Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
ISHIYAMA, Nobutaka "Mechanism of Cross-Boundary Learning"
Makoto MATSUO
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2019 Volume 20 Issue 1 Pages 41-44

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『越境的学習のメカニズム ―実践共同体を往還しキャリア構築するナレッジ・ブローカーの実像―』,石山 恒貴 著;福村出版,2018年1月,A5判・240頁

1. はじめに

学習や発達に関して独自の理論を展開しているエンゲストロームによれば,変化の激しい世界において成長するには,特定の領域において体系的な専門知識を習得していく「垂直的な学習」だけでは不十分であり,部門を超え,組織を超えて問題を解決する「水平的な学習」が不可欠になるという(Engeström, 2001, 2004)。 エンゲストロームは,異なる共同体のメンバーと共に,専門領域を超えて行われる活動を「越境(boundary crossing)」と呼び,熟達における「水平的側面」を重視している(Engeström et al., 1995)。本書は,この越境に焦点を当て,組織の中で働く人が境界を越えた活動を通して,何を,どのように学んでいるかを検討した意欲作である。以下では,まず本書の内容を紹介した後,理論的な意義とともに,今後の研究課題について述べたい。

2. 本書の内容

まず序章において,越境的学習が,ワークプレースラーニング研究,状況的学習論,活動理論,ネットワーク理論,キャリア論に関わることを指摘した上で,第1章では,先行研究を基に越境的学習が定義されている。すなわち,越境的学習の境界とは「自らが準拠している状況」と「その他の状況」との境を意味し,この境界を往還しているという個人の認識が存在するときに,越境的学習が成立するという。

第2章では,内部労働市場と日本型雇用慣行が組み合わされることで,境界が強固なものとなり,越境への制約が大きくなることが論じられている。また,越境的学習の概念が,状況的学習,実践共同体,正統的周辺参加,バウンダリーレスキャリア論との関係において説明されている。

第3章では,異なる実践共同体間の知識を仲介するナレッジ・ブローカーの役割が検討されている。ナレッジ・ブローカーは,複数の実践共同体に参加しつつ,情報・知識を還流するが,このときに重要になるのが,多様な価値観やアイデンティティを受容し統合することである。

第4章では,これまでのレビューに基づいて,越境的学習に関する定義,命題が整理され,リサーチ・クエスチョンが提示される。すなわち,「越境的学習とは,どのような学習か」「そうした学習にはどのような効果があるのか」「ナレッジ・ブローカーは,どのように複数のアイデンティティを調停し,実践共同体を変容させるのか」といった問いである。

第5章では,本書の実証研究の主な舞台となる非営利組織(NPO)「二枚目の名刺」の概要が説明されている。「二枚目の名刺」が掲げるコンセプトは,社会人が本業以外にも社会活動を行い,社外で価値を生み出しながら,自身も成長し,さらに本業にも還元されるサイクルを生み出すことにある。具体的には,外部との協働を求めるパートナーNPOを募り,短期間のプロジェクトを立ち上げ,そこに企業で働く社会人を参加させ,自らも仲介者として支援している。

第6章では,どのような越境活動が,職場における業務活動を促すかが定量的に検討されている。企業に勤務する正社員に対するインターネット調査データを分析した結果,「ボランティア活動」「地域コミュニティ」「異業種交流」など,所属企業と明確に異なる領域の人々との関わる越境活動をしている人ほど,本業において業務改善活動(ジョブ・クラフティング)に従事していることが明らかになった。これに対し,「副業」「プロボノ」「趣味・サークル」「勉強会・ハッカソン」「自社の業務外活動」など,所属する企業と類似した領域の人々と交流,もしくは明確な領域が決まっていない人々と交流する活動は,職場の改善活動との関係が見られなかった。

第7章は,「二枚目の名刺」におけるサポートプロジェクトに関する事例研究である。関係者に対するインタビュー調査の結果,企業側のメンバーは,プロジェクトに参加するプロセスにおいて,異質性(自身の状況とは異なる状況)を認知できない状態から,徐々に異質性を認知し,お互いの持つ意味をすり合わせる統合段階へと移行することが報告されている。その際,ナレッジ・ブローカー(コーディネーター)としての「二枚目の名刺」スタッフは,観察者に徹することで,NPOと企業側メンバーが自発的に気づくことを促し,プロジェクト終了後に「スパイシーなフィードバック」をしていたという。

第8章では,越境的プロジェクトによってどのような能力が醸成されるかが分析されている。二枚目の名刺が仲介するサポートプロジェクトに参加した企業側メンバー50名とその上司に対する質問紙調査データを統計分析した結果,越境的プロジェクトによって獲得される能力として「多様な意見の統合」「曖昧な状況での業務対処」「メンバーへの権限委譲と成長の重視」「顧客への率直な意見具申」「メンバー間の信頼関係の構築」が抽出された。なお,これらのスコアをプロジェクト実施前と実施後で比較したところ,本人評価では,能力が向上したと感じていたのに対し,上司は能力の伸びを認めていないという結果が報告されている。

終章では,本書における発見事実が整理され,理論的・実践的意義とともに,今後の研究課題が議論されている。

3. 本書の理論的意義

本書の理論的な意義は,次の3点にまとめることができるだろう。第1に,個人の学習を促す越境的活動を特定していることである。従来の研究において,越境的活動の重要性は指摘されてきたが,どのような活動が個人の成長を促すかについては明確にされてこなかった。そのような状況の中で,自分の領域と明確に異なる領域の人々と協働する活動である「ボランティア活動」「地域コミュニティ」「異業種交流」が,本業における業務改善活動を促していることを明らかにした点は興味深い。この結果は,越境元と越境先の異質性が高いほど,学習効果が期待できることを示唆している。言い換えれば,自分の領域から「大きくジャンプし,異なる領域の人々と交流すること」が,個人の成長にとって重要になるといえる。なお,「ボランティア活動」「地域コミュニティ」といった業務と直接的な関わり合いがない活動が業務改善活動を促していたことは,ワーク・ライフ・バランスの観点からも注目に値する。

第2の意義は,越境活動における学習プロセスが質的・量的分析を通して明らかにされている点である。具体的には,越境元と越境先における意味の違いを認知できない「不認知」状態から,意味の違いを「認知」し,意味をすり合わせる「統合」へと移行するプロセスが描かれている。こうした越境経験をきっかけにして,「自分が表に立たずに任せるマネジメント」「ひとつ上の視点から俯瞰するマネジメント」を試みる参加者もいたという。この結果から考えて,サポートプロジェクトによる越境的経験は,メジロー(Mezriow, 2009)のいう批判的内省(critical reflection)や変容的学習(transformative learning)を喚起したといえる。なお,越境的な学習プロセスにおいて,ナレッジ・ブローカーとしての中間支援組織は,積極的介入をせずに参加者の自律的な気づきを重視しているが,これはクックとブラウン(Cook and Brown, 1999)が提唱する「ノウイング(knowing)」(自分の力で知を生み出す行為)を尊重する支援であると考えられる。

第3に,本書の分析結果から伝わってくるのは,越境的学習の難しさである。第7章では,サポートプロジェクトに関して,企業メンバーの自己評価に比べ,コーディネーター評価が低く,第8章の分析においても,プロジェクト実施前後の能力比較において,企業メンバーの自己評価よりも,上司による評価が低い傾向にあった。これらの結果が意味することは,越境的経験を通して,本人が感じるほど態度・行動変容が生じていないということである。しかし,逆にいえば,3か月という短い期間のプロジェクトであっても,参加者本人の中では確かな「気づき」があるという点も見逃せない。本研究が示すことは,短期的な越境的プロジェクトの経験は,参加者の認知レベルの変容を促進するが,目に見える行動変容を生じさせるためには,さらなる時間や介入が必要になるということである。

4. 今後の研究課題

本書は,上述したような理論的意義を持つ優れた研究ではあるが,同時に課題も抱えている。ここでは4つの点を指摘しておきたい。第1に,若干テクニカルな指摘となるが,分析方法や結果解釈について気になる点があった。例えば,第6章において,ジョブ・クラフティングに関する因子分析の結果,「改善ジョブ・クラフティング」と「関係改善ジョブ・クラフティング」の2次元が抽出されているが,項目内容を見る限り「通常業務における改善活動」と「職場イベントの企画」といった命名をすべき次元であり,やや強引な解釈がなされている。また,第8章における因子分析がどのようなサンプルに対して実施されたかについての説明がないことに加え,プロジェクトの実施前後における本人評価,上司評価に関する交差遅延効果モデルを用いた分析は,リサーチクエスチョンから考えて必要性は低いと思われる。

第2に,第6章において,「ボランティア活動」「地域コミュニティ」「異業種交流」が,本業における業務改善活動(ジョブ・クラフティング)を促進することが示されたが,逆の因果が存在する可能性がある。測定されている業務改善項目の内容をよく見ると,10項目のうち,5項目に「同僚と一緒にやり方を変えている」「同僚と一緒に方法を導入している」「同僚と一緒に企画している」といった「他者協働」に関する行動が含まれていることから,この尺度は,他者と協働しながら業務を遂行することを好む傾向性を測定している可能性がある。そう考えると,「越境的活動→業務改善行動」ではなく「業務改善行動(他者協働性向)→越境的活動」という因果関係が存在するかもしれない。つまり,他者と協力しながら業務を遂行することを好む人ほど,ボランティアや地域コミュニティ活動に関与していると解釈することもできる。今後は,時系列データ等を用いて,因果の方向性を確認する必要があるだろう。

第3に,本書では,異質性の「気づき」「受容」「統合」という3段階モデルが提示されているが,越境プロジェクトを経験する全ての人がこれらのプロセスを経るとは限らない。つまり,異質性に気づき,受容し,統合できる人とそうでない人がいるはずである。どのような状況的,個人的要因が,「気づき」「受容」「統合」を促進しているかを検討することで,より深い越境的学習メカニズムを明らかにすることが可能になるだろう。これに関して,本人評価と上司・コーディネーター評価のギャップが大きい人と小さい人を比較し,その違いを分析することで,「越境的経験から学ぶ能力」を解明することができるかもしれない。

第4に,本書で紹介されているナレッジ・ブローカーは,プロジェクト中は介入せずに見守り,プロジェクト後に「スパイシーフィードバック」をしていたが,こうしたアプローチは極めて日本的,職人的である。上述したように,ノウイングの観点から考えると意味はあるものの,プロジェクトのプロセスにおいて,深い内省を引き出す問いかけや議論のファシリテーションを実践することも重要であると考えられる。また,本書では,プロジェクトを仲介する組織をナレッジ・ブローカーとして分析していたが,参加企業の従業員もNPOと自社をつなぐナレッジ・ブローカーとしての役割を果たすべきであり,そうした分析も必要であろう。その際には,越境元と越境先をつなぐための積極的なコミュニケーションが求められるはずである。

以上,いくつかの課題について述べてきたが,これらを差し引いたとしても,本書の貢献が大きく減じることはない。むしろ,第2から第4の点に関しては,本書によって引き出された研究テーマであるともいえる。

5. おわりに

本書は,実践的にも理論的にも注目されている「越境」をテーマとした実証研究である。本稿を執筆するにあたり本書を熟読したが,その過程において,大いに知的好奇心が刺激された。なお,本書は,ナレッジマネジメント分野を代表する英文学術雑誌であるJournal of Knowledge Managementに掲載された石山氏の論文をベースに執筆されていることを申し添えておく。グローバルレベルの研究に基づいた本書をきっかけにして,日本における越境的学習研究がますます発展することを期待したい。

(評者=北海道大学大学院経済学研究院教授)

【参考文献】
 
© 2020 Japan Society of Human Resource Management
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