Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
Articles
An Empirical Study of Factors Promoting Learning in Middle Managers Through New Business Development Experience: From the Perspectives of Influence Process between Factors Mediated by Learning Goal Orientation
Satoshi TANAKAJun NAKAHARA
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2018 Volume 19 Issue 2 Pages 4-17

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ABSTRACT

The purpose of this study is to examine the factors that promote learning in middle managers through their experiences of developing new business. A questionnaire survey was undertaken on 371 subjects who had experience of being part of new-business departments as middle managers in private enterprises with over 300 employees. The analysis results revealed the following. First, an individual factor that promotes learning through new business development experience is learning goal orientation. Second, the organizational factors that promote learning through new business development experience are management support and work discretion. Third, a workplace factor that promotes learning through new business development experience is introspective support from one's superiors. Fourth, it was found that the factors management support, work discretion, and introspective support would act as intermediaries for the individual factor learning goal orientation, triggering the effect of promoting learning through new business development experience.

1. 問題

企業が直面する経営課題は高度化・複雑化している。刻々と変化する経営環境に対して迅速な適応を為すことが重要性を増す中,中堅管理職には非連続な組織変革を主導する戦略的役割を担っていくことが求められている(Rouleau & Balogun,2011)。ここで中堅管理職とは,「組織の全体,もしくは組織内の明確に区分できる一部分(組織・部署)の業績に責任を持つ,課長・部長相当職の人物」(日本生産性本部,1995八代,2002)を指す(1)

これまで日本企業における中堅管理職の育成施策は,主として「リーダーシップ研修」「経営管理知識の教育」「自社事業戦略の策定・提言」など,一定期間のOff-JTを中心とした教育研修が導入されてきた(産業能率大学総合研究所,2012)。しかし,こうしたOff-JTによる育成施策が奏功しているとは言い難く,中堅管理職の育成は多くの日本企業にみられる共通の人事課題として前景化している(坂本,2015)。McCall,Lombardo & Morrison(1988)は,従来の管理職教育やリーダーシップ教育が,日常の仕事とは隔絶された教室空間・研修機会の中で提供される傾向にあり,それゆえ効果が限定的であったことを問題視し,リーダーシップは現場における職務経験を通じて発達されると主張する。

リーダーシップ開発を促す学習資源としての職務経験には,「不慣れな仕事」や「変化の創出と対応」など発達的挑戦機会(developmental challenge)が内包される(McCauley,Ruderman,Ohlott,et al.,1994)。ここで学習とは,経験によって生じる比較的永続的な認知変化・行動変化・情動変化を指す(中原,2010)。

近年,発達的挑戦機会を獲得できる場として,「新規事業」に注目が集まっている(守島,2002三品,2011)。新規事業とは,「既存事業を通じて蓄積された資産,市場,能力を活用しつつ,既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」(Wolcott & Lippitz,2009)を指す。守島(2002)は,「高いレベルの仕事を意図的に与えていくことがリーダー育成のための重要な手段」であるとした上で,特に新規事業プロジェクトへの配置,新規事業創出経験の重要性を強調する。

中堅管理職における新規事業創出経験者の学習は,将来の経営人材の確保・育成という観点からも着目する意義がある。守島・島貫・西村・坂爪(2006)は,事業経営人材200名を対象にした定量調査の結果,事業経営人材としての役割遂行に資する学習機会として,「新規事業」が「事業経営」に次いで有用な職務経験であることを明らかにした。さらに,新規事業創出経験を通じた学習プロセスを検討した田中・中原(2017)によれば,中堅管理職が新規事業創出経験を通じて経営者視点を獲得していることが実証された。田中・中原(2017)は,経営者視点を獲得した中堅管理職がその後のキャリアとして実際に経営職に登用されているかの検証を試みた研究ではないが,新規事業が中堅管理職から経営職への役割移行を促す学習機会であることを示唆する知見と捉えられる。

以上より,多くの企業が将来の経営人材の確保・育成に課題を抱える中(経済産業省,2017),その貴重な学習機会として注目が集まる新規事業創出経験に着目し,新規事業創出経験を起点とする学習がいかなる要因によって促されるかを探究することには経営的意義があると考える。そこで,本研究の目的は,中堅管理職における新規事業創出経験者の学習を促進する要因を明らかにすることとする。

2. 先行研究

中堅管理職における新規事業創出経験者の学習を促進する要因に関連する先行研究は,管理職の経験学習に関する研究領域の内部に見出すことができる。管理職の経験学習に関する先行研究の主たる関心は,ある特定の業種や職種・職位における学習を促す職務経験を解明することにある。そのため,職務経験と学習を別の変数として扱い,変数間の関連に着目する研究アプローチが採用されてきた。例えば,松尾(2013)は,大規模製造業の管理職315名を対象に定量調査を実施した結果,「連携」「変革」「育成」経験を通じて,それぞれ「情報分析力」「目標共有力」「事業実行力」を獲得することを明らかにした。

それに対して,本研究では汎用的能力の向上に資する経験の同定を目的としない,むしろ「新規事業創出経験」という特定の文脈に根ざした領域固有の学習に焦点を絞り,それらの様態をさらに深く探究することをめざす。本研究が着目する中堅管理職における新規事業創出経験者の学習(以降,分析の過程では「新規事業創出経験者の学習」と略す)とは,新規事業創出経験を契機とし,中堅管理職が管理職としての思考様式・行動様式に対する批判的な省察を通じて,「他者本位思考の獲得」「リーダーマインドの獲得」「経営者視点の獲得」という経営人材に不可欠なパースペクティブを獲得することを意味する(田中・中原,2017)。これらは,一般的な管理職経験を通じて獲得される汎用的能力とは異なり,管理職から経営職への役割移行に資する学習概念である。

新規事業創出経験が中堅管理職の学習を促す有用な機会であることは先行研究によって実証されている(McCall et al., 1988McCauley et al., 1994)。しかし,先行研究の多くは経営幹部に対する面接調査法によって管理職時代の学習を促す経験を抽出した結果,新規事業創出経験の効果性を明らかにしたものであり,新規事業創出経験をすれば必ず学習が生起するということを意味するものではない。例えば,田中・中原(2017)は,新規事業創出経験を持つ中堅管理職の中でも新規事業を通じた学習が生じる個人と生じない個人が存在することを明らかにした上で,学習を促進する要因の解明が同研究領域における重要な研究課題であることを指摘する。そこで,ここからは管理職の学習促進要因に関する先行研究の知見を整理する。

まず,学習を促進する個人要因に着目した研究の端緒として,Spreitzer,McCall & Mahoney(1997)は,「フィードバックを求める」など6因子から構成される「経験学習能力」尺度を開発した。その後,Spreitzer et al.(1997)を参考に,国内で「経験学習態度」の尺度化を試みたのが楠見(1999)である。楠見(1999)は,日本企業のホワイトカラーを対象に定量調査を実施し,「挑戦性」「柔軟性」など5因子から構成される経験学習態度を実証した。さらに近年,個人の能力・態度要因だけでなく,ある課題を達成する状況下で目標に対して個人が抱く選好を指す「目標志向性」に着目した実証研究にも進展がみられる(Payne,Youngcourt & Beaubien, 2007)。例えば,管理職の目標志向性が経験学習に与える効果性を検討したDeRue & Wellman(2009)によれば,学習目標志向性が課題に対する挑戦度合いとリーダーシップスキルの向上の関連を調整する効果があることを実証した。同様に,Dragoni et al.(2009)は,学習目標志向性が挑戦的な職務課題とコンピテンシーの向上との関連を調整する効果があることを明らかにした。

こうした個人要因に着目した一連の先行研究に対して,谷口(2006)は個人を取り巻く社会文化的コンテクストの影響が扱われていないとの問題意識から,学習を促す組織要因に着目した実証研究を行った。具体的には,ある大手製造業に従事する中堅管理職ら計173名を対象に定性・定量調査を実施した結果,海外企業の買収や新規事業への参入・撤退,また人員削減を伴う合理化施策の推進といった企業戦略・組織構造の変化が個人の学習に影響を与えることを明らかにした。

さらに近年,個人と組織の中間に位置する職場単位に焦点を当て,職場要因が個人の学習にいかなる影響を与えるかを検討する実証研究がみられる。特に,職場における人的支援関係に着目した研究領域に一定の研究蓄積がある。例えば,中原(2010)は,能力向上に資する他者の支援が,業務に関する助言指導を行う「業務支援」,仕事のあり方に関する振り返りを促す「内省支援」,精神的な安息を提供する「精神支援」の3因子から構成されるとした上で,上司による「内省支援」と「精神支援」が部下の能力向上に対して有意な影響を与えることを実証した。以上,個人・組織・職場の観点から学習の促進要因に関する先行研究を概観したが,いずれも一般的な職務経験を通じた学習を促す要因を探究する試みであり,本研究の主眼である中堅管理職による新規事業創出経験に着目した実証的研究は管見の限り存在しない。そこで,ここからは先行研究の知見を援用し,中堅管理職における新規事業創出経験者の学習を促進する要因に関する仮説を導出する。

3. 仮説

3.1. 学習を促進する個人要因

新規事業創出経験を通じた中堅管理職の学習プロセスを定性的に検討した田中・中原(2017)によれば,新規事業を創出する過程で生じる様々な問題の責任を自分以外の他者や環境など外部に帰属させる他責思考から,自身の能力やスキルなど自己に帰属させる自責思考へと原因帰属のあり方が変化する過程が生じていることが分かった。こうした原因帰属のあり方には,個人の目標志向性が影響していることが先行研究で実証されている(Nicholls,1984)。

そこで本研究では,目標志向性に関する先行研究の知見(DeRue & Wellman,2009Dragoni et al.,2009)を援用し,学習目標志向性は中堅管理職における新規事業創出経験者の学習に対して有意な正の影響を与えるという仮説を導出する。

  • 仮説1:「学習目標志向性」は,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。

3.2. 学習を促進する組織要因

企業戦略や組織構造の変化が学習に与える影響を明らかにした 谷口(2006)は,個人の経験学習を促進する組織要因に着目した数少ない実証研究として有用な知見ではあるが,海外企業の買収など調査対象企業の個別具体的な要因を整理したものであり,本研究の仮説導出に直接援用することは難しいと考える。そこで,関連する研究領域として,中堅管理職の新規事業創出行動を促す組織要因に関する実証研究に着目する。 Hornsby,Kuratko,Shepherd,et al.(2009)は,管理職458名を対象に,新規事業創出行動を促進する組織特性に対する知覚と新規事業行動の関連を検討した。その結果,初級管理職と比較した中堅管理職の特徴として,「経営サポート」「職務裁量性」に対する知覚が,新規事業創出行動に対して有意な影響を与えることを明らかにした。これらは,新規事業創出行動を促す組織要因に関する知見であるが,学習が行動を伴う具体的経験によって生起されるとする経験学習理論( Kolb,1984)に依拠すれば,新規事業創出行動を促す組織要因が新規事業創出経験者の学習に対しても有意な影響を与える可能性が示唆される。

そこで,本研究では, Hornsby et al.(2009)に従い,「経営サポート」と「職務裁量性」は,中堅管理職における新規事業創出経験者の学習に対して有意な正の影響を与えると想定する。

  • 仮説2A:「経営サポート」は,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。
  • 仮説2B:「職務裁量性」は,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。

3.3. 学習を促進する職場要因

新規事業創出経験者の学習が上司の支援によって促される可能性を想定すれば,上司支援の効果性に着目した中原(2010)を援用することができる。さらに,先行研究から,管理職としてのパースペクティブを批判的に省み,再構築する学習プロセスの存在が実証されている(田中・中原,2017)。この知見に基づくと,中堅管理職における新規事業創出経験者の学習を促す上司の支援は,中原(2010)が想定した仕事のあり方に関する振り返り(「内省支援」)ではなく,仕事のあり方の前提となる管理職としてのパースペクティブの棄却・再構築を促す「批判的省察支援」であることが示唆される。

以上より,上司による「批判的省察支援」「精神支援」は,中堅管理職における新規事業創出経験者の学習に対して有意な正の影響を与えると想定する。

  • 仮説2C:上司による「批判的省察支援」は,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。
  • 仮説2D:上司による「精神支援」は,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。

3.4. 個人・組織・職場要因の影響過程

これまで概観した通り,学習の促進要因に関する先行研究では,個人・組織・職場要因による影響を個別に実証する研究枠組みが用いられてきた。仮説1および2は,そうした研究枠組みにおける先行研究の知見を新規事業という固有の文脈において検証する試みと捉えられる。一方,先行研究に対しては,各要因を統合した理論的枠組みが欠如し,影響要因の包括的な検討は進んでいない点が指摘されている(Dragoni et al.,2009)。

そこで,本研究では個人要因と環境要因(組織・職場要因)を統合し,環境要因が個人要因である学習目標志向性に影響を与え,学習目標志向性が中堅管理職における新規事業創出経験者の学習に影響を与える,という一連の影響過程を想定した仮説を新たに設定する。

学習目標志向性は,認知能力や性格特性など個人的資質による影響だけでなく,環境要因による影響を受けることが指摘されている(Dragoniet al.,2009Payne et al.,2007)。例えば,Dragoni(2005)は職場における上司のリーダーシップ行動が職場風土を媒介して職場メンバーの学習目標志向性に与える影響過程を理論モデル化した。しかし,学習目標志向性の規定要因に関する数少ない先行研究のほとんどは理論研究であり,実証的知見が蓄積されていないことが指摘されている(砂口,2017)。そこで,砂口(2017)は,大手小売業の従業員2,648名を対象にした実証研究を行い,上司の変革的リーダーシップ行動が学習目標志向性に正の影響を与えることを実証した。一方,上司以外の環境要因を包括的に捉え,その影響過程を検討した実証研究の蓄積は進んでいない。

そこで,本研究では,組織要因である「経営サポート」「職務裁量性」と,職場要因である「批判的省察支援」「精神支援」が,個人要因としての「学習目標志向性」に影響を与え,中堅管理職における新規事業創出経験者の学習を促すという影響過程を想定し,以下の仮説を提示する。

  • 仮説3A:「経営サポート」は「,学習目標志向性」を媒介して,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。
  • 仮説3B:「職務裁量性」は,「学習目標志向性」を媒介して,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。
  • 仮説3C:「批判的省察支援」は,「学習目標志向性」を媒介して,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。
  • 仮説3D:「精神支援」は,「学習目標志向性」を媒介して,「新規事業創出経験者の学習」に正の影響を与える。

4. データと分析方法

4.1. 調査手続と調査対象者

調査対象者は,従業員300名以上の民間企業における中堅管理職として新規事業部門に所属した経験がある者とした(2)。さらに,新規事業創出経験者の学習の規定要因を解明するには,調査時点において調査協力者が,(1)新規事業創出経験を終えていること,(2)その経験を回顧できる状況にあること,という2つの条件を満たす必要がある。そこで,過去10年以内に半年以上の新規事業創出経験を有し,現在は新規事業を離任していることを対象者の選定要件に加えた(3)。調査は,インターネット調査会社クロス・マーケティング社のモニター会員を対象に実施した(4)。インターネット調査については,これまで社会意識や生活満足度等に対する回答傾向の偏りが指摘されているが(本多,2005),同様の調査手法で新規事業担当者を対象にした実証研究(小澤,2015)の標本特性と対比し,業種・性別・年齢構成において近似した傾向を示していることが確認されたことから,再現性の観点で抽出した標本に大きな偏りはないものと判断した。さらに,その他の調査手法によって,「従業員300名以上の民間企業における新規事業創出経験を持つ中堅管理職」という限られた対象にアプローチして十分な回答数を確保することが困難であることを理由に,本研究ではインターネット調査を用いることとする。

調査手続きについて,まず予備調査を実施し,同社に登録するモニター会員の中から「従業員300名以上の民間企業に勤める中堅管理職」25,016名を抽出した.その中から過去10年以内に半年以上の新規事業創出経験を有し,現在は新規事業を離任しているという条件に合致する対象者を抽出し,最終的に371名から本調査の有効回答が得られた(5)

4.2. 質問項目の構成

質問項目は,回答者の個人属性のほかに,「新規事業創出経験者の学習」「学習目標志向性」「組織特性」「上司の支援」の項目群で構成された。

4.2.1. 新規事業創出経験者の学習

中堅管理職における新規事業創出経験者の学習に関する尺度は,田中・中原(2017)による「リーダーマインドの獲得」「他者本位志向の獲得」「経営者視点の獲得」を参考に独自に開発した。質問項目は現役実務家や研究者間で検討し,リーダーマインドの獲得について「私は,リーダーとしての覚悟が醸成された」など3項目,他者本位志向の獲得について「私は,自分と異なる価値観でも受け入れるようになった」など3項目,経営者視点の獲得について「私は,常に全社視点で物事を考えるようになった」など3項目の計9項目を作成した。「あなたは新規事業経験を通じたご自身の変化についてどのように感じていますか。最もあてはまるものを一つ選んでください」という教示文に対し,「あてはまる」から「あてはまらない」までの5段階で回答を求めた。

4.2.2. 学習目標志向性

学習目標志向性に関する尺度は,Button et al.(1996)による質問項目を用いた。質問項目には「難しい仕事に挑戦することが私にとって重要だった」など8項目を採用した。「新規事業を担当していた当時のあなたについてお聞きします。最もあてはまるものをそれぞれ一つ選んでください」という教示文に対し,「あてはまる」から「あてはまらない」までの5段階で回答を求めた。

4.2.3. 組織特性

組織特性に関する尺度は,Hornsby et al.(2009)による「経営サポート」「職務裁量性」に関する質問項目を採用した。本調査では,調査協力者の回答のしやすさを考慮し,一部の表現に若干の修正を加えた10項目を使用した。経営サポートについて「私の会社では,アイデアが成功するかどうかに関わらず,新しいアイデアに取り組もうとする意欲は認められていた」など6項目,職務裁量性について「仕事をどのように進めるかを決める責任は,基本的に私にあった」など5項目を設けた。「新規事業を担当していた当時のあなたの会社やあなたの仕事内容についてお聞きします。最もあてはまるものをそれぞれ一つ選んでください」という教示文に対して,「あてはまる」から「あてはまらない」までの5段階で回答を求めた。

4.2.4. 上司の支援

上司の支援に関する尺度は,中原(2010)による他者支援尺度の中で部下の能力向上に資する上司の支援として有意な影響を与える「内省支援」と「精神支援」を参考に8項目を作成した。批判的省察支援については「内省支援」を構成する3項目に加え,「これまでの仕事に対する見方や考え方を変えるようなアドバイスを与えてくれた」など2項目を新たに作成した。精神支援については,「精神的な安らぎを与えてくれた」など3項目を設けた。「新規事業担当時,あなたの直属上司から受けたサポートについて,最もあてはまるものをそれぞれ一つ選んでください」という教示文に対して,「あてはまる」から「あてはまらない」までの5段階で回答を求めた。

5. 分析結果

5.1. 回答者の属性

対象者の内訳は以下の通りである。業種は,製造業38.3%,情報通信業10.5%,サービス業16.7%,金融・保険業8.9%,流通・運輸業12.4%,不動産・建設業4.3%,その他8.9%であった。企業規模は,300名以上1,000名未満28.6%,1,000名以上5,000名未満37.2%,5,000名以上34.2%であった.役職は,部長クラス35.3%,課長クラス64.7%であった(6)

5.2. 尺度の構成

すべての質問項目において,分布の様子,平均値,標準偏差を算出し,天井効果およびフロア効果がみられないことを確認した上で,尺度を構成するために,項目群ごとに因子分析を行った。分析には,統計解析ソフトSPSS ver.24およびAMOS ver.18を使用した。各尺度の因子構成は以下の通りである。

5.2.1. 新規事業創出経験者の学習

新規事業創出経験者の学習に関する質問9項目について,最尤法による探索的因子分析を行った結果,固有値1.00以上を基準とすると1因子が示唆された。探索的因子分析の結果に基づき,1因子構造を想定して確認的因子分析を行った結果を図1に示す。結果,χ2(27)=62.760,GFI=.965,AGFI=.941,CFI=.982 RMSEA=.060と高い適合度が得られたため,1因子モデルを採用した。因子の信頼性係数を求めたところ,α=.924と十分な値が確認された。

図1 「新規事業創出経験者の学習」の確認的因子分析結果(n=371)

5.2.2. 学習目標志向性

学習目標志向性に関する質問8項目について,Button et al.(1996)に基づき,1因子構造を想定して確認的因子分析を行った。確認的因子分析の結果を図2に示す(10頁参照)。結果,χ2(20)=69.760,GFI=.955,AGFI=.919,CFI=.968,RMSEA=.082と高い適合度が得られたため,1因子モデルを採用することとした。因子の信頼性係数を求めたところ,α=.904と十分な値が確認された。

図2 「学習目標志向性」の確認的因子分析結果(n=371)

5.2.3. 組織特性

組織特性に関する質問10項目について,最尤法による探索的因子分析を行った結果,固有値1.00以上を基準とすると2因子が示唆された。採用する項目の要件について,該当因子における因子パターンが0.40以上かつ他因子における因子パターンが0.35以下の基準を満たすものと設定して,最尤法,プロマックス回転による因子分析を繰り返した結果,2因子構造が妥当であると判断し,確認的因子分析を行った。確認的因子分析の結果を図3に示す。結果,χ2(34)=155.864,GFI=.927,AGFI=.882,CFI=.939,RMSEA=.098と許容できる適合度が得られたため,2因子モデルを採用することとした。各因子の信頼性係数を求めたところ,第1因子(「経営サポート」)はα=.866,第2因子(「職務裁量性」)はα=.890と十分な値が確認された。

図3 「組織特性」の確認的因子分析結果(n=371)

5.2.4. 上司の支援

上司の支援に関する質問8項目について,最尤法による探索的因子分析を行った結果,固有値1.00以上を基準とすると1因子が示唆されたが,当初の仮説である2因子構造を想定して,該当因子における因子パターンが0.40以上かつ他因子における因子パターンが0.35以下の基準を満たすものを採用する項目の要件として設定して,最尤法,プロマックス回転による因子分析を繰り返した。その結果,2因子構造が妥当であると判断し,確認的因子分析を行った。確認的因子分析の結果を図4に示す(11頁参照)。結果,χ2(19)=19.926,GFI=.987,AGFI=.975,CFI=.999,RMSEA=.011と十分に高い適合度が得られたため,2因子モデルを採用することとした。各因子の信頼性係数を求めたところ,第1因子(「批判的省察支援」)はα=.885,第2因子(「精神支援」)はα=.743と十分な値が確認された。

図4 「上司の支援」の確認的因子分析結果(n=371)

5.3. 分析結果

まず,本分析で使用する各因子の尺度得点を用いた相関行列を表1に示す。

本調査は,独立変数と従属変数に関するデータを同一の回答者から得ているため,変数間関係が過度に強調されてしまうコモンメソッドバイアスの影響が懸念された(7)。コモンメソッドバイアスの影響を検証するために,ハーマンの単一因子テスト( Podsakoff & Organ,1986)を実施した。すべての観測変数を対象として,固有値1.00以上を抽出条件とした探索的因子分析(最尤法,回転なし)を行った結果,6つの因子が抽出された。それら6つの因子によって説明される全観測変数の分散の割合は65.8%であった。かつ,最も大きい固有値を有する第1因子によって説明される全観測変数の分散の割合は39.3%であった。以上の検定結果より,今回のサンプルにおいてはコモンメソッドバイアスによる影響の可能性は低いと判断した。

表1 使用変数の平均,標準偏差,相関行列(n=371)

続いて,「新規事業創出経験者の学習」を規定する要因を明らかにするために,Cole,Walter & Bruch(2008)の分析手続きに従い,媒介効果の検証を行う。 Cole et al.(2008)は,媒介関係が検証されるためには,(1)独立変数(「経営サポート」「職務裁量性」「批判的省察支援」「精神支援」)から媒介変数(「学習目標志向性」)への有意な直接的影響,(2)媒介変数(「学習目標志向性」)から従属変数(「新規事業創出経験者の学習」)への有意な直接的影響,(3)ソベル検定(ブートストラップ法)に基づく媒介効果の有意性,の3点が満たされる必要があると指摘する。そこで本研究では,(1)(2)については,観測変数に基づくパス解析を行い,(3)については,Preacher & Hayes(2008)に基づくブートストラップ法のソベル検定に基づく検証を試みた。統制変数には,「業種ダミー」「新規事業担当期間」「新規事業タイプダミー」「新規事業の業績」を投入した。

「学習目標志向性」を媒介変数とした組織要因(「経営サポート」「職務裁量性」)および職場要因(「批判的省察支援」「精神支援」)から「新規事業創出経験者の学習」への影響過程をモデル化したパス解析の結果を図5に示す。分析の結果,本研究の仮説モデルは,データとの高い適合性を有していることが確認された(CMIN=24.962,df=25,p=.464,GFI=.993,AGFI=.950,CFI=1.000,RMSEA=.000)。以下,各パスについて検討する。

図5 「新規事業創出経験者の学習」を従属変数としたパス解析の結果(n=371)

図5の通り,「新規事業創出経験者の学習」に対する直接的影響として,「学習目標志向性」(β=.51 p<.001),「経営サポート」,(β=.09 p<.05),「職務裁量性」(β=.20 p<.001),「批判的省察支援」(β=.11 p<.01)の効果性が実証された。一方,「精神支援」による効果性は認められない結果となった。以上の結果より,仮説1および仮説2A,仮説2B,仮説2Cが支持された。

続いて,「学習目標志向性」の媒介効果について検討する。第1に,組織要因と「新規事業創出経験者の学習」との関連について検討する。「経営サポート」と「新規事業創出経験者の学習」の関連を媒介する「学習目標志向性」の間接効果は0.1%有意水準の検定量が認められた(Z=8.801,p<.001)。同様に,「職務裁量性」と「新規事業創出経験者の学習」の関連を媒介する効果にも0.1%水準で有意な検定量が確認された(Z=10.148,p<.001)。

第2に,職場要因と「新規事業創出経験者の学習」との関連について検討する。「批判的省察支援」と「新規事業創出経験者の学習」の関連を媒介する「学習目標志向性」の間接効果は0.1%有意水準の検定量が認められた(Z=8.377,p<.001)。同様に,「精神支援」と「新規事業創出経験者の学習」の関連を媒介する効果にも0.1%水準で有意な検定量が確認された(Z=3.458,p<.001)。

以上の分析結果より,Cole et al.(2008)による3つの条件をすべて満たしていることが確認された。したがって,「学習目標志向性」が,組織要因(「経営サポート」「職務裁量性」)および職場要因(「批判的省察支援」)と「新規事業創出経験者の学習」の正の関連を媒介する効果があると判断し,仮説3A,仮説3B,仮説3Cは支持されたと結論づける。また,「学習目標志向性」は,「精神支援」と「新規事業創出経験者の学習」の負の関連を媒介する効果があると判断できることから,仮説3Dは棄却される結果となった。

6. 考察と結論

6.1. 本研究の意義

これまでの分析結果を踏まえ,まず本研究の学術的意義を2点述べる。

第1に,職場要因である上司の「批判的省察支援」と「精神支援」が,「新規事業創出経験者の学習」に対して,それぞれ異なる影響を与えることを実証した点である。具体的には,「批判的省察支援」が「新規事業創出経験者の学習」に対して直接的に正の影響を与える一方,「精神支援」は「学習目標志向性」を媒介し,「新規事業創出経験者の学習」に対して負の影響を与えるという結果であった。本結果から,管理職としてのパースペクティブを棄却・再構築する学習プロセスが特徴的な新規事業という文脈においては,既存の準拠枠に変更を迫る「批判的省察支援」によって学習が促進されることが示唆される。

一方,精神支援による負の効果性については,精神支援がもたらす精神的な安息とそれによって促される現状への肯定感が,現状の否定を含意する挑戦的課題や新規性のある行動を積極的に選択しようとする意欲の低下を招くものと解釈できる。さらに,精神支援によって学習目標志向性が低下した状況では,新規事業に埋め込まれた発達的挑戦課題を能動的に選択しようとしないため,学習が促進されない可能性が示唆される。一般的な職務経験を通じた学習には正の影響を与えるとされてきた精神支援が新規事業では負の効果性を持ちうるという本研究の知見は,学習を促進する上司の支援には文脈固有性が存在するという新たな見方を提起するとともに,個別具体的な事業部門および職種を対象に上司の支援の効果性を探究する学術的発展の可能性を示唆するものと考える。

第2に,「新規事業創出経験者の学習」を促進する個人要因および環境要因(組織要因・職場要因)を統合し,学習目標志向性を媒介とした影響過程モデルを実証した点である。この結果は,2つの研究領域に対する学術的貢献を示唆する。

まず,経験学習の規定要因に関する研究領域に対する貢献である。これまで学習の促進要因に関する先行研究では,各要因による直接的な影響を実証する研究知見が個別に蓄積されてきた。それに対して,本研究は要因間の関連を考慮した影響過程モデルを実証したことで,学習の促進要因に関するより包括的な知見を得ることができた点に学術的意義があると考える。次に,学習目標志向性に関する研究領域に対する貢献である。学習目標志向性に関する先行研究の多くはそれを個人特性とみなし,可変的な概念として捉える研究は少なかったことが指摘されている(Dragoni,2005; 砂口,2017)。また,学習目標志向性に影響を与える組織要因を検討した数少ない研究においても,上司の行動に要因が限定されており,組織・職場を含む環境要因が及ぼす影響を包括的に捉えた研究は進んでいない。それに対し,本研究では組織要因である「経営サポート」「職務裁量性」と,職場要因である「批判的省察支援」「精神支援」が学習目標志向性に与える影響を検討し,実証的知見をもたらした点に学術的意義があると考える。

続いて,本研究の実践的意義について2点述べる。

まず,「学習目標志向性」が「新規事業創出経験者の学習」に対して直接的な影響をもたらすという発見事実は,新規事業部門に登用する中堅管理職の選定要件を策定する上で有用な知見をもたらすものと考える。具体的には,過去の実績だけでなく,いかなる目標志向性を有する人材なのかを登用要件に加え,事前に評価する人事施策が求められるだろう。ここで留意が必要なのは,学習目標志向性は生得的な個人的資質ではなく,「経営サポート」「職務裁量性」「批判的省察支援」などの組織・職場要因に影響を受けるということである。つまり,学習目標志向性は新規事業への登用要件として事前評価に用いるだけでなく,登用後も定期的に評価し,必要に応じて経営や上司による介入を施すことも重要であると考えられる。

次に,組織要因である「経営サポート」「職務裁量性」および職場要因である「批判的省察支援」が「新規事業創出経験者の学習」に対して直接的および間接的な影響を与えるという発見事実は,新規事業部門に在籍する中堅管理職の育成支援をする上で,経営層および上司に有用な実践的示唆をもたらすものと考える。企業経営には新規事業を奨励・支援する経営サポートの充実と新規事業担当者に対する積極的な権限委譲が求められる。また,上司には部下の批判的省察を含む内省を促す支援が重要であることが示唆される。

6.2. 本研究の課題

中堅管理職における新規事業創出経験者の学習を促進する要因として個人・組織・職場要因による効果性を統合的に実証した点に本研究の学術的および実践的意義があると考える。その一方でいくつかの制約を有している。

第1に,研究上の課題として,中堅管理職の学習に影響を与える環境要因として組織風土,職務特性および上司の支援に限定した検討であった点が挙げられる。今後の研究として,直属上司以外の他者による支援や人事制度の効果性を考慮した研究デザインによる一層の研究蓄積が期待される。

第2に,調査方法論上の課題として,同一回答者による横断的調査であるという点が挙げられる。既述の通り,本研究では,Podsakoff & Organ(1986)によるハーマンの単一因子テストによって,コモンメソッドバイアスの影響は否定されることを検証したが,組織特性や上司に対する評価を個人の知覚の程度に委ねざるを得ない点に方法論上の制約を抱えている。組織,上司,個人と分析レベルの異なる変数を扱い,その関連をより精緻に検証するには,経営層および人事部,上司,本人とそれぞれに妥当な調査回答者を設定し,得られたデータをマルチレベル分析する必要がある。

第3に,分析上の課題として,本研究では,尺度構成の結果を受け,「新規事業創出経験者の学習」を1因子の尺度として扱わざるを得なかった点が挙げられる。今後は,「新規事業創出経験者の学習」が含意する学習内容の多様性に着目し,学習タイプによって影響を与える要因がどのように異なるのかを検討する実証研究の蓄積が求められる。

(筆者=田中 聡/東京大学大学院学際情報学府博士課程 中原 淳/立教大学経営学部教授)

【注】
1  本論文で扱う中堅管理職は,「中間管理職」と同義であると捉える。

2  中堅管理職については,日本生産性本部(1995)八代(2002)らの定義に従い,「部長クラス」「課長クラス」に該当するものを対象とした。

3  新規事業創出経験については,新規事業部門(「新規事業の企画・開発・運営を専門とする部門」または「主として新規事業の企画・開発・運営を担う部門」)に所属し,「事業機会の発見からアイデア促進までの事業構想化段階」「プロジェクトが正式に承認されるまでの承認段階」「プロジェクトが正式に承認された後の事業化段階」のいずれかまたはすべてを担当した経験を有するものを対象とした。

4  クロス・マーケティング社を選定した理由は,ビジネスモニターの登録数が多く,モニター会員管理が厳格で正確な情報を収集できる,という特徴を持つためである。

5  予備調査を2017年2月,本調査を2017年3月に実施した。

6  回答者の個人属性は以下の通りである。年代は,20代1.1%,30代7.3%,40代24.8%,50代53.4%,60代13.5%であった。性別は,男性95.1%,女性4.9%であった。新規事業での業務経験年数は,半年以上1年未満11.9%,1年以上2年未満26.7%,2年以上3年未満21.3%,3年以上40.2%であった。

7  Podsakoff & Organ(1986)によれば,すべての観測変数を対象とした探索的因子分析(最尤法,回転なし)によって,固有値1.00以上の因子が1つしか抽出されない場合と,第1因子によって説明される全観測変数の分散の割合が過半数を超える場合には,コモンメソッドバイアスの影響が懸念される。

【引用文献】
 
© 2019 Japan Society of Human Resource Management
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