Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
Book Review
MIWA, Takumi "Human Resource Management of Knowledge Workers"
Norio HISAMOTO
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 17 Issue 1 Pages 96-98

Details

『知識労働者の人的資源管理―企業への定着・相互作用・キャリア発達―』,三輪卓己 著; 中央経済社,2015年12月,A5判・312頁

本書は,「知識労働者」に焦点をあてた研究である。「知識労働者」という概念について,まず「何らかの専門知識,ならびにそれに関連する知識や思考力を用いて,知識の創造,伝達,返照,あるいは応用や改善を行う仕事に従事する者」とやや幅広く定義するが,研究を進める上では,その対象となる知識労働者を絞り込むことが必要である(3頁)。本書では,IT技術者,各種のコンサルタント,金融・保険の専門職に限定した上で,インタビュー調査とアンケート調査を用いて,つぎの2つの課題に応えようとする。知識労働者のHRMの実態について,特にどのような多様性があるのかという観点から明らかにする(研究課題1)。HRMの違いによって,知識労働者の意識や行動,成長がどのように異なるのか。彼(彼女)らの企業への定着,相互作用(コミュニケーション),キャリア発達に着目して比較を行う(研究課題2)。

本書の構成はつぎのようになっている。序章これからの人的資源管理の課題,第1章HRMについてのこれまでの研究,第2章知識労働者の企業への定着と相互作用,キャリア発達,第3章SHRM(戦略的人的資源管理論)からの検討,第4章成果主義をめぐる議論,第5章コンサルタント等のHRM,第6章IT技術者のHRM,第7章HRMの多様性に関するアンケート結果の分析結果,第8章知識労働者の意識や行動,成長に関するアンケート調査の分析結果,終章HRMの新しいステージ。

1章から4章までは,先行研究のレビューである。これらの章は5章以下の研究の前提となる知見であり,この部分は,この分野のバランスの取れた先行研究の整理となっている。5章がコンサルタントや金融・保険業の専門職に関する,6章がIT技術者に関するインタビュー調査であり,7章と8章がアンケート調査の分析である。終章では本書の結論とインプリケーションをまとめたうえで,今後の課題をあげている。以下では,5章以降に絞って内容紹介とともに,その意義と疑問点などを記すことにしよう。

第5章では,コンサルタント等13社のHRMがインタビュー調査をもとに分析される。この調査からHRMを4つに分ける。①個人重視の競争的なHRM,②個人と組織,競争と協働のバランスをとるHRM,③非競争的HRM,④人材群ごとのHRMである。

知識労働者のHRMの具体的な様子を窺い知る自社のHRMについて協力してくれる企業はそもそも少ないし,協力いただいたとしても何の見返りもない研究者に対して,内容の公表に慎重な企業が多い。ただ,短時間の聞き取りが中心であるために,若干突っ込み不足の感がある。もちろん,こうした地道なインタビュー調査は,第7・8章のアンケート調査分析の問題視角・概念設定の基礎となっており,その一貫性は高く評価できる。

第6章は,もう一つの知識労働者であるIT技術者について調べたものである。ここでは,10社は3つの類型に大別されている。(a)個人と組織,競争と協働のバランスをとるHRM,(b)本格的な能力主義的HRM,(c)非競争的なHRMである。第5章のHRMとの比較でみれば,①個人重視の競争的なHRMはなく,②個人と組織,競争と協働のバランスをとるHRMが(a)(b)の2つに分けられており,③と(c)は同じである。④はない。もちろん,ICT産業の重層下請構造を考えれば,④はIT技術者の企業にも十分当てはまるように思える。①のタイプがないのは,おそらくそのスキル特性によるものではないかと想像される。

第7章は,アンケート調査の結果分析である。基本的な分析枠組みを2つ設定する。(1)HRMの類型を見出すことと,その類型ごとの背景にある要因を明らかにすること。(2)どのような特性を持つ施策が,どのような効果を持つかである。分析手続きはつぎのとおり。(1)因子分析を用いて,HRMに関する因子を確定する。7つの因子を抽出(①人材育成,②個人成果重視,③提案・創造重視,④外部労働市場活用,⑤能力主義,⑥内部人材登用,⑦プロセス・チーム評価)。(2)因子分析を用いて,HRMの背景となる要因(仕事の特性と組織の特性)について,因子を抽出。前者3因子(①企業特殊性,②先進・独自性,③顧客との結びつき),後者2因子(①企業ブランド,②競争の激しさ)である。(3)(1)の各因子を使いクラスター分析を用いて,HRMの4類型に区分する。(4)類型別に(1)の7因子について平均値の分散分析を行う。(5)類型別に(2)の背景となる計5因子について平均値の分散分析を行う。(6)どのような特性を持つ施策が,どんな効果をもつかを明らかにするために,HRMの特性を表す7つの因子を従属変数とし,(2)の背景となる要因5因子を独立変数とした重回帰分析を行う。

HRMの類型別分析では,因子分析で得られたHRMの各因子を使い,クラスター分析で4つの類型があると判断する。(1)強い成果・能力主義型HRM(69名。すべて大企業),(2)プロセス重視の成果主義型HRM(299名,大企業は78名),(3)市場志向型HRM(102名,大企業43名),(4)非競争型HRM(48名,多くが中小企業)。なお,サンプルは18社520名の知識労働者であり,内訳はIT技術者275名,各種コンサルタント168名,金融・保険の専門職他77名。大卒以上の比率はIT技術者で6割,コンサルタント他で9割強である。第8章もアンケート調査分析である。先にあげた「研究課題2」を扱う。

本書は,研究課題設定から調査,分析枠組みの設定,それに基づくインタビュー調査,アンケート調査設計とその分析と,一貫した姿勢が見られる。ただ,論点や仮説が多すぎ,もう少し論点をすっきりさせてほしいと感じたが,それは現実の多様性を過度に単純化することへの警戒感,学問的誠実さの裏返しなのかもしれない。

以下では,いくつかの気になった点について言及することにしよう。まず,第5章でのHRMの4類型と,第7・8章の4類型の関係が明らかではない。もちろん,インタビュー調査とアンケート調査では内容が異なるため,違いがあるのは問題ではないが,両者の関係についての整理・分析がほしかった。

第2に,本書は,主としてアンケート調査結果による4つのHRM類型の優劣を論じるつもりはないと言っているものの,「強い成果・能力主義型HRM」を高く評価しているように読める。確かに著者が述べるように,このHRMをする企業は「企業ブランドが高く,仕事の先進・独自性も高い。企業としての名声が築かれている。個人の成果を重視し,外部労働市場を活用し,企業内でも人材育成に取り組んでいる」。しかし,これらの企業の知識労働者の定着意志は強い。つまり,優良企業のHRMということになる。優良企業が「強い成果・能力主義」を取り得ているのであり,その逆ではない可能性も十分考えられる。それは,HRM7因子のうち,5つの因子でほかの類型よりも圧倒的に高い平均値を示していることから窺える。低いのは「内部人材登用」因子のみである。この因子は急成長企業では低くなるのが当然である。この因子は,「急成長企業」因子と呼んだほうが適切であるように思える。急成長企業であれば,モティベーションを維持することは容易であろう。昇給や昇進の可能性が高いからである。

もし,そうでないならば,このタイプの企業で高い成果・能力を果たせなかった従業員のモティベーションをどう維持しているのかという素朴な疑問に突き当たる。一つは,そうした人材は離職しており,成果を上げている人材だけが残っており,労働条件がよいので,どんどん優秀な人材を供給できているという仮説であり,もう一つは競争に負けていても処遇がよいのでモティベーションを維持しているという仮説である。いずれにしても離職率や給与水準などのデータを用いた検証が必要となるだろう。個人間競争が激しい企業で,競争に負けている従業員はどうしているのであろうか。「負け組」でもモティベーションを維持する仕組みがあるのだろうか。それとも,そういう従業員の多くは離職してしまっているのであろうか。そうした側面からの議論がほしい。

第3に,IT技術者とコンサルタントのHRM比較が興味深い。同じ「知識労働者」といっても,IT技術者とコンサルタント等では具体的なHRMはかなり異なっているようだ。出来高給や歩合給の多い販売・営業職的色彩の強いコンサルタントとそうした比率の低いIT技術者である。キーとなるコンサルタントにとってはプレゼンなどで仕事を受注するのが重要な仕事であり,専門職的なコンサルタントは業務委託契約で対応するのが十分可能であると考えられるのに対して,後者は集団作業である。前者が成果・業績主義であることは保険業界の人材が保険外交員の高度化した姿と考えてみれば,理解しやすい。後者については,おそらく建設業のような重層下請構造(「IT土方」という表現さえある)が存在しているように思われるが,本書の調査では,その構造の上層部だけでなく下層部のサンプルもあるのかもしれない。

こうした個人的な希望もないわけではないが,著者がインタビュー調査とアンケート調査を独自に調査設計し,かつそれに基づいて分析するという大変な作業を一人で実行し,かつ,その研究から,HRMの4類型の摘出とその分析を行った努力とその成果は高く評価できる。なお,第1〜4章については,知識労働者の人的資源管理研究についての優れたサーベイであり,この分野を学ぶ者にとって手元に置いておいて有益な書でもある。

(評者=京都大学大学院経済学研究科教授)

 
© 2018 Japan Society of Human Resource Management
feedback
Top