Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
MURAKAMI, Yukiko(ed.) "Development and Management of Human Resources for Global R&D"
Nobuko HOSOGAYA
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2020 Volume 20 Issue 2 Pages 47-51

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『グローバル研究開発人材の育成とマネジメント―知識移転とイノベーションの分析―』,村上 由紀子 編著;中央経済社,2019年2月,A5判・272頁

1. はじめに

多国籍企業(MNC)は国境を越えて,知識を移転・活用しうる存在である。しかしながら,グローバルなネットワークを形成しているように見えても,イノベーションの進展に必要な,情報・知識の交流が自動的に起こるわけではない。また,昨今オープン・イノベーションが注目される中では,MNCの企業ネットワークがローカルな環境に開かれていることも必要だ。今後の日系MNCネットワークが,グローバルな知識交流やイノベーションの創出・伝播を起こしていくために,ネットワークの拡大とその効果的な運用にどのようなマネジメントが必要だろうか。

本書は,日系MNCの研究開発(R&D)問題に焦点をあてた,科研費プロジェクトの報告書である。多国籍企業のマネジメント,特にHRMの研究において,マクロ・メゾ・ミクロのレベルにまたがった検討が,必要であるとされる。本書でも,ミクロな分析とマクロな分析の枠組みを採用しており,本書を通読すると,マクロ・メゾレベルでのR&Dマネジメントとミクロレベルでの個人のキャリア観や情報交換ネットワーク活動について示唆を得ることができる。以下では,まず本書の概要を紹介したうえで,理論的な意義,今後の研究課題について述べたい。

2. 本書の概要

本書は,3つの内容から構成されている。編者による,問題提起やまとめの序章と9章,マクロ・メゾレベルでの分析を展開する2から4章,ミクロレベルでの分析を展開する5から8章である。

序章では,研究開発分析の視点と方法が示される。主な問いは,①R&D組織で働く研究開発者のグローバル研究開発行動,②グローバル研究開発に必要な人材,③グローバル研究開発に有効な人材マネジメント,とは何かである。これらの問いに答える準備として,筆者たちは,まず27件のインタビューを行い,そこから4つのアンケート調査を作成,実施している。以降の章では2から4章が「海外調査」,5,6,8章が「個人調査」,7章が「チームメンバー調査」と「リーダー調査」を用いている。

第2章から4章までは,マクロな枠組みにより,R&D組織で働く研究開発者の研究開発活動について論じている。第2章は,海外拠点による外部からの知識吸収とイノベーションの関係の解明である。結果として,先進地域にある研究シーズ探索を役割とするような子会社でインセンティブ政策を充実させることにより,現地との情報交流が活発になり,研究成果につながると明らかにした。また日本からの知識移転が現地での知識吸収に効果がないことも発見され,果たして子会社が周辺環境とコラボするのに必要な知識が移転されているのかという疑問を提示している。

第3章では,グローバル研究開発における国際共同マネジメントについて,子会社の自律性とコーポレートとの共同(あるいは統合)の関係から議論している。①R&D活動の共同性と独立の実態,②拠点の立地の影響,③グローバルレベルでのR&D国際共同マネジメントの実態,④在外拠点の自律性や国際行動マネジメントがR&Dの拠点間連携成果に与える影響に関して,実証研究を行っている。結論として,本社との連携をよくとりながら,自社の自律性も確保する子会社が一定程度存在し,そうした研究拠点では,他との研究に関する連携の成果,すなわち「知識共有」の進展,「多様な観点」の導入,「有能な人材のグローバル活用」,「グローバルに活躍できる研究者の育成」に関する主観的評価の結果も高いと指摘した。

第4章は,マクロ的フレームのまとめである。海外R&D拠点と日本の本社はどのように分業と連携を行いながらR&Dを実施しているのかについて,地域の違いに焦点をあてながら事例を交えて分析し,グローバル研究開発に必要な人材について考察した。

まず地域ごとに拠点の役割,知識のフロー状況,人材のフロー状況の諸点から特徴を記述した。その結果,拠点の役割と知識のフローについて,立地する地域によって拠点の役割が異なり,それに応じて海外拠点と日本のR&D本社との間で移転される知識の内容,方向,頻度に違いがあると明らかになった。

これらMNC内の地域間での知識の移転と創出を,人材のフローが支えている。派遣にはコストがかかるにもかかわらず,日本企業では人材のフローとして派遣が多く用いられることが改めて確認された。研究開発で利用され創出される知識移転には,対面による信頼感の高いインタラクションが望ましい。そのため,信頼関係を形成しやすい派遣者を知識移転の媒介とすることは理にかなっている。一方で,知識移転の実態と人の移動の関係は複雑である。派遣という人の移動を通じて,日本からあるいは子会社からの技術移転,子会社マネジメント実行,日本側研究者の教育訓練などの複数の機能が確保されている。そのためフローの実際には,移転のニーズ,移動のコストと可能な効用の程度なども影響する。

上述の諸点を総合し,第4章では,マクロ部分のまとめ的な役割を果たす章として,グローバル研究開発に必要な人材の質という第二の問いに対して回答する。拠点がどこの国に立地するかによって与えられる役割や自律性,日本との間で流れる知識と人材のフローの大きさや方向に違いがある。相対的に経営水準や科学技術水準の低い企業を含んでグローバル研究開発を行い,成功させるためには,MNC全体の知識・技術水準の底上げと人材の育成を図っていかねばならない。そのためには,より多くの拠点に関係した深い連携が必要であり,グローバル研究開発には研究開発を成功させる人材,研究開発者を育てることのできる人材,国境を越えて広がる研究開発拠点の連携を担う人材が必要と述べられる。

後半の5章から8章の分析は,ミクロのレベルに対応している。第5章は,研究開発者の情報交換ネットワークの効果と形成要因について取り上げ,まだ実証研究が少ない,研究開発者の社内での知識共有行動とそれに影響を与える人的資源管理施策について検討,効果的なネットワークの形成に企業がどのように関わることができるのかを議論している。

具体的には,情報交換ネットワークの多様性や個別の経路が個人の研究開発パフォーマンスに与える効果を重回帰分析によって検証した。その結果,情報交換ネットワークの多様性が,研究開発者のパフォーマンス向上に寄与すると明らかになった。また,海外に広がる多様なネットワーク形成には,海外経験が有用であると示した。一方で,基礎研究者でプロジェクトチーム内の国籍の多様化が進んだ仕事をしている人は1割であると指摘し,日本企業の基礎研究者がグローバルな研究環境に恵まれない可能性も示唆した。これらの検証を踏まえ,企業が研究開発者の海外ネットワークづくりを支援するべきであり,同時に大学院時代の海外経験者の採用はネットワーク形成のコストを下げる可能性があるとしている。

第6章では,グローバル企業に所属する研究開発者による知識共有行動を促進するHRMとは何かを具体的に明らかにする。グローバル企業で働く研究開発者の,企業内知識共有行動に影響する具体的HRM施策を明確にするため,高業績ワークシステムを構成する個別の施策をいくつかの項目群にまとめて分析した。これらの結果から研究開発知識共有行動を促進するHRM施策として知識共有,グローバルスキル養成が,ビジネス知識共有行動を促進するHRM施策として創造的な職務設計が明らかになった。

第7章は研究開発チームの多様性と創造的成果の関係を検討した。特に社内の研究者たちが示す深層の多様性と創造的チーム活動の関係について言及している。すなわち,研究の志向性,モチベーションの源泉,研究の進め方といった本質的な多様性の問題に焦点をあてた。多様性の種類によってチームの創造的成果への影響が異なる。こうした影響は情報共有化,創造的チーム効力感,コンフリクトを通じて,チームの創造的成果に影響を及ぼし,リーダーシップによって影響を受けると示した。これらの発見から,多様性の影響を高める場合は,多様性の内容やその効果を検討する必要があり,グローバル化によって実際に何が多様化しているのか明らかにし,創造的でポジティブな要因を強化し,ネガティブな要因を低減するべきとしている。

第8章は,研究開発者の海外経験とキャリア観・仕事成果の関係性について,「海外に研究開発拠点のある企業に勤務する日本人の大卒以上正規社員」にフォーカスしている。628名のデータの分析から,企業側の施策に対峙する従業員側の論点として,海外経験と転職に関する意識など海外経験とキャリア意識や仕事成果について論じている。グローバル化した企業において通常業務の中で海外との共同作業や情報共有の機会がいっそう広がるような状況を考えると,留学を中心とした海外経験者の活用はより重要な課題となる。また,研究開発者が学生時代に長期的な留学を経験することは,能力開発にも寄与して将来的な活躍の可能性を高め得ると結論付けた。

第9章は,グローバル研究開発人材の育成とマネジメントとして,本書における発見事実が整理され,理論的,実践的意義とともに,グローバル研究開発に有効な人材マネジメントに向けて今後の研究課題が議論されている。

本書の分析に従い,研究開発者に求められる能力を,グローバル研究開発能力と人材育成スキルとしたうえで,さらに,発展的課題として研究開発拠点間をつなぐ人材,を提示し,その候補者として海外派遣者,日本国内で採用された外国人,国境横断的チームのメンバーとした。

特に海外派遣からの帰任者は,国際共同プロジェクトに関する程度が高いほど,帰国後もブリッジとして機能する可能性が高いと指摘し,帰任者の一層の有効活用を求めている。一方で,国境を越えて形成されるプロジェクトチームは,必要なリーダーの育成も不十分である。現状では派遣者によるネットワークマネジメントが重要だが,グローバル・チーム内でのHRMの統一性の担保,とりわけ,現地トップや管理者を重視して,日本の本社の制度も革新していく必要が論じられた。

次に,よりミクロレベルでは,研究開発者の社会関係資本と人的資本の形成について,まとめている。具体的には,個人の周辺のネットワークの形成の効果と,本人による海外移動経験の効果である。個人調査の結果では,海外へ個人のソーシャルネットワークを広げる研究開発者は回答者の4分の1を超え,留学の効果も確認される。そうしたネットワークを活用し,つまり職場がオープン・イノベーションのメリットを享受するには,知識の多様性を高め,なおかつ,より本質的なレベルで多様性を認め対応する組織風土や調整のためのリーダーが必要だと指摘した。

3. 本書の貢献と今後の課題

以下では,これまでのまとめを受けて,本書の貢献を紐解き,評者の若干の感想と今後の課題と思う3点を指摘したい。

本書の第一の貢献は,日系多国籍企業における,グローバルな研究開発体制のロジックとそこで作用するであろう,研究員個人の活動や認識について,伝統的に語られてきた内容を実証の俎上に載せたことである。多国籍企業がネットワークとして存在し,情報交流とイノベーションを武器とするという理想形はよく知られているものの,その実際について,広範なデータを用い,マクロ・ミクロのレベルを含めた研究は極めて珍しい。また本社に集中しがちだと考えられてきた研究開発機能の,海外への具体的展開,日常的な研究開発活動と人的資源管理の実情,その規定要因について,詳細に検討している。本研究では,編著者を中心としたチームワークで,R&Dという領域に限定し,かつ複数の質問票調査のデータを丁寧に分析することにより実態の解明に成功している。

第二に直接的なマルチレベル分析ではないが,1冊の研究書の中で,ミクロからマクロへの複数レベルからの分析を扱ったため,グローバル経営の現実問題がより明確になった。国際人的資源管理という側面では,グローバルな組織を対象にしたユニバーサルな制度で,統合や交流を容易にするニーズと,ローカルな人間行動に強く影響されるHRM実務との,双方の圧力を配慮せざるを得ない。研究開発効果に関しては,ローカル・グローバルなネットワーク行動が求められるのに対して,実際の現場では,共同マネジメントと自律を両立できる子会社職場は限定される。組織方針としては幅広く個人に経験を積ませるという本社の方針がある中で,留学経験者や国際的なネットワーク保持者が十分に活用されない歯がゆさが伝わってくる。

こうした発見事実を踏まえて,今後さらに追及していただきたい点について述べてみたい。

第一点は,ミクロ,マクロ関係をより具体的に検討するための変数の開発である。双方を論点としている場合,実際にはどちらかの影響が強く出るという。本研究でも,グローバル経済・社会関係という枠組みから,地域が単位となっているような感覚を覚えた。子会社が存在する空間的な単位をアジア,ヨーロッパなどの大ぐくりな地域としていることは,企業のマネジメント単位としては確かにそのような分類も可能だが,一方で,現地機関や研究者との交流などへの影響を見ているため,地域のような大きな単位よりは,都市のランクなどを測定する指標を用いてもよかったのではないだろうか。あるいは,企業や子会社ごとの戦略的方針を代替するものを変数として用いてもより明確な関係性が表現できたのではないかと思う。

次に,上の論点との関係も深いが,本書では親会社との自律と共同を進めることができる少数の拠点とそれ以外という実態が提示される。分析の注目はこうした優秀な少数派に向きやすいのだが,ここまで詳細なデータを獲得しているのだから,それ以外のタイプの子会社を分析の主眼においてほしかった。多くの日系企業がそうした両立ができずに悩む中で,少しでも良い成果を得るためには,自立か共同のどちらかを達成できている企業の制度的特徴や人材育成について知りたいと思う読者は多いのではないだろうか。本書の多岐にわたるが,現場の悩みに真摯に向き合うような研究成果が一層活用されることを願わずにはいられない。

(評者=上智大学経済学部准教授)

 
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