2016 Volume 17 Issue 1 Pages 92-95
本書を読んで,まず印象に残ったのは,文献レビューがカバーしている領域の幅広さである。『戦略的人的資源管理論』のタイトルの下,ファヨールの経営管理論,テイラーの科学的管理法など経営学創成期の研究も含む幅広い研究に基づいて多方面からHRMに関して議論される。これが数多い本書の貢献の中で,一番目に指摘する貢献である。余談ながら1990年代後半~2000年代前半にイギリスで修士・博士課程を過ごした本書評の筆者にとっては,記載されている論文の多くがかつて読んだものであり,留学当時を思い出させる親しみ深い著書でもある。
本書は「第1部:ヒトに関する管理の変遷…人事・労務管理から人的資源管理へ」「第2部:HRMの位置づけ」「第3部:実証的研究」の3部構成からなっている。第1部では「第1章:人事・労務管理とは何か」でヒトに関する管理を多様な側面から紹介する。続く「第2章:人事・労務管理から人的資源管理へ」で,ヒトに関する管理の歴史を紹介。この第1部でファヨールの経営管理論,テイラーの科学的管理法も言及されるが,科学的管理法は第2章の「第1節:人事・労務管理の歴史」における第3期近代科学的労務管理期(第一次世界大戦後)に登場する。第3期の前には,第1期専制的労務管理期(1400年代~1800年代中期ないし後期),第2期温情的労務管理期(19世紀中期~第一次世界大戦)があり,経営学の本格的スタート以前に遡って人事・労務管理の歴史を振り返っており,時間軸の点でも幅広い期間を対象としている。
第1部でヒトに関する管理が多角的視点・歴史的視点で描かれた後に「第2部:HRMの位置づけ」でいよいよ本書の中核であるHRM・SHRMに入っていく。内容はHRM・SHRM研究の中心的テーマである経営戦略論1とHRMの関係(「第3章:HRMと組織戦略」),HRMと組織成果との関係(「第4章:HRMと組織成果」)の2テーマ。第3章のテーマは,1980年代に議論の中心であったコンティンジェンシー・モデル(マッチング・モデル)と1990年代以降,戦略・HRMの両分野において注目を集めている資源ベース型戦略。コンティンジェンシー・モデルでは,経営戦略の中でも企業戦略(全社戦略)を対象としたGalbraith & Nathanson(1978)に基づくDevanna et. al(1984)のモデル,競争戦略(事業戦略)を対象としたPorterの基本競争戦略に基づく行動論的パースペクティブ(Schuler & Jackson 1987)などが取り上げられる。
第4章のHRMと組織成果の関係では,ユニバーサル・コンティンジェンシー・コンフィギュレーションの3つのパースペクティブについて,各パースペクティブの主張と同時に代表的な実証的研究(定量研究)が紹介される。3パースペクティブはHRM分野で代表的パースペクティブとして定着しているため内容紹介は省略するが,本書の特色の中からひとつ取り上げると,水平統合(内的整合性)をコンティンジェンシーパースペクティブで取り上げている点がある。HRMには“ベストプラクティス(ユニバーサル)は内的整合性のみを考慮し,ベストフィット(コンティンジェンシー+コンフィギュレーション)は内的整合性と外的整合性を考慮する”との議論があるが,たしかにベストプラクティスパースペクティブは内的整合性を考慮するとの主張がありながらも,具体的に内的整合性を証明した研究(特に定量研究)は思い浮かばない。筆者が論じているとおり「ベストプラクティス論において様々なHRM施策が取り上げられるが,列挙されるだけで,その整合性について深く論じている研究は少ないのである」(111~112頁)。このような状況を考えると,内的整合性をコンティンジェンシーパースペクティブに関する定量研究で紹介することは合理性のあることと思われる。これは本書のHRM研究に対する貢献のひとつであろう。
これ以外にも本書には数多くの貢献があるが,その一端を紹介すると,3パースペクティブに関する定量研究に対する批判も加えた詳細な分析が行われている点が挙げられる。たとえばHRM施策群内の水平適合を主張したMacDuffe(1995)については,水平適合の根拠となったHRM政策指標スコアが組織成果(生産性・品質)に対して正の影響を与えていただけで水平適合の妥当性を明らかにすることには無理がある。またコンフィギュレーションの代表的研究とみなされることの多いDelery & Doty(1996)については,HRM施策を7つ抽出し,HRM施策内容と市場型と内部型2つの雇用システムとの関係(HRMコンフィギュレーション)と,組織成果(ROE・ROI)の関係を分析しており,7つのHRM施策を抽出している点では,個別HRM施策と組織成果の関係を主張するコンティンジェンシーを批判しながら,同じ要素還元主義アプローチとは言えないか,などである。HRMと組織成果との関係に関する研究方法論の問題は,これまでも数多く指摘されているが(Becker & Gerhart 1996; Paauwe 2009; Boxall & Purcell 2011など),本書は定量分析の具体的な内容に踏み込んで議論しており,この点は本書の貢献のひとつと思われる。
以上のように本書は多くの分野でHRM研究に対する貢献は大きい。この点を踏まえて,頁数の制約によって本書では記載できなかった可能性の大きいことは十分認識しながらも,第3章・第4章に対する書評筆者の希望をいくつか紹介したい。HRMと組織成果に関する研究では,経営戦略の中で競争戦略に焦点をあてたものが多い。ちなみに,20年ほど以前の研究となるが,戦略とHRMの関連について,First Order(企業の長期的方向性など)➡ Second Order(オペレーティング手続きなど)➡ Third Order(HRMを含む経営機能別戦略)の連動を提案したPurcell & Ashlstrand (1994)の研究もある(同研究では3つのOrder間での複雑な影響関係も指摘)。本書も「1980年を前後して,経営戦略論の重点が全社戦略から競争戦略へと移行していくなかで,Porter(1980)がSHRMに与えた影響は大きい」と記載しており,HRM研究において経営戦略の中で競争戦略に焦点を当てられていることを筆者が意識していることがわかる。その結果,「第4章:HRMと組織成果」では競争戦略に焦点が置かれている。これはHRM分野における研究傾向を反映したものであり,レビュー分野に対する設定範囲は正しいと思われる。
こういった状況を考慮したうえであえて希望するのは,多角化(度合・方法),M&A(多角化方法も含む),グループ経営,持ち株会社・社内カンパニーなどを含む全体の組織構造,グローバル戦略など企業戦略面も含めたより広範に経営戦略を解釈しての文献レビューをしてもよいのではないかということだ。もっともこの点には書評筆者の“HRM・SHRM研究で対象とする経営戦略は,競争戦略にやや偏っているのではないか”との個人的な思い入れが多分に含まれていることは記載しておかなくてはならないだろう。
もうひとつは,ハイコミット・モデル,HPWPなどユニバーサルパースペクティブで主張されているモデルは,あくまで英米などアングロサクソン諸国におけるベストプラクティスであり,社会が変わればベストプラクティスは異なるということだ。本書でも社会によってベストプラクティスは異なるとして,日本のHRMの動向が紹介されているが,近年は社会によるHRMの違いに関する研究が進んできており(Boselie et al. 2001; Famdale et al. 2008; Boxall& Purcell 2011など),具体的な研究動向が紹介されるとさらによかったと思われる。
HRMと経営戦略・組織成果に続いてHRMと関係の強い組織行動分野から組織文化(「第5章:HRMと組織文化」),組織コミットメント,モチベーション,職務満足,心理的契約(「第6章:HRMと組織構成員の態度」)などのテーマを取り上げてHRMとの関係に関するレビューが行われる。こちらも各分野で代表的な研究が紹介され,本書の文献レビューの幅広さが示されている。
本書の文献レビューの幅の広さと,各文献に対する分析の深さを十分に認めたうえで,第2部全体を通じて書評筆者が感じることは,レビューされている文献が1990年代までのものが多く,2000年代以降の議論が少ないという点だ。特に海外文献は2000年以降の文献がほとんど見当たらない。ぜひ2000年代以降の文献も含めた近年の議論も紹介していただければと思う。
以上,文献レビューパートである第1部と第2部について,書評執筆者の希望を加えながら概要紹介を行ってきたが,本書の大きな特色は冒頭に述べたように文献レビュー範囲の広さである。その対象の広さから感じたのは,本書はHRMに関してある程度の知識を有する学生向けの上級版教科書を目的としたものではないかということだ。そうなると,学会誌書評の対象としては適切ではなく,本書の筆者に反して書評を書くこととなってしまう。教科書には研究書のような学問的厳密さに対する要求は少ないため,上述の指摘は的外れとなる恐れがある。
第3部については,筆者のこれまでの主要研究をまとめたものであり,具体的内容については本書評では言及しないが,ひとつ用語に関する希望を記載したい。本書で実証的研究として取り上げられているのは,3つの定量研究(サーベイ調査)とひとつの定性研究(定性シングルケーススタディ)である。日本語の世界では厳密に区分されることは少ないが,英語ではEmpiricism(Empirical Research)(経験的研究と訳されることが多い)とPositivism(実証的研究と訳されることが多い)は明確に分けられ,Empiricismには定量・定性の両方の研究が入り,Positivismは定量研究ということになる。もっとも,Positivismが必ずしも定量研究ということではなく,あくまで傾向を示すものである。本書でも機能主義と解釈主義(128~130頁)に関する記載があり,定量・定性研究の背後にある存在論(Ontology)・認識論(Epistemology)など社会科学における異なる立場についての筆者の知識の一端が示されており,本書における「実証的研究」が意味する内容もぜひ明記していただきたかったと感じている。
いずれにしても,本書の目的に教科書的な要素が含まれる可能性があること,さらに頁数の制約など出版に関する様々な状況を考えると,本書評で希望した内容を1冊の書籍で網羅することは難しいと思われる。2000年以降の文献満載の次の書籍の発行を期待したい。
(評者=青山学院大学国際マネジメント研究科教授)