Japan Journal of Human Resource Management
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Print ISSN : 1881-3828
Book Review
FURUTA, Katsutoshi "Capability Beliefs for Software Engineers in Japanese Work Organizations"
Nobuyoshi OSO
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2018 Volume 19 Issue 2 Pages 18-20

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『IT技術者の能力限界の研究 ―ケイパビリティ・ビリーフの観点から―』,古田 克利 著;日本評論社,2017年2月,A5判・160頁

1. 本書の概要

本書は,IT技術者の能力限界問題に着目し,IT技術者の能力限界の有無,そして能力限界感に影響を与える要因を明らかにすることを通じて,技術人材のマネジメントについて検討がなされている。

本書は,9つの章から構成されている。

第1章では,本書の問題意識,研究目的が議論されている。本書の主要な問題意識として,第1に,既存研究では,技術者の能力限界が訪れる年齢に関する集合的意識(能力限界年齢意識)に着目しており,必ずしも技術者本人の能力限界の有無が明確にされていない点があげられる。第2に,加齢によって能力限界が一律に生じるわけではなく,技術者が置かれた環境の中で能力限界が生じる可能性について十分に議論されていない点があげられる。上記の問題意識から,本書は,IT技術者のキャリア発達課題である能力限界問題に着目し,個人的発達要因,職場環境要因,産業構造要因の3つの観点とIT技術者の能力限界感の関係性を考察することを研究目的としている。

第2章では,IT技術者の能力限界問題に関する先行研究を概観し,3つの研究課題が設定されている。第1の研究課題は,IT技術者の年齢が個人の能力限界感に与える影響を明らかにすることである。第2の研究課題は,上司サポート,革新的職場風土といった職場環境要因が,IT技術者の能力限界感に与える効果を明らかにすることである。個人の自律性を促す職場環境がIT技術者のキャリア発達において重要とされることから,それらを促す上司との関係性や職場風土に着目している。第3の研究課題は,元請けや下請け等のIT企業の産業構造と能力限界感の関係性を明らかにすることである。技術者の自律性や時間的余裕の制限といったIT産業特有の分業構造上の制限により,とりわけ下請け企業のIT技術者の能力開発行動が阻害され,結果として能力限界感に影響すると考えられることから,IT企業の産業構造に着目した検討がなされている。

第3章では,本書の議論の鍵となる能力限界感に関連する理論研究を概観し,能力限界感の定義,概念操作がなされている。本書は,「職務遂行上,必要となる能力に対する信念」(p.50)と定義されるケイパビリティ・ビリーフ概念を用いて個人の意識から能力限界を議論している。また,能力限界感を,ネガティブな側面に着目する「能力発揮の限界感」,ポジティブな側面に着目する「能力発揮の効力感」の2つの側面から捉えている。

第4章では,第6章から第8章で実施される実証分析に関する仮説が,個人的発達要因,職場環境要因,産業構造要因の3つの観点から設定されている。個人的発達要因に関する仮説は,大別すると2点設定されている。1つ目は,能力限界感の変化プロセスに関する仮説である。2つ目は,IT技術者と製造業の研究開発技術者の能力発揮の限界感のピーク,能力発揮の効力感の下降に転じる時期の比較に関する仮説である。職場環境要因に関する仮説は,大別すると2点設定されている。1つ目は,上司サポート,革新的職場風土が能力限界感に与える影響に関する仮説である。2つ目は,年齢と能力限界感の関係における上司サポート,革新的職場風土の調整効果に関する仮説である。産業構造要因に関する仮説は,大別すると2点設定されている。1つ目は,受託ソフトウェア業の分業構造上の位置の違い(下請け企業と元請け企業),技術領域の違い(受託ソフトウェア業のIT技術者と製造業の研究開発技術者)による能力限界感の差に関する仮説である。2つ目は,分業構造上の位置の違い,技術領域の違いによる能力発揮の限界感,能力発揮の効力感の差が自律性,多忙感によって説明可能か否かという仮説である。

第5章では,本書で用いられる定量的データの特徴を概観し,能力限界感の変数の操作化,記述統計量が示されている。

第6章では,個人的発達要因と能力限界感の関係性に関する実証分析に取り組んでいる。主要な分析結果として,以下の点が示された。①IT技術者の能力発揮の限界感は,加齢に伴って高まり,56歳から60歳台にピークが訪れる。②IT技術者の能力発揮の効力感は,40歳前後から50歳前後に一時停滞した後,再び上昇する。③IT技術者と製造業の研究開発技術者の能力発揮の限界感のピーク,能力発揮の効力感の停滞時期に明確な違いは見られなかった。

第7章では,職場環境要因と能力限界感の関係性に関する実証分析に取り組んでいる。主要な分析結果として,以下の点が示された。①上司サポートは,能力発揮の限界感に負の影響,能力発揮の効力感に正の影響を与えていた。②革新的職場風土は能力発揮の限界感に負の影響,能力発揮の効力感(汎用的能力・職業的能力)に正の影響を与えていた。③年齢と能力発揮の限界感の関係における上司サポート,革新的職場風土の調整効果が確認された。④年齢と能力発揮の効力感の関係における上司サポート,革新的職場風土(職業的能力)の調整効果が確認された。

第8章では,産業構造要因と能力限界感の関係性に関する実証分析に取り組んでいる。主要な分析結果として,以下の点が示された。①分業構造上の位置の違いによる比較では,能力発揮の限界感に有意な差は確認されなかった。他方,能力発揮の効力感は下請け企業のIT技術者の方が低い。②技術領域の違いによる比較では,受託ソフトウェア業のIT技術者の方が能力発揮の限界感が高く,能力発揮の効力感は低い。③分業構造上の位置の違いによる能力発揮の限界感の差は自律性,多忙感によって説明される。他方,能力発揮の効力感の差は自律性(専門的能力(高度)を除く),多忙感(汎用的能力)によって部分的に説明される。④技術領域の違いによる能力発揮の限界感の差は,自律性,多忙感によって説明される。他方,能力発揮の効力感の差は自律性(汎用的能力・専門的能力(高度)),多忙感(汎用的能力)によって部分的に説明される。

第9章では,各章の振り返りに加え,本書の理論的・実践的含意,今後の課題が議論されている。

2. 本書の意義と若干の議論

本書の意義として,第1に,ケイパビリティ・ビリーフ概念を用いて,IT技術者の能力限界問題を検討している点があげられる。既存研究では,能力限界年齢意識に着目しており,技術者の能力限界の有無は明確にされていなかった。こうした問題を克服するために,ケイパビリティ・ビリーフ概念を用いて,能力限界を個人の意識から捉え,IT技術者の能力限界の実相を明らかにした点に本書の貢献がある。

第2に,複数の観点からIT技術者の能力限界問題を検討している点があげられる。加齢により能力限界が一律に生じるわけではなく,個人の置かれた環境に左右されるという問題意識から,年齢のみならず,上司サポート,職場風土,自律性,多忙感といった複数の要因とIT技術者の能力限界の関係性を明らかにした点に本書の貢献がある。

上記の意義を踏まえて,今後議論を期待したい点を述べたい。第1に,個人的発達要因と能力限界感の関係についてである。既存研究において,技術者の能力限界年齢意識が40歳前後とされる一方で,本書ではIT技術者が知覚する能力発揮の限界感は56歳から60歳台がピークであることが示された。なぜ能力限界に対する集団の認識と個人の認識に違いが見られるのであろうか。また,IT技術者の能力発揮の効力感が,一時的に停滞し,再度上昇する変化プロセスがなぜ生じるのか。それぞれの能力発揮の効力感によって停滞時期がなぜ異なるのかといった点について議論を期待したい。

第2に,職場環境要因と能力限界感の関係についてである。本書では年齢と能力限界感の関係における上司サポート,革新的職場風土の調整効果はそれぞれ影響力に違いが見られた。例えば,能力発揮の限界感に対する調整効果として,上司サポートによる20代への抑制効果,革新的職場風土による50代への抑制効果が顕著であった。また,専門的能力(現在)においては20代,職業的能力においては30代の場合,上司サポートによる促進効果が顕著であった。こうした職場環境要因の影響力になぜ違いが見られるのであろうか。こうした点に関する議論を期待したい。

第3に,産業構造要因と能力限界感の関係についてである。本書では分業構造上の位置や技術領域の違いによる能力発揮の限界感の差は,自律性,多忙感に起因する結果が示されたものの,能力発揮の効力感の差は,自律性,多忙感に起因する結果が必ずしも一貫して得られておらず,こうした違いがなぜ見られるのであろうか。こうした点を含めて今後更なる議論を期待したい。

第4に,能力限界感の捉え方である。本書は,能力限界感を能力発揮の限界感,能力発揮の効力感の2つの側面から捉えている。また,IT技術者が能力限界を知覚している状態を,「能力発揮の限界感が高く,能力発揮の効力感が低い状態」(p.52)としており,能力限界感は2つの側面の相互関係から成り立つと考えられる。しかしながら,実証分析では能力発揮の限界感と能力発揮の効力感が個別に分析されており,2つの側面の相互関係から捉えられている能力限界感は必ずしも検証されていない印象を受ける。また,分析の結果,IT技術者の能力発揮の限界感,能力発揮の効力感は年齢とともに高まる傾向にあり,本書の想定とは異なる結果が示されていた。IT技術者の能力限界研究の進展において,能力限界感の捉え方,能力発揮の限界感と効力感の関係性の更なる議論を期待したい。

(評者=名古屋経済大学経営学部准教授)

 
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