2026 Volume 85 Issue 4 Pages 204-207
めまい・平衡障害の診療は,これまで重心動揺検査,温度刺激検査,video head impulse test(vHIT),前庭誘発筋電位(VEMP)などの客観的平衡機能検査を基盤として発展してきた。これらの検査は前庭機能異常を定量的に評価するうえで不可欠であり,器質的前庭疾患の診断における意義は現在も揺るぎない。
しかし近年,持続性知覚性姿勢誘発めまい(persistent postural-perceptual dizziness; PPPD)1)に代表される機能性めまい(器質的異常が主因ではなく,感覚統合の機能異常などを背景とする一群)や,神経学的基盤を有する片頭痛関連疾患である前庭性片頭痛2)において,客観的検査所見と患者の自覚症状との乖離が臨床上の重要な課題として認識されている。すなわち,検査上は異常が軽微または正常範囲にとどまるにもかかわらず,患者は強い浮動感,不安感,視覚過敏などを訴え,日常生活機能が著しく障害される症例が少なからず存在する。
このような症例群においては,従来の「客観的異常の是正」を中心とした評価体系のみでは,治療効果や予後を十分に説明できない。むしろ「主観的苦痛の軽減」および「社会機能の回復」をアウトカムとする新たな評価枠組みが必要である。
こうした背景のもと,精神科領域で発展してきたMeasurement-Based Care(MBC)3)4)の概念をめまい診療に応用する試みが注目されている。本稿では,患者報告アウトカム尺度(patient-reported outcome measures; PROMs)と客観的平衡機能検査を統合したMBCの理論的背景および臨床実装について,既存文献および筆者らの臨床経験を踏まえて概説する。
客観的平衡機能検査は,前庭系・視覚系・体性感覚系の統合機能を評価するうえで極めて重要である。重心動揺検査における外周面積,単位時間軌跡長,ロンベルグ率などの指標は姿勢制御機構の異常を定量化する手段として広く用いられている。また,自発眼振,頭位眼振,頭振後眼振などの眼振所見の経時的観察は前庭機能の左右差や中枢性病変の評価に重要であり,温度刺激検査やvHITは半規管機能を評価し,VEMPは耳石器機能の評価を可能とする。
これらの検査は器質的前庭障害の診断および障害程度の把握において代替不能であるが,機能性めまいにおいては症状の重症度を十分に反映しないことが多い。実臨床では,客観的検査所見が正常範囲にあるにもかかわらず,患者が強いめまい感や生活障害を訴える症例が少なくない。このような場合,「検査で異常がない」という説明が患者の納得につながらず,治療導入の障壁となることもある。
さらに,治療反応性の評価においても客観的検査の感度は限定的である。前庭リハビリテーションや薬物療法により症状が改善しても,重心動揺パラメータに明確な変化が認められない場合がしばしば経験される。したがって,客観的評価のみでは治療効果判定として不十分であり,主観的評価を併用した多面的評価が不可欠である。
Measurement-Based Care(MBC)は,妥当性の確立された評価尺度を定期的に測定し,その結果に基づいて治療方針を体系的に調整する診療モデルである。単なる評価の反復ではなく,測定結果を臨床意思決定に組み込む点に本質がある。
精神科領域では,うつ病治療においてMBCの有効性が示されており3),症状評価スケールを用いた治療調整により臨床アウトカムが改善することが報告されている4)。このようなアプローチは,主観的症状が臨床像の中心をなす機能性めまいにおいても理論的適合性が高い。
めまい診療においてMBCを導入する意義は,評価軸を「前庭機能の正常化」から「患者の苦痛軽減と生活機能回復」へと再定義する点にある。
めまい診療における代表的なPROMとして,Dizziness Handicap Inventory(DHI)5)およびHospital Anxiety and Depression Scale(HADS)6)が挙げられる。
DHIはめまいによる日常生活障害を多面的に評価する尺度であり,総得点により障害の程度を定量化できる。一方,HADSは不安および抑うつを評価する尺度であり,身体症状の影響を排除した設計となっている。これらの尺度は日本語版の妥当性が確認されており7),本邦の臨床において実用的である。
DHIとHADSを併用することで,めまいによる機能障害と情動状態という異なる側面を同時に把握できる。これにより,症状の背景にある心理的要因を考慮した治療戦略の立案が可能となる。
機能性めまいにおいては,主観的評価と客観的評価の乖離が重要な臨床的意味を持つ。
Yagiらの長期薬物療法追跡研究8)では,PPPD患者において薬物療法によりDHI,HADSおよびNPQが持続的に改善する一方,体性感覚過敏(head-tilt perception gain)は正常化しなかったことが報告されている。すなわち,薬物療法は患者の自覚的苦痛を軽減し得るが,姿勢制御の客観的異常は残存する場合がある。
筆者らも難治性めまい症例に対する低用量アリピプラゾール投与の後方視的検討(未発表データ)において,DHIおよびHADSの改善が得られた一方で重心動揺検査には明確な変化を認めなかった経験を有する。これらの所見は,めまい症状が単なる前庭機能障害だけでなく,高次の知覚・情動処理系を含む複雑な機序によって形成されている可能性を示している。
なお,本知見は後方視的検討に基づくものであり,仮説生成的な結果として解釈されるべきである。
めまい診療におけるMBCは,客観的平衡機能検査とPROMを組み合わせた二軸評価として実装される。ここでいう客観的平衡機能検査とは,前章までに述べた重心動揺検査,眼振評価,温度刺激検査,vHIT,VEMPなどの定量検査群を総体として指す。
初診時には標準的平衡機能検査とともにDHIおよびHADSを測定し,その後4週,8週,12週といった間隔で再評価を行う。再診時はDHI・HADSによる主観評価を主軸とし,重心動揺検査などの客観評価は治療方針の大きな変更時または半年に1度程度の節目に再施行することで,検査負担と情報量のバランスをとる。客観指標は診断確定および器質性病態の経過観察,PROMは苦痛度と治療反応性のモニタリングという役割分担で運用するのが実用的である。
例えば,不安が強い症例では抗不安薬や抗うつ薬の導入を検討し,改善が不十分な場合には薬剤の変更や心理療法の併用を考慮する。これらの判断基準は臨床経験に基づく実用的な指標であり,今後さらなる検証が必要である。
客観的平衡機能と主観的障害度を組み合わせた二軸評価により,患者を4象限に分類することが可能である(図1)。

横軸に客観的重心動揺(重心動揺計のvisual ratio,外周面積など),縦軸に主観的障害度(DHI総得点)をとり,4象限に分類する。左上(機能性めまい/PPPD主体)は主観的苦痛が大きいが客観的動揺は正常範囲にとどまる類型であり,PROMに基づく治療調整がとくに重要となる。右上(複合病態)は前庭器質疾患に情動要因が重畳した類型。右下(代償後前庭障害)は客観的異常が残存するが患者が機能的に適応した状態。左下は寛解・軽症例。DHI = Dizziness Handicap Inventory,VR = visual ratio,ENV = envelope area(外周面積),PPPD = 持続性知覚性姿勢誘発めまい,PROM = 患者報告アウトカム尺度。
このモデルは,機能性めまい,複合病態,代償後前庭障害,寛解状態といった臨床像の理解に有用であり,治療選択および予後予測の指針となる。
今後はタブレットなどの電子機器で患者が直接入力するePRO(電子的PROM)の導入や多職種連携の強化により,MBCの臨床応用がさらに進展すると考えられる。また,前向き研究によるエビデンスの蓄積が重要である。
めまい診療においては,客観的評価と主観的評価の統合が不可欠である。MBCはこの統合を実現する実用的な診療モデルであり,特に機能性めまいの診療において有用である。
利益相反に該当する事項はない。
別刷請求先:五島史行