Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
HAYASHI, Shohei "Management of Employee's Self Concept"
Junko URASAKA
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2018 Volume 19 Issue 2 Pages 21-24

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『一体感のマネジメント ―人事異動のダイナミズム―』,林 祥平 著;白桃書房,2018年2月,A5判・212頁

冒頭から言い訳めいて恐縮だが,本書を読み進めるうちに,自身が評者として全く適任でないことを自覚して青ざめた。ほそぼそと手掛けてきた自身の研究とはかけ離れた内容である。なのに,なぜ書評が依頼されたのか。心当たりがないわけではない。2015年の日本労務学会第45回全国大会で「「幅の広い異動」が従業員に及ぼす影響―職種や仕事内容の変化に注目して―」と題する報告を行っている。しかし,これは指導した社会人院生の修士論文をベースにした単発の分析であり,この先深めていく予定があるはずもなく……。

とはいえ,引き受けた以上,門外漢なりの素朴な視点もまた何らかの気づきにつながると信じて取り組んだ次第である。不適切な点があれば,ご教示いただければ幸いである。

今から15年以上前になるが,ある財団の主催で次世代オピニオンリーダーの交流を目的とした訪韓団が結成され,25名のメンバーと共に10日間ほど韓国各地を巡った。メンバーは,行政,経済団体,メディア,企業,大学などから選び抜かれた,次世代オピニオンリーダーと呼ばれるにふさわしい30~40代の人々である。

その中に,トヨタ自動車から派遣された人がいた。物静かで目立つことをしたような記憶は一切ないのだが,その発言や立ち居振る舞いが皆から一目置かれていて,「ああいうのがトヨタマンなんだよね」と囁かれていたのをふと思い出した。

ああいうのがトヨタマン,とはどういうことなのか。もちろん,当時は何の違和感も覚えず,ああいうのがトヨタマンなんだよなと何気に納得したわけだが,その意味するところを多方面に目配りしながら掘り下げたのが本書である,というのが評者の持ち得たイメージである。

まず本書の概略を紹介しておこう。タイトルは「一体感のマネジメント」である。マネジメントする主語は企業(経営者)である。企業(経営者)がマネジメントする到達点は従業員の「一体感」なのだろうが,その手前で著者が厳密に追いかけるのは「組織的同一化(私はこの企業の一員である)」という概念である。つまり,従業員の「組織アイデンティティ(その企業らしさ)」への同一化を統御することで,企業にとって最適な行動を導く。その手段として「人事異動」に着目する,ということになるだろうか。

ゆえに,明らかにすべき課題として,①異動経験が組織的同一化に与える影響,②職務経験から多重アイデンティティを形成・選択するメカニズム,③アイデンティティの意味形成とそのマネジメント,の三つが挙げられている。既にこの辺りから,専門家には自明であっても一般読者や門外漢には意味や区別が判然としない用語が頻出する。特に,アイデンティティの種類の多さには手を焼いたのだが,著者がかなり丁寧に,平易かつ具体的な言い換えを心掛けているのには助けられた。細かい点ではあるが,専門性を高く保ちながらreadableであることは,評価されてしかるべきだろう。

全体がⅡ部構成になっていて,前半の2章が先行研究レビュー,後半の5章が実証研究である。本文全191頁のうち,先行研究レビューに70頁が割かれており,その緻密さには圧倒された。第1章で本書のターゲットである「組織的同一化」に関する研究蓄積を,古典から近年にかけて紐解いている。次いで第2章では,「人事異動」に関する研究を俯瞰した上で,同一化や組織アイデンティティ形成のマネジメント手段としての可能性を模索している。平たく言えば,「組織的同一化」は組織行動論,「人事異動」は人的資源管理論の分野で扱われてきたトピックスであり,その二つをこのような形で融合して論じた点に,本書の意義があるということが理解できる仕組みになっている。

これらの先行研究レビューを受けて,後半の実証研究では,生協のコープAと流通大手のB社の従業員に対する質問紙調査(それぞれN=2104,351)を実施し,その結果に基づいてリサーチクエスチョンを精査した上で,コープAの従業員に対してインタビュー調査を実施している。第3章が質問紙調査に,第4章から第7章までがインタビュー調査に当てられており,そのウエイトからも分かるように,あくまでもメインはインタビュー調査である。

実証研究の結果を簡略に示すのは,案外難しい。というのも,先行した質問紙調査が導き出したかったのは,当然のことながら「異動経験が組織的同一化に影響する」という事実であるはずだが,残念ながらクリアな結果は得られなかった。そのため,なぜクリアな結果が得られなかったかの解釈や追加的な分析が詳細に述べられることになる。それは非常に真摯な姿勢だが,読み手にはやや煩雑に映る。

実際のところ,第3章の小括にあるように,「単純な質問紙調査では本書が明らかにしたい異動経験と同一化の関係性を解明することは難しい」ということなのだろうが,確かに,それまでの網羅的な先行研究レビューに比して,分析モデルがシンプルな印象は否めない。あくまでもインタビュー調査の前段としての探索的調査であり,シンプルを旨としていたのかもしれないし,調査対象者への負担を鑑みてのことかもしれない。とはいえ,コープAやB社の従業員に調査できる貴重な機会であり,相応の人数も確保できているのだから,もう少し踏み込んだ,複雑な調査・分析も可能だったのではないか。

そもそも質問紙調査の全体像がつかみにくいのは難点である。何について,どういう聞き方をしたのか。書籍ならば,巻末付録として調査票や単純集計,クロス集計などを掲載することもできただろう。コープAでは,従業員をロワー,ミドル,トップに分けた推定も行っている。であるならば,職位ごとの記述統計量も知りたい。これらを踏まえてさらなる改善の余地を探ることで,よりクリアな結果が得られた可能性はないものか,若干のもどかしさを覚えた。そうすることで,次のインタビュー調査へのブリッジも,よりスムーズになり得たのではないか。

この質問紙調査の結果を受けて,第4章では前述の明らかにすべき三つの課題に新たな視点が取り込まれて展開され,インタビュー調査のリサーチクエスチョン(RQ)が提示される。RQは,以下の通りである。

RQ1:組織アイデンティティはどのように構築されるのか

RQ1-1:どのように組織アイデンティティの中核を認識するのか

RQ1-2:他次元のアイデンティティは組織アイデンティティ形成にどのような影響を及ぼすのか

RQ2:どのような異動経験が従業員を企業に同一化させるのか

RQ3:どのような要因がアイデンティティを顕現させるのか

RQ4:アイデンティティコンフリクトはどのように生じ,どのように解消されるのか

これらのRQに対して,コープAの従業員20名(男女10名ずつ)にインタビュー調査した結果を,第5章,第6章で述べている。その上で,第7章では得られた知見を一般化するべく記述的推論を行い,七つの仮説を導き出している。紙幅の都合で割愛するが,仮説に基づく異動と組織アイデンティティの関係および認知的プロセスが明確に整理され,図式化されている。

最後に,今後機会があれば検討していただきたい点を二つ挙げておきたい。

一つは,本書の議論が中長期的な時間軸で語られている点である。入社してリアリティショックを受け,組織社会化を経て仕事や職場に馴染んでいく。職務を通じて仕事関連のアイデンティティは様々に構築されていくが,部門を跨ぐ非連続異動を経験し,組織アイデンティティの中核が理解できるようになり,それを顕現させるようになるのは「非常に長い道のり」であると著者も述べている。本書で取り上げられたコープAも,新卒で入所して10年,20年と勤続している従業員が大半であり,極めて流動性の低い職場であった。

一方で現状は,何事も短期的な時間軸で語らざるを得ない状況にシフトしている。非正規労働の増加は言うまでもなく,企業はますます短命になり,一企業に勤め上げる労働者は今後確実に減少するだろう。同時に,副業・複業やパラレルキャリア,プロジェクトベースの働き方にも注目が集まっている。「組織」の存在感が如実に低下しているように思える中で,本書の議論がどのような発展型を示し得るのか,非常に興味深い。

もう一つは,本書がマネジメントを標榜しながら,異動の事実だけを見ている点である。企業(経営者)は,マネジメント人材を抜擢し,戦略的に異動させ(非連続異動),そこでしっかり育成を施して組織アイデンティティの中核に同一化させることが肝要となる。それをマネジメントと呼ぶのであれば,どう異動させるのかという手順や,異動後の育成(フォロー)なども重要な要因となるだろう。しかし本書では,異動させさえすれば,従業員が自力でコンフリクトを乗り越え,成長していく姿しか描かれていない。実際は,異動が仇になることもあるはずである。それを回避するために,例えば異動に際して本人の意向を尊重する,異動の趣旨を適切に伝える,今後のキャリアの見通しを示唆するなどの配慮が,恐らく現場では日常的に行われているのではないだろうか。このような枝葉への言及があれば,なお実践的含意が活きたものになっただろう。

本書と悪戦苦闘する過程で,無意識のうちに身近な事例を重ねながら読み解いていることに気づいた。評者自身,研究者という仕事柄,職業アイデンティティを顕現させていると思いきや,20年以上同じ大学に勤めていると,学部・学科という職場アイデンティティや大学という組織アイデンティティもまた深く根付いている部分がある。異動こそないが,学内業務で他部署の教職員と接すると,その辺りが影響を受ける感じも理解できる。企業人が読めば,より一層関心を寄せやすいと思われ,学術的な貢献は無論のこと,その実務への貢献は存外に大きいのではないか。

(評者=同志社大学社会学部教授)

 
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