2021 Volume 21 Issue 2 Pages 87-90

技術者が保有する技能を次世代にどのように継承すればよいか。この問いは,技術経営を考えるうえで極めて重要な実践課題として位置付けられる。とりわけ建設業界では,徒弟制度的な運用のもと,カンやコツといった言葉によって暗黙的に技能継承が行われてきた。少子高齢化による若手入職者の減少,それに代わる外国人労働者の流入等,建設業界の労働市場を取り巻く環境は大きく変化しつつある中で,本書は建設業界で働く技術者の技能伝承問題に正面から向き合い,「直観」の概念から科学的にアプローチすることを試みる。具体的には,技能継承の対象を言語化する試みと,その結果として導き出された「技術者直観」理論が提示される(第1部)。また,「技術者直観」をどのように育み継承できるのかを検討し,その結果生み出された「5つの方法の循環」法が明らかにされる(第2部)。
第1章では,本書における問題設定と目的が述べられている。本書の目的は,少子高齢化社会において不足されることが危惧される建設技術者の能力を維持・向上させ,我が国の建設業が持続的で活力のある発展を続けるための施策を検討することである。具体的な検討課題として,次の2点があげられる。第1に,建設技術者の能力とその発達に関する枠組みを生成することである。特に,本書では建設技術者の間で扱われるカンやコツに着目し,それを「直観」概念から捉えなおし,「技術者直観」理論の導出を試みる。著者の言葉を借りれば,その中核は「ベテラン技術者が積み重ねてきた知識や知恵,経験から発揮される能力が何であるかを特定すること」にある。
第2の検討課題は,建設技術者の技術者直観がどのように伝承され得るのかを明らかにすることである。とりわけ建設業界において,ベテラン技術者が保有する技術者直観を若手技術者に伝えることが難しい。それは,どのような技術を持っているかということ自体が個人の競争力の源泉になっていることや,各人がそれぞれ個別の案件を担当するため,相互に助け合い,補い合って仕事を進めることがまれであるという建設業界特有の事情による。そのような建設業界の中で,円滑に技術伝承や人材育成が可能になるような環境を整えるための方法論を検討し検証することが,本書の2つ目の検討課題である。
第2章では,本研究の背景にある少子高齢化社会および建設業界の現状と課題が整理される。建設業界には3つの懸念事項があるという。それは第1に少子高齢化社会の影響を避けることができないこと,第2に担い手の減少によって伝えるべきことが伝わらずこれまで積み重ねてきた技術が失われる可能性が高いこと,そして第3に既に人手不足が深刻化しておりこの状況は近い将来に渡って続いていくことである。特に,建設業界における団塊の世代や今後高齢になっていくベテラン技術者の減少,そして若手技術者の入職数減少がデータによって明らかにされる。
第3章では,「技術者直観」理論を生成するための先行研究レビューが行われる。まず,小池の「知的熟練」,ダガンの「戦略的直観と専門的直観」,野中・竹内の「SECIモデル」,金井・楠見の「実践知」,松尾・中原の「経験学習」など,経営学における知識や能力に関する主要理論を取り上げ,それら既存の理論だけでは本書が明らかにしようとする「技術者直観」を捉えきれないことを著者は主張する。そこで「直観(intuition)」の概念にまで遡り,プラトンのイデア(idea)とアナムネーシス(anamnesis),アリストテレスのソフィア(sophia)とフロネシス(phronesis),デカルトの実体二元論(substance dualism)を丁寧に読み解きつつ,「技術者直観」への接近を試みる。その結果として導き出されたのが,能力としての「直観」であり,それは「何らかのものがその人に準備されており,準備されたものを引っ張り出して,意思決定の上,行動している。また,引っ張り出すものは一つではなく複数である。複数のものをつなぎ合わせ,組み合わせるからこそ,状況に応じた意思決定・行動ができること」(本書55頁)だと著者はいう。さらに,能力としての「直観」は,「集積する能力」と「使いこなす能力」の2つの循環によって発揮されるものであるとした。この点が,本書が提唱する「技術者直観」概念の核となる。
第4章では,著者が主催する建設業界の技術者・人材育成担当者との研究会において行われた議論の過程が記されている。加えて,技術者へのインタビュー調査を行い,建設業界で働く幅広い技術者への適用可能性を検討したうえで「技術者直観」の発達モデル(レベル1からレベル5)が示される。レベル1は,知識や知見,経験など現場での問題解決に必要な材料を収集している段階であり,技術者直観を働かせるための準備段階である。レベル2は,収集した知識や知見,経験など現場での問題解決に必要な材料を結合させる段階である。レベル3は,収集した知識や知見,経験など現場での問題解決に必要な材料を結合させる組み合わせの数が増える段階である。レベル4は,収集した知識や知見,経験など現場での問題解決に必要な材料の組み合わせを状況の変化に応じて自在に組み替えられる段階である。レベル5は,これまで築き上げた材料の組み合わせを組み替えることによって新たなものを創造する段階である。
第5章では,第3章と第4章で議論した技術者直観とその発達モデルを用いた事例分析を行っている。事例は建設会社での道路設計業務であり,それは(1)準備・計画,(2)現地踏査,(3)設計条件,(4)線形決定・中心線測量,(5)平面線形,(6)縦断線形,(7)横断設計,などの詳細業務から成る。ここでは,各工程を遂行する上で必要となる能力が「技術者直観」の発達モデルで説明可能であることが示される。例えば,(2)現地踏査とは,工事着手前に調査区間の現地調査を行い,土地および物件の現況を把握する段階を指す。ここで必要とされる能力は,①現地でどのような調査を行うか確認できること,②全体像を把握するため簡易な調査(現地情況の写真撮影等)を行えることであり,それを「技術者直観」のレベルに置き換えるとレベル2に相当するという。また,(5)平面線形,(6)縦断線形,(7)横断設計の業務で求められる能力がレベル3から4に相当し,これらの業務が道路設計業務の中で最も高いレベルの技術者直観が求められる工程であることが明らかにされる。
第6章から第8章では,本書の2つ目の検討課題,すなわち建設技術者の技術伝承の方法論が検討され,その検証が行われる。第6章では,これまで提唱されてきた人材育成論を(1)直観形成系,(2)教育学系,(3)技術・技能系,(4)経営学系の4つに分類し,それぞれの系統に含まれる理論が丁寧にレビューされる。これら人材育成の方法論に関する議論を通じて,人材育成に必要な6要素(訓練,経験,意識,時代適応,段階,循環)が導き出される。これら6要素を,技術者を取り巻く「環境」として抽象概念化し整理することを著者は試みる。
第7章では,卓越したベテラン技術者15名の能力開発・キャリア形成の実際を分析し,彼らが技術者直観をどのように身に付けてきたのかを明らかにしている。独自に開発した「技術者直観水準図」を用いたインタビュー調査が行われ,年齢が高まるにつれて技術者直観がどのように高まるかがチャート状に可視化されていく。分析を通じて,ベテラン技術者の技術者直観の向上チャートには,3タイプ(比例型,青年期突出型,壮年期水平型)が存在することが明らかにされる。比例型とは年齢とともに技術者直観が高まるタイプであり,15名中10人がこのタイプにあてはまる。青年期突出型とは20代にチャレンジングな業務を任され技術者直観を高めるタイプであり,2名がこのタイプにあてはまる。壮年期水平型とは30歳までに一定の水準にまで技術者直観を高めた後,30代から40代半ばまではその水準は停滞を保つ。しかし,45歳を過ぎるころから再び上昇し始めるタイプであり,3名がこのタイプにあてはまる。
第8章では,技術者直観を伝承するための人材育成方法の検討とその検証が行われる。ここで提唱される人材育成法は「5つの方法の循環」と命名され,具体的には①課業スキル表,②キーワード,③事例,④疑似訓練,⑤協働による循環を経て,技術者直観が伝承される過程を指す。また,社会人と学生を対象に「5つの方法の循環」にもとづく実験(ロールプレイ)を実施し,その効果を検証することを試みている。その結果,社会人と学生のいずれの参加者からも「5つの方法の循環」法に対して一定の教育効果が認められるとの結果が得られた。
第9章では,本書の理論的意義,また第10章では本書の実践的意義が議論されている。そこでは「技術者直観」理論が建設技術者に留まらず,他の技術者への適用可能性が言及される。また,技術伝承の問題を解決するための各種施策を立てる上で,経営者,管理者,個人,人事,労働組合等の役割がそれぞれ検討される。各々の主体者が「技術者直観」と「5つの方法の循環」の有効性を理解し,相互に影響を及ぼし合うことを通じて,技術者の能力開発そして技術伝承が進むことを著者は主張する。
本書の第1の貢献は,組織内部での人材育成または学習に関するこれまでの諸理論では直接的に触れられてこなかった「カン・コツ」に着目し,「直観」概念からそれを捉えなおすことを通じて,技術者の能力発達モデルを提示したことである。特に,その発達水準を5つのレベルに分類し汎用的に利用できるように設計されている点に,この発達モデルのさらなる発展可能性が感じられる。
第2の貢献は,理論の提示に留まらず,企業の人事関係者や技術者との交流を通じて,その適用可能性を実証している点である。さらにベテラン技術者の能力開発・キャリア形成の実際を分析し,彼らが技術者直観をどのように身に付けてきたのかを明らかにし,3つの技術者直観の発達タイプ(比例型,青年期突出型,壮年期水平型)が存在することを明らかにした点は興味深い。この発達タイプが建設技術者特有のものなのか,あるいはその他の技術者に共有してみられるものなのか,さらに追求してみたいと思わせる。
本書は著者の博士論文をもとにして出版されたものである。著者の建設技術者(コンサルタント)としての実務経験から得られた問題意識を起点に,科学的なアプローチによって著者の主張を導き出し,実践的に検証を行うプロセスがそこには描かれている。副題にある「理論と実践」が,見事にバランス良く含まれている。
(評者=立命館大学大学院 テクノロジー・マネジメント研究科准教授)