Japan Journal of Human Resource Management
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
Book Review
UMEZAKI, Osamu & IKEDA, Shingo & FUJIMOTO, Makoto(ed.) "Guidebook of Research on Work and Workplaces"
Norio HISAMOTO
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 21 Issue 2 Pages 91-93

Details

『労働・職場調査ガイドブック―多様な手法で探索する働く人たちの世界―』,梅崎 修・池田 心豪・藤本 真 編著;中央経済社,2019年12月,A5 判・260頁

 

本書は,執筆者たち自身が行なった労働・職場調査の実体験で有益だと思う点を簡潔に説明しており,各種のデータの獲得方法まで示すなど,配慮の行き届いた好著である。レポート,卒業論文,修士論文,博士論文のために労働・職場調査をしようと思っている人たちにとっては,実践的な百科全書である。

「理論」,この言葉が強すぎるとすれば「認識の枠組み」を生み出すためには,研究対象への肉薄と考察が必要である。現実は既存の理論で説明できないことが実に多い。現実に対する感性・認識を鍛える労働調査や職場調査に魅力を感じつつも,やり方が分からず,またその研究成果の成否に不安を感じて二の足を踏む大学院生や研究者は少なくないのではないだろうか。本書はそうした不安に応える。

さらに,「たまたま出会った指導教員が,希望する学問分野の希望する調査法と一致する場合は少ない。そもそも多くの学生は,まず自分がどの学問分野に所属したいのか,そしてどの調査方法を選びたいのかがよくわかっていない。......学際研究の場として発展してきた労働・職場調査は,初学者にとってはとても見通しが悪いのである。本書は,その見通しをよくするためのガイドブックである。」(3-4頁)この言葉は,幸いにして調査研究を続けている学会員にとっては,いろいろ思い当たることのある言葉であると思う。私自身,同じ感想をもっている。

全体の章別構成は,次のようになっている。

序章 労働・職場調査のすすめ 1.労働・職場調査の準備,2.調査方法を選ぶ,3.調査後にするべきこと,4.求む,未来の労働調査者!

  • 第1部 質的情報を使いこなす

第1章 企業の競争力や生産性を解明する:聞き取り調査(職場)

第2章 制度の成り立ちを把握する:聞き取り調査(制度)

第3章 職場を通じた「コミュニティ」を捉える:インタビューに基づく事例研究

第4章 職場の内側から調査する:エスノグラフィー・参与観察

第5章 職場の実践を記述する:エスノメソドロジー

第6章 仕事人生に耳を傾ける:ライフヒストリー

第7章 労働の歴史を掘り起こす:オーラルヒストリー

第8章 資料の中に人々の思いを探る:テキスト分析

第9章 一緒に課題に取り組む:アクションリサーチ

第10章 働く人の学びを捉える:質的データからのカテゴリー析出

  • 第2部 数量的に把握する

第11章 制度の仕組みと機能を明らかにする:企業・従業員調査

第12章 働く人々の価値観を捉える:社会意識調査

第13章 働く人々の心理を捉える:心理統計・OB(Organizational Behavior)

第14章 職業人生を描く:経歴・パネル調査

第15章 働く人々の空間移動:人文地理学

第16章 労働市場の姿を描く:マクロ労働統計の使い方

  • 第3部 調査の道具を身につける

1.文献の調べ方,2.歴史資料,3.調査倫理,4.職場見学(工場見学),5.文化的コンテンツの利用法,6.白書・業界誌などの活用,7.海外調査,8.レポート・論文・報告書の作成,9.産学連携プロジェクトの運営,10.研究会を組織する,11.データ・アーカイブの活用法推奨文献一覧,おわりに,索引

まずはじっくりと「序章」を味わった。編者の思いが強く伝わってくる。自らの経験で有益と思っている主要なポイントを手短に説明している。まず,調査の準備作業の重要性である。これがおろそかだと,後でいくら頑張っても,その時点でもう完全に失敗だ。仮に,準備作業をしっかりしたつもりでも,調査が思ったように実現することは稀だし,最初考えた「仮説」は実際やってみると,うまく結果が出なかったり,別の点の方が面白そうに思えたり,いざ報告書や論文を書こうと思ったら論理的に必要な「設問」がなかったりと試行錯誤の連続であり,この経験から学ぶことが大切である。とはいえ,失敗したくて失敗する人はいないし,こんな呑気なことをいう人は「若手には失敗しているゆとりなどないのだ」と叱られそうである。できるだけ失敗しないためには,この「序章」は繰り返し読んだ方がいいだろう。調査をやっているうちに,その意味が分かってくる。

各章は,1.ねらい,2.調査・研究の考え方,3.主な研究事例,4.私の経験,5.今後の展望,最後に参考文献,という統一的なフォーマットとなっている。1.2.に引き続いて,3.では具体的な研究事例をあげることで,読者がそれらを読んで自分の問題意識や手法の有効性などについてイメージできるように配慮されている。とくに出色なのが「4.私の経験」である。きれいごとの調査論ではなく,実際に調査した時の「肝」について,自分の経験を「伝授」しようとした画期的な部分である。執筆者が語る「私の経験」はとりわけ重要である。調査研究者の経験は一回性のものであり,そこには,失敗を含めた試行錯誤や偶然の出会いなど,経験した者にしか分からない貴重な経験が語られる。こうした経験は一般化すれば「当たり前」と思って通りすごしてしまうかもしれない。しかし,安直に一般化せず,生身の経験をそのままに語る情報は極めて貴重だし重要なのである。それは,執筆者の語りそのものが,現在の調査研究者の「営み」=労働の内実を語ることにもつながっているのであり,リアリティを与えている。

この種の本では,執筆担当者が多くなると,担当者により力点の置き方が異なり,バラバラな印象になりがちになる。ところが,本書はこうした点をクリアしているのは特筆に値する。これは,編者たちが「ワークプレイス研究会」(226頁)を通じて継続的におたがいの学問分野の調査法について意見交換をしてきたからなのであろう。意思疎通がよく行なわれていることが分かる。その意味では,本書はこの研究活動の成果物であるいってよいだろう。本書には,彼らのリーダシップとチームワークとが遺憾なく発揮されており,こうした活動そのものについても敬意を表する。

学会に会する人々はいずれも「労務」「人事」「人的資源管理」「労使関係」などのいずれかを専門分野の1つとしている人々である。学会員にとっての本書の意義は何だろうか。

①指導する大学生・大学院生の論文・レポート作成についての具体的なヒントに満ちていることである。②会員自身にとって,労働調査や職場調査をやってきた人たちにとってみれば,自分がしてきた調査手法の確認になるし,他の調査手法(あるいは他の学問分野)から部分的にアイデアを得ることができる。さらには,③今までとはちがった調査手法を使って,別の研究対象に挑戦することさえできる。そこまでいかなくても,自分とは異なる調査手法で自分と同種の調査対象をしている研究に対して,その評価もしやすくなる。こういった点からみても,非常に読みやすく実践的な本書を本棚に並べておくことは,いろいろと便利であると思う。

こう書いてきて,褒めるばかりでは書評として如何なものかという気がした。不満な点を書かねばなるまい。基本的にはないものねだりであるが,「百科全書」の欠点は,もう一段の踏み込みがないことを意味している。失敗談がもっと語られると実践的になると思う。うまくいかなったことはもっと多いはずだ。「失敗を語る」ことこそ,重要だろう。ただ,この点も,あまり失敗談を書くと,これから調査研究をしようとする人のやる気をそぐことにつながりかねないという反論が返ってくるのが目に見えているが。

なお,本書の特徴が質的調査にあることは間違いないが,数量的調査がなおざりにされているわけではない。第2部では,数量的分析の要点がまとめられている。近年の個票データへのアクセスは日本でもようやく充実しつつある。計量分析ソフトウェアの充実とも相まって,数量的な調査研究はますます拡大しており,労働関係の論文も増え続けており,研究者にとってもこうしたデータの活用はますます必須となっている。企業内データにアクセスすることは一般には容易ではないが,匿名化を前提とした研究も少なくない。ただ,各種の統計手法について詳細な説明は本書にはない。計量分析については,専門的な良書が多くあるからであろう。

最後に,本書の意図そのものからはやや離れるが,心に浮かんだことを書くことにしよう。調査者を「被調査者」としてみれば,「私の経験」は,調査研究者のごく簡単ではあるが「オーラルヒストリー」といえなくもない。調査研究者を対象としたオーラルヒストリーもまた,「労働・職場調査」の歴史として重要でないだろうか。従来は,大規模調査の場合,「あとがき」あたりにその苦労話が語られることがあるが,後進の研究者にとっては,本体の内容よりもあるいは調査実施時のあれこれの細部を記録として残すことこそが参考となるのではないだろうか。昔とちがって各種のデータとして残すことは現在では非常に容易になった。論文では難しいだろうが,今後の調査報告書に,もちろん報告書の本体ではないが,どこかに「苦労話」を付録につけると,調査・研究のレベルアップにつながるのではないだろうか。もちろん,相手のあることなので,率直には語りえないことはある。多くの調査は被調査者(調査対象者)の好意によって実現するものである。聞き取り相手に不愉快な感じを与えないことが肝要であり,この点も本書では第3部で「調査倫理」として論じている。被調査者に不利益を与えることは,調査対象者の方々に対するのはもちろん,後輩の調査者に対しても無礼であり,調査者は厳に慎まねばならない。調査報告者としては,調査報告の行間を読者に感じてほしいと思っているのではないだろうか。

ともあれ,本書の出版をとてもうれしく思う。

(評者 京都大学大学院経済学研究科教授)

 
© 2021 Japan Society of Human Resource Management
feedback
Top