肥満予防は生活習慣病を抑制し健康寿命を延伸させるために重要である.筆頭著者が所属する企業では,胃壁伸展による食欲抑制効果に着目し,胃液の酸性条件下で発泡し気泡含有ゲルを形成する炭酸飲料の開発および評価を行った.服用性,持続性および利便性向上の観点からペクチンを配合した炭酸飲料を開発し,ヒト胃内での気泡含有ゲルの状態および満腹感向上に関する知見を得た.次に,著者らは,胃ぜん動運動を模擬したヒト胃消化シミュレーターを用いて,気泡含有ゲルのin vitro評価を行った.解析の結果,エステル化度が低くアミド化度が高いペクチンを使用するとともに,飲料中のクエン酸濃度を低くすることで,気泡含有ゲルの膨張性および持続性が向上することが示唆された.胃内で気泡含有ゲルを形成する飲料が2014年に筆頭著者が所属する企業より市販され,本研究の成果は,2018年以降の製品リニューアルに活用された.
Obesity prevention is crucial for controlling lifestyle disease and extending healthy life expectancy. Focusing on the appetite suppression by gastric wall stretching, the company affiliated with the first author developed and evaluated a carbonated beverage that forms a bubble-containing gel under the acidic conditions of gastric juice. A carbonated beverage containing pectin was developed from the viewpoints of easy to intake, stability, and convenience. The findings were obtained regarding the state of the bubble-containing gel in the human stomach and the improvement of satisfaction. Next, we conducted an in vitro evaluation of the bubble-containing gels using the Gastric Digestion Simulator that simulates gastric peristalsis. The results of the analysis indicated that low esterification/high amidation pectin and low citric acid concentration in the beverage improved the swelling and stability of the bubble-containing gel. In 2014, the company affiliated with the first author launched a beverage that forms a bubble-containing gel in the stomach. The results of this study were used for product renewal after 2018.
近年,健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間[i])の延伸が大きな課題となっている.健康寿命と平均寿命の差を縮めることは,個人のQOL向上,在宅介護や医療費抑制ならびに,労働人口の減少や介護人材不足への対応などの観点から重要である.内臓脂肪の過剰蓄積は,2型糖尿病による高血糖,脂質異常症,高血圧などの生活習慣病につながる[1].また,肥満は生活習慣病以外にも様々な合併症を引き起こすことがわかってきている[2].したがって,健康寿命を延ばすためには肥満を予防する必要がある.肥満症の発症および治療阻害要因には,代謝要因(遺伝的要因,インスリン感受性など),環境要因(ライフスタイル変化,ストレスなど),行動要因(運動不足,間食など)がある[3].最も改善に着手しやすい要因が行動要因であるが,それに大きく影響するものが食欲である.
1.2 食欲のメカニズムとその抑制方法食欲には味覚・嗅覚,血糖値,消化管ホルモン,体内時計など様々な因子が影響し,脳の視床下部でコントロールされる[4].食欲には様々な要因が影響することが知られている.視床下部は摂食行動だけでなく,概日リズム,睡眠,体温をコントロールしており,それらも食欲に影響を与えている.視床下部における食欲のコントロールは,大脳新皮質と大脳辺縁系における視覚,嗅覚,聴覚,触覚,味覚の五感ならびに,感情,神経ネットワークによる記憶の影響を受ける.また,食品摂取,消化管ホルモン分泌,胃壁伸展などによる末梢臓器の血糖値変化も迷走神経によって食欲に影響を与えている[4].視床下部に直接作用して食欲をコントロールする薬剤も開発されているが,様々な副作用のリスクも報告されている[5].概日リズムのコントロールは,食事時間,生活習慣など様々な要因が関与するため難しい.また,血糖値や消化管ホルモンのコントロールは,代謝器官への副作用を引き起こす可能性がある.さらに,五感は自律的にコントロールできないものである.
一方,食欲に影響を与える要因の1つである胃内容物の増量による胃壁の伸展は,迷走神経を介して視床下部に伝達され,食欲を抑制するように作用するため,副作用のリスクは低いと考えられる[6,7,8].さらに,低カロリー食品で胃壁を伸展させることができれば,食欲抑制による肥満予防に有効な方法となる.
1.3 胃壁の伸展方法胃に風船を入れ,胃壁を伸ばすことで食欲を抑える方法は,肥満の治療法として用いられている[9].しかし,この方法は外科手術を伴うため高価であり,侵襲的で身体への負担も大きい.一方,胃壁を伸展させることにより食欲を抑制する方法として,胃内で比較的長時間容積を保持する,かさ高い食品の摂取が報告されているが[10],手軽に継続的に利用できる食欲抑制方法ではない.
これに対して飲料は,食品として容易に摂取できるため,食欲を抑制する飲料の研究が進められている.炭酸水は,食欲抑制手段として有用であることが報告されている飲料の一例であるが[11],摂取直後には胃壁の伸展に寄与する気泡中の気体が噯気(あいき・通称:げっぷ)として放出されてしまい,食欲抑制効果の持続性が低い.多糖類を多量に含む高粘度飲料や,アルギン酸ナトリウムを含み胃内でゲル化する飲料により,胃内滞留時間を延伸させ食欲を抑制する研究も報告されているが[12,13],飲料の粘度が高いため容易に摂取することができず,服用性が低い.発泡して多数の気泡を含む飲料は,発泡しない飲料に比べて胃壁を大きく拡張し,食欲を抑制することが知られている[14].しかし,飲む直前に泡を用意する必要があるため,どこにでも持ち運ぶことが難しく,利便性が低い.したがって,服用性,持続性および利便性の全てに優れた飲料の開発が求められている.
1.4 食欲抑制手段としての製薬技術の食品技術への応用医薬品業界では,消化管における物性を制御する手段として,様々な製剤が開発されている.例えば,胃薬であるGavisconTMに使用されているアルギン酸ナトリウムは,胃酸によるpHの低下に反応してゲル化する[15].炭酸水素ナトリウムから二酸化炭素が発生して気泡を形成し,気泡を包含したゲル(以下「気泡含有ゲル」という.)が形成されて胃の上部に浮遊する.その結果,胃内容物は気泡を含むゲルでコーティングされ,低pHの胃酸が食道に入るのを物理的に防ぐため,胸焼けや逆流性食道炎を防ぐことができる[16,17].そのため,胃の中で浮遊する気泡含有ゲルを形成する製剤について,多くの研究開発が行われてきた.ゲル化成分である天然由来の多糖類の多くは食品に使用できる.飲料から生成する大きな気泡を含むゲルが胃の中で形成されれば,満腹感を誘導する手段として有用と考えた.
そこで本研究では,胃内で気泡含有ゲルを形成する飲料を開発し,その満腹感誘導の効果を検証するとともに,同ゲルの膨張性や持続性に影響する因子を明らかにすることとした.大正製薬(株)が飲料の設計技術を開発し,農研機構食品研究部門と筑波大学が開発したヒト胃消化シミュレーター(Gastric Digestion Simulator; GDS)により胃消化挙動の評価を行うことで,肥満予防に貢献できる飲料の技術改善を行った[18,19].
最初に,代表的な6種類のイオン性多糖類である,κ-カラギーナン,キサンタンガム,高メトキシルペクチン(以下「HMペクチン」という.),低メトキシルペクチン(以下「LMペクチン」という.),アルギン酸ナトリウムおよび,脱アシル型ジェランガムのいずれかを含む炭酸水溶液を調製し,人工胃液と混合した際の気泡含有ゲル形成能を評価した[18].その結果,LMペクチン,脱アシル型ジェランガム,アルギン酸ナトリウムを配合した炭酸水溶液は,人工胃液(日本薬局方崩壊試験液第1液,pH1.2)と混合することで気泡含有ゲルが形成された.これは,溶液を人工胃液に滴下した際に炭酸ガスが気化し,気泡周囲の液体がゲル化したことに起因する.LMペクチン水溶液を胃液に滴下した際のゲル形成はこれまでに報告されている[20].本研究ではこれに加えて,多糖類を含む炭酸飲料が膨張して気泡を含むゲルが形成されることを明らかにした.一方,HMペクチン(カルボキシル基の半分以上がメチル基でエステル化),キサンタンガム(カルボキシル基の比率が非常に低い)および,κ-カラギーナン(カルボキシル基の代わりに硫酸基を有する)の溶液は,人工胃液と混合してもゲル形成はみられなかった.このことから,カルボキシル基の比率がpHに応答したゲルの形成に重要であると考えられる.
次に,多糖類の濃度が気泡含有ゲルの膨張率と調製時の粘度に及ぼす影響を調べた.膨張率は次式より計算した.
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その結果,LMペクチンおよび,脱アシル型ジェランガムは0.1%(w/v)以下の低濃度で気泡含有ゲルが形成され,多糖類濃度0.1%(w/v)でゲルの膨張率は110-120%程度と比較的高い値を示した.一方アルギン酸ナトリウムは,ゲルが形成される濃度が0.3%(w/v)以上と比較的高く,濃度0.5%(w/v)でもゲルの膨張率は126%程度と低かった.このことから,気泡含有ゲルの膨張率は,多糖類濃度とともに増加することがわかった.また,濃度0.1%(w/v)におけるLMペクチンおよび脱アシル型ジェランガム配合溶液の粘度はそれぞれ,1.3,2.8 mPa sであり,LMペクチン配合溶液の方が低粘度であった.したがって,飲料の服用性の点ではLMペクチンの方が脱アシル型ジェランガムより適していることがわかった.
以上の結果を踏まえ,炭酸飲料にLMペクチンを配合することにより胃内で気泡含有ゲルが形成される飲料(以下「本飲料」という.)を開発した.
2.2 MRI画像による胃内状態の評価次に,被験者6名を対象にヒト試験を行い,本飲料の胃内における状態を評価した[18].本項および次項のヒト試験は,芝パレスクリニック倫理審査委員会(2016年1月28日)の承認を得て実施した.核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging; MRI)を用い,水または本飲料185 mL摂取10分後の胃内を撮影した画像をFig. 1に示す.画像観察の結果,本飲料摂取10分後に気泡含有ゲルが胃内に存在することが確認された.水摂取後の気泡含有ゲルの形成はいずれの被験者にも認められなかったが,本飲料摂取後には,すべての被験者で認められた.MRI画像に基づき,液体部,気体部および気泡含有ゲル部の体積を積算した結果,気泡含有ゲル部と液体部の合計体積は,飲料摂取後10分で水摂取後と比較して182 mL増加し,その差は有意であった(p < 0.05).また,有意差はみられなかったものの,液体部,気体部および気泡含有ゲル部を合わせた胃全体の体積は,飲料摂取後10分で水摂取後と比較して217 mL増加したこともわかった(p > 0.05).本研究では,LMペクチンを配合した炭酸飲料を摂取することで,ヒトの胃内に気泡含有ゲルが形成されることを,MRIにより初めて確認することができた.
MRI image of human stomach after meal ingestion.
(a) Water (control meal); (b) Carbonated beverage containing LM pectin (test meal); Figure is reproduced from Domoto et al., 2018 [18] with permission from The Japanese Society for Food Science and Technology.
被験者6名を対象に,水または本飲料摂取10分後の満腹感についてのアンケート評価を実施した[18].アンケート項目は,「満腹」,「やや満腹」,「わずかに満腹」,「飲む前と同じ」および,「飲む前より空腹」の5段階評価とした.その結果,水摂取10分後に,被験者の17%が「満腹」,17%が「やや満腹」,50%が「わずかに満腹」,17%が「飲む前と同じ」と,それぞれ回答し,「飲む前より空腹」と回答した被験者はいなかった.一方,本飲料摂取10分後の被験者は,50%が「満腹」,33%が「やや満腹」,17%が「わずかに満腹」と,それぞれ回答し,「飲む前と同じ」および,「飲む前より空腹」と回答した被験者はいなかった.飲料摂取後の被験者は全員が「やや満腹」以上の回答を示した.また,飲料摂取10分後では,「やや満腹」以上の回答した被験者の割合は83%であったが,水摂取後では33%であった.以上のことより,LMペクチンを配合した炭酸飲料を摂取した方が,水を摂取した場合と比較して高い満腹感となることがわかった.
炭酸を含まないゲル形成性飲料による満腹感の誘発は以前にも報告されている[12].本研究においては,気泡を含むゲル形成性飲料によって満腹感が誘発されたことが,新たに示唆された.なお,ヒト試験に用いた本飲料にはLMペクチンおよび炭酸ガスに加え,満腹感を誘導する可能性のある果糖ぶどう糖液糖および,難消化性デキストリンも含まれている[18].一方で,ペクチン,炭酸水および,かさ高い食品の満腹感誘導効果も報告されている[10,21,22].本研究においては,LMペクチン含む炭酸飲料を使用することで,気泡を含んだ大きなゲルが胃内で形成され,これが胃壁の伸展を引き起こすことで満腹感向上の一因になった可能性がある.
前項までの研究により,胃内で気泡含有ゲルが形成される飲料の基本設計を行うことができた.一方,ヒト試験のみでは,本飲料の胃内での消化挙動を詳細に観察・解析することは困難であった.本飲料の胃内での消化挙動を可視化して評価できれば,満腹感をより長時間持続できる飲料の技術開発だけでなく,消費者に本飲料の胃内での挙動を視覚的に理解してもらうことにも貢献すると考えた.これらの評価のためには,in vitroにおける胃消化挙動の観察・評価方法が必要であった.
農研機構食品研究部門および,筑波大学では,ヒトの胃ぜん動運動を模擬したin vitro胃消化評価装置「ヒト胃消化シミュレーター(Gastric Digestion Simulator; GDS)」を開発している[23,24].最近では,胃における連続的な胃液分泌および内容物排出機構を具備した連続型ヒト胃消化シミュレーター(continuous-type GDS; c-GDS)に改良されている(Fig. 2)[25].GDSを用いた消化試験により,人工消化液による化学的消化に加えて,従来in vitroで評価が困難であったぜん動運動による物理的な消化(食品粒子の微細化や内容物の混合)を評価することができる.そこで,大正製薬(株),農研機構食品研究部門および,筑波大学の三者で共同研究を行い,GDSを用いて胃内で気泡含有ゲルが形成される飲料の胃消化挙動を評価した.
Phonograph of continuous-type Gastric Digestion Simulator (c-GDS).
Figure is reproduced from Kozu et al., 2017 [25] with permission from Elsevier Science.
満腹感の向上を目指す本研究においては,胃内滞留挙動に関わる胃排出の模擬は重要であるため,c-GDSを用いて実験を行った(Fig. 2).GDSはヒトの胃ぜん動運動が発生する幽門部(胃の後半部)をモデル化している.装置容器は透明な素材で作製され,内部の消化挙動を直接観察できる構造になっている.消化試験におけるぜん動運動の進行速度および,発生周期はそれぞれ,ヒトの健常者に対応する2.5 mm/s,1.5 cycle/minに設定した[18,19,24].人工胃液の入ったc-GDS容器に,食道を模した内径19 mm,長さ250 mmのゴムチューブを介して本飲料を投入し,ぜん動運動を駆動させた[18,19].また既往のヒト試験を参考に,消化試験中の人工胃液分泌流量および内容物排出流量は,2.00 mL/minおよび3.47 mL/minに,それぞれ設定した[12,14].
3.2 異なるin vitro評価方法を用いた本飲料の比較最初に,本飲料を人工胃液に滴下する静的評価と,c-GDSによる評価とを比較し,気泡含有ゲルの体積の経時変化を調べた[18].気泡含有ゲルのゲル体積および体積保持能を,当該ゲルを撮影した画像に基づき,次式より計算した.
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静的評価においては,気泡含有ゲルの形成は一過性ではなく,ゲル形成により増加した体積が安定して維持されることが確認された(Fig. 3a).飲料を人工胃液に滴下して10分後にはゲル体積が約1.3倍に膨張し,90分後の体積保持能は75%であった.
In vitro evaluation of carbonated beverages containing LM pectin.
(a) Static evaluation: carbonated water containing LM pectin was mixed with artificial gastric juice and left to stand for 90 min; (b) GDS evaluation: carbonated water containing LM pectin was mixed with artificial gastric juice and digested in the presence of simulated peristalsis for 90 min; ACW: Antral Contraction Wave; Figure is reproduced from Domoto et al., 2018 [18] with permission from The Japanese Society for Food Science and Technology.
これに対して,胃ぜん動運動を模擬したc-GDSによる消化試験を行ったところ,ぜん動運動により気泡含有ゲルのゲル体積が徐々に減少する様子が観察された(Fig. 3b).ゲル体積は10分後に静的評価と同程度まで膨張したが,その後ぜん動運動によりゲル下端が圧縮されゲル中の気泡が破裂することで,体積が減少することがわかった.90分後の体積保持能は40%となった.以上のことから,実際のヒトの胃においても,ぜん動運動の物理的な負荷により,気泡含有ゲルが徐々に収縮する可能性があることがわかった.ただし,c-GDS消化試験における気泡含有ゲルは,静的評価よりもゲル体積の減少が大きいものの,90分経過後も一定の体積を保っており,ぜん動運動存在下においても比較的長時間胃内に留まることが示唆された.
3.3 気泡含有ゲルの体積に及ぼす飲料組成の影響c-GDSを用いた胃消化試験により,ぜん動運動存在下での気泡含有ゲルの体積変化を定量的に評価できた.そこで次に,ゲル化剤であるペクチンの種類またはクエン酸濃度の異なる飲料を調製し,c-GDSによる胃内の気泡含有ゲルの挙動を評価した(Table 1)[19].
Each beverage was adjusted to pH 4 with 1 mol/L of aqueous hydrochloric acid solution or 1 mol/L of aqueous sodium hydroxide solution; Table is reproduced from Domoto et al., 2019 [19] with permission from Japan Society for Food Engineering.
Pectin | Constituent conc. | Physical properties of gel without carbon dioxide gas |
|||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Sample name |
Type of pectin |
Origin | Esterification degree [%] |
Amidation degree [%] |
Pectin [%(w/v)] |
Citric acid monohydrate [%(w/v)] |
Sodium benzoate [%(w/v)] |
Breaking stress [kPa] |
Young’s modulus [kPa] |
Sample A-1 | A | citrus | 34 | 14 | 0.50 | 0.20 | 0.05 | 5.3 | 16.6 |
Sample A-2 | A | citrus | 34 | 14 | 0.50 | 1.00 | 0.05 | 1.6 | 9.1 |
Sample B | B | citrus | 27 | 20 | 0.50 | 0.20 | 0.05 | 11.4 | 23.2 |
Sample C | C | citrus | 28 | 18 | 0.50 | 0.20 | 0.05 | 11.9 | 26.4 |
Sample D | D | citrus | 28 | 10 | 0.50 | 0.20 | 0.05 | 3.6 | 16.3 |
Sample E | E | apple | 34 | 15 | 0.50 | 0.20 | 0.05 | 3.1 | 11.9 |
Sample F-1 | F | apple | 29 | 18 | 0.50 | 0.20 | 0.05 | 6.1 | 20.4 |
Sample F-2 | F | apple | 29 | 18 | 0.50 | 1.00 | 0.05 | 6.0 | 19.3 |
Fig. 4に,ペクチン原料の異なる飲料におけるc-GDS消化試験の結果を示す.シトラス由来のLMペクチンB, C, Dを使用したサンプルB, C, Dは,リンゴ由来のLMペクチンEを使用したサンプルEと比較して,c-GDS消化試験中のゲル体積が全体的に大きいことがわかった.サンプルB, C, DとEの間のゲル体積の差は,ゲル形成10分後が最大で22%,ゲル形成90分後が最大で27%であった.この結果から,初期のゲル体積の大きさがゲル形成90分後のゲル体積に影響することがわかった.LMペクチンBを使用したサンプルでは,LMペクチンEのサンプルと比較して,大きな気泡を含むゲルが形成された.これにより,ゲル形成10分後のゲル体積が大きくなっていることがわかった.
c-GDS digestion experiment of carbonated beverages with different LM pectin ingredients.
(a) Digestion behavior of the bubble-containing gels; (b) Time-course change of bubble-containing gel volume during digestion experiment; Samples B, C, D were prepared using citrus-derived pectin; Sample E was prepared using apple-derived pectin; Figure is reproduced from Domoto et al., 2019 [19] with permission from Japan Society for Food Engineering.
次に,本飲料におけるクエン酸濃度が気泡含有ゲルの体積に及ぼす影響を評価した(Fig. 5).その結果,ペクチンの種類によらず,クエン酸濃度が0.2%(w/v)のサンプルA-1およびF-1は,クエン酸濃度が1.0%(w/v)のサンプルA-2およびF-2と比較して,10分後から90分後のゲル体積が大きくなることがわかった.ゲル形成10分後のゲル体積のサンプル間差は最大で28%,90分後の差は最大で26%であった.また,クエン酸濃度が高いサンプルは,ゲル内部の気泡も小さくなった.クエン酸濃度の高いサンプルは緩衝能が高いため,サンプルをc-GDS内の人工胃液に投入した際に液のpHが下がりにくい.そのため,形成されるゲルの体積が減少し,大きな気泡をゲルに包含できなかったと考えられる.
c-GDS digestion experiment of carbonated beverages containing LM pectin with different citric acid concentration.
(a) Digestion behavior of the bubble-containing gels; (b) Time-course change of bubble-containing gel volume during digestion experiment; The citric acid concentration in Samples A-1/F-1 and A-2/F-2 were 0.2 and 1.0% (w/v), respectively; Figure is reproduced from Domoto et al., 2019 [19] with permission from Japan Society for Food Engineering.
前項の検討により,本飲料の組成が,c-GDS消化試験中の気泡含有ゲルの体積変化に影響を与えることがわかった.そこで,気泡含有ゲルのゲル体積および体積保持能に影響を与える因子の解析を行った[19].Table 1に示す飲料の化学組成および当該飲料により形成される気泡含有ゲルの物性と,c-GDS消化試験10分後および90分後のゲル体積との相関分析を行った結果をFig. 6に示す.
Correlation analysis between each factor of carbonated beverages containing LM pectin and the bubble-containing gel volume in c-GDS digestion experiments.
(a–b) Correlation between each factor and the gel volume at 10 min after digestion experiment; (c–f) Correlation between each factor and the gel retention rate during digestion experiment; Figures is reproduced from Domoto et al., 2019 [19] with permission from Japan Society for Food Engineering.
まず,気泡含有ゲルのc-GDS消化試験10分後におけるゲル体積を分析したところ,LMペクチンのエステル化度(ペクチンの主成分であるガラクツロン酸がメチルエステル化されている割合)と負の相関があることがわかった(Fig. 6a; 相関係数:R = −0.73).一方,LMペクチンのアミド化度(ペクチンの主成分であるガラクツロン酸がアミド化されている割合)と10分後のゲル体積との間には,顕著な相関はみられなかった(Fig. 6b; R = −0.16).エステル化度が低いLMペクチンは,酸性条件下で非解離カルボキシル基が多いため水素結合が生じやすい[26].そのため,c-GDS内の人工胃液に当該飲料を投入した直後にゲル化が起こりやすく,大きな気泡がゲルに包含されやすくなるため,消化試験初期のゲル体積が大きくなったと考えられる.
次に,気泡含有ゲルの体積保持能を分析したところ,LMペクチンのエステル化度との相関は小さかった(Fig. 6c; R = −0.29).一方,LMペクチンのアミド化度ならびに,気泡含有ゲルの破断応力およびヤング率は,ゲルの体積保持能と一定の正相関を示した(Fig. 6d-f): 相関係数はそれぞれ,R = 0.69,0.65,0.63であった.アミド化度が高いLMペクチンは,アミド基間で水素結合が形成されるため,酸性条件下でペクチン間の架橋点が増えることでゲル構造が密になり,形成されるゲルの強度が高くなる[27, 28].その結果,アミド化度が高い飲料は,c-GDSの人工胃液に投入した際に,破断応力およびヤング率の高い気泡含有ゲルが形成され,ぜん動運動存在下においても比較的高い体積保持能を示したと考えられる.
以上,c-GDSを用いることで,気泡含有ゲルの体積と体積保持能に影響する因子を解析できた.形成される気泡含有ゲルの体積,すなわち膨張性は,LMペクチンのエステル化度および飲料中のクエン酸濃度の影響を強く受けることがわかった.また,胃消化試験中の気泡含有ゲルの体積保持能,すなわち持続性は,LMペクチンのアミド化度の影響を受けることがわかった.得られた知見から,膨張性と持続性に優れた気泡含有ゲルの形成には,エステル化度が低く,アミド化度が高いLMペクチンを使用するとともに,飲料中のクエン酸濃度を低く抑えるという,飲料調製の指針を明らかにすることができた.本研究の成果は,胃壁の伸展を利用して効果的に肥満を予防する飲料を開発する際の有用な知見となる.
胃内で気泡含有ゲルを形成する飲料(大正製薬(株)製)が2014年に発売された.テレビCMが放映されるとともに,テレビニュースや新聞,雑誌など様々なメディアに取り上げられ,その後5年以上に渡り販売された.共同研究で得られた成果は,胃内でより大きな気泡含有ゲルを形成する飲料の開発など,2018年以降の製品リニューアルに活用された.また,2023年度より本技術の他企業へのライセンス供与の検討が開始された.関連企業の研究者への波及効果や,同様のアイデアによる新規商品の開発も期待される.このように,本共同研究で得られた成果を端緒とし,多くの食品・飲料メーカーで研究開発が進展し,生活者の健康に広く貢献することが望まれる.
研究の遂行にご協力頂いた大正製薬(株)の最所一隆氏,武井拓人氏,水間裕氏,中村昌則氏,山地麻里江氏に心から感謝致します.