Japan Journal of Human Resource Management
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Articles
Human Resources Management Systems for Spousal Job Transfers and their Issues: Viewed from the Standpoint of Relocation, Administrative Leave, and Reemployment
Yumiko KAWABATA
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2018 Volume 19 Issue 1 Pages 26-42

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ABSTRACT

This study examines the human resources management systems for spousal transfers, including workplace transfer programs, administrative leave for trailing spouses programs, and reemployment programs. It was revealed that, even when companies had human resources management systems in place to deal with spousal transfers, they were not necessarily thorough in their responses.

Workplace transfer programs are offered by companies across the country, implementing course based personnel management systems. Such programs have often been used, but transfers for trailing spouses pose difficulties for the following four reasons. First problem is location. A job location must be found within a territory where the trailing spouse’s company operates, where there must be a job opening, and the more rural area is, the fewer jobs it has. Second problem is job content; as the work may vary according to the workplace locations, one may have to make a choice to opting for the location or for a job in which one has experiences. Third, such programs are part of regular personnel rotations, hence, there is a time lag before starting the new job. The program applicants have to deal with issues involved in the job transfer while waiting for the company’s decision on whether the relocation is accepted. Fourth, such programs do not envision reuse within a short period of time. Though reuse is formally possible, it is not culturally accepted.

Administrative leave for trailing spouses programs is mainly set to prevent women in career track positions from resigning. In many companies, such programs are limited to those whose spouses have been transferred overseas. This non-statutory leave involves the following three issues. First, such programs contain several restrictions: approval authority lies with the company and the total of each leave period must be within the fixed limit. These restrictions make it impossible for such programs to meet individual needs. Second, administrative leave causes a gap in one’s career. Because such programs are not statutory, the companies do not offer assistance in reentering the work force, and it is not even considered. Third, cases of domestic transfers are basically ineligible. In addition, there are no plans to expand such eligibility.

Reemployment programs are implemented as a form of mid-career hiring, so they are easy to introduce, and many companies have done so. Reemployment after being out of the work force is not the continuation of employment but a way to restart employment, which involves the following three issues. First, taking advantage of these programs is difficult unless the employee’s spouse’s transfer has been stopped, because there is a limit to the number of years that one may be out of the work force. Second, similar to administrative leave for trailing spouses programs, there would be a gap in one’s employment history, so getting back into one’s career is difficult. Third, reemployment possibilities are determined by companies’ needs since such programs can be customized for responding the business climate.

Job transfers affect not only the transferred ones but also their spouses’ companies. Companies that transfer employees are on both the giving and receiving ends of this impact. However, the fact is that companies have little awareness of it. Even if they introduce human resources management systems for spousal transfers, they are unable to carry them out well. When a company transfers an employee, it is crucial to consider how to support the employee, which includes provision of an adequate explanation beforehand, coordination between the company and the employee, and achievement of a mutual agreement.

1. はじめに

本稿の目的は,企業で導入されている配偶者の転勤に対応した諸制度を検討し,その課題を明らかにすることである。企業において実施される転勤は,生活本拠地の変更を伴うため,転勤者本人のみならずその家族にも影響を及ぼす事由である。女性の高学歴化や共稼ぎ世帯1の増加,育児や家庭と仕事との両立,高齢化による親の介護の問題等を背景として,転勤を受容できない従業員が増えていることから,転勤のあり方が問題となっている。既婚女性の場合,配偶者の転勤はキャリア形成を阻害する要因になるため,近年では,配偶者の転勤に対応するための制度を導入する企業がある。それでは,企業はどのような制度を準備し,対応しているのか。また,それらの制度は,既婚女性のキャリア形成の阻害を防止できているのであろうか。本稿は,今後の働き方の進展に資するため,既婚女性の就業という観点に立ち,企業への聞き取り調査から,配偶者の転勤に対する企業の対応と課題を明らかにし,共稼ぎにおける転勤のあり方を考察する。

2. 「既婚女性の就業」という観点からの転勤問題

転勤により派生する問題(以降,転勤問題)には,子の教育,親の介護,保有する住宅,妻の就業等,様々ある。転勤問題はこれまで単身赴任に関する研究が中心であり,既婚女性の就業との関わりではほとんど論じられていない。そこで本稿では,転勤問題の1つとして,既婚女性の就業を取り上げる。

転勤は,企業における人事異動のうち転居を伴うものである2。企業は,経営上の必要性と従業員のキャリア形成を主な目的として,転勤を実施している(佐藤2017; 武石2016)。かつて転勤は,ホワイトカラーを対象とし,昇進を伴うものとされてきたが,1960年頃からブルーカラーでも転勤が実施されるようになる。高度経済成長期には「子の教育」や「持ち家」を理由として,単身赴任が増加し,大きな社会問題となる。しかし,単身赴任の漸増傾向の背景には,ポスト不足による横滑り転勤があったため,単身赴任問題は特異なものではなくなり,一般化する。この当時の実態調査(労働大臣官房政策調査部編1991)によると,転勤を命ずるにあたり妻の就業状態に配慮する企業は少なく,妻の就業にはパートタイマーが多いことから異動の阻害要因にはならないとみなしており,妻の就業に対する企業の認識の低さが述べられている。

単身赴任に関する研究を展開してきた田中(2013)は,妻の就業に対する企業の認識の低さについて,次のように説明する。企業は家族帯同転勤を原則としてきた経緯があり,妻の就業は好ましくないと考えていたことから,転勤時の考慮事情とする企業は少ない。妻は専業主婦かせいぜいパート労働者であるべき,という企業の見解の背後には,労働の再生産に繋げるように夫を支援し,家庭問題の処理こそが妻の役割であるという前提が存在する。つまり,妻の就業に対する企業の認識の低さは,性別役割分業意識に起因しており,片稼ぎ(男性稼ぎ主)を前提として転勤は成立している。

転勤に際し,妻の就業が問題として取り上げられてこなかった背景には,配転法理も関係する。1986年の東亜ペイント事件(最二小判昭61・7・14労判477号6頁)3において,「家庭生活上の不利益は,転勤に伴い通常甘受すべき程度のもの」という最高裁判決により,転勤問題は家庭で受け入れるべきこととされた。妻の就業という観点から判例の理論展開を追究した宮地(1995)は,女性の労働権が軽く扱われていることを厳しく指摘する。しかし,判例では,転勤により共稼ぎ夫婦のどちらか一方が退職するか,別居(単身赴任)するかは「通常のこと」とみなしており,本人たちの選択の結果だとして,配転命令は権利の濫用にあたらないという判例が多い(青木他編19914。労働法学の観点から単身赴任問題を考察した新谷(1995)は,判例は単身赴任問題の解決に全く無力であり,判例が日本型雇用慣行を追認していると説明する。そのため,東亜ペイント事件の判決により,転勤問題は,企業側ではなく従業員側の引き受け負担となる。

しかし,転勤のあり方を見直す動きも生じている。育児・介護休業法の2001年改正において,転勤により育児や介護を行うことが困難となる労働者に対する転勤の配慮規定(法第26条)が設けられる。また,「まち・ひと・しごと創成総合戦略」(首相官邸2015)において,働き方改革の1つとして転勤の見直しが取り上げられ,転勤に関する実態調査を経て,転勤のあり方が提言されている(厚生労働省2017b)。この実態調査の報告書(厚生労働省2017a)によると,配偶者の転勤による退職者に対応しようとする企業があることから,個別企業の課題に留まらなくなっていることが示されている。また,配偶者の転勤で就業断絶を経験したことのある女性は,高学歴だが無職になる傾向があり,高等教育を受けても労働市場においてその能力を活かせていないことが,近年明らかになっている(太田2017川端2016)。つまり,配偶者の転勤は女性活躍推進における課題の1つになりつつある。

働き方改革として転勤のあり方が提言されている現在,企業の転勤に関する動向に着目することは,今後の働き方の進展を考えるうえで意義がある。特に,女性の就業率の向上,共稼ぎ世帯の増加を考えると,既婚女性の就業の観点は欠かせない。企業は従業員の配偶者に転勤が発生した場合にどのように対応しているのか,またどのような課題があるのか,現状においてその詳細は明らかとは言いがたい。そこで本稿では,既婚女性の就業という観点から転勤問題を捉えることとし,企業は従業員の配偶者に転勤が発生した場合,どのような制度を準備し,対応しているのか,企業への聞き取り調査から諸制度を検証し,共稼ぎにおける転勤のあり方を考察する。

3. 方法

事前調査として,女性活躍推進に定評のある企業のホームページ等公開情報から,制度動向と特徴を整理したところ,配偶者の転勤対応に関わる制度は,「勤務地変更制度」「休職制度」「再雇用制度」に分類される5。事前調査の対象企業は,2012~2015年度の「なでしこ銘柄」および「ダイバーシティ経営企業100選」の選定企業217社6である。そのうえで,いずれかの制度を導入している企業の人事担当者に調査を依頼し,各制度の内容を把握するため,表1の13社に聞き取り調査を実施した。調査期間は2016年1月から2017年3月まで,1社あたり1時間前後の半構造化面接である。

表1 聞き取り調査企業一覧

4. 配偶者の転勤に対する企業の対応

(1) 配偶者の転勤に対応した諸制度の概要

配偶者の転勤に対して企業が設けている制度としては,先述の通り,「勤務地変更制度」「休職制度」「再雇用制度」の3つが挙げられる。本節において,各制度の概要を説明した後,続く節にて各制度を論じていく。

まず,「勤務地変更制度」に関しては,対象は主として勤務地限定職である。勤務地限定職は,転居を伴う転勤のない総合職の場合もあれば,勤務地域と職務の双方を限定する一般職や特定職,雇用区分が契約社員の場合もあり,企業によって扱いは異なるが,勤務地域を限定しているという点で共通する7。家庭事情で勤務地域の変更を希望する場合,勤務地変更制度を利用することにより,隔地への異動を可能にする。勤務地変更制度は,全国に拠点を有する企業において導入傾向がみられる。その理由としては,各地に異動可能な拠点があることに加え,総合職の異動を定期的に行っていることが挙げられる。勤務地変更制度による異動を定期人事異動に組み込むことで,制度の導入と運用を比較的容易にしている。

一方,転居を伴う総合職の場合,総合職本人に国内外を問わず転勤の事由が発生するため,勤務地変更制度を導入している企業であったとしても,制度の対象にはならない。年1~2回の考課面談等において希望を伝えることはできるだろうが,考慮されるか否かは企業判断である。異動運用にて対応する企業もあるが,配偶者の転勤地域に異動可能な拠点があるとは限らず,特に海外転勤となると異動対応は困難である。そのため,女性総合職の離職防止という背景から,主として海外転勤への帯同に限定して「休職制度」が導入されている。

勤務地変更制度や休職制度を導入しても,退職者は存在する。やむを得ず退職に至る場合の最終対応として,「再雇用制度」を導入する企業がある。制度が想定するやむを得ない事情とは,主として結婚,出産育児,配偶者の転勤,介護等の家庭事情であり,これらの事由により退職しているのは概ね女性である。ただし,あくまでも退職後の再就業につき,就業継続の対応ではない。再雇用制度は中途採用の1つとして組み込むため,勤務地変更制度や休職制度に比べると,一番導入しやすい。通常の中途採用と異なるのは,対象者をやむを得ない事情での退職者に限定していることにあり,全く知らない人を採用するよりは,企業風土に理解があり,働きぶりのわかる人材を雇用することでリスクを軽減できることである。

(2) 勤務地変更制度

  • ① 勤務地変更制度の概要

勤務地変更制度は,「結婚」「出産育児」「配偶者の転勤」「介護」等の家庭事情により,勤務地域を変更して異動する制度のことである。企業により,「本拠地変更制度」「隔地異動制度」「Iターン制度」等,呼称は様々であるが,本稿では「勤務地変更制度」として記載する。

勤務地変更制度は,全国に拠点を有し,コース別雇用管理制度を採用している企業において多く導入されている8。事前調査の企業217社のうち,勤務地変更制度を導入しているのは21社であるが,そのうち「金融業,保険業」が7割強(21社のうち15社)を占めるのはこのためである(表2)。コース別雇用管理制度では,総合職は基幹的業務を担い,国内外を問わず転勤があるのに対し,一般職は補助的業務につき,転勤はない。今日では一般職を廃止し,総合職と同様に基幹的業務を担いながら,異動は限られた地域のみで転勤のない勤務地限定職に切り替える企業が増えている。そのため,勤務地変更制度は総合職と同様の業務を担う勤務地限定職において,家庭事情等の転居事由が発生した場合に,登録地域を変更して異動できるようにする制度と言える。現在は,補助的業務を担う一般職や特定職にも対象を広げる企業が現れている。

表2 勤務地変更制度の概要

勤務地変更制度の対象事由は,基本的に「配偶者の転勤」である。制度導入企業21社のうち20社が「配偶者の転勤」を対象事由としており,その他の事由(「結婚」「出産育児」「介護」等)を対象に含むかは企業による。つまり,勤務地変更制度は実質的に「配偶者の転勤」への対応策として機能している。異動可能地域は,企業が有している拠点の範囲であり,海外転勤には対応していない。制度の利用に際しては,上司経由で申請し,人員の空き状況により異動可否が決まる。勤務地域の変更ができる制度ではあるが,異動の確約はない。対象となる勤続年数は特に定められておらず,利用回数の制限も設けられていない。2006年頃から制度が導入され始め,まだ10年程度につき,多くても1人2回程度の利用である。勤務地変更制度の利用者は比較的多く,導入からの累計で100人を超える企業もあれば,毎年100人を超える企業もある。

  • ② 配偶者の転勤への対応策としての勤務地変更制度

配偶者に転勤が発生し,帯同するために勤務地変更制度の利用を希望する場合,当人はまずその時点で上司に相談し,上司の承認を得る。申請書には勤務地域の変更を記し,配偶者の勤務先や転勤周期等のインフォーマルな情報は求められない。制度の申請は,上司が人事に行う。A社によると,申請書には「本人の『続けていきたいです』という思いと,上司が推薦する思いとして『本人のやる気もあり,いま頑張っているから是非,ご承認をお願いします』というようなコメント」が記載される。制度申請にあたり,上司の推薦を必要とするのは,異動措置を講じるに値する人物かの確認にほかならない。J社は適用条件を「勤務状況が良好で,職務区分に求められる役割を十分果たしており,転居転勤先でも従来のキャリアを活かすことが可能で異動後のポストの業務を高いレベルで遂行する適性があること」と示している。

人事は申請を受けると,受け入れ可能地域かを検討し,異動の可能性を探る。申請は随時可能だが,異動そのものは年1~2回の定期人事異動に組み込む企業が多い。このため,申請から着任までは待機期間が発生する。多くは半年以内での異動を目安としているが,異動が可能かは希望の地域における人員の空き状況に大きく依存し,異動がかなえられない事態も発生する。M社は「なるべく間を開けないように会社も努力しているが,必ず(異動が)かなうものではなく,すぐにかなえられるものでもない」とし,「すぐに帯同を希望する人には不向きな制度」と断言する。A社は「いつまでもステイではない」とし,異動できなければ申請は消滅する。中には,申請したものの異動を待ちきれず,申請を取り消す人もいる。

  • ③ 勤務地変更制度の課題

配偶者の転勤への対応策という観点から勤務地変更制度をみていくと,次の四点において,制度利用の難しさが挙げられる。

第一に,地域の問題である。企業の有する拠点内での勤務地変更につき,範囲外の場合は制度を利用すること自体がかなわない。都市圏と比較すると,地方は拠点が限られるため,異動の可能性は低くなる。加えて,人員の空きがなければ異動はできない。A社の事例では,「広島に配偶者が転勤になったが,広島では到底空きが出そうにないため,東京に残って働きながら空きを待つか,帯同するかとなり,(待つのを断念して)退職した人がいる」と,実際に異動が難しいこともある。M社によると,2008年の制度導入時からの累計で,申請者数400人強のうち30人強の異動がかなわず,制度利用に至っていない。

第二に,業務内容の問題である。勤務地変更制度は勤務地域の変更を申請するものであり,業務の希望を申請するものではない。職場の定員は決まっており,地方ほど限られた拠点での人員配置になるため,希望業務に就けるとは限らない。地域を選ぶか,帯同を諦めて業務内容を選ぶかは,当人の判断となる。例えば,保険会社で保険金業務を担当する従業員が勤務地変更制度を申請しても,希望地域に営業拠点しかない場合には営業に従事することになる。J社によると,「地域社員だと,保険金業務と営業の行き来がそれほどないため,退職するケースもある」と,営業を希望しないのであれば,異動しないか退職するかの選択になる。

第三に,着任までには時間を要する。勤務地変更制度は,定期人事異動に組み込むことに特徴がある。職場の定員は決まっており,人員配置の確定している年度途中では,異動の可能性は低くなる。というのも,1人動かすのも「玉突きで調整が必要」(D社)であり,他の従業員の異動が派生するからである。そのため定期人事異動に組み込むのだが,年に1~2回の実施につき,着任までにはタイムラグが生じる。この間,異動可否を待ちながら諸問題(住居の問題,複数回の引越し,保育園や子どもの学校等)への対応をすることになる。中には,長期になることを覚悟して,まず単身赴任の選択をする人もいる。J社では,「配偶者の転勤が決まるのが2~3月で,その時期に会社に言っても異動は決まった後だろうから,自分は1年残るので,来年4月には大阪に異動させてほしい」という事例がある。

第四に,短期間での再利用は想定されていない。制度利用回数の上限を定めている企業はほぼなく,制度上は短期間で繰り返しの利用も可能だが,風土として受け入れられていない。上司を通して制度申請がされるため,短期間での再利用は,異動元と受け入れ先との組織の関係性に影響を及ぼす。A社では,「新しい職場に慣れるまで時間もかかるし,あまり短期間だと本人も大変だし,配置受け入れをした部署も『え?』みたいな感じですね。あまり顕在化していないのですけれども」と,短期間での異動が容認されにくいことを人事も認識している。M社では,「内規にはないが,異動先で丸2年は働いてくださいというお願いはしている」と,2年未満の制度再利用を防止している。配偶者の転勤回数が1~2回程度と限定されており,転勤の間隔がある程度長くなければ,勤務地変更制度を複数回利用するのは難しい。再利用の申請ができたとしても,毎回「地域」「業務」「時間差」の問題と対峙することになる。

(3) 休職制度

  • ① 配偶者転勤休職制度の概要

休職制度には,法令で定められているものと,企業独自のものがある。配偶者の転勤への帯同に関しては,国家公務員を対象とした配偶者同行休業法(2014年2月21日施行)による「配偶者同行休業制度」があり,地方公務員や裁判官も同様の制度が設けられている。配偶者同行休業制度の対象は公務員につき,企業での制度導入は法定外となる9。事前調査では,企業217社のうち配偶者の転勤に帯同するための休職制度を導入しているのは17社である(表3)。企業により「休業制度」「休職制度」「休暇制度」と呼称の違いはあるが,本稿では企業独自(法定外)の制度を「配偶者転勤休職制度」として記載する。

表3 配偶者転勤休職制度の概要

配偶者転勤休職制度は,主として女性総合職の離職防止を目的として,導入されている。しかし,実際の利用者には一般職等も含まれる。また,性別は限定されていないが,利用者はほぼ女性である。

配偶者転勤休職制度は対象事由を「配偶者の転勤」に限定している。勤務地変更制度のように,結婚や出産育児,介護等の複数の家庭事情のうちの1つ,という位置付けではない。出産育児と介護事由に関しては,育児休業と介護休業が法定休暇として存在するからである。対象事由を配偶者の転勤に限定しない場合,自己啓発(大学における修学やボランティア等)に関する休職制度の中に配偶者の転勤事由が組み込まれるが,事例は少なく,制度導入企業17社のうち2社のみである。また,国内転勤を対象とする勤務地変更制度とは対照的に,配偶者転勤休職制度では海外転勤を対象とする企業が8割近く(13社)を占める。制度利用の要件としては,対象となる勤続年数が概ね決められており,休職期間の上限(2~5年)が設けられている。申請時の期間よりも配偶者の赴任期間が延長する場合,休職期間の上限を超えない範囲で,概ね1回に限り期間の延長は可能である。休職中は無給であり,社会保険料は企業と制度利用者の双方で負担する。制度利用者は年に数人程度であり,多くても10人程度である。

  • ② 配偶者の転勤への対応策としての休職制度

配偶者に転勤が発生し,配偶者転勤休職制度の利用を希望する場合,当人はまず上司に相談する。申請書には帯同地域や休職期間を記し,休職希望時期の1~3か月前に提出する。しかし,制度利用の可否は企業の判断に委ねられる。まず,相談を受けた上司は,確実に復職する意思があるかを当人に確認する。上司の承認がないと制度申請はできない。I社の申請書は,「休職終了後,引き続き勤務を行う意思があることを確認しました」という上司の確認欄を「敢えて」設けている。さらに,企業は社会保険料の負担をしても確保したい人材であるかを見極める。H社では,「部門審査のうえ,人事トップ(役員)の最終決裁」にすることで,制度利用にあたっては承認のプロセスがあり,承認権限は企業にあることを顕示する。

休職中および復職時の支援は,基本的にない。休職は,従業員としての地位を保持できる反面,企業から離れてしまうために「ブランク」の期間が生じる。育児休業の場合,企業は休職者に会社の情報を定期的に提供し,復職前後にはセミナーや面談を実施するなど,復職しやすい環境整備を図り,ブランクへの方策を立てている。I社は,「育休者には機材(セキュリティーパソコン)を貸与しているが,配偶者転勤休職制度では貸与していない」とし,その理由を「あくまでも個人事由であるから」と説明する。配偶者転勤休職制度は,法的に導入義務のない中で制度を導入し,労働を免除し,企業も社会保険料を負担する。従業員が退職せずに済むように対応していることから,これ以上の支援は検討されていない。むしろ,制度導入そのものが寛大な措置として捉えられている。

  • ③ 配偶者転勤休職制度の課題

配偶者転勤休職制度の最たる特徴は,法定外として企業が独自に休職制度を導入していることである。仕事と家庭の両立という目的では,育児休業と介護休業も同じだが,これらは法定休暇である。法定外という観点から配偶者転勤休職制度をみていくと,次の三点において課題が挙げられる。

第一に,制度利用にはいくつかの制限がある。まず,承認権限は企業にある。G社は,「育休と異なり,休職できるかどうかは会社判断」と断言し,法定である育児休業と法定外である配偶者転勤休職制度との違いを明確に意識している。そのため,制度利用に際しては,本人の確実な復職の意思と直近の勤務状況により審査される。また,休職期間の上限が定められているため,いつからいつまで取得するのか,職場と調整を図りながら,あらかじめ計画を立てる必要がある。しかし,転勤は企業主導で行われるため,赴任期間の予測は困難である。配偶者の帰任により当人の休職期間も終了となるが,例えば子の学校の問題から残らざるを得ないことも想定される。また,配偶者の赴任期間が長期化して休職期間を超える場合は帯同期間を網羅できない。予測困難な赴任期間と自身の休職期間との兼ね合いにおいて,現時点で決断を求められる。さらに,育児休業とは異なり,配偶者転勤休職制度は転勤の都度取得できるものではなく,定められた休職期間の中で通算される。配偶者転勤休職制度を利用することで,いったん退職を回避できたとしても,配偶者の転勤が長期に及ぶ,あるいは複数回ある場合,帯同しないか退職かの問題がその都度持ち上がる。

第二に,「ブランク」の問題である。企業の立場からすると,若手社員で休職期間が長くなると,職業能力が衰え,今後の育成に支障を来す。制度利用者に就業の意向があったとしても,ビザの問題や就業規則において兼業禁止の場合,働くことはできない10。復職支援もないことから,ビジネス変化への順応が難しく,復職しても自信喪失や環境不適応により退職する事例もある。制度利用の要件として勤続年数を設けることにより,ある程度の経験を有する従業員を対象とするが,実際の制度利用者は女性につき,ライフイベントが重なることもある。特に,育児休業との連続取得による長期ブランクをどの企業も問題視しており,中には,配偶者転勤休職制度を廃止して再雇用制度に切り替える企業もある。企業はブランクの問題を認識しているにもかかわらず,法定外の制度であることから復職支援の検討まで至らず,ともすると配偶者転勤休職制度の存続是非に議論が移行する。

第三に,国内転勤は基本的に対象外である。女性総合職の離職防止として制度を導入しているが,当人も国内外の転勤の可能性があるため,対象事由を海外転勤のみに制限している。また,法定外で制度を導入していても,企業は必ずしも制度に関して肯定的に受け止めているとは言えず,むしろ,「相手企業(配偶者の勤める企業)から自社に一方的に影響を受ける立場でしかない」と割り切れなさを漂わせる。このような現状において,国内転勤を対象事由に含めるような,今後の展開は考えにくい。

(4) 再雇用制度

  • ① 再雇用制度の概要

再雇用制度には,定年退職者を嘱託等として期間を定めて雇用契約を締結するものと,家庭事情等による退職者を再び自社で雇用する制度とがある。本稿では後者を再雇用制度として論じる。

再雇用制度研究会(1998)によると,再雇用制度の目的は「育児等のために就業中断を余儀なくされた退職従業者の自社等への再就業を支援すること」(再雇用制度研究会1998, p.1)とされている。その背景要因として,育児等の家庭責任を果たすために就業中断を余儀なくされる女性が相当数おり,再就業する際に正社員としての就業機会が少なく,女性のキャリア形成において就業中断が不利益となる状況があった。そのため,1986年施行の男女雇用機会均等法において再雇用特別措置の規定が設けられ,「妊娠,出産又は育児を理由として退職した女子」を対象として,再雇用制度が事業主の努力義務とされた。その後,再雇用特別措置は育児・介護休業法に引き継がれ,対象事由に「介護」が加わり,男性も対象に含めるものとされた11

事前調査では,企業217社のうち再雇用制度を導入しているのは61社である(表4)。対象事由は「やむを得ない家庭の事情」であり,概ね,「結婚」「出産育児」「配偶者の転勤」「介護」である。退職時にあらかじめ登録をする企業が多いが,再雇用は保証されておらず,応募の機会に留まる。退職事由が解消され,再雇用を希望する際に,当人が人事に再雇用の申請を行う12。再雇用の申請に際しては,在籍年数や退職後経過年数に一定の制限が設けられている。在籍年数は概ね「3年以上」であり,退職後経過年数の上限は「5年以内」「10年以内」が多い。選考は面接が基本だが,中途採用と同様に,筆記試験を課す企業もある。

再雇用時の処遇は,退職時と雇用区分が同じ場合(正社員)と異なる場合(契約社員やパート社員等)がある。また,雇用区分が同じであっても,職掌も同じとは限らない。例えば一般職で退職しても再雇用時は総合職になる場合があり,その時点における企業の職掌の中で決定される。制度利用実績を公表している企業は少ないが,公表されていたとしても実績は少なく,年に数人程度である。

表4 再雇用制度の概要

  • ② 配偶者の転勤への対応策としての再雇用制度

配偶者の転勤により退職する場合,退職に係る人事手続の一環として,人事から再雇用制度の説明がされ,事前登録制の企業の場合,希望者は登録をする。配偶者の転勤期間の見通しが立たなくとも登録は可能である。再雇用の申請は当人からの申し出であり,人事は申請を受け,自社と当人の状況とを確認し,吟味する。

例えば,再就業支援として再雇用制度を実施しているK社の場合,人事制度の改定により,現在の職掌は総合職のみである。つまり,一般職で退職しても,再雇用時は総合職であり,総合職としての就業という観点から判断される。制度申請にあたり,対象となる退職事由は「結婚,出産,育児,介護,看護,配偶者の転勤」であり,要件は在籍年数1年以上,退職後6年以内である。6年の根拠は,育児事由での退職を想定し,小学校に通うまでの期間である。実際には,配偶者の転勤に育児が重なるケースが一番多い。退職時に再雇用の希望は聞くものの,登録制ではない。制度申請は専用のホームページから行う。「何となくの応募やとりあえずの問合せでメールが来ることはある」が,退職事由がどのように解消されているのか,今後は総合職として就業が可能か,面接前の段階で細かい確認がされたうえで,面接が実施される。制度導入から8年経過し,「とりあえず」の問合せを入れると申請は累計で40~50人だが,面接前の精査により,面接に至るのは10人程度である。そのかわり,面接まで進むと,当人の状況に相違がない限り,ほぼ再雇用となる。

他方,再雇用実績が比較的多いJ社の場合,再雇用制度は労働力の確保として活用されている。J社の現在の職掌は「全域社員(全国型の総合職)」「地域社員(地域型の総合職)」「専門社員(全国型)」「アソシエイト社員(異動なし)」「スタッフ社員(異動なし,1年更新)」である。対象となる退職事由は「結婚や出産,介護等のライフイベント」であり,配偶者の転勤も対象事由に含まれる。対象要件(在籍年数や年齢,対象の職掌等)を2015年に全て廃止し,再雇用時の職掌は当人が選択できる。再雇用の申請は基本的に当人からの申し出だが,人手不足であった2007~2008年は企業から退職者にアプローチしている。2016年度の再雇用者は地域社員3人,スタッフ社員17人(2017年1月時点での在籍数)であり,スタッフ社員での復職が多い。その理由として,「会社が求めるものがこの5年くらいで大きく変化しており,いきなり戻るのは冒険になる。スタッフ社員は週4日,10~16時という働き方ができるので,バランスを考えているのではないか」とJ社は説明する。有期雇用での復職が多いことから,ブランクの問題は存在せず,J社において再雇用制度は労働力補塡の方策として機能している。

  • ③ 再雇用制度の課題

再雇用制度は,退職した後の再雇用につき,就業継続にはならない。就業を再開するための手段である。そのうえで,配偶者の転勤への対応策という観点から再雇用制度をみていくと,次の三点において課題が挙げられる。

第一に,配偶者の転勤がなくならない限り,再雇用制度の利用は難しい。再雇用制度では,概ね退職後の経過年数が設定されている。転勤が続く場合,あるいは転勤期間が長期化した場合,退職後の経過年数によっては,再雇用制度の利用ができなくなる。しかし,転勤は企業主導で行われるため,転勤回数や期間の予測は不可能であり,制度利用の見通しを困難にする。また,異動や休職であれば雇用契約は存続するが,退職すると,企業との繋がりはなくなる。配偶者の転勤見通しが余程確実ではない限り,希薄な関係性になった企業に対して,再雇用の希望を申し出るのは難しいだろう。B社では退職時の登録者は多いものの,その後は音沙汰ないことが述べられており,D社では退職すると会社にアクセスしにくくなることを考慮し,会社から退職者に年1回連絡をする運用に切り替えている。

第二に,退職後経過年数の要件を設定しても,ブランクの問題が生じる。仮に再雇用までの期間が3年であったとしても,配偶者転勤休職制度にみられるように,企業においてブランクは問題であり,退職者からすると,企業との繋がりの希薄さとビジネス環境の変化から,どのように様変わりしているかわからない職場への復職に不安を抱くのであろう。J社において,スタッフ社員を選択する再雇用者が多いのは,ブランクが問題にならない有期雇用という気軽さによるものと考えられる。再雇用制度研究会(1998)が当初目的としていた,内部労働市場への再参入(正社員としての復職)と女性の活躍推進という就業中断者の不利益を緩和するための制度とは言いがたい。

第三に,再雇用制度は企業の目的や実態に即した制度設計が可能であり,企業をめぐる環境に応じて制度が見直される。J社は再雇用制度の要件を設けていたが,近年廃止している。他方,K社は人事制度の改定により復職時の職掌は総合職のみである。再雇用制度研究会(1998)は,再雇用制度の存立条件として,企業と従業員の双方においてメリットがあることを挙げているが,制度設計をするのは企業であり,再雇用の可否は企業ニーズにより規定される。再雇用制度を導入する企業は多いものの,利用実績が少ないのはこのためであろう。

5. 考察

本稿では,企業において導入がみられる,配偶者の転勤に対応する3つの制度「勤務地変更制度」「配偶者転勤休職制度」「再雇用制度」について,既婚女性の就業という観点から検討してきた。その結果,企業は従業員の配偶者の転勤に対して諸制度を導入しても,十分に対応できているとは言えない実態であった。勤務地変更制度は配偶者の転勤が国内の場合において,該当地域に空きがあれば,異動により就業継続を可能にする。しかし,業務の変更を伴う場合があり,キャリアを歪める可能性がある。配偶者転勤休職制度は配偶者の転勤が概ね海外の場合において対象となり,雇用は維持される。しかし,休職になるためキャリアは中断され,復職支援がないことからキャリア・リカバリーが問題になる。再雇用制度においてもキャリア・リカバリーの問題が同様に生じるが,そもそも企業ニーズがなければ再雇用には至らない。どの制度も一長一短なうえ,3つの制度を全て導入している企業,特に,就業継続を可能にする勤務地変更制度と配偶者転勤休職制度の両方を導入している企業はほぼない13。既婚女性にとって,配偶者の転勤地域が国内なのか海外なのか,自身の在籍企業がその地域に合致する制度を導入しているかにより,就業継続は左右される。また,配偶者の転勤が続くのであれば,転勤への帯同と自身の就業継続を成立させることは難しく,復職の最終手段であるはずの再雇用制度の利用もかなわない。企業は従業員の配偶者の転勤に諸制度を導入して対応するものの,このように対応には限界がある。その背景要因には,企業主導で行われてきた転勤のあり方が関係する。

「勤務地変更制度」「配偶者転勤休職制度」「再雇用制度」のいずれも共通するのは,企業が強い決定権を保持し,制度を運用していることである。個人事情に配慮するための諸制度にもかかわらず,制度利用希望者は制度の申請に留まり,制度利用の可否は企業判断である。このような運用に至るのは,配偶者の転勤事由が他企業の事情に対応することであり,突発的に起きるため,自社の組織運営に影響を受けるからである。本来,従業員の採用や育成,配置等の雇用管理は自社の経営方針のもとに行われるが,配偶者の転勤事由への対応は他企業の事情によって自社従業員の異動・休職・再雇用を行うことになる。例えば勤務地変更制度の場合,企業は制度申請者に対して異動の措置を図る。他の従業員の異動も同時に派生するため,複数組織に影響を及ぼす。さらに,急に発生する事由につき,自社の要員計画の変更を余儀なくされ,個別事情の勘案に留まらなくなる。聞き取り調査においても,「異動はかなり細かい要員計画があるが,転勤帯同の申し出は突然ある」「急に(制度利用の)申請をされても困る」との窮状が述べられている。また,勤務地変更制度の導入企業は自社も全国転勤を実施しており,転勤は通常の光景だが,複数回の制度利用は受け入れられていない。勤務地変更制度は,従業員が勤務地域を指定し,その従業員の希望を企業がかなえる制度になる。通常の転勤は企業主導であり,従業員の希望は考慮されてもかなうとは限らない。他の従業員の希望が受容されない環境下では,公平性が保たれなくなるため,勤務地変更制度により従業員の希望を一度は受容しても,複数回の利用は認めない風土を醸成している。

これまで,転勤問題は家庭の引き受け負担とされ,企業が問題を抱えることはなかった。妻の就業は無職かパートタイマーが多いことから異動の阻害要因にはならず,性別役割分業意識を起因として,転勤は片稼ぎを前提として成立し,企業主導で行われてきた。しかし,共稼ぎ世帯の進行および女性の活躍推進により,転勤を受容できない従業員が増え,企業はその対応に直面している。企業主導の転勤は転勤者本人とその家族のみならず,配偶者の企業に対しても影響を及ぼしているのである。これまで転勤による仕事と生活の両立問題は家庭内で対処されてきたが,企業は従業員の配偶者の転勤に対応することによって,「従業員の意向」と「自社の組織運営」との両立問題を抱えることとなった。しかし,企業主導による転勤のあり方に変わりがないため,転勤者本人でさえ転勤の詳細把握(時期,場所,期間,回数等)や予測は困難であり,妻の企業においては諸制度を導入しても対応しきれない現状に至っている。企業は強い決定権を保持することにより,自社の組織運営に及ぶ影響の軽減に尽力する。現に,配偶者転勤休職制度は海外転勤に事由を限定し,いくつかの制限を設けているにもかかわらず,配偶者転勤休職制度を廃止して再雇用制度に切り替える企業がある。企業において「従業員の意向」と「自社の組織運営」との均衡が保てなくなっていることが顕在化している。

配偶者の転勤に対して諸制度を導入していない企業もあるため,諸制度を導入し,対応を試みている企業は既婚女性の就業継続に少なからず寄与していると言える。対応に限りがあることは否定すべきものではなく,むしろ検討すべきは片稼ぎを前提とした転勤のあり方にある。制度面から転勤のあり方を見直すことも必要だが,既婚女性の就業という観点から転勤を捉えると,将来の見通しが立たないまま進められる企業主導の転勤は,運用面の方策が不十分と言わざるを得ない。転勤を実施している企業は,影響を及ぼす側であり,影響を受ける側にもなるが,勤務地変更制度において複数回の利用が認められないように,企業の認識は低い。転勤に際し,事前に十分な説明がなされ,企業と従業員およびその家族とで調整を図り,合意に至ることは,従業員の仕事と家庭の両立や調和を図るだけではなく,企業間の影響を軽減させることにも繋がる14。例えば,キャリアに関する面談等を通じて,従業員の希望を聞き取るだけではなく,従業員に対するキャリアの方向性や見通しを伝え,その具体的施策として転勤が生じるのであれば,従業員およびその家族の意向を反映させて実行することで,妻の企業に対しても急な対応の発生を回避できるのではないだろうか。また,従業員の希望がかなえられない場合にはその対応についても十分に話をすることにより,従業員の公平性は担保されるものと考える。このことは,転勤にかかわらず,今後の働き方を考えるうえで,有効なことだと言える。

【謝辞】

本研究はJSPS科研費15K13067の助成を受けたものです。

(筆者=北海道大学大学院博士後期課程)

【注】
1  総務省統計局が実施している各種調査では,夫婦ともに就業している世帯を「共働き世帯」と表記している。岡村(1997)は,「共稼ぎ」と「共働き」は同義という見解が主流だが,異なる見解があるとも説明したうえで,家計のために稼がざるを得ないという経済的理由だけを強調した「共稼ぎ」から,女性が働くか否かは主体的に選択する事柄とみなされるようになり,「共働き」の語が使用されるようになったことを説明している。異なる見解としては,八代(1983)が,夫婦それぞれが賃金所得を得る「共稼ぎ」と妻が無給の家族従業者である「共働き」を区別しており,久本(2012)は「共働き」は家事・育児を仕事とみなさない偏見(稼得労働のみを労働とみなす)を助長すると懸念を示している。本稿では,久本(2012)の見解に基づき,「共稼ぎ」の用語を使用する。

2  文献によっては,職務や勤務地の変更を包括して転勤と呼ぶこともあるが,本稿では,生活の本拠地を移すことが既婚女性の就業に影響を及ぼすという観点に立ち,「転居を伴う異動」を転勤として扱う。また,勤務地限定・変更制度の導入企業では,転居を伴うか否かが制度の基準になるため,「転居を伴う転勤(の有無)」と呼ばれている。

3  転勤を内示された従業員が,高齢の母,保育士の妻と幼少の子供を抱えているという家庭事情により転勤を拒否したところ,懲戒解雇された事件。転勤命令については,業務上の必要が優に存在し,家庭生活上の不利益は,転勤に伴い通常甘受すべき程度のものであるとして,本件の転勤命令は権利の濫用には当たらないとの判決に至った。濱口(2009)は,自身が頻繁な転勤を繰り返す裁判官にとって,業務命令で単身赴任することは当たり前のことになっているのだろうが,甘受すべき程度としていいのかと疑問を投げかける。

4  例えば,「共稼ぎ夫婦である債権者夫婦が別居するか,その一人が退職するかは共稼ぎ夫婦の一方の転勤によって通常生ずる事態であり,通常予測されないような異常なものとはいえない」(吉野石膏事件・東京地裁決定昭53・2・15),「今日の我が国において夫が単身転勤先に赴任する事例が少なくないことは公知の事実」「全く予想できないような異常なものであるとも考えられない」(呉羽紡績事件・大阪地裁判決昭37・8・10),「新婚当初から別居を余儀なくされる程度の生活上の不利益は予測されないものではなく,『原告と婚約者の選択の結果である』から,受忍限度を著しく越える不利益とはいえない」(川崎重工業事件・神戸地裁判決平1・6・1)など,詳しくは青木他編(1991)を参照されたい。

5  対象企業計217社のホームページ等公開情報から,制度動向と特徴を整理したところ,3つの制度に分類された。労働政策研究・研修機構の調査報告(2016)においても,配偶者の転勤に伴う対応として,①勤務地変更配慮,②再雇用制度,③休職制度の3つが挙げられている。

6  「なでしこ銘柄」の選定企業数は,2012年17社,2013年26社,2014年39社,2015年45社の計74社である(複数年度で選定されている企業があるため,延べ企業数ではなく個社数の計である)。「ダイバーシティ経営企業100選」の選定企業数は,2012年42社,2013年46社,2014年52社,2015年34社の計174社である。双方の選定企業から重複企業を整理した結果,217社となった。なお,研究に際し,経済産業省経済産業政策局経済社会政策室の許可を得ている。

7  勤務地限定制度は,当初から企業により差異があり(孫田1985),多様化している。導入目的や対象の違いから大きく捉えると,次の3つが挙げられる。①中高年男性の単身赴任問題への対応として,1980年代に流通業で導入された,俗に言う「転勤拒否制度」(日本経済新聞19831984; 滝澤1984; ゼンセン同盟1985; 村越1985a1985b),②女性対象の「転勤のない総合職」(詳しくは注8),③正社員と非正規の中間的雇用形態として登場した「多様な正社員」を示す「限定正社員」(職種や勤務地,労働時間を限定)で,改正労働契約法対応(通算5年勤続後の無期転換)と労働力確保を主目的として,非正規からの登用に活用されている(金井2013; 厚生労働省2012; 労働政策研究・研修機構編2015)。

8  男女雇用機会均等法以降,その対応としてコース別雇用管理制度を導入する企業が増えたが,総合職に占める女性の割合が極めて低いことから,総合職でも一般職でもない「第3のコース」すなわち「転勤のない総合職」が誕生する(鍋田1990)。脇坂(19931996)は,転勤の有無でコース設定する「勤務地限定制度」と基幹職・補助職の「業務コース制」は別概念だと指摘する。しかし,バブル崩壊後,一般職採用の中止・縮小,相次ぐ金融破綻と金融の自由化による業界再編・競争激化から,金融業では一般職からこの第3のコースへの移行が図られ,コース別雇用管理制度と勤務地限定制度は「ドッキング方式」(脇坂1993, pp.56-57)となる。

9  「配偶者同行休業制度」は公務を対象にしているが,制度の制定背景は女性活用や両立支援について「まずは公務員から率先して取り組む」ことの具体策の1つとして「配偶者の転勤に伴う離職への対応」が掲げられており(首相官邸2013; 人事院2013),公務から民間企業への波及を見込んでいる。そのため,公務に準ずる団体ではニーズに関わらず制度導入する傾向がみられ,F社が該当する。

10  公務における「配偶者同行休業制度」では,円滑な職務復帰を期待する観点から,職員に対しては休業期間中の能力維持向上について必要な努力を,任命権者に対しては職務に関する情報等を職員に提供することを求めている。そのため,所轄庁の長の許可を受けて兼業(アルバイト)を可能にしており,通常の常勤職員よりも兼業を広く認めている。ただし,アルバイト先から得られる報酬の額が,生活費等のため必要と考えられる範囲を超えることはできない。

11  再雇用制度の歴史は古く,1970年代に高度経済成長期の労働力不足から導入がみられ(労働省1984),1980年にライセンス制度(退職女子社員に再雇用資格-ライセンス-を与え,優先的に採用する制度)として再び注目されるが,再雇用資格の認定が雇用契約に繋がるとは言えず(労務行政研究所1982),男女雇用機会均等法への規定設置にあたり,「むしろ本格的な女性の職業生活は,再就職後にあるのではないか」(高梨1985, p.4)と,既婚女性の活躍に期待を寄せ,制度が検討された。しかし,当時から育児休業制度との関係が懸念され,「(育児休業制度とは)補完関係にある」との見解(再雇用制度研究会1998; 佐藤2001; 脇坂2011)も示されるが,育児休業法の成立と育児休業制度の普及により,1990年代以降,再雇用制度は「頭打ち」(再雇用制度研究会1998, p.22)の状況となる。

12  「再雇用登録制度」「リターン・エントリー制度」「再雇用希望申出制度」等,誤解を生じさせない呼称にする企業もある。

13  筆者が知りうる限り,現在のところ,2016年に勤務地変更制度,休職制度,再雇用制度を導入したオリックスグループのみである(http://www.orix.co.jp/grp/news/2016/160302_ORIXJ.html)。

14  例えば再雇用制度の導入企業B社は,配偶者転勤休職制度はないものの,当人からの申し出を受け,休職対応した事例がある。再雇用ではなく,休職を可能にした最大の決定要因は「赴任期間(2年間)が明確」なことであった。そのため,転勤を命ずる企業側が,従業員に事前に期間を明示することは有効な運用方策の1つになりうる。

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