Japan Journal of Human Resource Management
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Evolution and Transformation of Vocational Education and Training System in Germany: Dualization and Hybridization
Mari YAMAUCHI
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2016 Volume 17 Issue 2 Pages 37-55

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ABSTRACT

Dual system of vocational education and training in Germany has been undergoing periodic revisions to meet new requirements in a changing environment and it still maintains a pivotal position in German labor market. However, those reforms to reflect the changes in technology and industry structure have caused dualization and diversification of training occupations, resulting in the co-existence of those requiring more abstract knowledge and theories and those primarily requiring OJT. In the former, dual system now competes with higher education such as universities in order to secure highly capable young people. Low birth rate and globalization of education and labor markets have also increased the interest of German youth in higher education. To cope with this situation, German firms have invented new training options in order to attract highly capable youth, who have graduated from gymnasium with very good scores. For example, dual study program (DSP) is a hybrid system which offers apprentices opportunities of participation in firmbased OJT and higher education at the same time, while receiving training allowances. Since both initial vocational qualification and bachelor degree can be obtained on fast track, DSP is rapidly gaining popularity. More training options are now available for highly capable German youth, while it is becoming more difficult for graduate from hauptschule, a major supplier of apprentices in the past, to receive training positions that lead to good income. In addition, active updating and sophistication of existing occupations have been accompanied by a side effect of crowding out small companies from dual system due to increased costs. Similarly, DSPs are offered almost exclusively by large firms. Thus, within German vocational education and training, disparities among firms as well as among apprentices are now becoming more salient. When we look at another important institution of collective bargaining, coverage ratio of industry based agreements have now substantially fallen. Segmentalization or dualization of collective bargaining and vocational education and training are observed simultaneously.

1. はじめに

「モノづくり」や「長期志向」,「従業員重視の経営」などドイツ型市場経済は日本との共通点が少なくないと言われる。しかしながら,日本企業とドイツ企業の雇用システムには根本的な違いがある。その主要な理由の一つは企業内教育訓練を支柱とする日本の内部労働市場に対して,公式な職業教育訓練制度に基づく移転可能な技能を重視してきたドイツの職業別労働市場にあろう(Hall and Soskice 2001Marsden 1999Streeck 1996; Thelen 2009)。ドイツ製造業の競争力は,協調的な労使関係,充実した教育訓練制度,長期志向の金融システムなどがもたらす高技能均衡(high skill equilibrium)と言われ,特にアングロサクソン諸国との比較において賞賛されてきた(Finegold and Soskice 1988)。その中でも,職業教育訓練制度はドイツ製造業の技能形成に大いに貢献してきたと言われている。

ドイツの職業教育訓練制度(Vocational Education and Training: VET)はデュアルシステムとして知られるように,企業内OJTと公立の職業学校における座学を組み合わせた仕組みに代表される。デュアルシステムは,従来,9年間の全日制就学義務を終えた若者が職場で職業訓練を受けながら,訓練先企業周辺の職業学校で学ぶことができる初期職業教育訓練制度(Initial Vocational Education and Training: IVET)の最も一般的な仕組みである。この仕組みは,商工会議所,労働組合などの労使,連邦政府,州政府,職業学校などの産官学のソーシャルパートナーによる連携によって成り立っている(図表1参照)。

デュアルシステムによる初期職業教育訓練は,企業内訓練については,連邦教育研究省(Bundesministerium für Bildung und Forschung,英語名Federal Ministry of Education and Research, 以下BMBF)が,職業学校の運営については州政府が主管しているが,全体のプログラムに関する具体的な企画立案,関連規則の整備,訓練プログラムの策定(例えば,認定職種の入れ替え,各職種に必要とされる技能や知識の定義,研修期間やカリキュラムの策定,試験要件など)については,ボンにある連邦職業教育訓練機構(Bundesinstitut für Berufsbildung, 英語名Federal Institute for Vocational Education and Training, 以下BIBB)が重要な役割を担っている(JILPT 2009b)。今回,BIBBのIT部門の責任者と金融部門の責任者,及び,デュースブルグにある大手製鉄企業ティッセンクルップ社のIT関連職業訓練指導者との面談の機会を得たので,最近の職業教育訓練制度の実態について紹介しながら,この制度が近年どのような制度変化を遂げているかについて議論したい。

図表1 デュアルシステムのソーシャルパートナーとその役割

2. これまでの変化とその背景

デュアルシステムは中世以来の徒弟制度と学校における職業教育を結び付けることで19世紀から制度化が進み,1969年の職業教育法の成立をもって現在の体系が確立されている(BIBB 2014a寺田 2000)。戦後,教育制度が旧体制からアメリカ型へ刷新された日本に対して,ドイツでは戦前からの教育制度の大枠が維持されてきたが,その背景として,「ワイマールへの復帰」という捉え方があった(望田 1998:269)。同時に,このような職業教育訓練制度が官民一体となって,維持,強化されてきた背景には,労働者が移転可能な技能を身に付け,個別企業による訓練だけに依存しない技能形成を実現するというドイツの労働哲学もあろう(Streeck 1996Thelen 2009; BIBBインタビュー)。

ドイツの職業教育訓練制度は,90年代以降,訓練ポストの低下が問題とされてきたが,訓練ポストの増大に向けた官民の継続的な取り組みもあり,引き続き,ドイツの労働市場において極めて重要な存在である。今日でもドイツ勤労者の約7割近くが初期職業訓練を経験し(坂本 2006:44),中等教育を終えた若者の2/3以上がデュアルシステムをはじめとする初期職業訓練に参加している(Bosch 2010:141)。また,8割の勤労者は,保有する職業資格に関連した分野に継続的に勤務している(Bosch 2010:155)。そして,労使や,SPD,CDUといった主要政党など多くの組織が,この制度を維持,そして,進化させ,技術や産業の変化に適応させていくことに注力している。それに伴い,時代の要請に応えるべく新たな職種の追加や既存職種のアップグレードが機動的になされている(Bosch 2010Thelen 20142009)。

しかしながら,産業構造や技術の変化による訓練職種の高度化,求められる潜在能力の変化や多様化,あるいは,教育の高学歴化や労働市場のグローバル化の流れに伴い,職業教育訓練制度のあり方はこれまでから大きく変容している。本稿においては,こうした環境の変化により,現在でも人気の高いドイツの職業教育訓練制度がどのような変化を遂げてきているか,それは,ドイツの労使関係や社会経済のあり方とどう関係しているかについて考察する。Thelen(2009)は,ドイツで起こっている重要な制度変化は,アメリカやイギリスのような自由な市場経済(Hall & Soskice 2001)への変化というより,労使などの主要ステークホルダーによるコーディネーションが,産業全体という大きな単位から,日本のように個別企業(または,企業グループ)単位へと低下する分断化現象と定義した。その中で,職業教育訓練制度については,集団的労使関係と同様,カバーされる労働者や参加する企業がより限定的になる「漂流」(Drift)としている(Streeck and Thelen 2005:30Thelen 2009:489)。本稿においては,特にこのような制度変化のプロセスに着目し,職業教育訓練制度の変化が,ドイツの労働市場や労使関係の今後の方向性にどのような示唆を与えているかについて考察する。

2.1 産業構造や技術の変化

90年代以降深刻化した景気の低迷,あるいは,産業のサービス化や急速な技術変化により,職業訓練ポスト数が低下,その結果,職業訓練を希望する若者の数が企業の用意する訓練ポストの数を上回るようになり,訓練ポストの不足が問題視されるようになった。その後の景気回復やポスト増大に向けた官民の努力により,訓練ポストの充足率は反転したが,この数年はまた低下傾向にある(BIBB 2014b:12)。2013年のデータによれば,全体として約530,715の新規訓練契約が締結されたが,企業から用意された訓練ポスト数564,249に対して,訓練希望者数は614,277人と,1割弱のポスト不足が記録されている(BIBB 2014b:11)。少子化や人口構造の変化により訓練を希望する若者の数も同時に低下していることから,充足率の急激な悪化は予想されないものの,絶対数の低下は長期的趨勢である(図表2参照)。

産業別の新規契約数の推移を見ると,1980年に締結された訓練契約は,全体で670,857,そのうち製造業が342,030,サービス業が328,827だった。2012年時点では,製造業が223,125まで低下した反面,サービス業からの契約数は325,878とほぼ横ばいであり,製造業の低下を補うようなレベルには達していない(BIBB 2014b:23)。また,職業訓練ポストを提供する企業の比率は2013年時点で21%(旧西ドイツ23.1%,旧東ドイツ13.1%)にまで低下している(BIBB 2014b:39)。この数字は,1999年以来最低である(BIBB 2014b:9)。

経済のサービス化やグローバル化は,雇用者連合に加盟する企業の比率を低下させ,賃金交渉や職業訓練における雇用者の結束を弱体化する面がある。ドイツの雇用者数における製造業の割合はもはや25%程度に過ぎず,75%がサービスをはじめとする他産業である(Eichhorst 2015)。サービス産業は小規模で,長期の技能形成を必要としない職種も多く,また,シュレーダー改革後に増加した職種は,ミニジョブのような非正規雇用が多かったことからも,教育訓練投資が拡大しないことがわかる(Thelen 2009)。製造業においても,急激な技術変化は,技能の陳腐化を早期化し,かつてのような労働者の熟練形成から企業が得られる経済的恩恵を短期化させる。それに代わって,より抽象的な知識や理論の重要性が増している。産業構造や技術の変化は長期的に職業教育訓練制度のあり方に大きな影響を与えている。

図表2 職業訓練ポストの推移

2.2 少子化と高学歴化

労働者側の変化を見ると,少子化や教育の高学歴化が企業の訓練ポスト提供への姿勢や制度の枠組みに影響している。ドイツの教育制度では,義務教育の最初の4年が終了した時点で(年齢にして10歳),学業成績や適性により主に3つの進路に分けられる(ただし,多くの州では4年の基礎教育修了後の2年間を観察期間とし,さらに進路を見極める期間としている。また,旧東ドイツの州では,戦後,このような複線型の教育制度は廃止されている)。最も成績の良い生徒が進学するギムナジウムは,大学など高等教育を目指す若者が進学する教育機関である。続いて,レアルシューレと言われる実科学校,ハウプトシューレと言われる基幹学校があり,従来は基幹学校を選択する生徒の中に「民衆の最良の息子」と呼ばれた優秀で勤勉な若者が多数含まれ,基幹学校や実科学校の卒業者がデュアルシステム訓練生の候補者プールを形成していた(Bosch 2010:138佐々木 2005:95)。

戦後も存続された早期に若者の進路を決定するこの教育制度の是非については1970年代に学校戦争とまで呼ばれた論争があり,廃止して3つのコースを統合した総合学校に一本化すべきという意見があった。しかしながら,結局,保守派の反対により3つのコースは存続し,既存の進路に総合学校を追加するような措置がとられている。ちなみに,北欧諸国にもかつて同様の進路別の複線型教育制度があったが,1960年代に廃止され,総合学校に置き換えられたBosch 2010:138)。

ギムナジウムのような全日制の学校に所属しない生徒に対しては,18歳になるまで定時制就学義務が課されるため(フュール 1996:102),デュアルシステムに参加する若者は,週3日程度企業内訓練を受けながら,残りの2日を研修先周辺の職業学校に通うことでその通学義務を果たしている。ただし,教育制度は州政府の主管であることから,義務教育の期間や教育機関の構成や年限は州により若干異なる。例えば,就学義務は満6歳から18歳まで継続するが,全日制就学義務は多くの州で9年間のところ,ベルリンとノルトラインヴェストファーレン州では10年間である。

ギムナジウムは伝統的にエリート教育の場とされてきたこと,また,職業教育訓練制度が発達していたことから,ドイツの大学進学率は他のOECD諸国の平均と比べてはるかに低く,60年代までは,若者の大多数が基幹学校(72%)と実科学校(11%)へ進学,高等教育に繋がるギムナジウムへの進学は17%と限定的であった(BMBF 2015:39)。大学進学率の低さがOECDから懸念されたこともある(Bosch 2010:137)。

ところが,教育の大衆化によるギムナジウムの増設により,ギムナジウムを修了して大学進学資格であるアビトゥーア(Abitur)の取得を目指す学生が増加し,基幹学校への進学者数が低下した。そのため,現在では,ギムナジウムへの進学者数が,他のコースへの進学者数を上回るようになり,2010年時点で,同年代の38%がギムナジウムに,17%が基幹学校に,26%が実科学校に在籍し,新設された総合学校には10%が在籍している(図表3参照)。したがって,基幹学校や実科学校の生徒から優秀な研修生を採用することが次第に困難となり,適当な志願者がいないという理由でこの制度から撤退する企業もあったとされる(佐々木 2005:96)。1990年には,ドイツ教育史上初めて,高等教育の学生数がデュアルシステムの訓練生数を超えたことから(寺田 2000:183),デュアルシステムの行方に大きな疑問が投げ掛けられるようになった。

景気回復後の直近のデータを見ると,2014年度は9月末時点で,522,000人が初期職業訓練を開始している。その一方で,20,900人の応募者が職業訓練ポストを取得できずにいる。そして,60,300人が希望する訓練ポストの空きを待って職業訓練予備校などで学ぶ選択をしている。すなわち,80,000人以上の若者が希望する訓練先を見つけることができなかった。他方,訓練ポストの補充率を見ると,37,100の訓練ポストが空席のままである(BIBB 2015a)。この数字は,前年度を10%上回るとともにこれまでで最大であり,むしろ訓練生の不足を嘆く業界も少なくない。訓練ポストが埋まらず,供給が需要を大幅に上回っている職種は,レストランスペシャリスト,配管工,専門食品店補助,食肉処理などに多く,これらの業種では,20%から30%程度のポストが空席のままである(BIBB 2014b:13)。つまり,全体として供給がやや不足する中で,受給のミスマッチ現象が顕著になってきている。

図表3 学校タイプ別就学者数比率(%)

2.3 職業訓練の多様化と二極化

関連して,経済構造の変化や技術や技能の専門化や高度化は,デュアルシステムでカバーされる職業間のステイタスや収入を多様化している。(海外であれば高等教育進学者が就くような)高度な知識や理論を教育訓練の対象とする分野と,理論よりOJTを中心とする分野とに職業訓練が二極化してきている(Bosch 2010:142, 149)。訓練生の受け取る訓練手当も職種によるばらつきが大きい。2013年時点で,旧西ドイツの訓練生のうち26%が900ユーロ以上の訓練手当を受けるのに対し,13%は600ユーロに満たない(BIBB 2014b:41)。(建築関連など一部の危険職種を除くと)製造業や金融業で手当が高い傾向がある。既存の分野についても訓練内容が変化している。従来,最も多くの訓練生を受け入れてきたのは「自動車機械工」だが,2003年に廃止され,「自動車メカトロニクス」という職種が新設された。そのため,これまでのメカニックに加え,電気系統の訓練が開始したことから,基幹学校出身者が訓練生から排除されるのではという懸念が広がった(坂本 2006:102)。

高度化された職種に該当する訓練ポストを提供する企業では,優秀な若者を採用し育成する動機は高く,彼らを惹き付けるために,新たな教育機会のオプションを提供している。当然,ギムナジウム修了生で大学など高等教育の進学資格であるアビトゥーアを保有する若者がターゲットとなり,最近では,初期職業教育訓練と大学などの高等教育が優秀な若手を奪い合う傾向が強まっている(Bosch 2010, BIBB 2015a)。高等教育進学資格を持つ若者にとっても,優良企業で職業訓練を受け,その企業での就職の機会を早期に獲得することは魅力的であるため,職業訓練への興味は高い。BIBBが行っている調査では,大学や専門大学に進学する資格を持つ若者のうち43%が企業内職業訓練に興味を持っている(BIBB 2011:12)。このような状況から,最近では全職種で25%程度,人気の高い職種では60%以上のデュアルシステム参加者がアビトゥーア保有者である(図表4参照)。

そのため,訓練生のバックグランドが多様化するとともに高学歴化し(Bosch 2010),デュアルシステムを開始する研修生の平均年齢は70年代の16.6歳から最近では20歳程度へと上昇している(Bosch 2010:149BIBB 2014b:28)。したがって,ギムナジウム修了者の進路を見ると,これまではほとんどが大学に進学していたが,最近では,その比率が低下(フュール 1996),3分の1程度が高等教育ではなく職業訓練に直行している。また,大学卒業者の約20%がデュアルシステムによる職業資格も保有している(Thelen 2014:91)。同時に,訓練期間終了後,訓練先企業に就職する訓練生の比率が上昇しており,2012年時点で,平均66%(従業員500人以上の大企業では79%)の訓練生が訓練先企業に就職している(BIBB 2014b:33)。この数字は,2000年には58%(大企業で70%)であった。

さらに,初期職業教育訓練を受けながら,同時に,専門大学や大学での学位取得を目指すことができるデュアルスタディプログラム(Dual Study Program, 以下DSP)という制度が成績最優秀者の間で人気を博している(Graf 2013Thelen 2014)。DSPについては,BIBBでも調査を開始したばかりだが,彼らが把握している人数だけで2011年時点で約61,195人である。この数字は訓練提供者からの自主的な報告に基づくものであり,実際には,もっと多くの訓練生がDSPに登録していると予想されている。職業訓練生の総数が140万人程度であるため,DSP受講者数は全訓練生の4~5%程度の比率に相当する。このプログラムに参加すると職業訓練資格と一般教育の学位の両方を同時に目指すことができることから,2つの制度のハイブリッドと言える(Graf 2013:99)。

DSPでは,学生は企業から訓練手当を受けながら,高等教育機関に通学することが可能となるため,裕福な家庭の出身でない若者にとって魅力的である。さらに,DSPにおいては職業資格と学位の両方を3年から4年で取得でき,それらを別々に取得するより短期での取得が可能である。また,DSP修了者は企業内で管理職候補として処遇されることなどから,幅広い若年層から支持を得ている。企業にとっては,職業訓練を行った優秀な若者を進学のために手放さなくて済むメリットがある。DSP参加者の約9割が訓練先企業に就職していることから(Graf 2013:110),企業,学生双方にとって,内部労働市場へ直結する長期のインターン制度という位置付けで捉えることもできよう。このように,全体として,ポスト不足やミスマッチ現象が懸念される中,一部の優秀な若者には,これまで以上に多くの選択肢が用意されている。DSPについては,4節でより詳細に説明する。

図表4 高等教育進学資格(アビトゥーア)を有する訓練生の比率

2.4 教育制度のEU化・グローバル化

ドイツの職業教育訓練制度は,また,教育のEU化という大きな教育制度改革からも影響を受けている。すなわち,ボローニャプロセスをはじめとする欧州諸国の教育制度の透明化,規格化の流れにより,これまで歴史的,制度的に,厳格に分離,運営されてきた職業教育訓練制度と一般の高等教育制度を共通の物差しで分類し格付けするイニシアティブが進展している。

1999年にヨーロッパ29か国の教育相がイタリアのボローニャに集まり,域内の労働の移動を促進するために,各国の様々な職業資格や学位を標準化し比較可能とすることに合意した。そこでは,イギリスとアイルランドが採用していた3段階の学位(バチェラー,マスター,ドクター)に統一することが決定されたため,それまで長らく続いてきたドイツ独特の学位は,アングロサクソン型に改められることになった。例えば,ギムナジウムを卒業して4.5〜5年程度の高等教育を受けると,ディプロム(Diplom)と言われるマスター相当の学位を取得することができたが,この制度は改められ,バチェラーとマスターの2つに分解された(Bosch 2010:159)。

さらに,ボローニャ会議の3年後の2002年にコペンハーゲンで開かれたヨーロッパ教育相会議において,各国の職業資格や学位を8つのレベルからなる欧州資格フレームワーク(European Qualification Framework, 以下EQF)に当てはめ,標準化することが決定された。その結果,EQFに基づき,これまで別々に管理されてきた職業訓練制度から得られる資格と,一般の高等教育から得られる学位を,国内で紐付けする作業が進展し,ドイツ資格フレームワーク(Deutscher Qualifikationsrahmen, 英語名German Qualification Framework, 以下DQR)が開発されている。

DQRに従うと,高等教育の学位については,ドクターが8段階の8,マスターが7,バチェラーが6と格付けされ,職業資格については,3年以上の初期職業訓練修了資格が4,マイスターやテクニカーなどの技能系指導職の資格はバチェラー同様の6と格付けされる(ほとんどの初期職業教育訓練期間は3年だが,2年や3.5年のものもあり,訓練期間が3年に満たない資格はDQRの3に格付けされた(BIBB 2014a:12, 22))。

規格化や標準化のプロセスは必ずしも円滑ではなく,例えば,ギムナジウムの修了証明であり大学進学資格となるアビトゥーアについては,5としたい大学関係者と,3年以上の初期職業教育訓練で得られる職業資格と同様に4とすべきという国や職業訓練関係者の間で意見が対立し,決定が先送りされている(Graf 2013:121)。また,取得できる職業資格や学位の格付けによって,より魅力が増した制度とそうでないものが生じている。例えば,総合大学(Universität)の学位がバチェラーとマスターに分解されたため,それまで専門大学(Fachhochschulen)の学位(通常4年程度で取得)は総合大学の学位より格下に見られていたが,両者の差は縮小した(Bosch 2010:140)。このような学位や資格の格付けは,その両者の立場を配慮しながら行われているものの,教育や労働市場のグローバル化や標準化は,ドイツの若者にとって,ドイツや(一部の)欧州諸国でしか十分に通用しない職業資格より,グローバルに通用する学位の魅力を増大させている可能性がある。

3. 職業教育訓練制度の進化

ここで,職業教育訓練制度が,時代の要請に応えるために,どのように進化してきたかについて触れるとともに,ITや金融のようなアビトゥーアを保有する若者に人気のある分野で,職業訓練が,具体的にどのように実施されているかについて概観する。職業教育訓練制度の継続的発展は,ソーシャルパートナーの綿密なコーディネーションによる公認訓練職種の統廃合や入れ替え,研修カリキュラムの改訂などに負うところが大きい。

1950年代に900程度あった訓練職種は,その後大幅に整理統合され,2013年時点で331まで減少している。金属や電気など,技術や生産方法の変化が激しかった分野の職種が統廃合される代わりに,ITなどの新たな職種が追加されている。同時に,既存の職種についてもプログラムの改訂が積極的に行われている。また,1995年には,これまで何年もかけて行うことがあった職種の改訂や追加作業を,スピードアップすべく,前者については1年,後者については2年までとする合意もなされている(Bosch 2010:147)。

研修の方法も,理論とOJTを分けて教える従来の手法から,より実践的なプロジェクトの取り組みや研修生による提案などが重視される内容となっている。多くの職業でカスタマーオリエンテーションやITスキルの育成が明示的に織り込まれている。また,2005年の職業教育法改正により,研修期間の4分の1までを海外で行うことも可能となっている(BIBB 2014a:13)。

IT分野は,ITシステム電子工,ITスペシャリスト,ITシステムオフィサーなど4つの職種があり,研修期間は3年とされる。この分野の研修プログラムは1990年代に9か月という異例の早さで開発され,3年間の初期職業教育訓練を修了すると,イギリスであれば大学卒業者が就く職種に採用されている(Steedman et al. 2003)。金融分野には,銀行員,保険営業員,投資ファンド営業員,不動産営業員などの職種がある。さらに,金融機関内でIT業務に関連する研修を受ける訓練生がいるが,彼らには,IT業界の訓練生と同じプログラムが適用される。ユーザーとベンダーが同じ教育を受け,知識や技能を共有することが効率的で効果的なシステム開発や運用に繋がることが意識された結果である。また,研修生は,通常,近隣地域にある職業学校で顔を合わせることになるため,異なる企業で研修を受けていても職種別のネットワークが形成される。ITも金融も人気の高い職種であり,研修生の半数以上がアビトゥーアを保有する。

訓練規則に従うとIT分野の研修期間は3年が要件だが,今回訪問したティッセンクルップ社においては,一部の技術系職種については,自主的に3.5年を研修期間と定めていた。ただし,成績優秀者は1年早めに試験を受けることもできる。試験は,理論と実務の両方が問われるが,後者については,実際に行ったプロジェクトにおける提案内容(例えば,ハードやソフトの要件など)をレポートにまとめ,企業の現役技術者などから構成される試験員の口頭試験を受ける。その際,提案の背景,プロジェクトで遭遇した問題やその解決方法などについて具体的な質問が投げ掛けられ,回答の妥当性を考慮しながら合否が決定される。不合格者は次回に再度挑戦することになる。金融関連の職種においても,顧客に対する具体的な金融商品の提案を,顧客に扮する試験官に対してロールプレイ形式で行うなど,理論に加えて実践が重視されているそうだ。

ちなみに,金融のようなサービス産業でトレイナーになる要件は,製造業と比べると相対的に低く,初期職業教育訓練修了資格をもつベテランがそのまま(トレイナーとしての特別の教育なしに)行うこともできるそうだ。製造業においては,訓練業務に物理的リスクが伴うことから,通常マイスター(Meister)資格などを有することがトレイナーの条件となる。ちなみに,金融などのサービス関連職種では,専門士(Fachwirt)と呼ばれる営業管理職の資格がマイスターに相当する(坂本 2006:134; BIBBインタビュー)。

初期職業教育訓練で得られる最初の職業資格は,上述のDQRに従うとレベル4に相当するが,その後も,やる気と能力のある社員には継続的な訓練プログラムが用意されている。ただし,ドイツの継続向上教育は,北欧諸国などと比べると,政府の役割が限定的であり,民間企業の自助努力に負うところが大きい(JILPT2009aThelen 2014)。したがって,短期のプログラムも多く,非常に多種多様である。また,キャリアの初期に優良な就職機会を逃すと,その後の教育機会も限定的になるという問題が指摘されている。

IT分野における継続教育の流れと職業資格の関係,及び,職業資格と高等教育の学位との関係について図表5に整理した。初期職業教育訓練資格の取得後,企業に正式に雇用され,数年間(通常5年間)実務をこなすと,スペシャリストの資格を得て中間管理職に就くことができる。スペシャリストとしての研修を受けるためには,ただ実務経験があればよいということではなく,特定の資格に関連する実務を経験しておく必要がある。スペシャリストはDQRのレベル5に相当する。次は,DQRの6に相当するオペレーションプロフェッショナルという職業資格(これは一般の製造業ではマイスターやテクニカーに相当する),次に,7に相当する戦略プロフェッショナルという資格がある。高等教育の学位でいうと7はマスター(修士),6はバチェラー(学士)とされる。そのため,マイスターなど職業資格のレベル6は,プロフェッショナルバチェラーと呼ばれることもある。

金融における継続教育も,やはり,DQRに沿って格付けされるようになってきている。DQR4に相当するバンククラーク(Bankkaufmann)など3年を要する初期職業資格の次は,DQR5に相当するフィナンシャルアドバイザー(Bankfachberater),その次に,より高度な金融や経営の知識を必要とする経営専門職や管理職(DQR6に相当するBankfachwirt,7に相当するBankbetriebswirt)といった資格がある。上級職業資格の取得においては,商工会議所や,金融機関が独自に設立した教育機関などから認定書や修了証が提供される。

後者については,貯蓄銀行や商業銀行が設立した教育機関,保険会社が設立した教育機関などがあり,金融産業で働く従業員には数多くの継続教育の選択肢が与えられているそうだ。

例えば,ドイツ銀行など商業銀行が設立に関与した高等教育機関にFrankfurt School of Finance and Managementがある。この大学では,4年制のドクターコースや2年制のMBAコースがあり,ファイナンス,マネジメント,会計などについて英語の講義が行われ,博士号の取得も可能である。ホームページによれば,Frankfurt School of Finance and Managementは,長らく銀行に勤務する従業員の継続教育の場として機能したのち,70年代に一般の経営大学と合併し,現在では金融業界以外からも生徒を募る一般の高等教育機関となっている

研修内容については,企業代表,従業員代表,職業学校の代表者などが議論するが,IT分野では,現在,ビッグデータやクラウドを入れることが検討されている(BIBBインタビュー)。組合側も雇用を守るために最新の技能の習得に余念がない(Vitols 2001)。また,ティッセンクルップ社からの聞き取りでは,全体的なカリキュラム構成は訓練規則によって縛られるものの,具体的な学習内容については各企業の判断に任される点も多く,例えばコンピューター言語については,学習時間などの要件を満たせば,どの言語(Java, C, C++など)を習得させるかは各企業のニーズに沿って決めてよいそうだ。同様に,週3日程度の企業内OJT,週2日程度の職業学校という基本スケジュールも,その地域の職業学校のカリキュラムに応じて柔軟に編成できる。ティッセンクルップ社には,数か月間の通学とOJTを繰り返すプログラムで訓練を受ける研修生もいた。科目によっては職業学校数が限られ,研修生が遠方の学校まで泊りがけで授業に参加するため,数か月単位でのカリキュラムが組まれるからである(坂本 2006:119)。

DQRという共通の枠組みが開発されてきているものの,ドイツの職業教育訓練制度と一般の高等教育はこれまで別々に運営されてきたため,職業訓練における資格が一般教育における学位と同等に扱われる訳ではなく,相互乗り入れにはハードルがある。例えば,マイスターなどDQR6に相当する職業資格が一般の高等教育の大学院(修士課程)の入学要件を満たすという訳ではない10。逆に,労使など企業関係者は,実務訓練がなく学校教育だけを修了した若者が職業資格を受験することに対して慎重である(Bosch 2010:145)。関連して,ドイツ企業のブルーカラーは(労使協定や職業資格により)ホワイトカラーの下位層より高賃金が見込める反面,マネジメント職への登用は,アメリカ企業と比べて限定的であるという調査もある(Grund 2005)。このような環境下,DSPは,職業教育訓練制度の「組織フィールド」,及び,高等教育の組織フィールドの両方で有効な資格と学位を同時に取得できるハイブリッドな制度であることから,優秀な若者にとって魅力的である。

図表5 IT関連職種の継続教育制度と職業資格

4. デュアルスタディプログラム(DSP)

DSPに参加すると,企業内で職業訓練を受けながら,同時に大学にも通学することができる。3分の1のDSPでは職業学校への通学も含まれる。そのため,週末や夜間の通学も必要とされ(BIBBインタビュー),最も勤勉な若者がこのプログラムに採用される。彼らは,アビトゥーアにおける成績上位者であり,修了して高等教育の学位と職業訓練の資格の両方を得た若者は,採用後すぐミドルマネジメント候補となり,通常の初期職業教育訓練修了者より有利な処遇を受ける。DSPに参加する若者のアビトゥーアの成績は,大学など一般の高等教育だけに進学する生徒と比べて,低く見て同等,または,彼らより高いと見られている(Graf 2013:101Thelen 2014:91)。研修生の立場からは,まず,(将来の就職先に繋がる)研修先を確保し,実務経験を積みながら,同時にその後の昇進やキャリア形成に重要な高等教育からの学位を得ることができ,企業の立場からは成績上位者を早期に惹き付け「忠実な従業員(loyal employees)」(Graf 2013:103)として継続勤務してもらえるメリットがある。この制度への参加は,まず,企業と研修契約を結ぶことが要件であり,(大学ではなく)企業が候補者を選択する。通常のデュアルシステムから成績の良い訓練生をDSPへ引き上げ,逆に,成績の悪い訓練生をDSPからデュアルシステムに移動させることもあるようだ。

DSPは,70~80年代が黎明期だが,90年代になって急速に拡大し,多くのステークホルダーから注目を集めている(Graf 2013Thelen 2014)。2005年から2011年の間でこのプログラムに登録した学生数は70%増加している(Graf 2013:98)。このプログラムは,1972年に,ドイツ南西部のバーデンヴェルテンベルグ州を代表する企業,Robert Bosch GmbH, Daimler Benz AG, Standard Electrik Lorenz AGなどが,ドイツ初の職業アカデミー11(Berufsakademie)を設立し,企業内訓練と一般教育を組み合わせることでDSPのプロットタイプを組成したことに端を発する(Graf 2013:102)。当時のそれら大手企業の動機は,1968年に,以前から定評のあった技術者学校(Ingenieurschulen)や専門学校を高等教育に格上げすることで設立された専門大学(前述)が,実務と理論を包括する柔軟なカリキュラムで,急速に若者を惹き付けたことに対抗することであり(Graf 2013:98),職業アカデミーの設立は職業訓練の中でも最も高度な知識を要求する分野にアビトゥーア保有者を積極的に呼び込むための手段だった。DSPは,このようにボトムアップ的にいくつかの企業によって一つの州で開始された制度であるが,その後,すべての州に拡大している。また,企業による職業アカデミー設立のきっかけを作った専門大学は,いまでは,DSPの主要な提供者となっている(Graf 2013:110)。

バーデンヴェルテンベルグ州の職業アカデミーは,もともと非大学の教育機関として1972年に設立され,1982年に,バーデンヴェルテンベルグ州職業アカデミー法の制定に伴い,正規の高等教育機関として設立されている。同州では,1974年からアビトゥーア取得者を対象に,大学卒業資格に相当する学位,及び,職業資格修了証へと導く4つのモデル実験を開始した(フュール 1996:194)。このモデルは「シュトゥットガルター・モデル」と言われ,DSPの原型プログラムとされる。

DSPは,実に多くの形態で運営されており,ドイツ全国で900もの様々なプログラムが存在しているとされ,BIBB自身データベースを構築中である(Graf 2013:99)。図表6に,BIBBやGrafの4分類に従い主要なプログラムを紹介する。

職業教育訓練と一般の高等教育の両方に参加できるという点でAusbildungsintegrierendとPraxisintegrierendが,特にハイブリッドな仕組みである。図表7は,DSPのタイプごとのプログラム数と取得学位の分野である。ここからわかるように,Ausbildungsintegrierend(54.7%)とPraxisintegrierend(34.6%)が最も活用されているプログラムである。特に,教育のグローバル化や規格化により,取得できる学位が従来のマスター相当のディプロムからバチェラー相当となったため,既に職業経験を有する社員を対象とするBerufsintegrierendやBerufsbegleitendは,学位取得後,昇進や昇給が見込めないあまり魅力のない制度となってしまったことがその背景である(Graf 2013:118)。プログラムの提供者としては,現在は専門大学が最も多く(59%),一般の総合大学はAusbildungsintegrierendに限定して参加している。

Ausbildungsintegrierendについては,公式の初期職業教育訓練(IVET)修了認定書を提供するため商工会議所がカリキュラムの運営に関わる。研修生の手当も最低でも通常の初期職業訓練生と同額という規定がある(Graf 2013:101)。一般のデュアルシステムに参加する研修生が受け取る訓練手当は労使協定に基づき設定されており,通常の新規採用者の3分の1という決まりがある。しかしながら,DSPにおいては,それより高額を支給することもあり,各地の規定にもよるが,研修生個人と企業の個別交渉によって決定されることもある(Graf 2013:101)。

ドイツの賃金はこれまで労使協定のカバー率が高く,代表的な賃金交渉の結果が産業全体に拡大されてきたため,賃金の企業間格差は限定的であった(ドーア 2001)。ところが,最近は,例外規定の適用が増加し,業種や企業,地域による差が拡大したため,2015年には最低賃金制度が導入されている(全国一律8.5ユーロ)。業種によるばらつきを見ると,例えば,全業種平均で55%の協約カバー率に対し,ITセクターのカバー率は15%と低く,分野においては個別企業が賃金設定の主体となっていることがわかる(Statistisches Bundesamt 2013)。したがって,高度な専門知識を必要とする産業や企業が,魅力的な職業教育訓練制度の導入によって優秀な人材を惹き付けようとしているのであれば,彼らに対して個別の訓練手当が提供される背景が理解できる。

図表6 主要なDSPのタイプ
図表7 主要なDSPのタイプにおけるプログラム数と取得学位の分野(2010年)

5. まとめ:二極化とハイブリッド化

さて,上記のような職業教育訓練制度の変化の中で,ドイツの労使関係や各ステークホルダーの力関係がどのように変容しているかについて考察したい。まず,DSPにおけるステークホルダーの力関係だが,プログラム編成については大学と企業では一般に大学の発言力が強いとされる。しかしながら,企業は大学を選択する権限を持っているため最終的な発言力は高い。また,この制度の運営に関してほとんどの企業で職場協議会の合意を得ていない(Graf 2013:123)。これらが意味することは,従来のデュアルシステムのように労使やソーシャルパートナーによるコーディネーションというより,経営側の利益をより強く反映した職業教育訓練制度であり,大手企業による人材獲得のためのインセンティブ制度と捉えることもできる。ドイツでは訓練先を見つけることが就職の第一の敷居,訓練修了後に正規就職先を見つけることが第二の敷居と言われてきたが(坂本 2006:124),大企業の職業訓練者の79%,DSP修了者の90%が研修先企業に就職している傾向は,これまで以上に訓練先企業がそのまま就職先企業に繋がるという暗黙の了解(期待)のもとに職業訓練が行われていることを示す。したがって,訓練内容の大枠や職業資格は引き続き企業横断的に設定され職種による技能の共通性は日本やアメリカに比べて高いものの,大企業による初期職業訓練は採用プロセスと一体化した内部労働市場的色彩が強いと言える。

かつてのドイツ大企業は,自社で3年後に必要となる人数より多くの若者を訓練し,優秀な訓練生を採用すると残りを労働市場に放出していた(坂本 2006:45)。訓練生側も,シーメンスなど一流企業での訓練証明書を売り物にして労働市場に入ることが大手企業で訓練を受ける目的とされた(ドーア 2001:298)。しかしながら,団体交渉の弱体化と企業間の賃金格差拡大により,訓練生は以前よりも増して,そのまま大企業に残ることが有利と考えるようになっている。企業の方も,景気の不透明性や雇用機会の減少などにより,最近では,訓練生を訓練期間終了後に自社で採用しないことに対する社会的批判が高いことから,自らが採用できる範囲で訓練生を受け入れる傾向が強まっている。ティッセンクルップ社の話では,組合は,企業が3年も低額の手当で働かせた訓練生を採用しない(できない)ことに難色を示すそうだ。また,最近の職業訓練については,残業の増加や座学部分の減少,安価な手当による訓練生の生産活動への従事という見方も目立ってきている(JILPT 2015Busemeyer et al. 201212。同時に,大企業においてさえ,訓練コストの削減から,一部の訓練を2年に短縮化し,これまで通り3年から4年の訓練を受ける訓練生と,2年の訓練しか受けられない訓練生を企業内で区別するような動きも見られている。短縮された研修プログラムについては,一般的技能より個別企業のニーズをより反映した内容となっており,技能の移転可能性低下を組合が非難しているが,このような動きは急速に拡大している(Thelen 2014:92)。また,研修の実施方法がより企業特殊的に変化した背景として,コスト圧力や国際競争の激化によるドイツ製造業の生産手法の変化も挙げられている(Neubäumer et al. 2011)。

ドイツの職業訓練は,企業負担で多くの移転可能な一般的技能を養成するため,しばしば人的資本の理論(Becker 1993)では説明できないと言われてきた(Busemeyer et al. 2012Franz and Soskice 1995Mohrenweiser and Backes-Gellner 2010)。その一つの説明として,強力な集団交渉や労使協定に基づく低い賃金格差という制度の存在が挙げられてきた(Busemeyer et al. 2012Acemoglu and Pischke 1998, 1999)。すなわち,労働者側は,企業間または個人間の賃金格差が小さいため転職するインセンティブを持ち難く,雇用者側は同じ理由から引き抜きの手段が限定されるというものである。この説明に従えば,職業教育訓練制度の変化は,現在観察されている集団交渉の綻びや個別化の傾向と補完的であり,両制度の変化が相互に作用していると言えよう。

特に,企業側の負担が大きいDSPについては,その提供企業の大多数が500人以上の大企業であり,中小企業の参加は限定的である(Graf2013:108)。従来のデュアルシステムの研修についても,研修内容の進化や高度化によるコスト増により,特に製造業において小規模企業の参加が減少する副作用があると言われてきた(Thelen 2014:92)。2013年の統計を見ると,200人以上を雇用している企業で職業訓練を提供している企業の比率が85.2%のところ,19人以下の企業では16.3%に過ぎない(100人〜199人を雇用する企業で72.2%,20人〜99人までの企業で54.5%であり,企業規模と参加企業比率が比例している)(BIBB 2014b:39)。

さらに,ボローニャプロセスを起点とする学位の共通化や教育のグローバル化により,職業アカデミーのようにこれまで職業教育訓練制度の継続教育機関と位置づけられてきた教育機関が,一般の高等教育機関へ鞍替えするようなケースも増加しており13,職業教育訓練制度の組織フィールドから高等教育の組織フィールドに移動する教育機関が増加している。Grafは,このような現象をアカデミックドリフト(academicdrift)と呼んでいるが,今や,バチェラーが最初の高等教育から取得できる学位のグローバルスタンダードであることから,このような傾向はさらに強まる可能性もあろう。

今回の調査の対象ではないが,二極化(または多様化)しつつある職業教育訓練制度のもう片方を見ると,別の意味で相当の変化が起こっている。実科学校については,卒業生の多くが事務職やヘルス関連の職種に就くようになっており(Bosch 2010:150),今や生徒の53%が女性である(フュール 1996:142)。かつて,熟練労働者を輩出していた基幹学校の卒業生は,ある程度の技能を要する肉体労働や販売関連のポストに就くことが多くなっている(Bosch 2010:150)。また,基幹学校では移民の増加などによるドロップアウトの問題も深刻化し,卒業生の半数以上が訓練ポストに就くことできない(Thelen 2014:93)。生徒数の低下により閉鎖に追い込まれる学校も少なくない。そのため,基幹学校を廃止して実科学校と合併させるべきという意見も見られるようになった(Bosch 2010:142Thelen 2014:93)。前期中等教育をドロップアウトする若者に対して職業訓練ポストを提供する企業は限定されるため,その後の技能形成に大きな影響があることが懸念されている。

ドイツの職業教育訓練制度は依然としてドイツの労働市場において重要な地位を占める。しかしながら,産業構造や技術の変化は,企業が求める人材を変化させ,職業教育市場をより競争的なものにしている。成績優秀な若者には,これまで以上に魅力的な選択肢が用意される一方,学業成績がそれほど振るわない若者に安定した収入に繋がる訓練ポストを提供するという職業教育訓練制度の従来の役割を果たすことは困難になってきている(Thelen 2014:98)。高学歴化や,教育や労働市場のグローバル化は,グローバルに通用する学位への興味を高める。その結果,職業資格と学位の両方を取得することが当たり前となっている。そうした傾向に対応できる大企業は,あらゆる方法で優秀人材の確保に努めている。そのため,訓練制度における企業間格差や訓練生間格差が拡大している。グローバル化や産業の変化は,多くの国で経営者の権限を強め,勝者と敗者を作る。ドイツもまた例外ではない。

ちなみに,インタビューの最後に,BIBBは,もともとはベルリンにあった組織であるという話を聞いた。東西ドイツ統合の際に公的機関の多くがボンからベルリンに移転したため,いくつかの組織は逆にベルリンからボンに移転されたのだそうだ。他方,組織は移転したものの,ほとんどの従業員は転居することなく,他の政府系組織に転籍することで移転が完了したのだそうだ。つまり,変えたのは住居ではなく勤務先である。ドイツの職業教育訓練制度のステークホルダーが恐れていることは,まさにこのような就労の柔軟性を可能とする技能の移転可能性の低下であり,それによって,従業員ではなく企業の都合だけが優先されるような状況であろう。日本でも,首都機能の一部移転が議論されているが,移転する組織に勤務する従業員やその家族の今後の生活については一切議論されていないのが実情であり,組織の都合だけが優先されている現実を痛感する。と同時に,配偶者の移転後の就労機会などを考慮したときに,一億総活躍社会の実現がまだ先の話であると思わざるを得ないのである。

(筆者=同志社大学客員教授,フランス国立労働経済社会研究所客員研究員)

【謝辞】

BIBB,及び,ティッセンクルップ社へのインタビューについては,Duisburg Essen大学,職業資格研究所長,Gerhard Bosch教授に訪問の依頼を取り次いで頂いた。

【注】
1  2015年7月1日ティッセンクルップ社のSacha Liebert氏他2名,2015年7月2日に,BIBBのHenrik Schwarz氏,及び,Gabi Jordanski氏と面談した。

2  2004年に,経済技術省(MBWi),教育研究省(BMBF),労働社会省(BMAS)の3省は,職業訓練生のポスト増大のために,ドイツ経営者団体連合会(BDA),ドイツ経営者連盟(BDI),ドイツ商工会議所(DIHK)などの主要経営者団体と「職業教育訓練協定」を締結し,3年間で毎年3万人分の職業訓練の場を新たに創出することを決定した。その後,協定は,2007年,2010年に延長され,後者においては,2014年まで毎年6万人分のポストを創出することで合意された(JILPT 2012:99)。

3  訓練希望者数の集計方法については,途中で進路変更した若者を除くと総希望者数が低くなり,ポストの充足率が高く見えるといった問題点が指摘されていた(Thelen 2014:91)。職業教育法上の新定義に従うと,毎年9月30日に連邦職業庁に訓練ポストを求めて登録したすべての人数を記載するべきとされる(BIBB 2014b:11)。

4  ただし,北欧諸国の職業教育と普通教育の融合の度合いは国によって異なる(JILPT 2016)。

5  ボローニャプロセス(後述)以前は取得できる学位がディプロム(Diplom)と言われる修士相当の学位であったためDSPの期間もそれに合わせて4.5年〜5年程度であった(Graf 2013:117)。

6  ドイツの高等教育は実質無料であるため,卒業に要する年数には個人差が大きく,途中で専攻を変更したり,就労を開始する学生も少なくない。ディプロム取得に要する平均期間は6.7年程度であった(坂本 2006:77)。

7  マイスターには工業マイスターと手工業マイスターの2つがあり,製造現場の指導職は前者の資格を取得する。ただし,資格を取得したからと言って企業内でポストが保証されているわけではない。後者は伝統的に独立開業に必要とされる職業資格であるが,自由化の流れを受けた2003年の法改正により,手工業マイスターの数は94から41へ削減されている。テクニカーは専門性の高い技術職を指す。

8  1968年に技師学校や専門学校を格上げすることで高等教育機関の一部となった大学であり,技術,福祉,経済などの専門分野で実践的な教育を行う。

10  職業資格や一定の訓練期間を高等教育の単位に加算したり入学要件の一部とするような制度は整備されてきている。

11  職業アカデミーは企業が中心になって設立した教育機関であり,もともとは職業教育訓練制度の中で一般理論を教えることを目的としていた。現在では高等教育機関とする州と,職業教育機関とする州がある。前者の場合,学位を取得,後者の場合は公認資格を取得する(Graf 2013:107)。

12  企業による職業訓練制度参加の動機については,長期的な教育訓練投資という見方と,安価な労働力による代替生産という見方がある。Busemeyer et al.(2012)Mohrenweiser and Backes-Gellner(2010)は,研修期間終了後の研修生採用比率が高い企業を教育訓練投資型,低い企業を代替生産型と分類しているが,訓練修了後ほぼ全員を採用した企業が前者の調査で44%,後者で43.75%,誰も採用しなかった企業が前者の調査で33%,後者で18.5%であり,企業規模が小さいほど代替生産型が多い傾向があった。また,Busemeyer et al.(2012)らの調査では,訓練コストは全般的に上昇しているものの,大企業においては訓練生の生産活動への貢献も上昇しているため正味コストが低下,それが大企業の職業訓練制度参加率が底堅いことを説明するとしている。

13  例えば,バーデンヴェルテンベルグ州の複数の職業アカデミーは2009年に合併されcooperative university(duale hochschule)に転身している。

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