2020 Volume 20 Issue 2 Pages 27-46
The change from seniority-based and person-based systems towards performance-based and jobbased systems on individual reward determinations is one of the most significant changes in Japanese HRM over the last three decades. Centralized decision-making on HRM issues is also characteristic of Japanese HRM, and the seniority-based and person-based systems and centralized decision-making on HRM issues are complementary to each other. Therefore, the change towards performancebased and job-based systems can facilitate the change of centralized decision-making on HRM issues towards decentralized decision-making. This research investigated the extent to which senioritybased and person-based systems and centralized decision-making on HRM issues have changed. The method used for the investigation was a comparison between Japanese-owned companies and foreignowned companies operating in Japan. As a result, the research obtained some important findings, including the following issues. First, while the changes towards performance-based and job-based systems have progressed, there is no evidence on changes in centralized decision-making on HRM issues. Therefore, complementarity between the characteristics of Japanese HRM may have broken down. Second, although seniority-based and person-based systems have certainly changed towards performance-based and job-based systems in Japanese-owned companies, seniority elements are more focused in Japanese-owned companies than in foreign-owned companies, and performance and job elements are more focused in foreign-owned companies than in Japanese-owned companies. Third, it has been generally considered that shokumu suikou nouryoku (the ability to perform jobs) in Japanese HRM is general and abstract but not specific and that this characteristic of shokumu suikou nouryoku is complemented by a seniority-based system. Past research has found that Japanese HRM has changed towards the performance-based and job-based systems that characterize Western HRM, but that these changes are not yet complete, and Japanese HRM is in position midway between Japanese HRM and Western HRM. As a result, there have been debates concerning issues around person-based systems and job-based systems. In such situations, the factor analysis of the answers gathered from Japanese-owned companies conducted in this research extracted two factors: job and performance factors, which consist of shokumu suikou nouryoku, job value, role, performance and behavior (evaluated by competency); and seniority factors, which consist of age and years of service. It can be considered based on these results, that shokumu suikou nouryoku is no longer general and abstract, and it has changed towards having a similar characteristic of person specification extracted based on job analysis, which is due to the spread of Western HRM practices. The author argues that through the changing characteristics of shokumu suikou nouryoku, the characteristics of individual reward determination have qualitatively changed to be more similar to such determination found in Western HRM.
本資料は,筆者の参加した研究グループで実施した「人事部門の組織と機能に関する調査」結果の一部を紹介するものである。同調査は,質問紙郵送方式のサーベイリサーチによって,日系企業対象と外資系企業対象の2回にわたって実施されている。同調査で活用された質問紙の項目は,研究グループのメンバーである一守靖氏によって作成され,これに,①統計分析のしやすさ,②日本企業・外資系企業それぞれの状況への対応,という主に2つの面から修正を加えている。なお,人事部門の対象に関しては,「人事部門の組織と機能に関する調査」と本稿の両者において,特に断りがない限り,本社人事部を指している。
「人事部門の組織と機能に関する調査」の結果に関しては,これまでのところ,一守靖氏によって,「人事の最終意思決定者」と「基本給決定における重視項目」という2つの質問部分に関する調査結果が紹介されている(一守, 2018)。同論文では,日系企業に対する調査において,「人事の最終意思決定者」に対する回答結果は,日本型人事管理の特色である強い集権的人事管理が維持されていることを示すものであったが,他方,「基本給決定における重視項目」に対する回答結果は,「職務価値を重視する」と「役割を重視する」との回答割合がそれぞれ約60%と約80%を占めており,人基準の従来の日本型人事管理に欧米型人事管理の要素が徐々に組み込まれつつある状況が窺えた,と調査結果を紹介。この結果を踏まえて,日系企業において人事管理制度とその運用(人事に関する意思決定構造)にねじれが生じつつあることを意味する,と問題提起が行われている(一守, 2018; p.55)。本資料の目的は,一守靖氏によって議論された内容をより詳しく紹介することにある。
日本の人事管理が,従来型の年功主義・人基準から成果主義・職務基準の方向へと変化している中で,年功主義・人基準と補完性を有していた集権的人事管理は変化しているのだろうか,との問題提起は,人事研究者にとって2000年代以降の研究テーマの1つになっている。そういった中,2009年時点の状況として平野光俊教授により,日本企業における集権的人事管理の維持がサーベイリサーチによって発見されている(平野, 2011)。筆者を含めた研究グループが実施した「人事部門の組織と機能に関する調査」も同様の問題認識に基づいたものである。特色は,外資系企業との比較がなされている点にある。日本企業と外国企業の人事に関する意思決定構造に関しては,世界31カ国の国際比較調査(CRANET, 2011),日本企業と米国企業の比較(Jacoby, 2005; Jacoby, et al., 2005),日本企業とイギリス企業の比較(Suda, 2004; 須田, 2004)などが行われ,日本企業の集権的人事管理が報告されている。
本調査の目的は主に以下の2つを明らかにすることにある。1つは,日本という同じ経営環境の中で活動している企業間で,日系企業と外資系企業というホームカントリーの違いによって人事管理に違いがあるのか,違いがあるとしたら,どこが,どの程度異なっているのか。もう1つは,日本型人事管理と呼ばれる特定のタイプの人事管理において,かつては全体を構成する個別特色間には補完関係が存在し,有効に機能していた。現在でも,補完性は維持されているのだろうか,あるいは補完性は崩れているのだろうか。
「人事部門の組織と機能に関する調査」では,採用・異動・教育などさまざまな人事施策分野,人事部員の育成方法,従業員に対する情報収集,人事制度改定に関する重視要因,など多岐にわたって調査を行っているが,本資料では,一守靖氏の論文(一守, 2018)と同様に,「基本給決定の重視項目」と「人事に関する意思決定構造」に焦点をあてている。なお,「人事に関する意思決定構造」については,さまざまな側面について質問を行っているが,本資料では,一守靖氏の論文でも取り上げられた「人事に関する最終意思決定者」を取り上げる。
日本型人事管理には,新卒一括採用,企業トップまでを含む内部人材育成・内部昇進,年功主義,人基準の人事管理など,さまざまな特色があるが,その中でも変化の大きな分野は年功主義と人基準であろう。そこで,1990年代以降の年功主義と人基準における変化の変遷を概観する。
1990年代のバブル崩壊以降,最初に批判を浴びたのが,年功的な処遇管理であり,日本型人事管理の変化は年功主義から成果主義への変化からスタートした。そして,1990年代に成果主義人事の具体化のために注目されたのが,目標管理であり,目標管理の導入率は1990年代中盤に急激に上昇した。たとえば,産業能率大学の調査によると,1990年に導入率が50%であったものが,1991年には64.8%に(産業能率大学, 1991),1995年に82.6%に上昇している(産業能率大学, 1995)。同時に,目標管理の目的も1980年代の従業員参加・人材開発目的から,1990年代になると,パフォーマンス測定目的に急速に変化した。産業能率大学の調査では,1985年には目標管理の目的として最も多かった回答は「参画によるモチベーション向上」(50.0%)であったが(産業能率大学, 1985),1991年調査では最も多い回答は「成果測定のための方法」(32.9%)に代わり(産業能率大学, 1991),さらに1995年調査では「成果測定のための方法」の回答率は60.3%に上昇している(産業能率大学, 1995)(85年・91年・95年調査ともに複数回答)。
1990年代の導入当初の目標管理制度は,人基準の社員等級である職能資格等級のもとで導入されることが多かった。その結果,高い社員等級に格付けされ,賃金レベルも高い従業員が難易度や責任の低い職務につき,成果レベルも低い従業員がいる一方,逆に低い社員等級に格付けされ,賃金レベルも低い従業員が,実際には難易度や責任の高い職務につき,成果のレベルも高い,という状況が,顕在化したのである。
当然,公平感・公正感・納得感などに大きな問題が生じることとなる。
問題への対応策として,全般的・抽象的だった職務遂行能力を具体的・特定な内容に変える,降格制度の導入・実施,同一等級における滞留年数の廃止,人事評価基準の公開や評価結果のフィードバックなどさまざまな施策がとられたが,その中の1つが,職務基準の社員等級や賃金制度の導入であった(労務行政研究所, 2004, 2010, 2014, 2017; 日本経団連, 1998, 2002など)。日本生産性本部の調査に基づき2000年前後から2010年代中盤までの賃金制度の変遷をみていくと(図表1),1999年調査では圧倒的に高かった人基準の賃金制度(職能給・年齢給)は減少している。特に年功的要素が直接賃金に反映される年齢給の減少度合いは大きく,1999年調査では78.2%(管理職・非管理職全体でデータ収集)の導入率であったものが,2016年の調査では,49.6%(非管理職),24.8%(管理職)となっている。これに対して,職務基準の賃金制度(職務給・役割給)の導入比率が上がっており,特に管理職層では,2000年代後半以降は70%台の導入率となっている。
なお,職務給と役割給を同じ職務基準の基本給制度と紹介したが,より厳密にいうと,役割給は職務基準と人基準の中間的な性格をもつ賃金制度と捉えられる(平野, 2006, 2011; Hirano, 2013)。長期雇用,新卒一括採用,内部人材育成・内部昇進など人事管理のほかの特色に大きな変化が見られないなかで,いわゆる欧米型の厳密な職務分析・職務評価に基づく職務等級・職務給の導入は補完性の面からも問題があり,さらに,定着した社会制度である日本型人事管理に対する制度環境との関係からも難しいため,職務基準と人基準の中間的な性格を有する役割等級・役割給の普及は,合理的な選択といえるだろう。実際に役割等級・役割給は2000年前後から急速に普及した(労務行政研究所, 1996, 2000, 2004, 2010; 日本生産性本部, 1999, 2000, 2003など)。
以上,日本型人事管理を構成するさまざまな特色の中で,他の特色に比べて変化の程度の大きい年功主義と人基準について変化を概観した。「人事部門の組織と機能に関する調査」のなかで,本資料が対象とする「基本給決定における重視項目」「人事に関する意思決定構造」という2つの質問分野のうち,年功主義・人基準に対応する質問項目は「基本給決定における重視項目」である。
本資料で対象とするもう1つの質問分野は「人事に関する意思決定構造」である。この面での日本型人事管理の特色は,ラインマネジャーに比較し,人事部門が相対的に強い意思決定権を有する集権的人事管理である(Jacoby, 2005; Jacoby, et al., 2005; 青木, 1989; 山下, 2008; 平野2006, 2011; Hirano, 2013; 江夏・平野, 2009; 一守, 2016; 島貫, 2018; Suda, 2004; 須田 2004, 2010, 2015, 2018)。
たとえば,世界31カ国が参加したCranetSurvey(2011)1では,採用・選抜,賃金決定,労使関係などさまざまな人事分野を対象に「意思決定を行うのは誰か」との質問を行っており,この結果,国際的にみて日本のみが強い集権的人事管理を行っていることを発見している2。質問方法は,意思決定を行う人・部門について「ラインマネジャーが決定」「人事部門と相談しながらラインマネジャーが決定」「ラインマネジャーと相談しながら人事部門が決定」「人事部門が決定」の4つの選択肢から選んでもらうというものである。質問項目の中の「賃金の決定者は誰か」との回答結果を示したのが,図表2である。ここからは,日本のみが人事部門との回答が突出して高い。これは他の質問項目でも同様の結果であり,世界的に見て日本は人事に関して非常に集権的な意思決定となっていることがわかる。なお,サーベイ参加国が31カ国と多いため,7カ国のみを表に示したが,残りの24カ国においても日本のような集権的な意思決定を示した国は1国もなかった。
日本の集権的人事管理に関する合理性に関してはいくつかの議論が行われている。たとえば,Jacoby(2005)は,日本企業と米国企業における人事部門の意思決定力を比較し,日本企業の人事部門のほうが米国企業の人事部門よりも強い意思決定力があることを発見。その理由として,⑴組織ベースの雇用システム(長期雇用),⑵主力のビジネス領域に注力し,あまり多角化が進んでいない,⑶新入社員から中間管理職まで幅広い階層を含んだ企業別組合,⑷ステークホルダータイプというコーポレートガバナンスの特色,という4つの日本企業の特色を指摘した。そして,これらの日本企業の特色と,人事部門が高い意思決定力を有すること,集権的人事管理などは補完性があり,合理性を有すると主張した。
また,青木(1989)は,情報システムとインセンティブシステム間の補完性パターンの分析から,日本企業には集権的人事管理が適していると主張した。青木(1989)によれば,集権的(垂直的)な情報システムと分権的人事管理というパターン,分権的(水平的)な情報システムと集権的人事管理というパターン,という2つの補完性を有する情報システムと人事に関する意思決定構造(インセンティブシステム)の組み合わせパターンがある。そして,米国企業の場合は,集権的な情報システムと分権的人事管理というパターンをとり,日本企業の場合は,分権的な情報システムと集権的人事管理というパターンをとっており,両者とも適切な組み合わせであるというのである。
筆者自身(Suda, 2004; 須田, 2004)は,日本の大企業10社とイギリスの大企業8社に対するケーススタディに基づき,日本とイギリスの企業における個人賃金決定プロセスを以下のように比較した(個別のケーススタディ企業によって詳細は異なるものの,大枠として共通しているプロセスとして比較)。
日本のケーススタディ企業における個人賃金(基本給・賞与)決定プロセス
ラインマネジャーが人事評価の評価点を決定
↓
(1)本社人事部が社員等級ごとに人事評価点に応じた昇給率(あるいは昇給額)・賞与額を決定
↓
(2)本社・部門の人事部あるいは全社的な人事委員会などによる評価点の調整
↓
(3)社員等級ごとに評価点に応じて設定された昇給率(あるいは昇給額)・賞与額に基づき,従業員個人の昇給率(あるいは昇給額)・賞与額が決定
イギリスのケーススタディ企業における個人賃金(年収)決定プロセス
(1)ラインマネジャーがパフォーマンス・レビューのレーティング(評価)を決定
↓
(2)本社人事部が,各ラインマネジャーに翌年度割り当てられる賃金予算と,レーティングに応じた昇給率のガイドラインを決定(レーティングに応じた昇給率のガイドラインは,全社一律とは限らず,部門・職種などで異なる場合がある)
↓
(3)ラインマネジャーが翌年の部下の年収を決定する(パフォーマンス・レビューのレーティング,担当職務に対するマーケットペイ,マーケットペイと現在の年収との相対的な関係などさまざまな要素を考慮して,部門の人事と相談しながら,ラインマネジャーが総合的に判断して,年収を決定する)
上記のとおり,日本のケーススタディ企業のほうが,明らかに集権的な賃金決定構造となっている。そして,その理由として挙げたのが,賃金制度内の補完性である。イギリスのケーススタディ企業の賃金制度は,職務ベース・市場ベース(組織内の評価と労働市場における評価の両方を考慮して賃金を決定する。労働市場における評価は担当職務に対するマーケットペイの参照を通じて行われる)・フローベース(短期的な貢献を評価する)という特色を有し,これらの特色と補完性を有するのは,分権化した賃金決定構造であり,日本のケーススタディ企業の賃金制度は,人ベース・組織ベース(マーケットペイによって労働市場における評価を直接参照することなく,組織内の評価のみに基づいて賃金を決定する)・ストックベース(長期的な貢献を評価する)という特色を有し,これらの特色と補完性を有するのは,集権化した賃金決定構造であると結論付けた(Suda, 2004; 須田, 2004)。
「人事部門の組織と機能に関する調査」において日系企業の比較対象は外資系企業である。そこで,外資系企業が有する特色について,3つの側面に焦点をあててみていく。
1番目は,多国籍企業のフットルース・ネイチャー(footloose nature)という特性からくる外資系企業の特色である(Marginson, 1994; Gorg and Strobl, 2003; Hutchinson and Persyn, 2012; King and Welling, 1991)。多国籍企業が,海外の直接投資先としてどの国・どの地域を選択するかは,各国・各地域のマーケットやコスト,サプライチェーンの質,人材の質,グローバル規模からみた地域的特性,社会制度の安定性など,さまざまな面での比較に基づく決定である。以前はマーケットとして有望ではなかった国が,マーケット規模が拡大して価値が高まったために投資を拡大する,あるいは逆にマーケット規模の縮小により,魅力が低下したため,その国から撤退したり,投資を縮小したりするなどである。この多国籍企業の海外投資に関するフットルース・ネイチャーという特色から,海外子会社である外資系企業の特色を考えると,国際的な比較優位・劣位に基づいて投資の拡大や縮小・撤退が行われるため(Marginson, 1994; Gorg and Strobl, 2003; Hutchinson and Persyn, 2012; King and Welling, 1991),外資系企業では,多国籍企業の本国以上に,雇用人数に変動が起こりやすい。その結果,雇用は不安定化しやすく,長期雇用の提供は困難となり,採用形態としてはジョブ型採用・中途採用が中心となりやすくなる。
2番目は,ホームカントリー・エフェクト(home country effect)とホストカントリー・エフェクト(host country effect)という2つの影響である。外資系企業は外国にある親会社の子会社であるため,親会社で導入している人事管理(あるいは親会社の位置する国で普及している人事管理)を導入しやすい。これがホームカントリー・エフェクトである。同時に活動する国や社会に適応する必要があるため,活動する国で普及している人事管理を導入し,現地適応する必要もある。これがホストカントリー・エフェクトである。このようにホームカントリーとホストカントリーという異なるタイプの人事管理の影響を受けるため,外資系企業の人事管理の性質は,親会社のある国と日本の中間的な存在と捉えることができる(Ferner and Quintanilla, 1998; Taylor, et al., 1996; Rosensweig and Nohira, 1994; Sparrow, et al., 2004; 白木, 2006; Parry, et al., 2008; McCann, et al., 2010; Farndale, et al., 2008)。ただし,ホームカントリー・エフェクトが機能するのは,先進国の多国籍企業に限られるとする主張もある。Whitley(2007, 2010)は,親会社が位置する国で普及する制度的特色を海外子会社に移転するのは,親会社の母国で制度的特色が確立・定着している国に限定されるとし,母国で制度的特色が確立・定着しているのは先進国のみであるため,ホームカントリー・エフェクトが起こるのは,先進諸国の多国籍企業のみであると主張している。
3番目は,親会社が位置する国が有する制度的特色が,海外子会社の人事管理を含むマネジメントに及ぼす影響である。これはホームカントリー・エフェクトに含まれるが,ホームカントリー・エフェクトとは区別して,本資料では,「資本国籍による影響」と表現する。資本国籍による影響に関する研究の主要な関心の1つは,海外子会社にどの程度,人事管理に関する裁量権を与えるかである(Ferner, et al., 2011; Bilzon, et al., 2012; Yuen & Kee, 1993; Whitley, 2001)。この点で重要なのは,本社における人事管理が他の国に一般化できるものなのか,あるいは本社が位置する国における特定のものなのかという点である。これは,context generalizabilityといわれる問題である(Tylor, et al., 1996; Whitley, 2001)。本社が位置する国で特定の制度環境が強く存在し,それに適応することが求められる場合には,本社で実施した人事管理を制度環境の異なる海外子会社に移転することは難しいし,移転する必要もなくなるということだ。たとえば,人事問題に関して共同決定が広く普及しているドイツでは,共同決定という制度環境に適応するために,さまざまな人事施策がとられるが,これらを海外子会社に導入する必要はない(Whielty, 2001; Ferner, et al., 2011; Bilzon, et al., 2012)。
その結果,本社が位置する母国で制度環境が強い場合には,親会社は海外子会社へのコントロールを弱めて裁量権を与えるようになる。逆に母国で制度環境が弱く自由な競争労働市場で活動する親会社は,海外を含めたグループ企業全体で一貫した人事管理を行う傾向が強くなり,その結果,海外子会社へのコントロールを強めて人事に関する裁量権を与えないようになる(Whitley, 2001; Ferner, et al., 2011; Bilzon, et al., 2012)。人事に関する制度環境が弱く,自由な労働市場で活動する企業の代表は,米国企業であり,実際にこれまでの実証研究からは,米国系海外子会社は,他の先進諸国に比べて人事管理に関する裁量権が低いことが発見されている(Ferner, et al., 2011; Bilzon, et al., 2012; Yuen & Kee, 1993)3。
これらの外資系企業の特色に関する議論をまとめると,外資系企業対象の調査に関して以下の点に留意する必要が生じる。
以上のように,さまざまな点で外資系企業対象の調査には注意が必要となるが,「人事部門の組織と機能に関する調査」においては,ホームカントリー・エフェクトが少ない可能性がある新興国も含めて,調査対象とした。その理由は,新卒一括採用,年次管理,人基準,企業トップを含めた内部人材育成・内部昇進,集権的人事管理など,多くの面で,日本で普及している人事管理は,新興国も含めて世界的に非常にユニークなものであり,その面からは,新興国も含めた外資系企業を対象とすることに意味があると判断したためである。さらに,資本国籍による海外子会社(外資系企業)マネジメントの影響に関して,日本で活動する外資系企業の実態を知る上でも,先進国・新興国の両方を含めて分析することは意味のあることと考える。
なお,本資料では対象としないが,外資系企業の資本国籍による分析も行っている。その結果,本資料で対象とする質問項目である「人事に関する最終意思決定者」と「基本給決定における重視項目」に関していうと,日系企業と外資系企業で大きな差が発見された「人事に関する最終意思決定者」では,米系企業・米系以外の先進国企業・新興国企業ともに日系企業との間で統計的有意な差異が認められたが,日系企業との差が小さい「基本給決定における重視項目」では,米系企業・米系以外の先進国企業・新興国企業との間で以下のような違いがあり,先行研究の主張をおおむね支持するものであった(森田・須田, 2018など)。
日系企業と比較して,年齢・勤続年数の重視度合いが低く,職務遂行能力・職務価値・役割・成果の重視度合いが高いなど,日系企業との違いが最も大きく,成果主義・職務基準の傾向が最も強く出ている。
日系企業と比較して,職務遂行能力と職務価値の重視度合いは高いが,それ以外の項目では差異は確認できないなど,米系企業に比べると日系企業との差が小さい。だが,新興国企業と比較すると日系企業との差が大きく,3者の中間的な存在。
日系企業に比較して職務価値の重視度は高いが,それ以外では差異は確認できず,日系企業との差異が最も少ない。
「人事部門の組織と機能に関する調査」では,日系企業と外資系企業対象の2回にわたるサーベイリサーチ(質問紙郵送方式)によってデータを収集した。日本企業対象調査の実施時期は,2016年12月~2017年1月。調査対象は,連結従業員数500人以上で日本の株式市場に上場している企業2,165社であり,170社から回答を得た(回答率7.9%)。日本型人事管理の特色は,大企業により強く表れているため,調査対象として大企業を選択した。なお,回答企業はすべて日系資本の企業である。
外資系企業調査の実施時期は,2017年10月~11月。調査対象は,「東洋経済外資系企業総覧」に基づき,資本金5,000万円以上あるいは従業員50人以上で,外資系比率50.1%以上の企業である。資本金・従業員数がともに不明な場合には,大企業と認識できる企業を加えている。その結果,調査対象は,1,647社となり,215社からの回答を得た(回答率12.8%)。
日系企業の調査対象を大企業としたため,比較対象とするためには,外資系企業の規模も大きいほうが望ましく,また,小規模企業では公式の人事制度がない場合が多いと考えられるためだ。もっとも,日本企業の調査対象と比較すると,外資系企業の調査対象は,従業員規模でみると10分の1と小規模である。だが,多国籍企業の海外子会社という外資系企業の位置づけからすると,日本での規模は小さくてもグローバルレベルのグループ全体としては規模が大きい企業が多く,企業グループとして人事管理の施策や運用などに関して公式な決まりが導入されている可能性が高いと判断した。
外資系企業調査回答企業の資本国籍別回答数を図表3に紹介する。
「人事部門の組織と機能に関する調査」で実施した調査内容のうち,本資料が焦点をあてるのは「基本給決定における重視項目」と,「人事に関する意思決定構造」である。さらに,「人事に関する意思決定構造」に関しては,さまざまな側面について質問をしているが,その中の「人事に関する最終意思決定者」を対象とする。具体的な調査方法は以下のとおり。
「基本給決定における重視項目」では,重視項目として,年齢,勤続年数,職務遂行能力,職務価値,役割,成果,行動(コンピテンシーによって評価)の7つを設定した。回答方法は,それぞれの項目に対して,「まったく重視しない」=1から「非常に重視する」=6までの6段階から自社の状況に最も適した番号を選択するというものである。「人事に関する最終意思決定者」の具体的な調査項目は,⑴新卒採用者の合否の最終決定,⑵中途採用者の合否の最終決定,⑶同一職能内の人事異動の最終決定,⑷職能を超える人事異動の最終決定,⑸昇格人事の最終決定,の5つである4。回答方法は,それぞれの項目に対して,「人事部門が決定」=1,「どちらかというと人事部門が決定」=2,「どちらかというとラインが決定」=3,「ラインが決定」=4,の4つの状況の中から自社の状況に近い番号を選択するというものである。
調査結果を「基本給決定における重視項目」からみていく。ここでは,まず項目別の重視度について,日系企業と外資系企業の回答結果の比較を紹介し,次いで日系企業と外資系企業の両者における基本給決定構造に関する分析を紹介する。
6-1. 日系企業と外資系企業の比較「個人の基本給決定における重視項目」の各項目に対する日系企業と外資系企業の回答を比較すると,図表4のとおり,年齢と勤続年数で日系企業の重視度が外資系企業を上回り,職務遂行能力・職務価値・役割・成果・行動で,外資系企業の重視度が日系企業を上回った。役割・行動では,重視度は有意水準10%での相違とやや低く,必ずしも日系・外資系両企業の間で重視度合いに違いがあるとは言い切れないが,それ以外の項目では,両者の違いは,5%水準を超えており,有意な違いが明らかとなった。特に,年齢(0.1%水準),職務価値(0.01%水準),成果(0.1%水準)などでは,高い有意水準となっている。
この結果からは,日系企業において,年功的要素である年齢と勤続年数の重視度は,3点台と相対的に低く,職務・成果要素である職務遂行能力・職務価値・役割・成果の重視度は5点台,行動の重視度は4点台後半と相対的に高くなっていることがわかる。だが,外資系企業と比較すると,年功的要素の重視度は高く,職務・成果要素の重視度は低くなり,日本型人事管理の影響が,外資系企業よりも大きいことがわかる。もう1つ重要なことは,外資系企業の職務遂行能力の重視度が日系企業よりも高い(0.1%水準)ということである。職務遂行能力は人基準の代表的指標として日本型人事管理の特色と捉えられることが多かったが,この結果をどのように解釈したらよいのか。そこで,日系企業と外資系企業における基本給の決定構造に関する分析を行うこととした。
6-2. 日系企業の基本給決定構造に関する分析日系企業における基本給決定構造を分析するために,日系企業から得られた回答結果をもとに因子分析を行ったところ,2つの因子が抽出された。因子負荷量を見ると第1因子は,職務遂行能力・職務価値・役割・成果・行動が高く,職務・成果因子と捉えられる。第2因子は,年齢と勤続年数の因子負荷量が高く,年功因子と捉えられる(図表5)。
この因子分析結果からは,職務遂行能力が職務価値・役割との関連が高い内容に変化していることが窺える。ここからは,職務遂行能力の内容が具体化・特定化されてきており,(その名称のとおり)従業員が担当職務の遂行に必要な能力となってきているということが考えられる。職務遂行基準の具体化・特定化の進展は,すでに報告されているが(労務行政研究所 2017, 2018など),人基準と職務基準(あるいは役割基準)に関する議論が行われてきた状況を考えると,この発見は重要と思われる。
つまり,筆者はこの結果を,欧米諸国などで普及している職務分析に基づき抽出されるパーソン・スペシフィケーション(職務遂行に要求される人的要件)(Cassio, 1998; Vecchio, 1995; Armstrong and Murlis, 1998; Newman, et al., 2017; Brannick, et al., 2002; Prien, et al., 2009)5に,日系企業における職務遂行能力が近づいてきている傾向を示すものと考える。さらに,職務遂行能力が担当職務・役割に要求される人的要件となっていれば,行動さらには成果との関係も密接となってくるだろう。それが,職務遂行能力・職務価値・役割・成果・行動が1つの因子となる結果をもたらしたと,筆者は解釈する。
職務遂行能力の具体化・特定化への変化は,欧米諸国で普及している職務分析から職務評価・人事評価につながる流れが,日系企業でもできつつあることを示しているのかもしれない。これを図で表すと図表6となる。
外資系企業では因子分析の結果,職務因子(職務価値・役割),人因子(職務遂行能力・成果・行動)・年功因子(年齢・勤続年数)の3つの因子が抽出された(図表7)。人因子・年功因子ともに人に関連した因子であるが,筆者は,職務遂行能力・成果・行動という職務遂行との関連の強い人因子を「人因子」と命名し,年齢・勤続年数という職務遂行と関連の弱い因子を「年功因子」と命名した(図表7)。
この3つの因子が抽出された理由を,ホームカントリー・エフェクトとホストカントリー・エフェクト,フットルース・ネイチャーから分析してみる。ホームカントリー・エフェクトについては,親会社の位置する国の人事管理を代表するタイプとして欧米型人事管理を想定して考えてみる(回答企業数も欧米企業が圧倒的に多い)。欧米型人事管理では,伝統的に賃金決定の基準となるのは担当職務である。だが,1980年代・1990年代以降,スキル・ベースト・ペイ(skill-based pay),パフォーマンス・ベースト・ペイ(performance-based pay),コンピテンシー・ベースト・ペイ(competency-based pay)などが普及し,これらの賃金は人的要件に基づく賃金(person-based pay)として括られ,担当職務に基づく賃金(job-based pay)とは区別されて捉えられている(Armstrong 1996, 2015; Armstrong and Brown, 2001; Kessler 1994, 1995; Industrial Relations Service, 2002; Schuster and Zingheim, 1992; Newman, et al., 2017; Thorpe and Homan, 2000)。
欧米における職務に基づく賃金と人に基づく賃金を分ける考え方を,本研究の調査項目に対応させると,①職務分析の対象である職務・役割と,②職務分析の結果として抽出されるパーソン・スペシフィケーション(人的要件=職務遂行能力),職務評価・人事評価の対象となるインプット(職務遂行能力)・プロセス(行動)・アウトプット(成果),が区別されることとなる。
また,フットルース・ネイチャーに関しては,職務・役割重視の方向に影響を与えると考えられる。さらに,ホストカントリー・エフェクトである。外資系企業が活動するホスト国である日本からの影響を受けているとすれば,年齢・勤続年数という年功的要素も考慮されることとなる。
以上のように,ホームカントリー・エフェクト,フットルース・ネイチャー,ホストカントリー・エフェクトから分析すると,外資系企業においては,職務因子・人因子・年功因子の3つが抽出されたことは説明できるだろう(図表8)。
因子分析によって日系企業と外資系企業の基本給決定構造を分析した理由は,外資系企業が日系企業以上に,人基準の代表である職務遂行能力の重視度合いが高かったことにある。そこで,外資系企業が職務遂行能力を重視する理由を考えてみよう。この理由として考えられるのは,職務分析に基づいて抽出されるパーソン・スペシフィケーションを重視するという海外にある親会社の人事管理の影響を受けているということだ。つまり,ホームカントリー・エフェクトと捉えられる。職務分析によって明らかとなった職務内容(ジョブ・ディスクリプション)と職務遂行に要求される人的要件(パーソン・スペシフィケーション)に基づいて,基本的には処遇や評価が決まる親会社においては,パーソン・スペシフィケーションは非常に重要だろう。この影響を,海外子会社である外資系企業が受けて,職務遂行能力の重視につながったという解釈である。
日系企業においても職務遂行能力は重視される。だが,従来の長期雇用・年次管理・年功制などと補完性を有する全般的・抽象的な職務遂行能力基準から,具体的・特定な基準へと変化を遂げている日系企業の重視度合いは,パーソン・スペシフィケーション重視が制度的に定着している親会社からの影響を受けている外資系企業に比べれば低くなるということだろう。これは,社会と組織に制度的に定着してるやり方のほうが,影響が強いという解釈である。
次が,もう1つの要素である「人事に関する意思決定構造」についてである。本資料で焦点をあてるのは,「人事に関する意思決定構造」に関する質問のなかの「人事に関する最終意思決定者」である。前述のように,「人事部門が決定」=1,「どちらかというと人事部門が決定」=2,「どちらかというとラインが決定」=3,「ラインが決定」=4,から自社の状況に近い番号を選択するというものである。
調査結果からは,最終意思決定者として設定した5つの人事項目すべてで,日系企業と外資系企業の間で,大きな違いが現れた。日系企業では,ライン主導が予測される「中途採用者の最終意思決定者」(2.44),「同一職能内の人事異動の最終意思決定者」(2.32)についても,平均値が2点台前半となっており,本社人事部門の意思決定権がラインをやや上回っている。それ以外の「新卒採用者の最終意思決定者」(1.67),「職能を超えての人事異動の最終意思決定者」(1.95),「昇進人事の最終意思決定者」(1.64)に関しては,平均値が1点台と本社人事部門の強い意思決定権を示すものとなっている。ここからは,人事部門が相対的に力を有する集権的意思決定構造という日本型人事管理の特色は,日系企業の中で強く維持されていることがわかる。これが外資系企業との比較で,5項目すべてにおいて,非常に大きな違いを生み出す結果となったのではないかと思われる(図表9)。
「基本給賃金決定における重視項目」に関する調査結果では,外資系企業に比較すると,年功的要素の重視度が高く,職務・成果要素の重視度が低いという結果となったものの,日系企業の中で確実に,成果主義・職務基準の方向へと変化が進展していることがみてとれる結果となった。さらに重要なことは,本調査において基本給決定構造が,職務分析から職務評価,人事評価へと一連の流れでつながっていることが予想され,これは欧米型人事管理の方向への変化を示すものと考えられ,日系企業の賃金決定構造が質的に変化している兆候を表すものといえる。
これに対して,「人事に関する意思決定構造」に関しては,ラインに対して人事部門が相対的に強い意思決定権を有する集権的人事管理という日本型人事管理の特色は,強く維持されていることが明らかとなった。この集権的人事管理の維持は,平野光俊教授(2011)の調査結果と同様である。集権的人事管理を定着した社会制度とみれば,容易には変化しないのは納得ができる(Scott 2008, 2014; DiMaggio and Powell 1983, 1991; Meyer and Rowan, 1977)。だが,同時に人事管理を構成する個別分野の間で,変化している分野と変化していない分野があり,全体としての補完性が崩れている可能性が示唆される。
そこで,筆者は「基本給決定における重視項目」と「人事に関する意思決定者」に対する日系企業の回答結果を考察することとした。考察しやすいように「基本給決定における重視項目」の回答結果に関して「1=全く考慮していない」と「2=重視していない」を1つの尺度に,「5=重視している」と「6=非常に重視している」を1つの尺度にして,全体で4段階の尺度に修正を行い,「基本給決定における重視項目」と「人事に関する意思決定者」の両者の尺度を4段階に統一した(図表10)。
基本給決定における重視項目に関しては,職務遂行能力・職務価値・役割・成果・行動という因子分析で成果・職務因子に含まれた5つの要素は,平均値が3点台となっている。これは平均値が「やや重視している」と「重視している+非常に重視している」の間に位置していることを示しており,重視度の高さが見てとれる。特に,職務遂行能力・役割・成果・行動については,平均が3.5以上の値となっており,「非常に重視している」との回答割合が高いことを示している。平均点からみると,日系企業の成果・職務を重視する欧米型人材マネジメントへの変化を表すものといえる。
以上のとおり,「基本給決定における重視項目」においては,成果・職務重視の方向に変化が見られたのに対して,「人事に関する最終意思決定者」に関しては,外資系企業との比較で紹介したとおり(図表9),ラインが強いと予想される「中途採用者の最終意思決定者」(平均値=2.44)「同一職能内の人事異動の最終意思決定者」(平均値=2.32)においても,平均値が2点台前半となり,ラインに比べて人事部門の意思決定権のほうがやや強い結果という結果を示している。さらに「新卒採用者の最終意思決定者」(平均値=1.67)「職能を超える人事異動の最終意思決定者」(平均値=1.95)「昇進人事の最終意思決定者」(平均値=1.67)にいたっては,1点台と人事部門の決定権が非常に強い結果となっている。
次いで,全体傾向をよりよく捉えるために,「基本給決定における重視項目」と「人事に関する最終意思決定者」の回答結果の関係を散布図でみてみよう。
方法は,職務成果因子に含まれる職務遂行能力・職務価値・役割・成果・行動の5要素の対する重視度(1~4で回答)の平均点を成果職務得点として算出,「人事に関する最終意思決定者」に対する回答結果(1~4で回答)の平均点を意思決定得点として算出する。そして,横軸に成果職務得点,縦軸に意思決定得点をとって,散布図を作成するというものである(図表11)。その結果は,横軸の成果職務得点は,図の右側に多くの回答企業が集中しており,成果・職務を強く重視する回答企業の姿勢が見てとれる。これに対して,縦軸の意思決定得点は図の下側に多くの企業が位置しており,人事部主体の集権的意思決定構造を持つ企業が多いという結果を示している。その結果,散布図の右下に多くの回答が集まり,散布図からは成果職務重視・集権的人事管理型の企業が多くを占めていることがわかる。
以上のとおり,平均点と散布図の両方から「基本給決定における重視項目」に対する回答においては,成果・職務因子の5要素の重視度合いが強く,欧米型人事管理の傾向が強く表れているのに対して,「人事に関する最終意思決定者」に対する回答では,人事部主導の集権的人事管理の傾向が強く,この面では日本型人事管理の特色が維持されていることがわかる。このアンバランスな状況から考えると,日本企業における人事管理は,全体を構成する個別分野間で補完性が崩れている可能性が考えられる。
これまで「人事部門の組織と制度に関する調査」の「基本給決定における重視項目」「人事に関する意思決定構造」に関する調査結果を紹介してきた。成果主義・職務基準が提唱されて20年ほどの歳月が流れた。問題を指摘されつつも,本調査からは,日系企業において,評価・処遇面では確実に変化が起こっていることがわかった。同時に集権的人事管理という特色は強く維持されており,日本型人事管理を構成する特色間で補完性に問題が生じていることが窺える結果となった。
社会に定着した制度的特色の変化は実に複雑であり,制度変化は一様には起こらず,変化する分野と,変化しにくい,あるいは変化の遅い分野が発生するものである(Mahoney and Thelen, 2010; Storz and Schafer, 2011; Thornton and Occasio, 1999; Thronton et al., 2012)。日本型人事管理においては,意思決定構造は変化しにくい(あるいは変化の遅い)分野なのであろう。社会に定着した制度的特色の変化は複雑であると同時に,急激な変化は混乱を起こす可能性もあり,斬新的な変化が合理的といえるだろう(Hall and Thelen, 2008; Mahoney and Thelen, 2010; Hardy and Maguire, 2017; Storz and Schafer, 2011; Thornton and Occasio, 1999; Thornton, 2003; Thornton et al., 2014)。また,変化の途中ではハイブリッド型人事管理も必要だろう(平野 2006, 2011; Hirano, 2013; 宮本, 2014)。だが,処遇分野における成果主義・職務基準への変化が止められないものであるとすれば,長期的には徐々にではあるが,人事に関する意思決定構造もラインへの分権化の方向に変化していく可能性があると推測される。
本資料で紹介した「人事部門の組織と機能に関する調査」は,日本型人事管理の変化に関する長期的な研究の一環として行われたものである。今後は,本調査結果も含めて,定量調査・定性調査の両面から,変化を先取りしている企業の特性や変化の原因・プロセスなど多角的な切り口で,日本型人事管理の変化について迫っていきたい。
本資料で紹介した「人事部門の組織と機能に関する調査」の質問項目を設計された「人事部門の組織と機能に関する調査」グループメンバーの株式会社bitFlyer・一守靖執行役員CHROと,統計部分を中心に本資料の内容に対してコメントを寄せてくださった同じく同調査グループメンバーである青山学院大学・森田充教授に心からの謝意を捧げたい。なお,本資料で紹介した「人事部門の組織と機能に関する調査」は,科学研究費・基盤研究(B)『定量調査・定性調査両面からの日本型人事制度変化のメカニズム分析』(課題番号17H02563)(研究代表者・須田敏子)の補助金を受けて実施されたものであり,研究補助金の支給に対して謝意を表する次第である。
(筆者=青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授)