚血性変化・細胞壊死,②放射線誘発性中耳炎による内耳炎,③抗癌剤の内耳毒性,④腫瘍の再発が挙げられる1)。放射線も抗がん剤も各々単独で内耳毒性を有し,放射線は内耳への照射量,抗がん剤は積算投与量に相関して内耳毒性を発揮するとされる2)。照射量は50 Gy前後を超えると,感音難聴の発生頻度が有意に高くなるとされ3),外耳道癌を除いた頭頸部癌の中でも,比較的内耳への照射量が多い上咽頭癌では治療後10年程度でめまいがおこるとされる4)。放射線治療後のめまいには,前庭リハビリテーションが良い適応で,多くの場合症状を緩和するとされる2)。
希少がんである外耳道癌における放射線治療後の前庭障害の報告は非常に稀である。当院での過去の検討では,2013年4月から2023年3月にかけて過去10年間に外耳道癌に対して放射線治療を行った患者47例のうち,めまいを訴えた患者は本症例を含め5例のみであった。本症例を含めた3例がTPF-RTを受け,シスプラチンの総投与量は平均189.3 mg,内耳への照射線量は平均69 Gyであった。1例はweeklyシスプラチン療法併用放射線治療を受け,シスプラチンの総投与量は450 mg,内耳への照射線量は61.7 Gyであった。1例は放射線単独治療で内耳への照射線量は70 Gyであった。内耳への照射線量に関して急性期有害反応がおきやすいとされる50 Gyを全症例で超えており,治療終了からめまいまでの期間は平均2年3ヶ月(8ヶ月~5年)であった。本症例と同様に,全症例で眼振は認めなかったが,vHITでいずれかの半規管でVOR gainの低下とCUSを認めた。本症例を含めた5例中1例に前半規管,2例に外側半規管,4例に後半規管で異常を認めており,後半規管が障害されやすい傾向にあった。強度変調放射線治療なので各半規管に照射される線量に大きな差がないと考えられる。前半規管・外側半規管は迷路動脈の分枝である前前庭動脈から栄養され,後半規管は迷路動脈の分枝である総蝸牛動脈の分枝である前庭蝸牛動脈前庭枝から栄養されている。先述の通り,放射線による血管内皮の損傷とそこから起こる虚血性変化・細胞壊死が放射線治療後の前庭障害の機序の一つと考えられ,このような血管支配の違いから後半規管が障害されやすい結果になったのではないかと考えられた。
外耳道癌における放射線治療後の前庭障害は,頻度の高い合併症ではないが他の頭頸部癌よりも起きやすいと考えられ,長期に渡り注意すべき合併症と考える。
前述の通り,外耳道癌における放射線治療後の前庭障害は,頻度の高い合併症ではないが他の頭頸部癌よりも起きやすいと考えられ,長期に渡り注意すべき合併症と考える。
一方,外耳道癌の外科的手術や放射線治療後は,正常な外耳道・鼓膜の形態を保てないことが多く,従来の温度刺激検査では前庭機能を評価するのは困難である。vHITは外耳・中耳に病変があったとしても,半規管機能を計測することができ,本症例のような外耳道が閉塞しているような症例でも前庭機能(半規管機能)を測定することが出来た。また,従来個別での評価が困難であった前半規管・後半規管の機能も評価することができ,本症例のような後半規管の機能低下を認める症例には有用であった。
後半規管の機能低下は残存しているものの,前庭リハビリテーションにより,苦手であった頭部の後ろ向きへの動作でもめまいが起きにくくなり,重心動揺検査でも改善を認めた。重心動揺検査は他覚的な治療経過観察に有用であったと考える。
また,照射の範囲から耳石器にも障害が加わっている可能性が高いと考えられる。自覚的視性垂直位(Subjective Visual Vertical:SVV)検査や骨導VEMPなども,本症例のような外耳道が閉塞しているような症例で耳石器機能を評価するのに有用であると考えられる。
利益相反に該当する事項はない。