Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
YAMAMOTO, Hiroshi "Workers' Career Stagnation: A Step from Stagnation to Growth"
Nobutaka ISHIYAMA
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2016 Volume 17 Issue 2 Pages 56-59

Details

『働く人のキャリアの停滞 ―伸び悩みから飛躍へのステップ―』,山本 寛 編著; 創成社 2016年6月 A5判・272頁

1. 本書の狙い

本書はキャリアの停滞を意味するキャリア・プラトー現象について,多角的な視点から,働くことに関わっているすべての人に実践的な価値を提供することを目的としている。編者はキャリア・プラトー現象の研究者としては日本の第一人者であるが,キャリアの停滞の問題が専門的な観点からの紹介にとどまっていたとの認識から本書が企画された。読者を広くとらえていることから,キャリアの停滞の問題が広範な年齢層,職種,職業を対象に論じられている。本書の狙いである実践的な意義にとどまらず,理論的な意義からもキャリア研究に重要な貢献を果たす良書であると言える。

2. 本書の概要と構成

10章構成である本書の内容を紹介しつつ,考察すべき観点についても言及していきたい。第1章ではキャリア・プラトー現象の全体像が整理されている。キャリア・プラトー現象の研究に関しては,組織と人口構成の変化を背景に,昇進における停滞が注目されてきた。しかし,キャリア・プラトー現象は昇進と仕事の側面から区分することができ,前者は階層プラトー現象,後者は内容プラトー現象と呼ばれる。

階層プラトー現象はさらに区分される。階層プラトー現象の原因による区分が,組織プラトー化と個人プラトー化である。また階層プラトー化の程度をどのように測定するかという観点での区分が,客観的なプラトー化と主観的なプラトー化である。内容プラトー現象は,仕事において新たな挑戦や学ぶべきことが欠けている状態であるが,働く人々の心理的側面に関わり,転職意思については階層プラトー現象よりも影響が大きい。

第2章では,キャリアの中心方向への移動に関する停滞が論じられる。中心方向への移動とは,企業における垂直方向の移動,水平方向への移動と区分した概念であって,責任の増大など組織の核へと向かうキャリアの軌跡である。この中心方向への移動は日本的雇用の「遅い昇進」の中で利用され,昇進の補完的役割を担っていたと分析される。

第3章ではキャリア初期におけるキャリアの停滞,キャリア・ドリフトが論じられる。キャリア・ドリフトとは,将来のキャリアに向かって関心を持つべき時期であるにもかかわらず,関心が低くなってしまう状態である。キャリア・ドリフトは,キャリア・ミスト(キャリアの見通し)によって漂い型と流され型に区分され,見通しがはっきりしない場合は漂い型となり,見通しが明確な場合は流され型となる。キャリア・ドリフトが生じる原因であるが,個人要因としては仕事への慣れと飽き,組織要因としては前章でも指摘された「遅い昇進」があげられている。すなわち,キャリア・ドリフトを惹起する構造要因が日本企業のあり方に潜んでいることが示唆されている。

第4章では,キャリア・ミストとキャリア・ホープの関係性が分析されている。キャリア・ミストは自分にとって望ましい将来のキャリアの可能性が認知できない状態,キャリア・ホープは認知できている状態である。ミストとホープの関係は単純でなく,霧(ミスト)さえなければいいというものではない。むしろミストとホープに影響を与える要素は,個人が自らのキャリアを回顧した時に浮かび上がってくる自分を規定している「物語」である。過去の意味づけとして存在する自分の物語によって,ミストとホープのキャリアへの影響は変わってくる。

第5章では中年期のキャリアの停滞の問題が論じられている。ここでは,中年期のキャリア停滞を複数の視点から分析している。たとえば,管理職志向と専門職志向,組織志向と仕事志向の差異による分析,あるいは中年期にキャリアチェンジを経験した後の適応プロセス(組織再社会化)などの視点である。

第6章はキャリア・プラトー現象を組織フラット化との関係から考察している。従来,個人要因と位置づけられていたキャリアの課題を,キャリア・プラトー現象はピラミッド型の組織構造において必然的に生じる組織要因としてとらえなおした。ところが企業では組織のフラット化が進行し,ピラミッド型の組織構造は自明の前提ではなくなりつつある。組織の変化に伴いキャリア・プラトー現象の研究の焦点は,階層プラトー現象から中心性でのキャリア・プラトー現象に移行している。

なお,「中心性でのキャリア・プラトー現象」と呼ばれる概念は,第1章で内容プラトー現象と定義されているものに該当する。しかし仕事への挑戦と学習の欠如に限定されている内容プラトー現象を,より広い観点から中心性への停滞の問題と定義し,ここでは中心性と呼称している。結論としてフラット化へと変化する組織の方向性において,昇進に代わる新たなキャリア形成の方法を考えることは企業にとって避けてとおれず,そのため中心性の問題が浮上していると指摘されている。

第7章では看護職,とりわけ中堅看護職の仕事におけるキャリアの停滞が論じられ,それが意欲・満足感の低下および就業継続の迷いにつながることが示されている。ここでは,内容(中心性)プラトーの問題との関係が示唆されている。第8章では技術者の能力限界感の形成メカニズム(具体的にはソフトウェア技術者)が示されている。メカニズムは,体力・視力・記憶力の衰えに起因するルートと,下請構造ゆえの成長機会の逸失による無力感の形成に起因するルートに大別される。

第9章ではスポーツ選手のキャリアの停滞が論じられる。スポーツ選手が競技引退というきたるべきキャリア・トランジションに対処するためには,キャリア・トランジションのみならずメンタルヘルスのマネジメントなどを含め統合的にキャリアサポートの問題が考えられなければならない,という主張がなされる。

終章は,第1章から第9章で明らかになったことのまとめがなされている。キャリアの停滞の時期,原因,本人の対処,組織がとるべき対策について多様性が存在することが示されている。

3. 本書の意義

本書の第1の意義は,日本におけるキャリア停滞の全体像を示し,キャリア理論におけるその重要性をあらためて明らかにしたことにあろう。従来のキャリア理論は,個人はキャリア発達していくもの(しかも概ね直線的に)という前提で議論がなされていたと考えられる。そのような状況に対し,編者が昇進の停滞としてのキャリア・プラトー現象を示し,日本でもその重要性が認識された。ただし,本書で述べられているように昇進の停滞だけがキャリアの停滞ではない。本書では,キャリアの初期から中期以降までの広範な年齢層,様々な職種,昇進だけではない仕事の停滞の問題がキャリアの停滞の射程であることが明らかにされた。キャリア停滞の全体像が示されたことは,働く人々の実務的な参考に資するとともに,学術研究の進展も促すことになるだろう。

第2の意義は,環境変化を反映したキャリアの停滞のあり方が示されたことである。階層プラトー現象は,ピラミッド型の組織構造で発生することが前提とされている。他方,メディアで喧伝されているほど日本的雇用の本質が変化しているとは評者は考えていない。そういう意味では,ピラミッド型の組織構造が消失したわけではない。よって,今後も階層プラトーの問題は重要となろう。同時に,組織のフラット化が進行しているために,組織構造の多様性はキャリア・プラトー現象が指摘された1970年代に比較して増加していると考えられる。また,不確実性を増す社会環境を反映して,キャリア構築主義などキャリアの直線的発達を前提としない方向性での研究が進んでいる。本書で指摘された回顧的な自らの物語の意味づけは,まさにキャリア構築主義の流れをくんでいる。すなわちキャリアの停滞は,安定したピラミッド型の組織に限定された理論ではないことが示されている。

とりわけ注目すべきは,内容(中心性)プラトーである。本書の主張のとおり,環境変化に対応するために,昇進に代わる新しいキャリア形成の方策を考えることは日本企業の責務であろう。しかし,現時点で日本企業が十分に対応できているとは考えにくい。専門職制度が機能していない,役職定年や定年再雇用において従業員の動機づけが低下するなどの課題が山積している。これらの課題に対応するためには,内容(中心性)プラトーへの対応がヒントになろう。フラット化していく組織においては,階層にかかわらず中心性にもとづき組織で影響力を発揮する従業員への周囲からの評価は高まると想定される。企業が階層プラトーへの対策のみならず,内容(中心性)プラトーへの対策を重視するように方向性を切りかえることが,昇進に代わる新しいキャリア形成の方策を考えることにつながる。このように,キャリア・プラトー現象の新しい可能性の地平を本書は切りひらいたのではないだろうか。

4. 疑問点と課題

最後に若干の疑問点と課題を指摘しておきたい。ただ,先取りして付言すれば,これは本書が意欲的であるがゆえの課題であり,上述した意義との関連により生じている。第1の疑問点と課題は,広義のキャリアの停滞とキャリア・プラトー現象の整理である。キャリア・プラトー現象には階層プラトーと内容(中心性)プラトーがあり,その原因も組織的要因と個人的要因が明確に示されている。他方,広義のキャリアの停滞については,生涯発達的な課題から組織再社会化,キャリア・トランジションまで幅広い課題が示されている。たとえば,キャリア・トランジションの際には中立圏というプロセスがあり,ここで人はいったん歩みをとめ,内省を行うことで自らの物語の書き換え作業を行い,次の歩みを始めることが知られている。この中立圏の心理的状況は,いったん歩みをとめるという観点では停滞ととらえることができるが,具体的な組織要因に起因するキャリア・プラトー現象とは概念的に区分されるべきものと考えられる。多様なキャリアの停滞を包括的に論じていることは本書の長所である。ただしキャリアの停滞には多様性があるがゆえに,その区分をより明確化して整理すると読者の理解につながると思われる。

第2の疑問点と課題は,キャリアの停滞と日本的雇用の関係である。本書ではキャリアの停滞の原因として,「遅い昇進」など日本的雇用の構造的問題がたびたび指摘されている。日本的雇用の変化の程度には様々な見解があろうが,変化が生じていることに疑いはなく,そうであればキャリアの停滞の特徴も変化していくことが考えられる。日本的雇用の変化に伴う今後のキャリアの停滞の方向性に関する踏み込んだ考察が望まれたところである。他方,日本的雇用の変化の遅さに起因するひずみも存在する。たとえば,階層プラトーへの組織の対策として,専門職制度や役職定年制度が例示されている。しかし専門職制度や役職定年制度を十分に運用できないところが日本企業の課題であり,日本的雇用が変化していないゆえのひずみとも考えられる。こうしたひずみとキャリアの停滞を関連づける考察があれば,一般の読者にとっても切実な問題であり,参考になったのではないだろうか。

もっともこれらの疑問点と課題は,本書が意欲的に多様なキャリアの停滞を論じようとしているからこそ生ずるものであり,本書の意義を損なうものではない。働くことに関わる多くの読者に貴重な価値を提供できる一冊である。

(評者=法政大学大学院政策創造研究科教授)

 
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