Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
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Determinants of the Work-Life-Balance Satisfaction: Evidence from Personnel-Micro Data of a Japanese Company
Shizue IGAWATomotaka HIRAO
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2021 Volume 21 Issue 2 Pages 5-20

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ABSTRACT

In this paper, we investigate whether human resource management practices can significantly enhance the work-life-balance satisfaction of workers using personnel-micro data from a Japanese medium-sized company, comprising approximately 600 employees. The dataset is of all regular employees working in one manufacturing company including in both blue-collar and white-collar occupations of three divisions: Product, Sales, and R&D. The objective of this study is to examine the heterogeneity and trends of human resource management. The results showed that there is a positive relationship between the fairness of job allocation and the work-life-balance satisfaction. It was also found that under-skilled workers in the Sales (R&D) division receive significantly lesser (higher) work-life-balance satisfaction than their correctly placed colleagues, after controlling for boss effect and other workplace characteristics.

1. はじめに

本研究の目的は,ある企業の人事マイクロデータから得られる個人属性,上司・部下関係,残業時間,賃金などのデータを用い,個人のワーク・ライフ・バランス満足度を決定する要因を探ることにある。

ワーク・ライフ・バランスの用語は社会的に浸透しているが,近年は「働き方改革」の議論の中で,残業時間の規制や女性の活躍に関連して,これまで以上に注目が集まっている。学術的には,例えば,山口(2009)佐藤・武石(2011)脇坂(2018)など,既に多くの研究成果がまとまったかたちで刊行されている。ワーク・ライフ・バランスに関する日本の先行研究の結果をまとめると,①均等施策と併せて導入すれば企業業績の向上につながる(阿部・黒澤 2008など),②中堅大企業・製造業・労働の固定費の大きい企業という条件の下では,生産性の上昇につながる(Yamamoto and Matsuura 2014など),③単に制度を導入すればよいというものではなく,前提条件や管理職の的確な運用が必要である,といったことが指摘されている。また,実証研究の成果をうけて,学習院大学経済経営研究所編(2008)佐藤・武石(2008)など研究成果を人的資源管理の実践に活かす取り組みも行われつつある。

しかし,これまでワーク・ライフ・バランスに関する多くの企業調査,労働者調査がなされてきたものの,一企業内において個人レベルで人事マイクロデータ(賃金,残業時間等)と仕事についての認識や満足等のアンケート調査データを合わせた分析は,ほとんど行われていない。特に,ワーク・ライフ・バランスの研究に関しては,職場状況を分析するにあたり,上司と部下のデータ上の対応(この上司の部下は誰か)が明確であることが望ましいが,これらの点についてデータの蓄積が進んでおらず,上司要因を客観的にコントロールした分析が行われていないという課題が残されている1

そこで,本研究ではこの課題を克服するために,調査協力を得られた企業において,人事マイクロデータを入手すると同時に従業員意識調査(アンケート調査)を実施し,これらのデータを突合・分析することで,ワーク・ライフ・バランス満足度を決定する要因を探る。

なお,本稿の構成は次の通りである。続く第2節では先行研究を概観し,本研究の貢献を明示する。第3節では調査概要とデータを,第4節では分析方法を説明する。第5節では統計分析を行い,分析結果を提示する。最終節第6節では分析結果のまとめと若干の議論を行う。

2. 先行研究

2-1. ワーク・ライフ・バランスの先行研究

まず,本研究の主題であるワーク・ライフ・バランスの研究について概観しておく。ワーク・ライフ・バランス施策が企業業績や従業員の定着率に影響を与えることを分析した研究は,2000年頃より盛んに行われてきた。例えば,坂爪(2002)は,社会経済生産性本部が実施した調査データを用い,ワーク・ライフ・バランス施策が従業員の働きがい,働きやすさ,女性の離職率低下に対して効果を持つことを明らかにしている。さらに,2005年にニッセイ基礎研究所によって「仕事と生活の両立支援と企業業績に関する調査」が,2006年に労働政策研究・研修機構によって「仕事と家庭の両立支援にかかわる調査」が行われている。前者の研究成果は佐藤・武石(2008)として,後者の研究成果は労働政策研究・研修機構(2007)としてまとめられている。重要な調査研究と位置づけられるこれらの研究の分析内容は多岐にわたるが,概して,ワーク・ライフ・バランス施策の充実が女性従業員の定着率,経常利益,売上げに効果を持つことを示した。また,近年では,Yamamoto and Matsuura(2014)などパネルデータを用いた精緻な検証も行われている。ただし,これまでに行われてきた研究の多くで,ワーク・ライフ・バランス施策が企業業績に正の効果を持つことが見出された一方で,その施策の組み合わせ(補完性)によって効果が異なることも明らかにされている2

このように,条件付きながらワーク・ライフ・バランス施策の企業業績への正の効果が明らかになるにつれ,その決定要因の分析も行われるようになってきた。それは,ワーク・ライフ・バランス施策を実施していない企業より実施している企業の方が何らかの業績が良いならば,どのように従業員のワーク・ライフ・バランスを実現すればよいのかということが人的資源管理の課題になってくるからであろう。

しかし,この従業員のワーク・ライフ・バランスが実現できているか否かを探索した研究は,高村(2011)武石(2012)などがあるのみで,管見の限り,多くはない。この研究課題の追究が難しいのは,ワーク・ライフ・バランスの実現やファミリー・フレンドリーの指標については,個人差によるところが大きいからである。武石(2012)が指摘する通り,従業員にとって「仕事と生活の調和が図れている状態」は個人差が大きく,単に労働時間が短いということや育児休暇が取得しやすいということだけでは,ワーク・ライフ・バランスの良し悪しを判断することはできない。

例えば,同じ労働時間8時間でも,独身の若い従業員が自身の成長や昇進のために「もっと働きたい」と思う場合もあれば,既婚の子育て世代の従業員が育児や家事のために「労働時間をもっと短くしたい」と思う場合もあるだろう。また,子育てが終わり,時間に余裕ができた従業員が会社や社会のために「もっといろいろな活動をしたい」と思う場合もあれば,親の介護を抱え「労働時間をもっと短くしたい」と思う場合もあるだろう。個人の属性やライフステージによって,同じ施策でもワーク・ライフ・バランスの実現度合いは違ってくるため,この課題を追究するためには,「ワーク・ライフ・バランスがとれている」という従業員個々人の認識に影響を与える職場や上司の要因を探る必要がある。

その意味で,個人のワーク・ライフ・バランスの確立にとって職場のマネジメントが重要であるという視点から研究を行ったのが,高村(2011)武石(2012)である。前者の研究では,「上司と部下の良好なコミュニケーション」は,直接的にワーク・ライフ・バランス満足を高めるだけでなく,間接的にワーク・ライフ・バランス満足と生産性の両方を高めること,「業務裁量性」や「効率的な業務管理」は,ワーク・ライフ・バランス満足と生産性の両方に正の効果を与えること,ワーク・ライフ・バランス満足を損なうのは,「過剰就労」や「不完全就労」の大きさであることなどが示されている。

後者の研究では,「仕事量の多さ」が負の効果を,「職務明確性,職務遂行の裁量性」「支援的な上司」「助け合い職場」がワーク・ライフ・バランス満足に対していずれも正の効果を与える結果となっている。つまり,量が多くて突発的な業務が生じるような仕事は,ワーク・ライフ・バランス満足を低め,反対に,職務に求められる要件が明確であること,仕事の手順を自分で決めることができる裁量,上司の支援的なマネジメント,職場の助け合いの雰囲気がワーク・ライフ・バランス満足を高めることが指摘されている。

しかし,これらの研究にも課題は残されている。それは,ワーク・ライフ・バランス満足に影響を与えるとされる職場特性や上司特性のデータが主観的なデータにとどまるということである。言い換えれば,調査において回答者(従業員)に職場特性や上司特性を直接質問することでデータが得られており,客観的に職場や上司が捉えられていない3

そこで,本研究では,ある日本企業の人事マイクロデータと従業員質問紙調査を組み合わせたデータを用いることで,上司と職場を人事マイクロデータから客観的に特定し,職場と上司そのものの影響を制御した上で,ワーク・ライフ・バランス満足度を決定する仕事の要因を分析する。

2-2. 上司効果の先行研究

次に,上司効果(Boss Effect)に関する研究について整理しておく。一般的には,企業組織において,上司は部下の生産性に影響を与えると考えられるだろう。上司は部下の管理・監督,教育訓練を行い,時に労働意欲の喚起のために指導を行う。上司がこれらの人材マネジメントを適切に実施できれば,部下の生産性は上昇していくものと思われる。

しかし,上司効果に関する研究の蓄積はさほど多くはない。これまでになされた研究の多くは,経営者や店長が企業業績に及ぼす影響について関心を持って行われてきた。ただし,上原ほか(2013)が指摘する通り,一般従業員にとって経営者や店長は,組織の規模が極めて小さい場合を除いて,企業ヒエラルキーの中では遠い存在である。その意味では,一般従業員にとって影響のある直接の上司とは,日々同じ職場で一緒に仕事し,自分の人事評価を行う中間管理職ということになる。

日々同じ職場で一緒に仕事をする直接の上司と部下の関係を人事マイクロデータ等の客観的なデータで紐付けし,部下の生産性に与える上司の効果を検証した研究は,管見の限り,Abowd, Kramarz and Woodcock(2008)Lazear, Shaw and Stanton(2015)Okajima, Matsushige and Ye(2016)が確認できる程度である。これらの研究では,上司の違いによる部下の生産性の違いが実証されているが,部下の主観的厚生への影響までは分析が及んでいない。

上司が部下の主観的厚生に及ぼす影響については,職業心理学の分野を中心に研究が蓄積されている(Ellinger,Ellinger and Keller 2003, Artz, Goodall and Oswald 2017, Kuroda and Yamamoto 2018など)。これまでの研究では,上司のコンピテンシーや指導が部下の仕事満足やメンタルヘルスに影響することが実証されているが,ワーク・ライフ・バランス満足に関する分析は,管見の限り,確認できていない。また,Kuroda and Yamamoto(2018)などパネルデータの使用によって因果推論の分析を丁寧に行っているものもあるが,これらの研究もデータの収集については,労働者(従業員)調査によって行われており,部下の主観的回答によって上司の情報が集められている。その意味では,人事マイクロデータという客観的な上司情報を使用し分析が行えるという点に本研究の特徴がある。

本研究の実証分析において予想される結果として,ある上司を基準にした時,他の上司の部下はワーク・ライフ・バランス満足度が高い,あるいは,低いという結果が考えられるだろう。ただし,それを理論的には検討できないので,上司ダミー変数の符号の向きは定かではない。実証分析を通して確認することになる。また,前項で挙げた仕事の配分や裁量に関わる変数は正の効果が期待されるが,職場特性によって,その影響力は異なる可能性がある。

3. 調査概要とデータ

本節では,調査対象企業とデータの概要を説明する。調査対象企業は従業員約600人の製造業である。20歳代の従業員が約4割を占め,この企業全体の従業員の平均年齢は約34歳となっている。女性比率は約3割,中途採用者の比率は35%ほどである。

人事処遇制度は職能資格制度を中心に運用されている。ワーク・ライフ・バランス関連の施策については以下の通りである。まず,育児休業制度は法定水準であり,取得期間に差はあるが,希望者の取得率は100%となっている。次に,短時間勤務制度は,子どもが小学校入学前まで取得可能であり,過去希望した者は全員取得できている。その他の施策としては,毎月1回のノー残業デーの実施,部活動・同好会活動の支援,社員の子どもによる職場見学会などがある。

続いて分析に用いるデータについて説明する。筆者らは調査対象企業の協力を得て,全従業員を対象に,ワーク・ライフ・バランスに関する意識等を問う従業員意識調査を2017年8月に実施した(アンケート調査データ)。同時に,年齢,勤続年数,賃金,人事評価等が記された調査時点の人事マイクロデータを入手し,2つのデータを個人ごとの識別番号で突合した。

ワーク・ライフ・バランス満足度や仕事の進め方等に関する従業員意識調査のデータ(アンケート調査データ)と賃金や残業時間等の人事マイクロデータを個人ごとの識別番号でマッチングさせたデータを用いることで,企業の施策や風土を同条件・所与として,職場環境,上司行動の影響などをクリアに分析できるようになる。特に,個々の従業員について,職場における上司と部下を紐付けしたデータで分析が可能なことが本研究の先進的な貢献となる。

なお,以下の分析では「部下」は課長レベル未満の一般社員を指し,「上司」は課長レベルの管理職社員を指す。「上司」は「部下」の人事評価の1次評価者であり,この情報をもとにデータ上では上司と部下の関係を紐付けしている。「上司」の上司は,部長レベルの管理職(部門長)になり各部門に1名のみである。そのため,後の分析では上司と部下の関係が単層で明確な「部下」のデータのみを用いることにする。「一般社員と課長の上司・部下関係」と「課長と部門長の上司・部下関係」は,同じ上司・部下関係ではあるが異質なものであると考えられ,管理職・非管理職に関係なくデータをプールして分析すると,上司・部下関係の変数(次節で説明する上司ダミー変数)の解釈が困難になることがその理由である。

4. 分析方法

得られたデータから次のように変数の作成を行った。被説明変数となるワーク・ライフ・バランス満足度は,アンケート調査の質問項目「今の『仕事に割く時間と生活に割く時間のバランス』(両者の時間配分)に満足している」の回答を使用する。回答の選択肢は,「1:全くあてはまらない,2:あまりあてはまらない,3:どちらともいえない,4:多少あてはまる,5:非常にあてはまる」で5段階の順序尺度となっている。被説明変数が順序尺度になるので,順序プロビット分析を採用する。

説明変数には人事マイクロデータから個人属性,時間外勤務時間,賃金,上司ダミー等を,アンケート調査データから仕事に関する変数を使用する。これらは先行研究で使用されている変数に加え,本研究の目的に沿った変数を用いたものである4

人事マイクロデータからは,性別(女性ダミー),所定内賃金,前年の年間時間外勤務時間,部門ダミー,上司ダミーの各変数を使用する。上司ダミーとは,例えば,上司Aダミーは,「上司」がAさんなら1,Aさん以外なら0をとるダミー変数である。Aさんの「部下」が10人いるとすると,この10人は上司Aダミーが1をとる。推定においては,部門にいる「上司」のうち,ある「上司」(たとえばAさん)をベースとして,それ以外の上司ダミー変数(上司Bダミー,上司Cダミー,......)を説明変数として投入する。

年齢,勤続年数,賃金はいずれも重要な変数であるが,これらの間には強い相関があり,多重共線性の問題が存在するため,同時に投入するのは好ましくない。本研究では,ワーク・ライフ・バランス満足度の決定要因という観点から,また,分析は「部下」のみが対象となるため,年齢,勤続年数ではなく,賃金を説明変数として用いることにした。

アンケート調査データからは,仕事に関する変数を用いる。第2節でも触れた通り,先行研究においては,ワーク・ライフ・バランス満足に影響を与えるものとして,職場や仕事管理に関連した変数が使用され,それらのいくつかは有意であることが示されてきた。たとえば,高村(2011)では「業務裁量性」や「効率的な業務管理」等が正の効果を与えることが,武石(2012)では「職務明確性,職務遂行の裁量性」「支援的な上司」「助け合い職場」が正の効果を与えることが示されている。より具体的には,武石(2012)は「職場の状況」の変数に関しては,自分が担当する仕事の特徴,上司の職場管理の特徴,職場の特徴についてそれぞれ10項目,12項目,9項目の計31項目について,因子分析を行い,仕事の特徴で3つ(仕事量の多さ,職務明確性・職務遂行の裁量性,連携・調整業務),上司の職場管理の特徴で2つ(残業や休日出勤を評価,支援的な上司),職場の特徴で2つ(助け合い職場,付き合い残業職場)の変数を抽出し,合成変数を作成して分析に使用している。結果,仕事や職場の特徴については,「仕事の特徴:仕事量の多さ」が負,「仕事の特徴:職務明確性,職務遂行の裁量性」「上司の特徴:支援的な上司」「職場の特徴:助け合い職場」がいずれも正で有意となった。つまり,仕事量が多くて突発的な業務が生じるような仕事の特徴はワーク・ライフ・バランス満足度を低め,反対に,職務が求める要件が明確で仕事の手順を自分で決めることができるような仕事特性,上司の支援的なマネジメント,職場の助け合いの雰囲気がワーク・ライフ・バランス満足度を高めることが指摘されている。本研究は高村(2011)武石(2012)と問題意識が近く,本研究で実施した調査にもこれらと類似の設問が設定されている。

以上の先行研究をふまえ,本研究ではアンケート調査から以下の6つの質問項目を仕事に関する説明変数として使用する。①「職場が達成すべき成果を強く意識する」(以下,職場成果への意識と略する)。以下同様に,②「職場では,各人の能力に応じて公正に仕事が割り当てられている」(公正な仕事配分),③「仕事の進め方に自分の意見が反映されている」(裁量性),④「仕事について相談できる他部門の人がいる」(部門間連携),⑤「仕事が終わっても周りの人が残っていると退社しにくい」(付き合い残業),⑥「あなたの能力と現在行っている仕事の関係はどれに該当しますか」(仕事と能力の関係)という質問項目を用いて変数化した。

これらアンケートデータから得られる説明変数のうち,①職場成果への意識,②公正な仕事配分,③裁量性,④部門間連携,⑤付き合い残業については,被説明変数であるワーク・ライフ・バランス満足度と同様に「1:全くあてはまらない,2:あまりあてはまらない,3:どちらともいえない,4:多少あてはまる,5:非常にあてはまる」の5段階の回答が用意されている。これらの変数については,個別の質問項目の効果を分析するため,合成変数とせずに選択肢4または5と回答した者に1を,それ以外に0を与えダミー変数化した。

⑥「仕事と能力の関係」の選択肢は,「能力以上の高度な仕事をしている」「能力相応の仕事をしている」「能力以下の仕事をしている」の3つである。このうち,「能力相応の仕事をしている」を基準に,残りの2つをダミー変数化した(能力過少ダミー変数,能力過剰ダミー変数)。

また,ワーク・ライフ・バランス関連の質問項目から,子どもの人数,通勤時間を説明変数に採用した5

分析対象とする職場は,職場特性が異なり,かつ,サンプルサイズが比較的大きい3部門(生産部門,営業部門,研究開発・品質管理部門)を選んだ。推定は部門別に行った。

推定については,各人の主観よりも,できるだけ客観的な指標を用いることを試みている。具体的には,部門別に推定を行うことで,職場要因をコントロールしている。また,「上司は○○していると思う」といった主観的な説明変数を投入するのではなく,上司ダミーを投入することで上司要因をコントロールしている。

5. 実証分析

5-1. 記述統計量

まず,3部門を合わせたデータの記述統計量を確認しておこう(表1)。被説明変数となるワーク・ライフ・バランス満足度の平均値は3.09となっている。表2を確認すると,選択肢1(全くあてはまらない)を選んだ者は9.4%,同様に,選択肢2(あまりあてはまらない)は30.9%,選択肢3(どちらともいえない)は11.7%,選択肢4(多少あてはまる)は36.8%,選択肢5(非常にあてはまる)は11.2%となっている。

サンプルのうち女性は14%,年間時間外労働時間の平均は約48時間,通勤時間の平均は約20分となっている。

仕事に関する説明変数も概観しておこう。職場成果への意識については79%の人が選択肢4(多少あてはまる)ないし選択肢5(非常にあてはまる)を選んでおり,肯定的な回答が多い一方,公正な仕事配分で肯定的な回答をした人は45%と半分に満たない。裁量性および部門間連携については,約6割の人が肯定的な回答をしている。仕事と能力の関係においては,82%の人が「能力相応の仕事をしている」一方で,10%の人が能力過少,8%の人が能力過剰のスキル・ミスマッチの状態にあることがわかる6

表1 記述統計量
表2  ワーク・ライフ・バランス満足度の回答

5-2. 推定結果

順序プロビット分析の結果は,表3にまとめている。得られた主な結果は以下の通りである。

①公正な仕事配分は,生産部門と営業部門においてワーク・ライフ・バランス満足度と正の関係にある(5%水準で有意)。職場において仕事が当人たちの能力をもとに納得できるかたちで配分されているかどうかが,重要であることがわかる。

②仕事と能力の関係については,部門によって正と負の異なる結果が得られた。能力過少ダミーの変数の係数は,生産部門では負,研究開発・品質管理部門では正で有意になった(5%水準)。これには部門特性(仕事特性)が関係していると解釈できよう。研究開発・品質管理部門ではクリエイティブ(またはチャレンジング)な仕事が多い一方,生産部門では仕事を決められた手順通りに行う必要があるといったことが考えられる。仕事特性により,同じ能力過少でも前者の場合は,ワーク・ライフ・バランスを実践する上で,仕事での成長と生活時間の確保が可能な状態であり,後者の場合は,仕事が定型化された職場であるため,能力以上の仕事が過度に負担になっている可能性がある。

また,能力過剰ダミー変数の係数は,生産部門において負で有意(10%水準)となっている。定型化された仕事が多い職場で,さらに自分の能力に比してレベルが低いと思われる仕事に従事し続けることは,仕事満足を引き下げ,ワーク・ライフ・バランス満足度を低めていくと考えられる。

③裁量性については,研究開発・品質管理部門において正で有意となっている(5%水準)。これは創造性や挑戦が求められる研究開発・品質管理部門の仕事において,労働時間を含めて仕事の進め方の自由度が高いことが反映された結果といえるだろう。

以上から,同じ企業内でも,部門(職場)によってワーク・ライフ・バランスの充実のための施策は異なることが示唆される。

④上司ダミーについては,営業部門で上司Hダミーが正で有意(10%水準),上司Iダミーが負で有意(5%水準)となった。すなわち,上司Kの「部下」に比べて,上司Hの「部下」はワーク・ライフ・バランス満足度が高く,上司Iの「部下」はそれが低いことがわかる。同じ部門でも「上司」が違うことで差が生じている。ここからは,部下のワーク・ライフ・バランス満足度について,上司の役割やマネジメントの影響があることが示唆される。

なお,頑健性の確認を兼ねて,「上司効果は上司によって変わらない」という帰無仮説を尤度比検定により確認した。その結果,営業部門の推定では帰無仮説が5%水準で棄却された。この尤度比検定の結果からも上司効果の存在が確認できる。

⑤有意な結果は得られていないが,残業時間の長さは,ワーク・ライフ・バランス満足度との関係において負の傾向を示す。生産部門および研究開発・品質管理部門では,係数の値は負で,有意確率はそれぞれ0.110,0.137と傾向を示す。従来から指摘されている通り,残業時間の短縮がワーク・ライフ・バランスの充実にとって重要な施策であることが本研究の結果からも示唆される。

表3 推定結果

5-3. 限界効果による分析

先の順序プロビット分析の係数値では被説明変数の最初と最後の選択肢以外の選択肢を選択する確率が正負のどちらかがわからない。そのため各変数の限界効果を計算し,被説明変数に与える影響を見てみる。結果は表4表6にまとめている。

表4は,生産部門の結果をまとめたものであるが,いくつかのことが指摘できる。この部門の女性は,選択肢4および選択肢5を選ぶ確率が低くなっている(女性のワーク・ライフ・バランス満足度が低い)。公正な仕事配分ダミーが1の値をとる者は,選択肢1および選択肢2を選ぶ確率が低く,選択肢4を選ぶ確率が高い(公正な仕事の配分がワーク・ライフ・バランス満足度を高める)。また,能力過少ダミーが1の値をとる者は選択肢2を選ぶ確率が高く,選択肢4および選択肢5を選ぶ確率が低い。逆に,能力過剰ダミーが1の値をとる者は選択肢2を選ぶ確率が高く,選択肢5を選ぶ確率が低い。加えて,上司Bの「部下」は選択肢2を選ぶ確率が高い。

次に,営業部門の結果を見ていこう(表5)。公正な仕事配分ダミーが1の値をとる者は,選択肢2を選ぶ確率が低く,選択肢4を選ぶ確率が高い。この部門では,上司Hの「部下」は選択肢2を選ばない確率が高く,上司Iの「部下」は選択肢4を選ばない確率が高い。すなわち,上司Hの「部下」はワーク・ライフ・バランス満足度が高く,上司Iの「部下」はワーク・ライフ・バランス満足度が低いことがわかる。

最後に,研究開発・品質管理部門の結果を見ていこう(表6)。この部門で能力過少ダミーが1の値をとる者は,選択肢2および選択肢4を選ぶ確率が低く,選択肢5を選ぶ確率が高い。同様に,裁量性ダミーが1の値をとる者は選択肢5を選ぶ確率が高い。チャレンジングな仕事を裁量を持って進めることで,ワーク・ライフ・バランス満足度が高まる結果が強く示されている。

表4 推定結果(限界効果:生産部門)
表5 推定結果(限界効果:営業部門)
表6 推定結果(限界効果:研究開発・品質管理部門)

6. 結語

本研究では,個人のワーク・ライフ・バランス満足度の決定要因を分析した。上司のマネジメント,仕事の裁量,残業時間など,従来から指摘されてきたことの重要性を,人事マイクロデータを用いた統計分析でも確認することができた。同時に,同一企業内であっても,職場特性を反映させた人的資源管理が必要であることを示すことができた。「能力に応じた公正な仕事の割り当て」が推定において正で有意となったことからは,ワーク・ライフ・バランス満足においては基本的な仕事配分こそが重要であるということができる。

また,上司ダミーが正と負で有意であることは,上司固有の影響が存在することを意味する。今回の分析では,特定の「上司」の下でワーク・ライフ・バランスに不満を抱える「部下」の存在が,逆に別のある「上司」の下では「部下」たちの満足が高いことが明らかになった。従業員のワーク・ライフ・バランスを充実させていく場合,上司の配置や育成についても考慮することが人的資源管理上,重要な施策であるといえるだろう。

これまで様々な上司効果の研究が行われてきたが,客観的に上司を特定した上で,部下のワーク・ライフ・バランス満足に与える上司の影響を分析した研究は多くはない。本研究は,従業員のWell-beingやHappinessに関わるワーク・ライフ・バランス満足に上司の影響があることを実証したものであり,その意味では,上司が部下やチームの生産性に与える影響を実証してきた従来の研究に新しい貢献を加えるものであるといえよう。

また,実践的には,本研究の分析は,部下のワーク・ライフ・バランス満足を高めている上司のコンピテンシー分析へと繋がっていく可能性を持つ。周知の通り,優秀な業績を上げている従業員の行動特性を抽出していくのがコンピテンシー分析であるが,営業成績や査定といった見えやすい業績とは異なり,部下のワーク・ライフ・バランス満足を高める良い上司が誰であるかを把握することは難しい。しかし,本研究の分析方法であれば,部下のワーク・ライフ・バランス満足を高める良い上司の特定が客観的に可能である。実務的には考慮しなければならない問題が存在するかもしれないが,部下にとって良い上司が誰であるかを客観的に特定することで,良い上司のコンピテンシー抽出への第一歩となるだろう。

ただし,本研究の分析では,個々の従業員の担当業務の違いまで詳細に把握できているわけではない。同じ部門でも,ある特定の「上司」「部下」のチームが多くの困難をともなう業務を担当していたり,あるいは比較的余裕のある業務を担当していたりすれば,その効果を含んでいる可能性が否定できないため,この点には留意が必要である。

最後に,残された課題を述べて結語としたい。本研究はクロスセクションデータを用いた分析であるが,より精緻な分析を行うためには,操作変数法による分析やパネルデータの利用を考えなければならない。適切な操作変数を利用できるように調査設計を行うことや人事マイクロデータ,アンケート調査データのパネル化が望まれる。今後,複数年にわたる調査の可能性を模索し,この課題を追究していきたい。また,管理職である上司にマネジメント行動についてアンケート調査等を行い,上司が直接回答したマネジメント行動のデータを用いて,部下のワーク・ライフ・バランス満足を分析する研究も必要だと思われる。部下に上司特性を質問する方法,人事マイクロデータから上司・部下関係をマッチングする方法,上司に部下のマネジメントを質問し,そのデータを上司・部下でマッチングするという方法を同一の調査対象によって検証することが望まれる。これら残された課題については,今後も実証研究を積み重ねていくことで1つひとつ克服していきたいと考えている。

 【謝辞】

本研究にあたり調査対象企業には多大なるご協力を頂きました。また,編集委員会と匿名の査読者から有益なコメントを頂きました。ここに記して感謝申し上げます。なお,本研究は公益財団法人日本生産性本部2017年度「生産性研究助成」およびJSPS科研費17K13756の助成を受けたものです。

筆者=井川静恵/帝塚山大学経済経営学部教授 平尾智隆/摂南大学経済学部准教授

【注】
1  上司の役割に関する研究は,例えば,CEOが企業業績に果たす役割については多くの分析がなされてきた(Kaplan, Klebanov and Sorensen 2012など)。あるいは,スポーツにおける監督・コーチがチームの成績に与える影響(Bridgewater, Kahn and Goodall 2011など),学校教育における校長や教師が生徒の学業成績に与える影響が分析されてきた(Rockoff 2004など)。しかし,上原ほか(2013)が指摘する通り,COEと一般従業員との距離は遠く,スポーツにおける対戦と企業組織における日常業務では差異が大きい。教室における授業についても同様である。そのため,これらの研究成果をそのまま企業組織における上司の役割につなげて考えることは難しいだろう。本研究では,企業内部に蓄積されている人事マイクロデータを分析に使用することで,企業組織における上司・部下関係を客観的に把握し,上司効果(Boss Effect)を考慮したワーク・ライフ・バランス満足の分析を行う。

2  ワーク・ライフ・バランス施策が企業業績に与える影響については,姉崎(2010)が包括的なサーベイ論文を執筆している。また,『大原社会問題研究所雑誌』2019年1月号が「ワーク・ライフ・バランスとは何か―各学問分野の知見と政策課題」という特集を組んでおり,社会学,経済学,経営学,家政学,産業保健学,労働法学の各分野のサーベイ論文が掲載されているので参照されたい。

3  後に説明するが,本研究で使用するデータはクロスセクションデータであり,因果推論に課題を残すことになる。ただし,上司が誰であるかを客観的に特定することで,上司ダミー変数を説明変数,ワーク・ライフ・バランス満足を被説明変数とする推定モデルを想定しても問題は大きくはないと思われる。客観的な人事マイクロデータから上司情報を用いることで,逆の関係,すなわち,ワーク・ライフ・バランス満足が高い(低い)から特定の職場・上司のもとに配属されているという関係,同様にワーク・ライフ・バランス満足が高い(低い)から従業員が特定の職場・上司を選択しているという関係は,この場合,成立しにくいと考えられる。

5  通勤時間は,「現在の毎日の通勤時間(片道)を教えてください」という質問項目を設定し,分単位で回答を求めている。

6  説明変数としては使用しないが,本研究の分析課題と関係があると思われる基本統計量を別途確認しておく。推定に用いたサンプル(3部門を合わせたもの)の平均年齢は30.4歳(標準偏差7.37),平均勤続年数は8.3年(標準偏差5.56),有配偶者が40.4%,1人以上の子ども有りの者が31.4%となっている。

【参考文献】
 
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