2018 Volume 19 Issue 2 Pages 37-39
日本の雇用管理制度は多様性を尊重する職場環境を提供しているのであろうか。
日本では大学卒業後,ほぼ全員がサラリーマンとなり,入社した会社の長期経営戦略に従いキャリア形成を行うのが一般的である。日本のサラリーマンは雇用保障と引き換えに自分たちの職業人生を,所属する組織の人事政策に委ねている。
経済のグローバル化が進み,産業構造が変化する中,日本経営者団体連盟(現日本経団連)が1995年に出版した報告書『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策』の中で,従来の「正社員」を中心とした日本型雇用管理の見直しを提起した。
上記日本型雇用制度の見直しに呼応するように,2000年前後から全国の大学カリキュラムに「キャリア教育科目」が登場し,大学生は「キャリア計画」の学習を通じ,職業人生の責任は自分が負うことを学ぶようになった。また,社会が成熟化する中で,「自分の人生は自分で決めたい」,「直接,社会に役立つ仕事がしたい」など,多様な生き方を選択する若者,特に意識の高い若者が増えている。
国際機関で働く日本人職員への調査によると,日本人正規職員の約82%は日本で働いた経験があり,その内の63%は民間企業での職務経験があった。言い換えれば,国際機関で働く日本人の三分の二は民間企業から転職しているのである。日本型雇用管理制度と成果型雇用管理制度の両方を経験している日本人職員に,国際機関での職場満足要因を尋ねると,男性は労働時間が短くなったこと,女性は男女平等な職場であることを挙げた。また,満足度に大きく寄与している要因は男性・女性共に職務満足度であり,給与は満足度に影響を与えていなかった。
日本の民間企業で働き,国際機関に転職した日本人職員は,職務満足が働く上で最も重要であると述べている。日本の企業は海外企業との競争に打ち勝つために,高い能力と意欲がある人材を育成し,社員が高い職務満足を持つことができる雇用管理制度や職場環境を整備しているのであろうか?日本人国際公務員研究から,日本企業が取り組むべき4つの課題を提起する。
第1の課題は専門家の育成である。日本の民間企業の人材育成はジェネラリストの育成が中心である。しかし,日本以外の国や組織では,専門分野での学位歴や関連分野の職務経験がある高度な人材を幅広く活用している。日本企業が海外企業との競合を考えると,専門性の高い専門家の育成は急務である。
第2の課題は早い段階でのグローバル人材の選抜である。ウェブを使った質問紙調査から,国際機関で働く外国人職員の方が日本人職員よりも自己のキャリア形成に積極的なことが分かった。現在国際機関で働く日本人の三分の二は,民間企業での勤務を経て国際機関に転職している。しかし,外国人職員の場合は,将来の職業分野を人生の探索期の初期に決め,選択した職業分野でのキャリア形成に時間をかけながら,取り組んでいる。国籍を問わず海外で活躍できる人材は,専門分野での知識・経験,外国語,異文化コミュニケーション能力等を習得しなければならず,そのためには長期間の準備が必要になる。日本の民間企業がグローバル化を目指すのであれば,早い時期からグローバル人材を選抜する必要がある。
第3の課題は女性人材の活用である。2015年に厚生労働省が行った賃金構造基本統計調査によると,企業規模が100人以上の企業で係長以上の役職に就いている女性の割合はわずか7.5%であり,日本では女性の人材活用はいまだ進んでいない。日本政府は現在,働き方改革,女性の活用を推進しているが,女性労働の戦力化には時間がかかる。国際機関の場合でも男女の雇用均等を実現させるために30年以上の年月を必要とした。
女性を戦力として活用している北欧の国々では,労働力不足に対処するために移民労働を受け入れるか,自国の女性を戦力化するかを国民投票で問い,国民が女性の労働力化を選んだ歴史がある。その結果,北欧諸国では子育てと仕事を両立させる社会保障制度を整備させた。日本の労働力不足は顕在化している。もし企業が本気で女性を労働力不足の担い手にすると考えるのであれば,たとえば育児休業復帰後の先任権の保障を就業規則に明記するなど,女性の活用を推進させる施策の拡充を真剣に検討する必要がある。
第4の課題はワーク・ライフ・バランスの実現である。聴き取り調査時,日本人調査協力者の多くはワーク・ライフ・バランスが保たれなければ,長期的に仕事か家庭のどちらかに支障をきたす,と家庭生活の重要性を指摘した。その含意は,私生活の充実や満足が競争の厳しい成果主義組織で働き続ける上での頑張りにつながるということであった。組織内の人的資源を長期間にわたり有効活用するという観点から,組織主導で仕事と生活のバランスを実現できる職場づくりを真剣に検討する必要がある。
本人の意思に基づき海外でキャリア構築する人材は,Self-Initiated Expatriates(SIE)と呼ばれる。人材の国際移動の活発化に伴い2010年前後から,Brewster 等を中心にSIE研究や議論が活発に行われている。SIEの研究はヨーロッパを中心に行われているが,経済のグローバル化が加速する中,日本でも海外で多様な働き方を選択する若者が増加している。
バンコク,プノンペン,香港で調査を行った日本人SIE研究によると―海外で起業家として働く日本人の共通項目として,1)人生の探索期における海外経験,2)柔軟性,3)モチベーション,4)家族からの支援,5)キャリア・アンカー,6)メンターの6項目を抽出することができた。これら6項目は海外でキャリア構築をする上での促進要因として考えられ,促進要因を多く持つものほど起業において成功しやすいと考えられる。今後経済のグローバル化が加速することを考えると,人生の探索期を過ごす大学教育の中に海外で自律的に働くことを促す仕組みを組み入れることが必要である。
本稿は,国際機関で働く日本人職員の三分の二が日本型雇用管理制度と成果主義人事制度の両方で働いていることに基づき,日本型雇用管理制度の改善点を指摘したものである。
今後経済のグローバル化が加速してゆく中で,日本企業は従業員が高い満足度を持つことができる雇用管理制度を構築することが求められる。本稿では,解決すべき問題として,専門家の育成,早い段階でのグローバル人材の選抜,女性の活用,ワーク・ライフ・バランスの実現の4課題を提起した。
最後に,海外で自律的に働く意識や面白さを教える仕組みを大学教育の中に組み入れる必要もあることを付記する。
(筆者=東洋学園大学大学院現代経営研究科教授・研究科長)
1 自発的に海外でキャリアを構築研究する日本人起業家の研究は科研費(基盤研究C, 平成29-31年度, 課題番号:17K03948, 研究課題名:Japanese Self-Initiated Expatriation: Lessons for Entrepreneurship and Education in Asia)に採択されている。