Japan Journal of Human Resource Management
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Print ISSN : 1881-3828
Book Review
HIRANO, Mitsutoshi, and ENATSU, Ikutaro Human Resource Management
Yasuo DAN
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2019 Volume 20 Issue 1 Pages 48-51

Details

『人事管理―人と企業,ともに活きるために―』,平野 光俊・江夏 幾多郎 著;有斐閣,2018年6月,A5判・306頁

1. はじめに

「著者の思いがよく伝わってくる本」であり,「非常に読み応えがある」というのが,読み終えて最初に出てきた感想である。各章において,人事管理制度に関する説明に留まらず,実務の現場で起きている具体的な問題や例を数多く説明に盛り込んでいる点から,従来のテキストのスタイルに留まらないものにしたいという著者たちの思いを感じた。また,紙幅の制約と平易さを両立させなければならない中で,著者たちは最大限の挑戦をしていると感じた。

従来の経営環境との整合性を高めるように形成され機能してきた従来の日本型人事管理は,昨今の大きな環境変化のもとで転換が求められており,しかもそれは雇用関係解消の可能性を含む大きな変化をもたらしうるものである。このような状況においては,人事担当者のみならず,他の部門で働くビジネスパーソンにとっても,またこれから企業へと入っていこうとする学生たちにとっても,人事管理について知り,それを自分自身の問題として捉え,深く考える必要性が高まっている。本書はまさにこの時期にふさわしいテキストとして登場したと言えるであろう。

2. 本書の概要

本書は,第1部「人事管理の原理」(第1~3章),第2部「人事管理のバリューチェーン」(第4~9章),第3部「人事管理の現場」(第10~終章)という3つの部分からなる。

第1章「組織をつくる」では,人事管理の役割,組織における分業と調整,内部労働市場の特徴について説明し,長期雇用を中心とした雇用システムが変化していることと,エンプロイアビリティの概念に言及している。

第2章「働くということ」では,行動科学や組織行動論の知見に基づき,モチベーションとキャリア,さらには企業と従業員の関わり方の変化についてカギとなる心理的契約について解説されている。

第3章「システムとしての人事管理」では,人事管理を構成する諸要素が束となって環境と適切に関わるという「外的整合性」と,諸要素同士が適切な関係を築けているという「内的整合性」をキーワードに人事管理システムの解説がなされている。

第4章「社員格付け制度」では,職能資格制度と職務等級制度についてその企業と従業員にとってのメリットとデメリットを詳しく解説し,日本企業における社員格付け制度の歴史をたどった上で今後の課題を述べている。

第5章「採用と退出」では,採用活動の基準と手法,日本企業の採用活動を取り巻く諸問題とそれに対する取り組み,定年制や解雇など雇用関係の解消について解説し,企業と従業員の価値観の変化に伴う新しい雇用関係のあり方を展望している。

第6章「配置」では,初任配属,配置転換(異動)ついて解説し,日本企業においては,それらが企業主導で行われるという特徴について説明した上で,今後異動は従業員主導で行われるという可能性とその際の課題について述べている。また,日本企業の「遅い昇進」について説明した上で,そのメリットが近年消失していることに言及している。

第7章「評価と報酬」では,報酬に関連づけるかたちで評価について中心に解説し,日本企業における能力主義をベースにした評価に成果主義的な要素が入っていく様子を丹念に追い,評価というものの困難さについて詳しく述べている。

第8章「人材育成」では,人材育成が実現するには,人材が「育つ」という側面と企業が人を「育てる」という側面があることを示し,エンプロイアビリティの考え方に基づくこれからの人材育成の課題について述べている。

第9章「労使関係」では,企業が従業員個人の人格そのものを「尊重」する関わり方という観点から,安全・衛生,労働時間管理,福利厚生,エンプロイアビリティ向上のための支援,労使関係について説明している。

第10章「非正社員の基幹化」では,非正社員の類型や,量的基幹化から質的基幹化への展開について説明した上で,正社員と非正社員という複数の雇用区分を組み合わせる雇用ポートフォリオについて,取引費用の経済学の枠組みを用いて説明している。

第11章「女性の活躍推進」では,女性の活躍の現状と課題に触れ,雇用における男女間差別の根底にはパターナリズムがあることを指摘した上で差別に関する理論について説明し,日本企業ではジェンダー・バイアスが生じる結果として逆選択と予言の自己成就による悪循環が生じていることを説明している。

第12章「ワーク・ライフ・バランスと働き方改革」では,日本でワーク・ライフ・バランスが注目されるようになった理由について説明し,日本の労働時間の現状と規制について触れた後に,働き方改革においても職場での生活と職場外での生活との関係を意識することが必要であることを述べている。

第13章「高齢者雇用」では,日本の労働市場の高齢化の状況を示し,そこでの問題発生の原因が年功パラダイムにあることを指摘し,実際に生じている継続雇用後のミスマッチや処遇の問題を解消するための方法として,「発揮実力パラダイム」が必要であると述べている。

第14章「グローバル経営と国際的人的資源管理」では,多国籍企業におけるグローバル経営の進展による海外子会社の機能の高度化に伴う人事管理上の問題として,経営職ポストの現地化と本社内の内なる国際化を挙げ,その対応策について説明している。

終章「人事管理の未来」では人事管理の今後についての展望と想いが述べられている。

3. 本書の意義と課題

まず,ここでは従来のテキストにはあまり見られない,本書の特徴について挙げていくことにする。

第1に,エンプロイアビリティに基づく雇用関係への変化を中心に据えて,日本企業の人事管理のシステムや現場の動きを説明している。エンプロイアビリティに関する記述は本書の多くの章で見られるが,例えば第9章でエンプロイアビリティの向上を「従業員1人1人の働きがいに対する支援」と位置づけて積極的にとりあげている点は,従来のエンプロイアビリティに関する議論よりもさらに踏み込んでおり,興味深い。

第2に,実務において現実に起きている問題に関する記述が豊富にある。例えば,第11章では,男性が女性を差別する嗜好や固定観念を持っていることに留まらず,男性は女性に対して良かれと思って女性の働き方を決めているのに対して,それは男性の勘違いであり,女性にとっては大きなお世話であると捉えているという,パターナリズムの中での双方の感じ方の齟齬にまで踏み込んで問題を描き出している。このような記述は人事の実務を経験している著者だからこそ書くことができるものであると言えるだろう。

第3に,最先端のトピックを積極的に取り入れ,説明を試みている。例えば,「両利き経営」(序章)や,「エンゲージメント」(第5章),「フォルトライン」(第11章),「グローバル・マインドセット」(第14章)といった,今後の日本企業の人事管理において非常に重要なテーマについて丁寧な説明を行っている。日本企業において今後それらがどのように展開されていくのかをさらに深く考える際には有用なガイドとなるだろう。

このように,本書は思い切った試みを数多くしている点が非常に高く評価できる。ただし,その分課題もある。

第1に,多様な内容を限られた紙幅の中で扱おうとしていることから,やむを得ないことではあるが,詰め込みすぎている箇所と説明が不足している箇所がある。例えば,第9章「労使関係」では,安全・衛生,福利厚生,労使関係が従業員の尊重という観点で1つの章でまとめられているが,それぞれの領域に1つの章が割り当てられても良いくらいの内容があるので,詰め込み過ぎている印象がある。また,第7章「評価と報酬」において,賃金制度自体については,意欲や行動といった評価項目が月給,業績がボーナスに結びつけられているという点で触れられているに留まる。賃金制度自体に関する説明がもう少しあってもよいのではないかと感じた。

第2に,定義について説明のないまま使われている用語が少なからずある。例えば,「垂直的コーディネーション」「査定付き定昇」「名ばかり管理職」「雇い止め法理」「ハイタッチ・サービス」「プラットフォーム」「スロッティング」などが挙げられるだろう。これは紙幅の都合に加えて,学生に加えてビジネスパーソンも読者として想定としていることに起因しているのかもしれない。実際に企業での勤務経験があるビジネスパーソンにとって,本書は容易に読み進められると思うが,学生が本書を読む際には少し読みにくさを感じるかもしれない。

第3に,第3部で扱われる人事管理施策と法制度や政策との関係について,現在ある姿がなぜ,どのような経緯を辿って出来上がっていったのかについてもう少し詳しく説明されている方がよいのではないだろうか。例えば,第13章において,定年制改革は将来的に検討すべき課題であり,その際には解雇や勧告を成文化した退出ルールを定めることが求められると述べられているが,実際には65歳までの雇用を確保することが法的に義務づけられており,その対象者も拡大されていった。この点について,なぜそのようになったのか,決定のプロセスについても触れておくと,理解がより進みやすくなると思われる。

以上に挙げた課題は,書き方の問題というよりも,幅広い読者を想定するのであればどうしてもさらに多くの紙幅が必要にならざるを得ない一方でそうすることは難しいという,テキストとして出版する際に直面する問題に起因しているように思われ,おそらくこのような課題については著者も承知しているであろうと思われる。もう少しボリュームを増やすことが可能であれば,詳細に書き込めたことも少なからずあるのではないだろうか。

本書を大学での授業でテキストとして使用するならば,人事管理を初めて学ぶ学生を対象とした講義よりもむしろ,学部のゼミや大学院の講義などで時間をかけてじっくり取り組む場合に,非常に有効であると思う。用語を学生自身が調べ,また背景となる知識を教員が補っていくことができれば,その内容を伝え,考えさせることは十分可能であろう。学生自身に考えさせたいという教育上のニーズに十分応えることのできるテキストであると思う。

2019年4月の働き方改革関連法施行によって,企業は働き方の転換への対応を迫られているが,その結果が現れてくるには少し時間が必要であり,その後の状況に合わせた内容に言及したテキストが生まれてくることになるだろう。本書も後の改訂の機会にそれらを盛り込むことになるのかもしれない。しかし,本書は現時点でできる限り多くの内容を盛り込んでおり,日本企業の人事管理の今後の行方を考える際にも多くの示唆を与えるものである。雇用関係に大きな変化がもたらされようとする今,他人事(ひとごと)ではない人事の話について深く考えるための入口として本書は最適なテキストであり,より多くの人に読まれることを願う。

(評者=近畿大学経営学部教授)

 
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