Japan Journal of Human Resource Management
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Research Notes and Documents
Implementation of Health and Productivity Management System and its Effects on Human Resource Management
Masaya HASHIMURA
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2020 Volume 21 Issue 1 Pages 37-47

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ABSTRACT

Health and productivity management is a method of strategic of employees' healthcare to achieve greater wellbeing and improve performance. The research focuses on the implementation of health and productivity management system in Japan and its effects on Human Resource Management from the insurer's viewpoint. The health insurer reviewed in the study provides medical insurance to employees in small enterprises. The insurer promotes health and productivity management aimed at reducing medical costs and claims. This ultimately has a positive effect on insurance premiums when insurers pass on the benefits to small enterprises. This research revealed that a collaborative approach between insurers and enterprises may be beneficial for promoting employees' healthcare in small enterprises. The study demonstrates that when the management is better aware of healthcare, Human Resource Management is effective and can have a positive impact on productivity.

The study and the medical insurance considered are limited to Hiroshima Prefecture's situation. It does not consider the actual cases of health and productivity management in small enterprises in the main paper under limitations. This leaves many challenges for the future.

1. はじめに

現在,働く人々の健康を守ることで労働生産性を高めていこうという「健康経営」が世の中に広まりつつある。このことは,既に日本が少子高齢社会であること,また,これから先に人口減少社会の到来が予測されていることと大きく関係している。そのような時代の中で,企業は現在働いている従業員ひとりひとりが能力を発揮できるようにしてゆかなければならないことを,これまで以上に考える必要が生じている。そのために従業員の健康管理が重要になる。従業員は医療保険に加入する。医療保険を運営する保険者は加入者が健康であることが望ましい。このような中で健康経営は企業の人的資源管理にどういった効果をもたらしうるのかを保険者の視点から考えることが本稿のねらいである。

そこで本稿ではまず,健康経営とは何かについてその広まりの背景を確認し,先行研究をレビューする。次いで,本稿における研究課題を示す。それは,日本で最大規模の医療保険を営む保険者である協会けんぽ(全国健康保険協会)の健康経営がどのような取り組みでありどのように今後の方向づけを図ろうとしているのかを探り,保険者の視点から健康経営が企業の人的資源管理へどのように影響しうるかを考察することである。事例として取り上げる対象は,協会けんぽ(全国健康保険協会)の都道府県支部の一つである広島支部である。最後に,本稿のまとめを示す。

2. 健康経営とは何か

⑴ 広まりの背景

ここでまず,「健康経営」とは何であるのかを改めて確認しておこう。健康経営は1990年代前半に臨床心理学者のロバート・ローゼンが提唱した手法として知られている1。もともとはアメリカ発祥の考え方であり,当時のアメリカには公的医療保険制度がないために,企業が従業員の医療費を負担することになり,そのことが企業経営を圧迫する大きな要因になっていたという。そこで従業員の健康促進にかかる費用を投資と捉え,企業が積極的に健康に投資することで業績や生産性の向上につなげようという動きが広まった2のだという。

日本で健康経営という言葉が使われるようになったのは,比較的近年のことである。そのはじまりは,特定非営利活動法人健康経営研究会が2006年に設立され3,同研究会が「健康経営®」として用いたことである。

2010年代に入ると,健康経営の言葉を政府も扱うようになった。2013年に発表された「日本再興戦略」において「国民の健康寿命の延伸」が主要テーマに挙げられたが,翌年の改訂版で健康投資の考え方が示されるところで健康経営の言葉が用いられている(図1)。

こうした流れの中で,経済産業省は健康経営に取り組む企業を「従業員の健康管理を経営的な視点で考え,戦略的に取り組んでいる企業」と定義し,健康経営に係る各種顕彰制度を推進し,従業員や求職者,関係企業や金融機関などから社会的に評価を受けることができる環境づくりのために2014年より表彰制度を開始している4。例えば,最近において認知が広まりつつあるものとして「健康経営銘柄」の選定と「健康経営優良法人(大規模法人部門および中小規模法人部門)」の選定がある。「健康経営銘柄」は,東京証券取引所の上場企業の中から優れた健康経営を行う企業を選定し,企業価値の向上を重視する投資家にとって魅力ある企業として紹介することを通じて,企業の健康経営促進を目指すことが方針である。「健康経営優良法人(大規模法人部門)」は,健康経営に取り組む優良な企業を「見える化」することで,従業員や求職者,関係企業や金融機関などから健康経営に取り組む企業として社会的に評価を受けることができる環境を整えることが,そして「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」は,健康経営を全国に浸透させるには,中小企業における取り組みを広げることが不可欠であり,それぞれに合った優良な取り組みを実施する企業を積極的に認定することで,健康経営のすそ野を広げるツールとすることが方針である5

2015年には少子高齢化が急速に進展する中で国民ひとりひとりの健康寿命延伸と適正な医療について民間の組織が連携し,行政の全面的な支援のもと実効的な活動を行うために経済団体,医療団体,保険者や自治体でもって職場,地域で具体的な対応策を実現してゆくことを目的とする活動体である日本健康会議が創設された6。同会議による「健康なまち・職場づくり宣言2020」(図2)の制定は,健康経営が広まる大きな契機になっている。

このように,健康経営は日本において新しいトピックである。日本は少子高齢社会という現実がある。さらにこれから数十年の間に急激な人口減少社会が到来すると予測されている。健康経営の広まりの背景には,現役世代の健康が国力を支えるために不可欠であり,国をあげて考えてゆく必要があることがうかがえる。

では次に,健康経営に関する先行研究を最近のものに焦点を当ててみてゆくことにする。

図1 日本再興戦略と健康経営
図2 「健康なまち・職場づくり宣言2020」の内容

⑵ 先行研究のレビュー

健康経営は比較的近年に出てきたトピックであるが,これをテーマとする先行研究として,尾形(2018)栗林・月間(2018)森(2019)があげられる。本稿ではこの3つの研究を取り上げることとする。健康に関することであるため,医療関連領域において論じられている。

尾形(2018)は,健康関連総コストをもとにした議論を展開している。健康コストには,医療費,障害,アブセンティーイズム(病欠),プレゼンティーイズム(職場で働いているものの,何らかの健康問題のために業務の能率が低下している状況)といったものがある。論文中ではまずアメリカの事例をあげ,アメリカでは企業にとって健康問題による生産性の損失は医療費を上回る大きな問題であり,経営問題そのものなのだという。日本についても,東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニットによる研究から,企業や病院における従業員の健康関連総コストの最大の構成要素となっているものがプレゼンティーイズムであり,これが次点の医療費を大きく上回っている事実を取り上げている。

栗林・月間(2018)は,企業の健康増進活動についての議論を展開している。各企業の健康行動を促進させる実際の取り組みとして,働く環境改善(例:朝方勤務導入),教育によるヘルスリテラシー向上(例:イントラネットでの心理教育),インセンティブの導入(例:健康増進アクション手当支給)などが行われているという。ただし,従業員の参加率が低調であり,企業の健康増進活動には従業員のコミットメントを高めるためにいかに情報を伝えていくか,問題意識の低い従業員をどのようにして参加させることができるか,忙しい従業員にどのようにして健康行動を促していくかが大きな課題であるという。そのため対象者を健康増進活動にコミットメントさせるためには,主に効果的に従業員の行動を変容させるテクニック(行動科学テクニック)に加えて,対象者それぞれの行動変容ステージをアセスメントし,対象者の行動変容ステージが低い場合には有用なインセンティブを提示するような工夫が必要であるとしている。

森(2019)は,産業医の立場から産業保健7活動を軸とした議論を展開している。健康管理の目的について,従来は労働安全衛生法の遵守や安全配慮義務の履行等,義務やリスクを回避しようとするものであったため,そのために必要な費用はコストであり,可能な限り低減しようとする動機が働いてきたが,健康経営は従業員の健康に対する投資をするものであり,リスクの低減に併せて経営上の成果を得ることが重要であるという。そのうえで,健康経営は長期的な視野に立った取り組みが必要であり,産業保健活動の導入(既存の産業保健活動の整理から始めたうえで,当面の産業保健推進計画を立案し,その際に,既存の活動の有効活用とハイリスク状況の確実な管理を前提にプログラムを定める段階),展開(従業員が健康行動をとりやすくすべく,企業が入手できる健康に関するデータと健康保険組合のデータをうまく活用して健康課題を明確にし,企業と健康保険組合が話し合いながら産業保健活動の計画を立てて,プログラムの企画・実施につなげる段階),定着(従業員の健康を経営マター化し,産業保健プログラムが継続的に改善される仕組みの構築や健康経営は企業全体での取り組みのため職場や部門ごとの取り組みについて可能な限り企業全体で整合化を図る段階),発展(グループ企業やその他の発展企業への展開を図る段階)といったフェーズを想定し,推進を図ることの重要性を説いている。

尾形(2018)からはプレゼンティーイズムが健康に関わる最大の費用になっているがゆえ健康経営が重要であること,栗林・月間(2018)からは健康経営を進めていくために企業における健康増進活動には従業員の参加に課題があり,それを克服する方法を科学的に考えてゆくべきこと,森(2019)からは産業保健活動を有効に機能させて健康経営を取り組んでいくことの重要性といった論点を抽出することができる。

3. 本稿の研究課題

以上,健康経営に関する先行研究をみた。健康経営の実態を考えるにあたり,ここで医療保険を運営する保険者の動向に着目する意義は大きいだろう。それは,保険者は医療を受ける保険加入者(従業員本人およびその家族)の費用を大きく負担しなければならない立場であるからにほかならない。国民皆保険の日本において働く人々は,健康保険組合,健康保険協会,共済組合,自営業者であれば国民健康保険のいずれかの医療保険に加入している。例えば,病気やけがをした際に病院で診察,治療を受ければ医療費が発生する。その際に健康保険証を持っていれば,費用は一部本人負担となり残りは医療保険による支払いとなる。働く人々でなくても扶養に入っていれば事業所の健康保険証を持つことになる。

日本の医療保険制度の運用にも大きな課題がある。それは,大きな事業組織にある健康保険組合の財政状況の深刻化である。その財政状況について,「保険給付費」は支出の半分程度(4兆2,394億円)を占めるが,それに次ぐ大きな支出に「拠出金」がある(3兆4,435億円)。結果的に健康保険組合の6割以上が赤字組合となっている8。後期高齢者医療制度への拠出金が保険者の財政状況を厳しくしている一面があるということである。近年において大きな事業組織単体の健康保険組合の解散が生じている。そうなった場合の新たな引受先は,最大規模の医療保険を運営する健康保険協会となる。

健康保険協会が最大規模である所以は,日本の企業の実に99%を占める中小企業の従業員とその家族が元々の加入者のためである。この日本において最大の保険者である健康保険協会は,健康経営が広まる中でどのように動いているのかに着目したい。そこで次節では,協会けんぽ(全国健康保険協会)が健康経営にどう向き合いどう展開してゆこうとしているのかについて一つの都道府県支部の取り組みを考察する。その中で保険者の視点から健康経営が企業の人的資源管理にどのように影響しうるのかを明らかにしたい。

4. 協会けんぽ(全国健康保険協会)広島支部の健康経営推進事例の考察

協会けんぽ(全国健康保険協会)は,2008年にそれまでの政府管掌健康保険を引き継いで設立された組織である。2017年10月において約3,850万人が加入者(従業員およびその家族)であり,主に中小企業等約200万事業所が加入する医療保険に関する日本最大の保険者(医療保険引受人)である。協会けんぽ(全国健康保険協会)は本部(東京都)と全国47都道府県に支部がある9。筆者は広島県内に所在する大学に勤務している。そのため,広島県の協会けんぽ(全国健康保険協会,以下「協会けんぽ」と記す)広島支部を今回の調査対象組織として選定し,聞き取り10を実施した。以下,組織の概要および主な保健事業,健康経営に関する取り組みを示し,健康経営の取り組みが企業の人的資源管理にどう影響するのか,健康経営の現状の評価と今後の課題について考察する。なお,本節の内容は注の箇所を除き,調査日のお話と提供資料に基づいている。

⑴ 組織の概要および主な保健事業

協会けんぽ広島支部は,広島県広島市に所在する。協会けんぽの都道府県支部は,運営に関する重要事項を事業主・被保険者・学識経験者が参画して評議会で審議を行い,地域の実情を踏まえて保険運営の企画,保険給付,保健事業(予防)の大きく3つの事業を実施する11。そのため,広島支部には広島県内の実情を踏まえた運営が求められる。広島県の人口は約280万人であるが,そのうち協会けんぽの加入者は従業員本人が約60万人,家族を含めると約100万人である。広島県は健診率の低さや「何かあった時は病院に行けば良い」という意識そのものの低さから,健康に関して後進県であった。それゆえ健診(検診)受診勧奨が必要であった。そのような背景から協会けんぽ広島支部は,「健康づくりの好循環」(図3)の構築に向けて各種の事業を実施してきている。

図3 「健康づくりの好循環」について

協会けんぽ広島支部の事業として重要なものは,「広島支部データヘルス計画」である。データヘルス計画とは,医療保険の保険者が保有するレセプト・健診データなどを分析・活用し,加入者の健康状態の特性を踏まえた健康づくりや重症化予防などの保健事業を行っていくための事業計画のことである。協会けんぽ広島支部は2008年の発足当初から保険者機能を発揮し,医療費の適正化,加入者の健康増進について様々な取り組みを継続的・経年的に行ってきたが,始めて暫くは対象者を対個人として進めてきたため,実施判断を個々人に委ねざるを得ず,思ったような効果が上がらなかったという。2013年に政府が「日本再興戦略」の一つとしてデータヘルス計画を打ち出した。それにともない,健康保険法に基づく保健事業の実施等に関する指針が一部改正され,保険加入者に対して保健事業を効果的かつ効率的に実施するため,レセプトデータおよび健診結果等の分析から健康課題を把握し,目標値の設定を含めた事業の企画・実施および評価にかかる計画を策定し,その実施にあたっては,より効果の高い事業を事業主と連携して行うことが求められた。それがコラボヘルスである。広島県においても広島支部データヘルス計画が策定されることとなった。その具体的なものとしての「広島支部データヘルス計画スケジュール第1期」は,2013年度から2017年度までの5カ年の計画であった。実際に,協会けんぽ広島支部は各事業所の健康課題への保健事業の提案を行い,事業主と協働で保健事業を行ってきている。

データヘルス計画の一環として,協会けんぽ広島支部は「ヘルスケア通信簿®」を独自に開発している。これは,「安定した経営は従業員の健康づくりから」というコンセプトで行われている。ヘルスケア通信簿は,事業所ごとに作成される,事業所ごと業種ごとの分析結果のランキングが表される,経年的な比較が可能,個人が特定されないことを特徴とする。ヘルスケア通信簿では医療費,健診の受診率と保健指導の実施率,糖尿病/高血圧/脂質異常症のグラフ,生活習慣レーダーチャートの状況が把握できるようになっている(表1)。県内の事業所における順位および従業員規模別の事業所における順位を一目で知ることができる。いわば健康状況が把握可能な成績通知表のようなものである。

表1 ヘルスケア通信簿の一例

同じくデータヘルス計画の一環として,協会けんぽ広島支部は事業主が主体となり「事業所の特性に応じた保健事業」,すなわち事業主が事業所での健康づくりを進めるうえでのサポート事業を行ってきた。協会けんぽ広島支部としては,「健康づくりに関する情報提供(健康づくりの好事例紹介,メールマガジン・健康保険委員研修,講座開催,健康づくりに関する資料提供)」,「健康課題の把握(生活習慣病予防健診,ヘルスケア通信簿の提供,歯周病検査,COPD予防)」,「生活習慣の改善サポート(特定保健指導・糖尿病重症化予防,スポーツクラブ法人利用)」をサポート事業の3つの柱としている。例えば,この中の健康づくりの好事例を紹介する「ひろしま企業健康づくり好事例集」は,多くの企業に他社の先進事例を参考にしてもらうことをねらいとしている。

⑵ 健康経営に関する取り組み

続いて,協会けんぽ広島支部の健康経営に関する取り組みについてみる。健康経営は,2018年度から6カ年にわたる「第2期広島支部データヘルス計画」の目標の中の一つに据えられた(図4)。下位目標にあるコラボヘルスの推進が健康経営の推進である。

図4 第2期広島支部データヘルス計画の内容

協会けんぽ広島支部の健康経営推進目標として,1つ目に「ひろしま企業健康宣言」事業所について2023年度末において累計2,000社とすること,2つ目に健康保険委員委嘱者数について2023年度末において6,000名とすること,3つ目に自治体や関係団体と連携し,セミナーや周知広報を実施することで健康経営に関する認知度の向上を図ることが掲げられた。これら3点の実情は次のようである。

  • ①「ひろしま企業健康宣言」について

この制度は,参加企業の健康増進に向けて協会けんぽ広島支部が参加企業をサポートし,認定を行うものである。2016年度より加入事業所に6項目(経営者自身が率先し,健康づくりに取り組むこと,健康づくり担当者を設置すること,会社の健康課題を把握し,改善に努めること,協会けんぽと連携し,健康づくりの発展を図ること,労働基準法,労働安全衛生法などの法令を遵守すること,健康づくりに向けて次の取り組みを実施すること)の「健康宣言」を表明してもらうよう推進している。2020年2月末時点で1,426社が宣言(エントリー)している。協会けんぽ広島支部が審査を行った後に,各企業に「ひろしま企業健康宣言証」を送付する仕組みになっている。この宣言証を有する企業は自社の健康課題を把握し,健康経営を始める。健康課題はエントリー時のチェックシート,従業員の健康診断結果,先にみたヘルスケア通信簿で把握する。各企業は年1回協会けんぽ広島支部より送付される振り返り用のチェックシートを用いて取り組みを顧みることになる。これをもとに協会けんぽ広島支部は審査を行う。審査を通過した企業は「ひろしま企業健康宣言認定証」が得られる。認定は年度ごとに行われる仕組みになっている。2019年度の認定は,2018年度の企業の取り組みを基に行い,チェックシートを送付した851社のうち421社が認定されている。「ひろしま企業健康宣言」は,全国レベルである「健康経営優良法人認定制度」へのステップアップも可能となっている。宣言(エントリー)している企業は,広島県内5万社以上ある関係企業のうちの1,426社であり,その比率は決して高くはない。

  • ②「健康保険委員委嘱者」について

健康保険委員は,従業員の健康増進を推進するための従業員と協会けんぽの橋渡しの役割を担う。委嘱者の属性は主に,事業所の総務,人事労務部門をはじめとした事務担当者である。委嘱者数は2020年2月末時点で5,456名となっている。

  • ③「健康経営セミナー」について

2019年度,協会けんぽ広島支部は広島県内事業所の健康経営の普及促進を図るため,経営者,人事労務担当者を対象とした健康経営セミナーを開催している。8月には広島県福山市と広島県広島市(広島商工会議所共催)で,10月には広島県東広島市(東広島市共催)でそれぞれ開かれている。広島県,地元の経済界をはじめ民間の保険会社が後援となっている。セミナーの内容は,特定社会保険労務士による基調講演,地元企業による事例報告,スポーツクラブを運営する企業による健康づくりについての講演で構成されている。今後もセミナーを企画してゆくことになっているという。

⑶ 健康経営の取り組みが企業の人的資源管理にもたらす影響

筆者は,ヒアリング時に健康経営の取り組みが企業の人的資源管理にもたらす影響を明らかにすべく,協会けんぽ広島支部の職員の方に次の質問を行った。その内容は,「保険者からみて健康経営が企業の人的資源管理にどのように影響していると映るか」についてである。これについて職員の方から「健康経営の成果について保険者として今のところエビデンスを得られていない。協会けんぽは数多くの中小企業等で働く従業員(その家族も含む)に健康保険証を発行する機関である。保険運営を行っているがゆえ,医療費適正化のために健康経営を加入者に求めている。規模の小さい組織である中小企業等で健康経営がしっかり取り組まれるようになるには経営者が従業員の健康に関心をもつことが重要だと考えられる。医療費削減となれば,事業所にとっても健康保険料の負担が抑制される。健康管理がしっかりしたものとなれば,従業員のモチベーション向上,欠勤率低下,獲得,定着率の向上が生産性向上につながることを期待でき,また,事故や労働災害発生の予防,けがや病気の予防がリスク管理につながりうる。ひいては企業ブランド価値や対内的・対外的イメージといった組織のステータスが向上しうる」との回答を得た。

これらのことはいずれも労使にとって好ましい職場環境の構築につながると言えるだろう。健康あっての仕事とあるように,従業員の健康は,従業員が人的資源を活用した労働サービスを提供する行為の土台と言える12。今般広まる健康経営とは,従業員の健康管理を経営の視点から戦略的に行い成果につなげようとするものである13。その成果の一つとして,健康経営の取り組みは経営者の意識次第で企業の人的資源管理に有効にはたらき,生産性にとってプラスに影響しうるのである。もちろん,経営者のみならず健康保険委員,そして従業員自身も含めて一体となることが欠かせないであろうが,この点については今後の企業の取り組み事例に注目してゆきたい。

⑷ 健康経営の現状の評価と今後の課題

ヒアリングの一部分に同席してくださった支部長からは,健康経営の現状の評価と今後の課題についてお話を賜った。支部長は「企業はハードルが高いと思っている。コストがかかると思い込んでいる。だが,「ひろしま企業健康づくり好事例集」の中にもあるようにお金をかけなくてもできることはたくさんあるため,できることから始める。まずはそこからであると考える。それから,健康経営についての組織的な仕組みづくりが現場任せになっている。ここが踏み込みにくいために遅れをとっている。県をはじめ市町村の理解と協力が健康経営の推進に不可欠である」と述べられた。

現に多くの企業が取り組んでいるものの,支部長のお話からこれからの課題が浮かび上がってくる。基本部分はまずすぐにでもできる身近なことを参考にし,発展部分は良い仕組みを職場を超えた連携でもって構築することが重要だという示唆を含んでいるようである。

5. まとめ

本稿ではまず,近年の日本における「健康経営」の広まりについてみてきた。本稿の研究課題は,その健康経営が企業の人的資源管理にどう影響しているかについて日本最大の医療保険を運営する保険者である協会けんぽの視点から考察することであった。

事例対象である協会けんぽ広島支部の健康経営に関する取り組みは,加入者の健康度の向上とそれにともなう医療費適正化がそもそもの目的であるが,それは中小企業等にも保険料率が抑えられる点で良い影響である。保険事業としての保険者と企業のコラボヘルスは,企業における従業員の健康増進にとってメリットがあることが事例からうかがえる。健康に対する経営者の意識が高ければ,健康経営は企業の人的資源管理に有効にはたらき,生産性にとってプラスに影響しうることがみえてくる。

今回は広島県の協会けんぽ広島支部に限定した保険者視点からの健康経営へのアプローチであり,いくつかある医療保険のうちの一つをみるにとどまった。また,実際の企業の健康経営の取り組み事例を考察するまでに至らなかった。残された点については,今後の課題としたい。

 【謝辞】

本稿を執筆するにあたり,協会けんぽ広島支部には健康経営についてのヒアリングの機会を設定していただいた。調査日には貴重なお話のみならず,複数枚の関係資料を提供してくださった。また,広島国際大学健康科学部の林行成教授には訪問の依頼を取り次いでいただくとともに本研究の発展のために多くの助言を頂戴した。

(筆者=広島国際大学健康科学部特任助教)

【注】
7  産業保健について,もともとは工場で働く人々の健康管理であるが,産業構造の変化にともない物理的・化学的な安全衛生からサービス業も含めた働く人々を対象にした健診や生活習慣病予防などに産業医の仕事の重心が移ってきた背景がある。1990年代頃からは働く人々の身体的な健康だけでなく心も含めた健康の関心が高まってきたという。鈴木前掲書,29-31ページを参照。

8  けんぽれん(健康保険組合連合会)「2019年度健康保険組合予算早期集計結果と『2022年危機』に向けた見通し等について」を参照。「2022年危機」とは,2022年以降にいわゆる「団塊の世代」の人々が後期高齢者に入り始め,拠出金負担が急増するという懸念のことである。

10  筆者は2020年3月17日に協会けんぽ広島支部を訪問し,保険者である協会けんぽ広島支部の健康経営に関する取り組み内容についてヒアリングを行った。

12  人的資源および労働サービスの用語については佐藤(2019),4ページを参照。人的資源とは「従業員が保有している潜在的な職業能力」を意味し,労働サービスとは「従業員の顕在化した職業能力」を意味する。

13  先にみた経済産業省による健康経営に取り組む企業の定義に基づいている。

【参考文献】
 
© 2020 Japan Society of Human Resource Management
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