Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
Foreword
Coexistence with HR Technology
Emiko TAKEISHI
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2020 Volume 20 Issue 2 Pages 2-3

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日本代表の活躍に沸いたラグビーワールドカップでは,選手がジャージにGPSデバイスを装着して試合に臨んでいた。選手の背中の四角形の盛り上がり部分に装置が付けられていたのだが,これにより選手の複雑な動きを追跡でき,動きの修正や試合の戦略に活用していた。ラグビーでは2012年という早い時期から公式試合中のGPS装着が認められており,日本チームの躍進もこうした情報通信テクノロジーに支えられている部分が少なくないようだ。

テクノロジーの活用は,人事管理においても急速に進み,「HRテクノロジー」として注目されている。従業員の勤怠管理はもとより,採用・定着,配置・育成,働き方改革といった人事課題に対して,テクノロジーを活用することにより効率的かつ効果的に対応しようとする事例が増えてきた。新卒採用の応募書類内容から自社が望む人材との適合度を判断する,研修受講者の目線や顔の角度から集中度を測り研修効果を把握する,特別な眼鏡をかけることで姿勢や視線移動の状況から仕事への集中度が測定できる等,様々な場面でテクノロジーが活用されるようになっている。

人事部門には,従業員に関する様々なデータが蓄積されてきたが,残念ながらそれらを統合して実務の現場に活用されてきたとは言い難い。たとえば,従業員の意識調査を実施しても,外部機関に分析を任せて全体の結果のみフィードバックしてもらうことにとどまり,人事管理の運用や現場のマネジメントといったところまでは活用されていないことが多い。これまでは,データを客観的に分析して施策に活かすというよりは,人事担当者や職場の上司の「経験」や「勘」という部分に依存してきた面が大きかったのではないだろうか。

しかし,多様性尊重,人事管理の個別化といった動きにより,「経験」や「勘」に頼ることにより見落とされていた個人や個人の特性に光を当てる重要性が高まっている。上述の「特別な眼鏡」の例にみられるように,テクノロジーにより従業員の多面的なデータを体系的に収集できるようになり,さらにAIによる分析技術の高度化と一般化が進んできたことで,今日的な人事課題に科学的に対応することが容易になってきた。

そもそも人事管理は,経営に必要な労働力の供給という経営機能を担っており,この観点からいうと「HRテクノロジー」は,人材の発掘や能力の有効発揮を支援する強力なツールとなり得る。しかし一方で,人事管理には働く人の生活を支えて働きがいを高めるという個人の視点も重要である。人事部門が従業員のデータベース構築に慎重な姿勢を見せてきた背景には,従業員のプライバシー保護を重視してきたという点があげられる。就活生の行動データを企業に提供していたケースが個人情報保護の観点から問題になる事例がでてきたように,人事管理における個人尊重の視点を明確にしておかないと,「HRテクノロジー」の暴走につながりかねない。「HRテクノロジー」を活用するためのルールや共通理解が求められ,「HRテクノロジー」といかに共存するかを考える必要性が高まってきた。

技術的・法律的なことを語る能力は筆者にはないが,ポイントは,データの蓄積と分析結果の活用に合理性や納得性が得られるか,という点であろう。様々な機器を使えば多様な情報を収集できるが,目的に照らして必要な情報が適切な方法で集められているか,という点において,データを蓄積される従業員(応募者など社外の人材も含む場合がある)の理解を得られなければ,データを収集すべきではないし収集しても活用すべきではない。また,集められたデータはAI技術により解析されて一定の判断が示されることになるが,AIの学習機能はブラックボックス化しており判断の根拠が必ずしも明確ではないという課題も指摘されている。AIによる判断を一つの選択肢としつつも,人事部門や上司のアナログな「経験」や「勘」を加味した最終判断がなされていくことで,当面は納得感を得ることにつながるのだろう。

また,「HRテクノロジー」は,人事の現場だけでなく,人事管理研究へのインパクトも考える必要がある。これまで人事管理の研究では,研究者が人事部門や従業員を対象に様々な調査等を依頼し,その結果を分析することで積み重ねられてきた研究成果が現場にフィードバックされてきたが,「HRテクノロジー」により,研究者からみて極めて価値のある人事マイクロデータが人事管理の現場で集められて分析することが可能になる。AIにより特定分野の仕事がなくなるといわれているが,人事管理研究もAIにとって代わられる分野がでてきそうな勢いである。コンピュータサイエンスの専門家が人事部門で「人事エンジニア」としてデータを駆使して活躍するようになり,研究者の存在価値が問われるようになってきたといえるだろう。あらためて研究者には,先人の理論・モデルや実証研究の蓄積に立ち,現場を俯瞰しながら説得力のあるエビデンスを提示して社会課題を解決するという大局的・客観的な視点,研究姿勢,そして研究スキルが求められることを認識すべきであろう。それにより,研究者は「HRテクノロジー」と,そしてそれを駆使する「人事エンジニア」と,共存できるのではないだろうか。

テクノロジーの駆使がラグビー日本代表の強化に資したように,「HRテクノロジー」と人事部門,そして我々研究者が上手に共存することにより,日本の組織が強くなることを期待したい。

  • 武石 恵美子

法政大学

 
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